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《夜明け前には》3

「……フフ……フフフ……」


 黒い肩が微かに揺れる。


「フフ……ハハハ……!」


 辺りを取り囲むように駆け回る正体不明の影。

 部下たちが銃口を巡らせる中、リーダーの男は込み上げる笑いに震えていた。


「面白い……噂には聞いていたが、やはり面白い連中だ。気に入った、プロとして相手をしてやろう!」


 ハイタカはその様子に大きく煙を吸うと、火のついた煙草を投げ捨てた。


「なるほど。」


 幾つもの銃口が向けられるなか、腰のホルスターから臆することもせず自動拳銃を抜いた。


「聞いたなおまえら。話は済んだ、全員地獄の底に叩き込む。」


「はぁい♪」

「あいよー」

「よしきた」

「がってーん!」

「しょうちのすけー!」


 闇の中で、応じる声だけが響き渡る。

 辺りを取り巻く空気が一気に鋭さを増す。

 一触即発の空気だ。

 リーダー同士の視線が衝突し、次の瞬間に火を切った。



「「殺れ」」



 短い号令で、様々な事が一瞬の内に起こった。


 ハイタカに向けられた銃が無数に火を吹く。

 その背後から飛来した弾道の白い線が殺し屋の一人を貫く。

 左手の指輪の上で赤い光が弾け、ハイタカの目の前に黒い影が落ちる。


 闇の中で衝撃音と火花が散り、怒号が飛ぶ。


「シールドだと!?」


「このタイミングで支配権って……全く、人使いが荒いわね、あなたって。」


 ハイタカの前に立っていたのは、重厚な盾を構えた特殊アバターだった。


「文句なら後で聞く、ミサゴ。」

「はいはい。やぁね、怖い顔して。」


 厚さ10ミリ以上はありそうな装甲に持ち手を取りつけただけの巨大な盾。

 車両用の装甲板を転用したものだ。

 勿論、並の人間に扱えるような重量ではないが、彼女は特殊アバターだ。

 超重量の金属板を、まるでベニヤの板切れの如く扱っている。


「出たぁ!ミサゴ姐さんのヤバイ盾!」


「ちげぇよヤバイのは盾じゃないって、あれ持ってるミサゴ姐さんの腕だ!」


「バーカ!ミサゴ姐さんにあのおっぱいよりヤバイもんなんてついてないだろー!」


「ちょっと!今の誰!?」


 顔を赤くするミサゴに、何処からともなく茶化す声はけらけらと笑い出す。


「ミシロでーす!あーあ、ミシロ後でボコられるー!」

「あ、おまえ!俺じゃないでーす!マツバでーす!」


 視界の利かない暗闇の中を、あちこち声が駆け回る。


「散れ!盾がどうした、取り囲めばこっちのものだ!!」


 黒い波が形を変えるように展開していく。

 だが、それよりも先に辺りの廃墟の合間から二つの影が飛び出し、首紐から解かれた犬のように駆け回り始めた。


「バーカ!そうは問屋が卸すかってんだ!!くらえー!!」


「そうだそうだ!おまえらもう許さねーぞ!とりゃあー!!」


 囃し立てるような声と共に、四方八方から銃弾が飛び交う。

 走り回りながらの乱射は決して精度の高いものではないが、相手の動きを封じ、戦場を瞬く間に掻き乱していく。


「数はこっちが上だ、相手に乗せられるな!」


 乱闘になれば、この環境では数のアドバンテージは一瞬にして崩れ去る。

 どうにか編隊を組み直すが、それでも相手を捉えることはできない。


「くそ、こいつらちょこまかと!」

「冷静さを失うな!」


 飛び交う怒号の中で、またも笑い声がふたつ。


「おーい、こっちだ!悔しかったら当ててみろってんだ!」

「違う違うこっちこっち、こっちだバーカ!へったくそー!」


 ただでさえすばしこい上にサプレッサー越しに放たれる銃火は小さく、敵の場所どころか数さえも把握できないのだ。


「おりゃあー!泥棒死すべし、慈悲はな……いてぇ!!オイコラ今撃ったの誰だぁー!!ぶっ殺すぞー!」

「あっはははは!ミシロ撃たれてやんの、超ダッセぇー!」

「うるせぇ、グレイズ(かすり)は加点だ!」


 場を混乱に陥れる掴みどころのない様は、まるで弾をばら蒔きながらおどける二人組の道化師だ。


「くそっ、このガキどもが!こうなったら消耗戦に……ガッ!?」


 言いかけた男の眉間を、338ラプアマグナム弾の描く直線が貫いた。








「おっ……やっと当たった!」


 スコープから目を離したブレイザーR93に次弾を装填しながら、ギンジは握りこぶしをちいさく振るった。

 三発目にしてやっと命中だ。


「……ったく、何が援護程度で十分だよ……さっきから滅茶苦茶働かされてるぞ俺……!」


 距離にして約400メートル。

 現場を見下ろす高い屋根の上に陣取り、リュックサックをバイポッド代わりに再びスコープを覗く。

 スコープには夜間用に大きな赤外線装置が取り付けられている。


 スコープ越しの世界は灰色で、人影が白く浮かび上がって見える。


「くそぉ……お前らふらふらすんじゃねぇよぉ……!」


 実のところ、狙撃はあまり得意ではない。

 だがメンバーの中でスキルを持っているのが彼以外にいなかったので、仕方なく引き受けているのだ。


 実際のライフル狙撃は、映画やゲームで見るほど楽ではない。

 反動や手ブレはもちろん、重力による弾道の落下や風の影響、もっと遠くなると地球の自転までもが影響を与えてくる。そのズレは、距離や角度はもちろん、使用する銃や弾によっても大きく変わる。


 その為現実世界の狙撃手たちは、傍らに観測手を置き、それでも足りない技量は過酷な訓練を重ね、やっとのことそれらを克服していくのだ。


 だが、ゲーム世界ではそういうわけにはいかない。その為、狙撃をアシストするためのスキルがいくつか存在する。


「おとなしくしててくれよ……!」


 《集中》スキル。

 対象をスコープの十字(レティクル)に収めると、薄い光のサークルが出現する。

 スキルレベルによって所要時間に差は出るが、一定時間対象を狙い続けるとサークルが狭まっていく。サークルが中心一点に集中すると弾道補正機能が発動し、狙いを定めた場所に確実に弾丸を撃ち込む事ができる。


 ギンジのスキルレベルはマックス9の内3。

 補正機能を発動させるには2.5秒以上相手を捕捉する必要がある。

 もちろん、アシストに頼らないプレイヤーも数多くいるが、少なくともギンジには真似できない。


 アシストなしでは足下に当たって良いところだ。


 SOGOのアバターは屈強だ。

 一発で仕留めなければほぼ確実に逃げられてしまうため、狙撃においては一撃必殺が基本になる。ギンジとしてはアシストに頼る他ないのだ。


 敵が動きを取り戻してきた。

 レティクル上に敵を収めるのも徐々に難しくなる。


「あのバカどもは……」


 無線機と繋いだヘッドセットに、ギンジは文句を言う。


「なにやってんだマツバミシロ!もっと騒げよ、それしか無いだろお前ら!今誰かこっち向いたぞ、そろそろバレちまうってば!」


『おらおらくらえー!』

『いいぞミシロー!今度は死ぬなよー!あはははは!』

『バーカ!ありゃまぐれだよー!ほら見ろ今の、すげーぞ!!』


「……聞いちゃいねぇ!!」


 昔からああいう奴等だった。

 仕事をしているのだか遊んでいるのだか分かったもんじゃない。

 だからこそ、あんなまともな神経ではとても敵わないような芸が披露できるのだろうが。


「あーもう、サモンさん?聞いてますサモンさん?」


 諦めて、頼みの綱である兄貴分に呼び掛ける。

 だがヘッドセットから聞こえてくるのは、ガサガサというノイズだけだ。


「え、サモンさん!?殺られてないっすよね!?」


『ああ悪い……そろそろ着くぞ、待ってろよ……くそ、重てえなこいつ……』


「遅いっすよサモンさん!なにやってるんすか?」


 暫く何かをぶつけるような音をさせると、やっと返答があった。


『悪い……荷物が重くてな。安心しろ、もうすぐそこだ。今に吹っ飛ばしてやる。』


「急いでくださいよマジで、俺狙撃とか苦手なんですって!」


  十分に狙いを定め、再び引き金を引いたのだが、また外れた。


「あああぁぁぁあ!動いたら当たんないだろって!!」


 リュックサックを殴りながら、ふとスコープを巡らせると


「ん?」


 現場となっている太い通りのすぐ脇、低い建物の上になにかが見えた。

 赤外線に反応しているので恐らく人だ。加えて、大きな荷物を背負ったあの熊みたいな背中には見覚えがある。


「サモンさん?何やってんだあの人?屋根の上って……サンタさん?」


 何やら馬鹿にでかい装置と格闘している。運動会シーズンによく見る、あのテントの骨組みに見えなくもないが。


「……え、あれって……え?」


 あれと言ったら、多分あれだろう。


「うっそー……組長……これぁちょっと、流石に引きますわ」







「お前らああああ、ヘルメット被れええええ!!」



 響き渡ったその野太い声に、辺りは一瞬静まり返った。


「はぁ!?」

「なに、なんて言ったサモンさーん!?」


 辺りを忙しく走り回っていた二人は大声で聞き返し。


「あら、あれ使うのね」

「……。」


 盾越しに応戦していた特殊アバターとハイタカは何かを取り出した。


 それを何処から見ていたのか、騒いでいた二人も口々に言い合う。


「ああ、あれな!よしきた!」

「マジで!?あれやんの!?あはははっ、組長ヤベぇ!!」


 興奮ぎみに叫ぶと、二人も何かを取り出した。


 組員全員が取り出したのは、なんと工事現場で見かけるような黄色いヘルメットだった。


『安全第一!』


 声高々と唱えると、突然隣の建物の上で物音がした。


「よし、じゃあ行くぞ!!」


 見上げると、屋根の上には屈強な大男と、三脚で支えられた巨大な装置が立っていた。

 太い銃身と、その横に細い銃身の束。数珠繋ぎの弾帯が二本垂れている。


「俺特製のビッグマシーンだ、食らいやがれ!」


 途端に豪雨のような銃声と爆発音が響き渡った。


「なに!?」


 驚愕の声が悲鳴へと変わっていく。


 グレネード弾を連射する重機関銃のようなフォルムのMK19自動擲弾銃と、毎分4000発の7.62ミリ弾を吐き出すれ連装機関銃M134ミニガンを同居させた、特製の移動銃架だ。


 古い木造の建物しかないここでは、弾を遮る物など何もない。


「クソ、散開だ!」

「射手を撃ち落とせ!」


 指示とも怒号ともつかなくなった声が飛び交うが、更にそれを掻き乱すように笑い声が響く。


「よっしゃー!こうなりゃこっちのもんだぜ、ミシロー!」

「よぉし、暴れるぞマツバー!!」

「おうよ!てか最初から暴れてるしー!!」


 狭所に逃げ込んだ敵を、あちこちを駆け回るミシロとマツバが次々と仕留め、あるいは炙り出していく。

 蛍光塗料まで塗られた派手なヘルメットを被せたのは、敵と味方を区別する為だろう。


 その横で、盾を構えたミサゴと二本目の煙草をくわえたハイタカが淡々と会話をしている。


「あのおっきい子、見た目によらず手先器用よね。車弄るのもあの子でしょ?」

「サモンか。まあな。」

「それにしても、賑やかになってきたわね。私も混じってきて良いかしら?」

「勝手にしろ。」

「やった!ハイタカ大好きっ!」


 顔を背けたハイタカの頬にたっぷりとキスをすると、重厚な盾を放り出して両手を出した。

 赤い光が花弁の様に散り、長い銃身と円筒状を持つ銃が現れた。

 アメリカ製の大口径自動小銃、ブローニングM1918、通称BARだ。ゲーム内オリジナルのレアアタッチメント、60連ドラムマガジンが取り付けてある。


 ミサゴと言う支えを失い倒れかかってきた超重量の金属塊をハイタカが紙一重で避けたのも気にせず、彼女は絶え間なく火花の散る闇のなかに飛び込んでいく。


「ミシロちゃーん!マツバちゃーん!お姉さんも混ぜなさなさいっ!」

「げえええ!姐さん来たぞぉ!マツバ、ヤバイぞぉーー!!」

「おおおっ!よっしゃー、ならもっと暴れるぞー!ミサゴ姐さんのおっぱいがぼいんぼいんするのを目に焼き付けるのだああー!!」





「……とか言ってるんだろうなー、あいつら」


 マツバとミシロの様子を思い浮かべながら、ギンジは一気に騒がしくなった現場を見下ろす。

 そしてため息。


 さっきから地面が揺れているのかと錯覚するほど派手に撃ちまくっているサモンだが、あれは鬼のような破壊力を見せつける一方でかなり目立つ。


「これ、サモンさんカバーすんの俺だけだよな?」


 少なくとも、下が全くそれをやってくれそうに無いのは見ずともわかる。


 また、ため息。

 一気に動きが激しくなった敵を狙うのは至難の技だ。


「わかったよ、やりますよ!はいはいはい!あー、くそっ!!」


 怒りに任せた初弾が、今度は敵の脛を砕き、直後飛来した榴弾がそれを赤い光の塵に変えた。


「サモンさん聞いてます?ヤバくてもあんま頼りにしないでくださいよ!俺たちだけでもしっかりしてないと……」


『吹き飛べ賊どもがああああ!!』


「え、この人も!?駄目だこの職場まともな奴いねぇ!!」





 決着がつくのに、大した時間はかからなかった。


 散っていったプレイヤーの残した装備品が転がる中、狙ってか偶然か、最後に生き残った殺し屋のリーダーをマツバとミシロがロープでぐるぐると巻いている。


「どうだ、思い知ったか悪役ども!」

「組長の首が欲しけりゃ軍艦でも引きずってこい!」


 まだ興奮覚めやらぬ調子の二人には目もくれず、終始煙草をくわえたままだったハイタカを見上げていた。

 それを見つめ返すと、ハイタカは短くなった煙草を踏んだ。


「何か言い残すことは。と言っても、誰かに伝えてやるつもりはないが。」


「安心しろ、ここにいた連中以外に家族はいない。おまえらを呪いたいわけでもない。だが……」


 クスりと笑い、僅かに煙をあげる吸い殻に目を落とす。


「商売柄色んな人間の相手をしてきたが、どうやら俺はおまえを気に入っちまったようだ。最後に忠告させてくれ。」


「……。」


 無言で応じると、男は小さく肩を揺すった。


「ならありがたく喋らせてもらう。命が惜しいなら今すぐここを逃げろ。もしかしたら、命だけはどうにかなるかもしれん。」


「まだ愛車を一台返してもらっていない。」


「冗談のつもりはないぞ。ここにいるのが俺たちだけだとはまさか思っちゃいないな?俺たちよりも名の通った手練れが、ここに犇めいてるんだ。おまえらを始末しようとな?

 悪いことは言わん、命がある内に……」





「まだしゃべるか、それ」






 突然上から降ってきた声に、男の声は遮られた。

 全員が首を巡らせると、見上げた屋根の上にぼろ布を被せた案山子のような物が立っている。


「な……!?」


 男が驚く間にもそれは屋根を飛び降り、何かを引きずりながらこちらに近づいてきた。


 ハイタカはその姿を見るとため息をつく。


「相変わらず空気が読めないな、ヨダカ。」


 その言われたぼろ布の塊は、首を振ってフードを払った。

 露になった黒い髪は夜闇の中でもわかるほど艶やかで、端正な美しい顔は寸分の表情も浮かべない仮面のようだ。


「しらん。」


 やっとのことそれを否定するように動く唇。


「それにしても、今までなにやってた?」

「やけに周りがおとなしいと思ったら、こいつがいた。」


 引きずっていた物を目の前に放り出す。

 全員の前に投げ出されたのは、頭に旗を立てた一人の男だった。


「『注目フラッグ』……なるほど、エネミーキャラが湧かないと思ったら、こいつが表で惹き付けてたか。」

「だいぶ集まってたから、ここいらで放した。」

「なるほど……で、他に何かあったか?」

「60人……それくらいいた」

「どうなった?」


 ハイタカの問いに、ヨダカは敵から剥いだと思われるコスチュームのエンブレムや腕時計などの装飾を取り出し、ばらばらと地面に撒く。


 ヨダカの無言の答えを聞くと、ハイタカは自動拳銃を抜き、縛り付けた男の眉間に押し付けた。


「そういうわけだ。心配はいらん。」


 男は声を出して笑い、その顔を見上げる。


「ますます気に入った。その目、もう見られなくなるのが残念でかなわん。」

「お互い出会い方を間違えたな。」

「ああ、全く……」


 ばばばふっ


 男のこめかみを鋭い光が駆け抜け、一瞬にして全てのLPを刈り取っていった。

 もう動くことのないアバターの体が地面に倒れ、赤い光の粒になって消えていく。


「……。」


 イングラムM11のサプレッサーを煙らせたヨダカが、ハイタカの顔を見上げていた。


「かえろう、つまらん」


 一言言うと、旗を立てていた男の方にも銃を向け、引き金を引く。

 ハイタカはため息を一つつき、無線機を手に取る。


「ジェイ、終わった。あと、なるべく速めに来い。エネミーの大群が湧いてるのと、ヨダカがキレかかってる。」





 こうして、砂漠での夜盗騒ぎは終着に向かった。



 ーーかのように見えた。

何故あのクソでかい銃が『ミニガン』なのか……いやはや、開発経緯がどうこうとはいえとんでもないネーミング。広告機構の窓口に訴えられるレベル。

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