《ショットガン☆ガール》
ーー不味いことになった
そう気が付いたときには、大抵既に手遅れだ。
真夜中の砂漠。更けるごとに下がる気温は遂に10度を切り、昼間の強い陽射しに代わって身を切る寒さと体温低下によるデバフ効果、視界不良による感知能力低下がプレイヤーを襲う。
昼と夜で180度表情を変える気候も、この西部砂漠地帯が『魔境』と称される理由のひとつである。
そんな魔境の片隅。無制限空間のなかにぽつりと生成された廃墟町は、さながら地獄と化していた。
「なんだ、このエネミーの大群は!!」
星風組のヨダカの撒いていった災厄だが、彼らにそれを知る術はない。
M60機関銃で必死に弾幕を張りながら、黒装束の男が悲鳴のような声を出す。
ほんの数分前にでも異変に気がついていれば、こんなことにはならなかっただろう。
『キュウ』と名乗る特殊アバターに引きずられるような形で、かつて仲間だった追っ手から逃れていた時の事だ。
上手く追っ手から距離を取ることには成功したが、その先でなぜか、ここには現れない筈のエネミーの大群と交戦している他の部隊と出くわしたのである。
初めは巻き込まれては堪らないと暫く様子を見ていた。だがその判断が仇となり、瞬く間にエネミーキャラの群れに囲まれ身動きが取れなくなってしまったのだ。
「早くずらかるべきだったんだ……くそ!」
悪態を吐くが、もはや遅い。
あちこちで火の手が上がり、もはや何処に逃げていいのかさえわからなくなっていた。
敵のタイプはシャドウピープル。今のところ単車と体が同化した『ライダー』と、大型種である『モンスタートラック』がスポーンさせたと思われる『ライフルマン』や『グレネーダー』などの歩兵型がみられる。
「うおおおおお!!」
大口径の弾薬帯がM60に吸い込まれ、無尽蔵に沸き出るエネミーの群れをなぎはらう。
「きりがないぞ、どうする!?」
後ろから声を振り絞ったのは、残弾も少ないモーゼル自動拳銃で何とか周りを牽制している、同じく黒の相棒だった。
「どうするもこうするも!」
こんなはずではなかった。
大手の運び屋に雇われ、他の同業者と共に新参のツクシ連中をおとなしくさせるばかりの簡単な仕事だったはずなのだ。
だが、殴り込みに行けばトラックに近付いて直ぐに妙なチビに殴り倒され、そこから運良く連中を誘き寄せる餌が手に入ったと思えば謎の特殊アバターと乗り合わせ、仕舞いには仲間に見捨てられエネミー地獄の真っ只中にいる。
「おい、前だ!」
相棒の声で我に帰るのと、エンジンの轟音が迫ってくるのは同時だった。
獣の唸りにも似た音を響かせながら現れたのは、歩兵種よりも大型な『ライダー』だ。
相手はこちらを視認するなり、前輪を持ち上げ方向転換をすると、猛烈な勢いで突進してきた。
「くそっ!」
咄嗟に機関銃の銃口を回すが、突然手元で金属の噛むような音が響き、銃声が止んだ。
「なっ、弾が掛かった……!?」
その間に、完全に避けるタイミングを失ってしまった。
固く目を瞑ったその時、目の前で爆発音が轟いた。
「おじさん大丈夫?」
目を開けると、そこにいたのは見覚えのある迷彩柄のヘルメットだった。
「キュウ……ちゃん、どこから!?」
いったいあの一瞬で何が起こったのか、横転したライダーの残骸を片足に踏みながらこちらを見つめていた。
横へ目を向けてみると、ちょうどそこにあった建物が崩壊し、まるで巨大怪獣が踏み潰していったようになっている。
「なんてこった……」
茫然としている内にも、目の前の特殊アバターが視界に入るエネミーを蹴散らしていく。
「いっぱいいる、弾なくなっちゃうね。」
散弾をばらまく全自動散弾銃AA-12を片手に撃ちながら、少女は肩からかけた可愛らしいポーチに手を突っ込んだ。
引っ張り出したのは、合計三つの手榴弾だ。
「キューちゃん、それは……」
車載用の発煙筒を小型化したようなそれには、後から貼り付けられたと思われる真っ赤なビニルテープが巻かれている。
通常の手榴弾とはまるで雰囲気の異なるそれに、男は目を見開いた。
「サーマルインプローダー!?」
安全ピンではなくボタン式。器用にも三つまとめてスイッチを押し込むと、少女はそれを三軒四軒彼方に向かって放り投げた。
暗闇の中で赤紫の光球が三つ発生し、一瞬にして収縮する。その次の瞬間、猛烈な爆風が押し寄せてきた。
熱線が木造の建物を真っ赤に染め上げ、辺りを瞬く間に火の海へと変えていく。
『サーマルインプローダー』
SOGOにおいて個人携帯が可能な爆発物の中ではトップの破壊力を誇るアイテムだ。
一部のエネミーキャラのレアドロップとしてしか入手できない未来技術の架空兵器で、並のプレイヤーが持てる物ではない。
その威力、被害範囲故に、今のように手榴弾として使用されることは少なく、他のアイテムと組み合わせてトラップとして使用するか、売却してポイントに変えるかが用途としては一般的だ。
そして、その破壊力というのがこの通りだ。
三つのクレーターが煙を上げ、その周囲が炎に撒かれている。
灰の混じった火災風が吹き荒れている。
だが、そんな惨劇の中でもやはり銃声は止んでいなかった。
敵の数が圧倒的に多い。
思わず膝の力が抜ける。
「……どうする」
同じく、隣に座り込んだ相方がうわ言のように問いかけてきた。
「……どうするもこうするも」
これだけやっても、まだ敵は溢れている。
もはや、自分達の足でこの町から抜け出すことは絶望的だ。
装甲車でも用意できない限り、この地獄を這い出すことはできないだろう。
「いや……待て」
このエネミーで溢れた町を踏み越えることができる車輌。
ひとつだけ、あるではないか
「おい」
光を失ったような目で燃え上がる廃墟街を見つめる相棒の肩を揺すり、現実へと引きずり戻す。
「いいか、この町から出るぞ!」
「あのトラックを!?」
自分達の奪ってきた、あの装甲板に身を固めた大型トラックだ。
提案を聞いた相棒は初め目を見開いたが、すぐに眉を潜め、そして手を打った。
「確かにあれなら……!」
ここから生きて出られる確率は格段に上昇する。
だが、問題も存在する。
「そもそも、俺たちであそこまで辿り着けるのか?」
「いや、俺たちだけじゃ無理だ。だが……」
「おじさんたち何のお話?」
そこで、頬を煤で汚した少女がヘルメット頭を突っ込んできた。
それにすべてを理解した様子で相棒は頷いた。
「そうか!こいつがいれば、どうにかたどり着けるぞ!」
「ああ、だが一番の問題は別だ。もし、トラックが既に破壊されているか、他の連中の手に渡っていたとしたら……」
その時こそ、本当の終わりだ。
「ねえ、何のお話?日本語しゃべって!」
むくれ始めた彼女の方に向き直り、子供をあやすような声音を作る。
「キュウちゃん、乗ってきたトラックの場所覚えてるかい?」
「トラック?うん。」
「そこまで俺たちを連れてって欲しいんだ。そこまで行ければ、君もご主人のところまで帰れるぞ。」
「ミケのところ?あ、大変!早く帰らないと、ミケまた死んじゃう!」
いきなりそう叫ぶと、ポーチから沢山の手榴弾を取り出しながら駆け出して行った。
「いくぞ、撒かれたらお仕舞いだ!死ぬ気で追い付け!」
「お、おう!」
幸い、台風の目のような彼女を見失うことは無さそうだ。
だが気を抜けば周りのエネミーに、若しくは前を行く彼女の巻き添えになりかねない。
油断など一切許さない状況だ。
物理的には大しことのない距離の筈だ。
だが、そこまでの道のりが気が遠くなるほど遠く感じた。
あちこちで火薬が爆ぜ、何度も銃弾が体を掠めていった。
だが、恐怖を感じていられるのも命のある内だ。怒濤の勢いで道を切り開いていく特殊アバターに引き離されまいと、必死に食らい付く。
どれだけの距離を進んだかはわかない。
体感では地獄を一周したかのような感覚だ。
視界の隅に見えるLPゲージは四割を切っている。
そこでやっと、暗い町の中に佇む鉄の塊が見えた。
来たときと同じ格好で、トラックが停まっている。
表からは目立った損傷は見られない。
「これでいける!」
相棒がモーゼルを仕舞いながら運転席へと飛び乗る。
あの特殊アバターは、どうやったのだかコンテナの上によじ登って辺りを見渡している。
「ミケ!ミケ、どこ~?ミケ~!」
もちろん返事はない。
とにかく、ここまで来て敵の攻撃を受けるわけにはいかない。
M60は掛かった弾を弾き出して装填し直した。だが、本調子かと問われれば疑問だ。
元よりこの銃はトラブルに弱いことで有名だ。一度テンポを崩すと後に響きやすい。
「早くエンジンかけろ!敵に群がられたらお仕舞いだ!」
「わかってる!けど……クソ、動け!!」
背後から聞こえるのは虚しい空転音ばかり。
運転席からはハンドルを殴る音が聞こえる。
「なんで動かねぇんだよ!」
その焦りに拍車を掛けるように、近くの建物から煙が上がった。
「急げ、そこまで来てる!」
「動け!」
次の瞬間、エンジンが大きく唸りを上げた。
「やったか!?」
「ああ!行けるぞ!」
ーー勝った
芽生えた確信。
このままこのトラックに乗り込めさえすれば、こんな町ともおさらばできる。
殺し屋稼業がほぼ壊滅してしまった今、いく宛など何処にもない。だが、命ひとつさえあればどこでだってやり直しは利くはずだ。
こんな地獄の果てのような魔境さえ乗り越えられたのだ。できないことなどない。
だが、次の瞬間、
「動くんじゃねえ!」
握った手から、機関銃が落ちた。
背中に銃口を感じる。
それも、ひとつやふたつではない。
「何の……つもりだ?」
「うるせえ!」
叩きつけるような怒鳴り声。
この声には聞き覚えがある。
同じ隊で働いてきたメンバーだろう。
「おまえらのせいだ……」
喉の奥から競り上がるような声が言う。
「おまえらがヘマさえしなければ!!」
「や、やめろ……ここでやりあったって……」
「だまれ!!」
背後で銃声が轟き、無数の射線が足下を叩いた。
「この仕事が終われば、大金が入ってたはずなんだよ……おまえらさえいなければな!」
その声を危機ながら、奥歯を強く噛み締めた。
この異常な空間にあてられたのか、完全に逆上している。
どうにかして、この状況を乗りきらなければならない。
だが下手に動けば直ぐにでも殺されかねない。
「おい、はなせ!やめろ!」
必死に思考を巡らせている内に、運転席から引きずり下ろされた相棒が隣につき出されてきた。
「こんなことしてどうなるってんだよ!」
「だまれっつってんだよ!」
アサルトライフルのストックで殴られた相棒が地面に倒れた。
なんとか気絶判定は免れたようだが、それでも事態は悪化を辿っている。
もはや血の流れない解決は無さそうだ。
ここから、どうにか抜け出す手はないか。
考えても、考えても、打開策が見当たらない。
その時、ひとつだけ思い付いた。
「しっかりしろ!」
相棒を助け起こそうとするふりをして、顔を近付ける。
『……俺が気を引く、おまえはトラックに走って、すぐに逃げろ』
『なんだって……?』
「勝手なまねするんじゃねえ!!」
その間を隔てるように、かつての仲間が銃口を突き付ける。
「おまえらはこの手でぶち殺さないと気が済まねえ」
血走った眼と、虚ろな闇を湛えた銃口が見下ろしている。
「くたばりやが……」
最後の台詞。
だが、それを最後まで聞くことはなかった。
赤いダメージエフェクトが花吹雪のように散って、見上げた男の顔を覆い尽くした。
その向こうには、遥か彼方の夜空が見える。
男の頭が、吹き飛んだのだ。
同時に地面が爆ぜて、白い閃光と音の瀑布が全身を襲う。
スタングレネード。咄嗟に理解したのも束の間、胴まわりを何かが掴み、直後大きく放り投げた。
重力が捻れ、浮遊感が全身を支配する。
ウレタンのシートに着地しその触感を理解するまで、生きた心地がまるでしなかった。
運転席に投げ込まれたのだと、混乱の中で反射的に理解した。
「ぐぐ……なにが起こった……」
尻の下で声がする。
どうやら相棒も一緒に投げ込まれたようだ。
鼓膜の内側を支配するようなノイズが治まらない。
ぼやけた視界に、ハンドルを握る特殊アバターの少女が見えた。
「なんだ……これは……」
「シートベルトちゃんとしめてね」
彼女の腕と比べると酷く大きく見えるハンドルをぐるりと回すと、巨大な怪物のようなトラックが勢いよくスピンした。
「待ちやがれええ!!」
弾丸が車体の装甲に突き刺さる音に混じり、怨嗟の声が地響きのように聞こえる。
かつて、仲間だった人間。
今引き返す事ができれば、ひょっとすればまた和解することができないだろうか。
だが、そんな考えを他所にトラックは走る。
相変わらず、銃声と金属音が響いている。
「もうっ、しつこい」
ハンドルを片手に、少女は腰に下げたポーチに手を入れる。
取り出したのは、またいつか見た円筒状の爆弾だった。
窓からそれを放り投げると、バックミラーに目に焼き付くようなサーマルインプローダーの灼熱が広がった。
赤い炎の向こうに、ゆらゆらと亡霊のような影が見える。
炎に焼かれる腕が、微かに助けを求めているように見えた。
どれくらい走っただろうか。
ひとつの助手席に、男ふたりと格好が狭苦しい。
それでも、時折エネミーキャラを撥ね飛ばしながら運転する少女を邪魔するわけにはいかないので、黙って収まっている。
「弱いもんだな……」
「ん?」
思わず口をついた言葉に、ハミング混じりにハンドルを操る少女が首を傾げた。
「……人間ってのは、こんなに簡単におかしくなっちまう……特殊アバターに言っても、分からないだろうが」
「んん……」
少女は眉をぐっと寄せて、何やら考える表情を見せたが、すぐにそれをやめた。
「わかんない。」
「はは……ああ、それでいいさ。」
「でもね、おじさん」
にこりと微笑むと、彼女は朗らかに言った。
「キュウ、にんげん好きだよ。」
その表情を見ていると、自分がぼんやり考えている事がおかしくなってきた。
「そうか。そうだな、俺も嫌いではない。」
「おじさんもにんげん好き?キュウとおんなじだね。」
ふとそこで、隣にいた相棒が口を挟んだ。
「話してるところ悪いが……」
「うん?」
指を指したのは、フロントガラスのその先。
「前、ぶつかりそうなんだが……」
○●○●○●
困った。
運転席から降りて、少女はその惨状を眺める。
あのミケゾウだって持ち上げられなさそうな、そんな巨大な鎧達磨のトラックが、木造平屋に頭を突っ込んでいる。
「ううん……」
やはり、よそ見しながらの運転はよくなかった。ついでにシートベルトを絞めていなかったのもよくなかった。
首を傾げて、暫く悩む。
果たして、この言うことを聞かない鉄の塊をどう動かそうか、と。
試しに、トラックの後ろに回ってその巨大な尻を引っ張ってみた。
がらがら、みしみし
酷い音を立てながら、トラックが瓦礫の山から頭を引っこ抜く。
「トラック、おきてー!」
再び運転席に回ってキーを捻ってみたが、ボンネットがきゅるきゅると愚図るばかりでエンジンが動いてくれない。
「おー!きー!てー!!」
続けざま捻るが、やはりこの大きすぎる駄々っ子は愚図るのをやめない。
「もうっ!」
トラック相手に頬を膨らませて、少女は隣に目をやった。
男が二人、目を回している。
「たいへんっ!」
運転席を乗り越えて、二人まとめてゆさゆさと揺すってみたが、うんともすんとも言わない。
「おじさんたちも寝ちゃった!」
少女は悩む。
ええい、仕方がない。
「おじさん、こっちで寝てね 」
二人をそれぞれ両肩に担ぎ、少女はまずコンテナへと運び込む。
「えっと……」
奥から引っ張り出して来たのは、一枚の寝袋だった。
「あれ、いっこしかない。いいや、おじさんたち仲良しでしょ?ぎゅってするね。」
二人の反応が無いことを良いことに、少女は引っ張ってきた寝袋に男二名をぎゅうぎゅうと押し込む。
途中でばりばりという嬉しくない音が聞こえた気がしたが、大した問題はないだろう。
さらに、コンテナの奥にあった大きな段ボールの箱を持ち出す。
「いっこしかないからサービス。」
何を考えたのだか、ぎちぎちの巨大なミノムシをすとんと放り込んでしまった。
だが、きっと無いよりはましだろう。サービスは物より心だ。
満足げに胸を張ると、邪魔になってもいけないのでコンテナの奥に押し込んでおいた。
「うん、100点!キューちゃん頭いいもんね!」
と、そこで「あ」と口元を押さえる。
「おじさんたち起こしちゃダメだよね……おやすみなさい……」
小声で言うと、忍び足で、必要以上に静かにコンテナの戸を閉めた。
「……うん、今日もキューちゃんいい子だったよね。ミケもよろこぶ、たぶん!」
と、ひとりで自分を誉めていたその時だった。
どこからともなく、明るい光がやってくる。
「ん?」
車のヘッドライトにも見えるが、
「あ、ミケだ!」
姿も見ないうちに彼女は叫ぶ。
こうして、東の空も明らむ明け方、特殊アバターAA-12が回収された。
長かった……次回からは少し走りぎみになるかもしれません。
よろしくおねがいします。




