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《夜明け前には》2

 

 ○●○●○●



 数十分前


「うわ~、こりゃメンドい所に逃げ込まれましたね組長」


 コンテナの天井に開けたハッチから顔を出していた赤毛の青年が「うえ~」と舌を出しながら口にした。

 確か、案内役の二人組の内の一人で、名前はマツバと言った筈だ。


「見渡す限り廃墟廃墟のアンブッシュし放題……こりゃ道なりに進んでたらすぐに囲まれますね。あいつらただの賊じゃないっぽいし、こんなブイブイ突っ込んじゃってダイジョブっすか?」

「そうそう。ていうかここめっちゃ不気味ですし!俺ってばゴースト系苦手なんでマジ帰りたいっす。」


 釣られて口にした茶髪のマツバに、組長ことハイタカは緩やかにため息をついた。


「自信がないなら帰っていいぞ。夜の砂漠を拠点まで走りだがな。」


 その低い声に二人は揃ってひきつった笑みを浮かべた。


「じょ、冗談ですよ組長っ!やだなぁまたそんな怖いこと言っちゃって。」

「そうそう、イッツジョーク!ほら女性もいるわけですから?場を和ます粋なジョークをご提供!」


 今にもすり手に肩揉みを始めそうな二人に、同乗していたレミントンM11-87、レミィは不安を隠せずにいた。


 強奪されたトラックと対になる武装トラック『(クマタカ)』。後部に乗った強固な鉄板で固められたコンテナに乗り合わせるのは、強奪された『狗鷲』の搭乗員五人とハイタカ、星風組の特殊アバターミサゴとレミィだっだ。


「不安?」

「え?」


 握ったままのM16を見つめていたレミィに、横からミサゴの声がかかった。


「その……。」


 相変わらず組長の前ではしゃぎ回っている二人をちらりと見て、レミィはまた銃を見下ろした。


「大丈夫よ、あの子たちも素人じゃないわ」

「でも、私にはどうも……真剣さに欠けるように見えて……。」


 これは主と仲間の身が掛かった戦いだ。

 だが、どうもあの二人はお茶らけてばかりで、まるで緊張感を感じられない。

 いや、二人だけではない。

 鍛えぬかれた巨体を誇るサモンも先程からベンチで船をこいでばかりで、運転席からはかなりの音量で流れる音楽が聞こえてくる。

 ギンジはキャブ上に上がったまま降りてこない上に、ヨダカに至っては町に入る頃には車内から消えていた。


「大丈夫、この子たちはいつもこうだから。」

「いつも?」

「ええ、伊達にここまで生き残ってないわ。実力は本物、私とハイタカが保証するから。」


「あ~、お客さんまさか俺たちの腕疑ってます?」


 そこで、ニヤリとした表情を顔に貼り付けたミシロがやって来た。


「いつもは案内ばっかしてますけど、俺結構強いんすよ?さっきだって一人で三人仕留めた!」

「あっれれれ、昼間真っ青になって死にかけてた奴はだれだぁミシロきゅ~ん?」

「な、それはそれ……」


 そう言い合うと、また二人して騒ぎ始めるのだった。


「信じられないだろうが、まあミサゴ姐さんの言うことは違わないぜ」


「あなたは……」


 いつの間に目を覚ましていたのか、次に口にしたのはサモンだった。

 冬眠から覚めたばかりの熊のような顔だが、その手はしっかりと傍らの機関銃の上にあった。


「さっきのミシロの『三人』ってのは、あくまでこいつ一人で仕留めた数だ。このわんぱく坊主どもが二人で組んで仕留めた数、聞きますかい?」


 突然、寝ぼけたような双眼が刃物のような光を放った。

 それに合わせるように、横で掴みあっていた二人もくるりと顔を向ける。


「そーゆーわけっすから、安心しちゃってオッケーですからねお客さん」

「100パーセント心配御無用、大船に乗ったつもりでどんと座っててくださいよ!」

「まあその大船をさっき一台持ってかれたばっかなんだけどなー」

「おうマツバ上手い!今日はなんか冴えてるぜ俺たち!」


 最後に二人そろって「イエーイ」とハイタッチを交わすと、また何やら騒ぐ作業に戻っていった。


「ま、変に気負ったところでどうにかなるわけでもない。肩が凝らない程度でちょうどいいってもんですよ。」


 そう口にしたサモンに、レミィも黙って頷いた。


 ふと、何かを感じたのはその時だった。

 耳元を針で弾いたような、微かだが鋭い感覚だ。


「……嬢?」


「どうした?」


 ハイタカの声に、レミィは小さく首を振った。


「いいえ……気のせいです。今、嬢に呼ばれたような気がして……」


 それを聞いた瞬間に、ハイタカは無線で運転席に何かを命じた。


「あの……」


 困惑するレミィを他所にトラックは停車し、ハイタカは何事かと瞬きをする部下に手早く指示を回す。


「降りろレミントン、お前なら場所がわかる筈だ。」

「ですが……」

「特殊アバターと契約者の繋がりは、俺たちの理屈を上回る。何かを感じたなら、それに忠実にいろ。」


 そう言うと、ミシロが「いくぞー!」と威勢よく持ち上げていたアサルトライフルを掴み、彼女の方へと投げた。


「あ、ちょ、組長それ俺のー!」

「もう一組あるはずだ、そっちを使え。」


 ポリマー特有の質感を感じさせるその銃を受け取ったレミィに、ハイタカは早口に言った。


「ACR、いやMASADAの方が通じるか?」

「マグプルMASADA……ブッシュマスターACR、アメリカ製のアサルトライフルですね。カスタムはCQBバレル、サプレッサーとドットサイト。」

「ああ、交戦距離の縮む夜間戦闘仕様だ。マズルフラッシュやラインも暗闇では的だからな。マガジンは小口径弾(5.56×45mm)で使い回せる筈だ。お前ならすぐにでも使いこなせるだろう。」


 手に収めた銃を一通り確認しながら、レミィはハイタカの顔を見上げる。


「なぜこれを?」

「今、お前の主人を救えるのはお前だけだ。使えるものは上手く使え。それだけだ、行け。」


 ハンドルを引き初弾を装填すると、レミィは小さく低頭しコンテナを出た。


「感謝します」




 ○●●○●●




 颯爽と現れたその背中が、私の目には何故か酷く眩しいように見えた。小気味よいテンポで放つ弾丸は狂いなく相手を貫き、赤い光を散らす。

 瞬く間に敵を仕留めた銃を薄く煙らせながら振り向く姿に、私は一瞬だけ二日前の事を思い出していた。


 黒い煙と熱気を巻き上げながら燃えるボスエネミー。最後の足掻きで危うく死にかけたベルゼブブ戦だ。


()()()ちゃんといますよ、嬢」


 瞬きをした私を見下ろして、レミィはそんなことを言う。

 こんなときに限ってどうしてこんな面でいられるのだか、彼女の穏やかな表情はまるで微笑んでいる様にさえ見えた。


「……こんチクショー」


 口にしてはみたものの、不思議なことに思ったほど腹が立たなかった。


 結局釣られるように息を抜いた私は、差し出された手を必要以上に強く握りながら立ち上がった。

 これにはレミィも困り顔を見せる。


「痛いですよ、嬢?」

「うるさいし。ていうか、何でおまえがあの時の事知ってんのさ。」


 レミィは「さあ?」と肩を竦める。


「あの時のことなら、キュウが熱心に語ってくれましまから。もちろん、断片的にではありますけどね。」

「……あの頭すっからかんは……」


 後日、頬っぺた大福の刑に処すことを心に決めた。

 赤面する私を背にし、レミィは早口に告げた。


「早くここを離れましょう、後続が来ます。」

「うん、そうしよう。さすがにこれじゃ殴りあいも満足にできそうにない。」


 首を振りながら帽子男を掴むと、そこで後ろからエンジン音が迫ってきた。


「ちゃーっす、お待たせお客さん。道選んでたら時間食っちゃいましたが、間に合ったようで」


 星風組のトラックだ。

 運転席から顔を出した男が歯を見せる。


「またバカにでかいもん乗り回して来るなおまえらは……」


 ぼそりと溢した私の声はエンジンの嘶きに紛れ届かなかったらしい。

 だが、なぜかそんな私の様子が大層ありがたがっているように見えたらしく、運転手は機嫌よさげに汚く笑い出した。


「いえいえ、礼はいいんですって!ささ、どうぞ俺っちのビッグマシンへ、夜のドライブとキメましょうや。」


「鼻の下伸びてんぞおまえ。あとまだキューちゃんも……」


 そんな私の言葉も待とうとせずに、後ろから迫ってきた銃弾が足下を叩く。


「おっとと、お客さんモテモテっすねー、こりゃ追い付かれちゃおいらも袋叩きになっちまわ。どうかお急ぎくださいな。」


「でも、キューちゃんが……」


「嬢」


 急かすようなレミィの声で私の足が動いた。


「大丈夫です、AA-12(キュウの本体)がこちらにある限り、彼女が死ぬことはありません。今はあなた自身の身を大事に。」


「……ぐぬ」


 歯を食い縛り、私はコンテナの中に掴んでいた男を投げ込んだ。


「痛っ!?何すんだチクショー!!」


「うるさい喚くな死体野郎!いこうレミィ」

「はい」


 足早に乗り込むと、コンテナ内部のスピーカーがガサつく声を発した。


『ドアは手動となっておりまーす、弾抜けのないようしっかりとお閉めくださぁい。んじゃ出発!!』


 木造の建物をいくらか破壊しながら、トラックが走り始めた。


『それでは西部砂漠のステキな地獄巡り、運転手はわたくし星風組のジェイでお送りさせていただきます~……なんちって。』


「そう言えば……ハイタカさんたちは?」


 回復アイテムの注射器を取り出しながらレミィが口にする。


『あぁ、組長たちですね?なんか直接話つけてくるだとか言って行きましたよ。完全武装で!』


 マイクに音が入るほど大きく笑いながら答える声に、レミィが顔を青くした。


「まさか、あの数相手にですか!?」


 そんなレミィの様子がマイク越しにでも分かったらしく、運転手は笑いも覚めないままに返した。


『ダイジョブっすよお客さん、むしろ俺は相手の方が心配なくらいっすよ。組長、分かりにくいっすけどな~んかガチギレモード入りかけでしたから。てか、ミサゴ姐さんとヨダカさんの二人連れてる時点で、もう相手方生かす気ゼロっすよありゃ?』


 その言葉の裏にはハイタカの実力に対する信頼と同時に恐れのような色も伺えた。


『ま、俺らはお呼びがかかるまで火花の届かない所で待機。暫くお喋りでもしましょうって。なんなら音楽でもかけましょうか?DJジェイ、セレクション!』


 スピーカーから本当にアップテンポな洋楽が流れ出し、マイクの奥から微かにつたない英語混じりの鼻歌が聞こえてき始めた。


『まあ肩の力抜いて。五曲くらい流したら呼ばれますよ、たぶん』





 ●○●●●●




「……む?」


 トラックの巨影が過ぎ去ったその跡に、その男は立っていた。

 防具(プレートキャリア)や目立った武器を携えた様子もなく、この辺りでは護身用にもならないような九ミリ自動拳銃だけが腰のホルスターに吊ってある。


「驚いたな」


 それに対して、殺し屋のリーダーの抱いた感想はその一言だった。


 人数24人の精鋭を後ろに控えさせたまま、ただ一人立つその男を見据える。

 何かの罠のつもりか。


 相手はあの星風組だ。油断はできない。


「星風組のハイタカだな?」

「ああ、その通りだ。」


 この人数に動じることもなく、男は淡々と答えた。


 訝しい気もする。

 だが、この状況で彼の中に沸いたのは『興味』だった。


 この期に及んでまだ平静を装っていられる、この男の腹の底を覗いてみたいと。


「俺たちが何者なのか、まさかここまで来て検討がつかないなんてこともないだろう」

「単なる賊だとは思っていない。大方、誰に雇われたか殺し屋か何かの類いだろう。家は商売敵も多い、ただの下郎と職の人間の区別くらいはつく。」

「なるほど……。」


 どうやらこの状況を理解できないほどの間抜けであるということはないらしい。

 だがそれでは尚更この男の根にあるものが気になる。


「今回は、話をしに来た。」


 意外なことに、先に切り出したのはハイタカの方だった。


「話?」

「そうだ。」

「なるほど」


 殺し屋のリーダーは片手で指示を出し、控えさせた部下の銃を下ろさせる。


「交渉なら応じよう。なに、別に俺たちが欲しいのは人様の命じゃない。報酬の手にはいるだけの仕事さえできれば満足だ。」

「……。」


 腕を組んだハイタカ。

 黙したまま、その表情は仮面のように変動しない。


「条件と言ってはなんだが、こんなものでどうだ?星風組の所有する全車両の引き渡し、西部砂漠地帯の各エリアの設けた拠点の撤収が条件だ。応じるなら、組員の身の安全は保証しよう。」


 つまり、『星風組』という組織の事実上の解散である。


「……。」


 組んだ腕は解かれない。

 表情も相変わらず彫刻のようだ。


「どうした。悪い条件じゃあないはずだろう?むしろ、この職の人間にしては善意的な提案だと思うのだが。」


 長い沈黙に痺れを切らしたリーダーが言うと、石のような顔がやっと口を動かした。


「お前たち、何か勘違いをしているようだが」

「ん?」


 組んだ腕を解くと、ハイタカは胸のポケットから煙草の箱を取り出し一本を加え、片手で火をつける。

 ため息のように煙を吹くと、圧倒的な人数差を前にいい放った。


「誰がいつ、お前らに条件を出せと言った。」


 その声の伴った無形の圧力に、銃を構えた男たちは一瞬その数の優位を忘れかけた。


「条件を出すのはこちらだ。」


 その瞬間、辺りを囲む廃墟の合間を無数の影が走る。


 黒装束に身を包んだ男たちが咄嗟に銃口を巡らせる。

 煙草から灰を落とすと、ハイタカは淡々と、だがはっきりと口にした。


「選べ。雇い主を吐いて帰るか、ここで全員死ぬかだ。」



ここで簡単ですがトラック乗組員の紹介


マツバ

案内コンビの赤い方。見ての通りうるさい。リアルは中学二年生で、ミシロとはかなり仲がいいが実は直接会ったことはない。

ミシロ

案内コンビの茶色い方。いつもセットだから作者的にどっちがどっちかたまに間違える。リアル年齢はマツバと同じ。見ての通り騒ぎたがりの目立ちたがりで、宴会開くと真っ先にお立ち台に上がろうとする。

ギンジ

顔にシャープな傷跡がある三白眼の男。本人は結構そのルックスを気に入っておりクールキャラを目指しているが、案内コンビといると盛り上がりすぎて素が出る。ちなみにこいつもガキ。

サモン

黒人系の巨漢。イメージは大きい熊。メンバー内では最年長(高三)。明かしてはいないがなんとなく年上っぽいのは分かるらしく、この中では頼れる兄貴ポジションにいる。

ジェイ

運転手。いつも一人で運転席。運転中は暇潰しにマイク越しに無線で皆と話している。リアルは高校デビューしようとしてる至ってどこにでもいる男子。洋楽かぶれ。たまに運転中の暇をもて余してラジオDJごっこを始めるが、星風組内では結構人気だからすごい。

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