《夜明け前には》4
尺の都合上、今回は短めになっています。
「あぁ……」
自分の上げた情けない声で、今まで眠ってしまっていたことに気がついた。
だがどうもまぶたが重いわ、寝心地がいいわで、なかなか目を開ける気になれない。
それなら無理なんぞする道理はない。大人しく眠ってしまおう。
いつもどおりさっさと思考を打ち切って、意識を放棄。あとはまた至福の惰眠に身を委ねるだけだ。
が、その過程で何かが引っ掛かった。
何処でいつ、何をして寝たのかが、なかなか思い出せない。
その途端、私の脳みそが驚異的なスピードで時間を遡り始める。
確か、キャロの家に集まって、砂漠に行こうと決まったところははっきり覚えている。
それから、みんなで待ち合わせをし、妙に騒がしい連中とトラックに乗り、賊の襲撃を受けて、そして……
「え、死んだの私!?」
急に恐ろしくなって目を抉じ開けると、目の前には顔があった。
揺れる車内と、相棒がいた。
青ざめた私の顔を見下ろすと、レミィは柔らかく笑った。
「みんな生きていますよ。悪い夢でも見ましたか、嬢?」
「え、レミィ?え、私……?」
そこで、やっと私の時間旅行が現在に追い付いた。
訳のわからない帽子野郎とやりあって、殺し屋に追われて、レミィが助けに入ってきたのだ。
だとすれば、ここは星風組のトラックの中だろう。
荒い呼吸で胸を上下させる私は、長椅子で仰向けの格好でまばたきをした。
「……んだよ……寿命縮んだわ、この!」
「誰に怒ってるんですか、嬢」
文句を言いながらむくれると、レミィはクスクス笑いながら、冷や汗で目元に貼り付いた私の前髪を分けてくれた。
「まだかかりますから、寝ていて結構ですよ?」
「まだかかるって、どんくらい寝てたの私?今何時?つーか何の移動よこれ?」
疑問符の連発。
日頃の不摂生もあり、かなりずれ込んでいる私の体内時計。半ば気を失う形で眠った上、外の様子もまるで見えないので、いよいよ昼だか夜だかの区別さえつかない。
「時間は……18時48分……いえ、たった今49分ですね。」
細かく、実にレミィらしい報告。
だが、その時間に私は眉を寄せた。
「え、それって、このトラック……」
「ええ。」
レミィが頷く。
「帰りの便です。」
「はあァッ!?」
がたんっ、と酷い音が聞こえてきた。
どうやら、私の声に驚いた誰かが何処かで転げたらしい。
いや、この際そちらはどうでもいい、どうとでもなるがいい。
寝起きでやたらパサつく目でまばたきを繰り返し、私は質問を重ねる。
「帰り!?帰りの移動なのこれ!?」
「え、ええ……そうです。」
なにやら申し訳なさそうなレミィ。
いや、彼女は実際何も悪くはないのだが。
これが帰りの便だということはつまり、私たちは結局一度もお目当てのエリアに入れなかったということになる。
「クソ暑い中で車に揺られて!クソ寒い中で賊に揉まれて!またクソ暑い車で帰って!
なにしに来てんの私たち!?」
「ま、まあ、落ち着いてください、嬢。」
レミィが困るのも当然である。彼女としては、全く身に覚えのない完全な八つ当たりなのだ。
と、私の理不尽な怒りが鎮火するまで、暫くかかった。
思うと、それに付き合っていられるレミィの忍耐はやはり超人的だ。
「……は、レミィ!そう言えばキューちゃんは!?」
そう言えば重大なことをひとつ忘れていたのだ。
「キュウなら……」
レミィが振り向いて見せると、そこにはいつも通りの調子の我が家の不思議ちゃんがいた。
その手には何やら色とりどりの紙が見えるが、来たとき同様またキャロの折り紙教室らしい。
今度は何故かマツバとミシロも混じっている。
「あ、今度こそできたよキャロ!」
朔太郎が嬉々として水色のペンギンを上げ、
「オッシャー!見ろ、こいつが俺のペンギンだー!!」
「ハッ、三枚目でその程度かマツバ?見やがれ俺のペンギン四号!」
大した差のない、言わせてもらえば両方ともなかなかに不細工な赤と黄色のペンギンがその横に並び、
「見て、見て、キャロ!ペンギン!」
最後に我が家のキュウが突き出したのは、やはりというか明らかにペンギンなどではなく、二振りの立派なカマを振りかざす肉食昆虫カマキリだった。
「やったね、サク!マツバさんとミシロさんも、うまいです!それと……相変わらずキューちゃんのは……」
「うをっ、かっけぇ!!なに?カマキリ!?俺それ折りたい!」
「キューちゃんそれどうやった!?もう一回頼む!」
「え、いる!?何で!?」
「それはまあ、いなかったら帰れませんから。」
「それもそうだけどさ!」
私が目を剥くと、レミィが説明を始めた。
「町を抜けるところで、家屋に衝突したトラックと一緒に発見されました。」
「……は?」
「どうやら自分で運転してきたようですが……相変わらずどうやったのかは……」
すこし驚いたが、それでも時間をかければ納得できてしまう辺りがキューちゃん絡みの珍事である。
「……なんじゃそりゃ」
結局、彼女は自分一人で帰ってきたということなのだろうか。
相も変わらず、たくましいというか底の知れないというか。
「キューちゃん?」
呼び掛けてみると、折り紙を手にしたキュウがくるりと振り向いた。
「あ、ミケ起きた?見て、カマキリ!」
「いや、それクワガタ」
バックでは当初の目的を忘れ「うおおお!クワガタじゃんすげえ!」と騒ぐわんぱく坊主二名の声。
「……。」
この一連の光景を見ていると、なんだか急にどうでも良くなってきた。
「……なんか、もう、いいや」
「ん?」
「なんでもないー」
私がぶらぶら手を振ると、キュウはさっさと折り紙の作業に戻ってしまった。全く、さっきまで殺し屋に拉致されていた奴の態度だとは思えない。
流石というか、やはりキュウはキュウだった。
「あぁ、つかれた、マジつかれた。」
もう三日は眠っていない気分だ。
また眠ろうとあくびをしたその時、私はやっとそれに気がついた。
「……。」
「どうかしました?」
さっきから私が頭を乗せているのは、レミィの太ももだ。所謂、膝枕という状況である。
道理で、温かいわ柔っこいわで気持ちがいいわけである。
まだ何ともない顔をしているレミィの問いに、私は暫く沈黙したあとにやりと笑った。
「いや別に、おまえは相変わらずイイ身体してんなーってさ」
その瞬間のレミィの顔の爆発を、私は今後一生忘れないだろう。
「じょ、嬢っ!?」
「なに?なんかあったかー?」
私が茶化すように言ったが、意外と私の頭が楽園から追放されることはなかった。
「こ、今回だけは特別に、ゆるします……」
「……。」
不意打ち的発言に、意図せず生唾を飲み下す。
顔が赤くなるのを必死に誤魔化しながら言う姿は、恐ろしくそそるものがある。おまけに柔らかく、それでいて絞まった百点満点の太ももから若干の震えが伝わってきたものだから、かなり堪えた。
その場で襲い掛からなかった私の強靭な理性を誉めてほしいくらいだ。
咄嗟にお互い視線を逸らす。
「いまの反応は、その……無しだろ……っ!」
「だって、あなたがそんなに……っ!!」
こうして、お互い熱いとも冷たいともつかない空気感のまま、私はぎこちなくレミィの太ももに頬を預けた。
「あの……じゃあちょっと」
「……な、なんですか?」
「このへんちょっとさわっても……」
「嬢っ!」
「ごめっ……イタッ、冗談だってばっ」
まあ、つまり、私たちはちっとも知らなかった上に想像さえしなかった訳である。
この一連の騒ぎの後ろで、特殊アバターキュウことAA-12が、結構頑張っていたということを。




