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《ゴーストタウン》2

 ○●○●○○



「なるほど、話はわかった。」


 その規模、総組員数にして約50人の運び屋組織『星風組』。

 比較的小数の部類入るが、西部砂漠地帯に蔓延る悪質プレイヤーや同業者にまで恐れられる程の武闘派として知られる。


 そんな組織を執り纏める『組長』と呼ばれる男が、今レミィの目の前に立っていた。


 ハイタカ

 黒い髪に黒い瞳、白いシャツの上から星風組のエンブレムの入った砂色のジャケットを肩にかけている。

 体格や見栄えにこそ特徴は無いが、その視線は研ぎ澄まされた刃物よりも鋭く、決して動じない口調は並みの人間とは一線を画したカリスマ性が感じられる。


「予想より面倒なことになっちゃったわね。どうするの?」


 若干鼻にかかったような甘い声で口にしたのは、その傍らについていた一人の女だった。その美貌と妖艶な肢体をを惜しみ無くさらけ出す服装に、キャロがわずかに頬を染めている。


 どうやら彼と契約する特殊アバターらしい。先程『ミサゴ』と呼ばれるのを聞いた。

 ハイタカは表情を変えないまま答える。


「今夜中に奪還するつもりだ。だがこの状況、ここの守りを手薄にはできん。あまり人員は回せないだろう。」

「じゃあ?」


 何処か期待の籠った眼差しを向けた彼女に対して、ハイタカはややため息混じりに無線を取る。


「"狗鷲"の乗組員は至急集合、さっさと盗られたものを取り返す。俺とミサゴも出る、用意しろ。」

「さすが、分かってるじゃない。私張り切っちゃう!」


 腕に絡み付くようにしてきた彼女から眉ひとつ動かさず離れると、再び無線のスイッチを入れる。


「ヨダカ、聞いてるか?お前は先に向かってろ。後はやりたいようにやれ、お前に任せる。」


「はいはい、今夜もヨダカちゃんですかー」と若干唇を尖らせるミサゴを横目に見ていると、無線がノイズ混じりの返答を流し始める。


『言われなくてもそうする。けど、ハイタカ』

「なんだ、問題か?」

『私のバイクが、ない』

「二輪なら二台積んでる筈だ、そっちを使え。」

『知ってる。けど、ない。』

「なんだと?」


 そのやり取りを耳にしたレミィが若干顔色を悪くしたが、ハイタカが気が付いた様子はなかった。


「よりによってそっちも盗られるか……仕方ない、お前も一緒に来い。」

『……』

「頼んだぞ、ヨダカ」

『……』


 暫くの無言が続いたあと、無線が切れた。


「ヨダカちゃんには随分丁寧にお願いするのね?」

「夜はあいつの領分だ。あいつの機嫌ひとつで、この戦いは前にでも後ろにでも転がる。分かれ、ミサゴ。」


 あくまで淡々と述べつつ行動に出るハイタカに、続くミサゴは拗ねたような表情。


「はいはい。そうよね、どうせ私の機嫌なんか二の次よ」

「はあ……」


 ハイタカは深いため息をつくと、頭を掻きながら向き直った。


「わかった、何が欲しい?」

「あら、あなたって言われないとわからないようなツマラナイ男だったかしら?」

「……。」


 その細い指でハイタカの喉から胸元までを蠱惑的になぞるミサゴに、彼はまた頭を掻く。


「ヨダカもそうだが、おまえも扱いに困る。」

「そう?いい女はその分手がかかるってことよ。」

「……だとしたらおまえとヨダカはとびきりのいい女だな」

「あら、褒めてるように聞こえないわ?」


 何やら際どい雰囲気を放つ彼らにレミィ、キャロ、朔太郎は既に目を離せなくなっている。

 だが、そんな三人の目などお構い無しという風で、遂に二人は情熱的な接吻を交わし始めたのだった。


「……っ!?」

「……き、きす……!?」

「キャロ、見ちゃダメ!」


 これには流石のレミィも目を見開いて頬を染める。

 キャロに至っては朔太郎が慌ててその目を覆うが一足遅く、首もとまで真っ赤になって砂場に立てた棒切れのようになった。


「……はぁっ……フフ、最高ね」

「満足したなら、さっさと動け。」


 たっぷりと時間をかけたキスシーンを演じ終えたハイタカは、人差し指で名残惜し気に唇をなぞるミサゴを背にどこかに向かい始める。


「あの」


 そこでやっと復帰したレミィの声。


「私も同行します」


 振り向いた彼らが口を開くのも待たず、早口でそう口にした。

 あまりの押しに流石のハイタカも面食らった様子だったが、すぐに立ち直って見せた。


「悪いが、これは俺たちの組の問題だ。それに、客をわざわざ荒事には巻き込めない。」


 ことごとく断るハイタカ。

 だが、一度断られるのは予想の範囲内だ。


「既に私のマスターが現場に到着しています。合流できれば、私とマスター、かなりの戦力になるはずです。」

「……。」

「貴方も特殊アバターと契約を結ぶ者。マスターと特殊アバターの連携ならよく理解している筈です。」


 レミィは相手の目を見る。

 どれだけ理屈を並べるかは問題ではない。

 この場合重要なのは、どれだけ相手に厄介がられるかだ。

 つまり、「首を縦に振らない限りここで足を引っ張るぞ」ということである。


 あまり質のいい駆け引きではないが、この状態ならこの手が最も手っ取り早い。


 それの魂胆を見切ったのか、ハイタカも必要以上に粘る事はなかった。

 人手が足りていないのも事実である。ここはおとなしく受け入れる他ないと踏んだらしい。


「名前は?」

「レミントンM11-87、マスターから受けた名は『レミィ』です。現在の武装はM16とガバメント、準備は整っています。」

「分かった、着いてこい」


「じゃあ、わたしも!」


「おっと……」


 レミィの後ろから続くように身を乗り出してきたキャロを、ハイタカが空かさず遮る。


「悪いが連れていけるのは彼女までだ。それ以上は無理だ。」

「ですけど、わたし……!」


「キャロ」


 その横で黙っていた朔太郎が諭すような口調で言う。


「さっきまでの防衛はともかく、この真っ暗闇じゃ支援は難しいよ。乱闘になったらボクたちは手を出せないし。それに、ここを空けておくわけにはいかない。」


「彼の言う通りよ」


 更に重ねてきたミサゴだ。


「お客に頼むようで申し訳ないけど、あなたたちにはここを頼めないかしら?」

「そうだよ、キャロ。……あとミサゴさん、ボクは"彼"じゃありません、きちんと女の子です!」

「あら、ごめんなさい。つい……でも、少し残念な気もするわね。」

「や、やめてくださいよ!」


 キャロは小さく俯いた。


「わかりました……。」


 その様子を見届けると、ハイタカは踵を返す。


「時間を食った。急ぐぞ。」






 ●●○●●○





「おい、どうし……っ!?」


 連絡を終えコンテナへと戻ってきた彼が見たのは、


「あ……ぁあ……」


 尻餅をついたままガクガクと震える相棒と、


「ふわぁ……ん?おじさん増えた?」


 寝袋から這い出して伸びをする金髪美少女だった。


 男は即座に状況を理解した。

 猛獣が目を覚ました、と。


「……んん、寝袋固い……キュウお家のベッドがいい。」


 少女は緩やかなカーブを描く眉をぐっと寄せながら言うと、突然現れた男二人のことなどまるで気にしない様子で、傍らに置かれていたヘルメットをすぽりと被った。


「……」


 援軍を呼ぶ事に成功したという後ろ楯があったことも影響したのか、彼はいくらか冷静だった。

 だからこそ判断できた。


 こいつはまだ、俺たちのことを敵だと認識していない、と。


 少女は両目をごしごしと擦りつつも、せっせと寝袋を畳んでいる。


 不幸中の幸いと見るべきか、どうやら彼女はあまり頭の働きの良い方ではないらしい。


「おじさん」


 彼女の興味がこちらに向いたのは、そんなことを考えていたその時だった。


「ひっ、お、俺!?」


「うん」


 くるくると纏めて紐で括った寝袋を抱えた彼女が見下ろしたのは、機関銃を抱えたままガチガチと歯を鳴らしている相棒だった。


「おじさん、ミケが作る玉子焼きより真っ黒いね。なんでそんなかっこしてるの?どろぼう?」


 どうやら、『何故ここにこんな奴がいるのか』ということより、闇夜に紛れる全身黒一色の装備の方が気になるらしい。


「そ、それは……」


 相棒はまだパニックから立ち直っていない。

 ここでボロを出してしまえば間違いなくやられてしまうだろう。


 持ちこたえなければならない。援軍がくるその時まで、この馬鹿をどうにかおとなしくさせておくのだ。


「そ、それはだな!お嬢ちゃん!」


 必要以上に大きく明るい声で言いながら、少女と相棒を隔てるようにその間へ入る。


「おじさんたちは、その……黒が好きなんだよ!黒はカッコいいからな!」

「ん?」


 突然割り込んできた二人目の真っ黒に対して瞬きをする少女。


 ーーこれはさすがに演技が過ぎただろうか


 一抹の不安が過ったが、それも一瞬。

 少女は大して気にした様子もなく真っ黒い衣装を眺めながらこくこくと頷いていた。


「おじさんも真っ黒けだね。」

「そうなんだ、おじさんたちは仲良しだからね。……そうだろ相棒?」


「え、いや……」


(いい加減気付けこの間抜け!!)


 未だガチガチ言っていた相棒を、目の前の少女にばれないよう睨み付ける。


(応援は呼んだ!あとはこいつをどうにかやり過ごすだけなんだよ!)

(お、おう)

(分かったら話合わせろ!いいか、こいつは見たところ頭の方は空っぽだ。難しく考えるな、自然に振る舞え!)


 という旨のやり取りを目線だけで交わす。

 とにかく、今は時間を稼ぐ以外にない。


「なにやってるの、おじさんたち?」

「ああ、いや。何でもないぞ!」


 丸めた寝袋をクッションのように抱き抱えている少女に言われて、やっと男たちは彼女に向き直った。


「変なおじさん」


 少女は相変わらず警戒心の欠片もない様子で寝袋をもふもふと抱いている。


「The itsy bitsy spider Crawled up the water spout……♪」


 聞いたことも無いような歌を口ずさみなが壁際のベンチに座った彼女に、二人は顔を見合わせる。


「……。」

「……。」


 無関心すぎて、身構えている男二人が返って神経をすり減らす程だった。


(大丈夫……なんだよな?)

(ああ、このまま時間を稼げば俺たちは助かる……筈だ)


 お互いに拭いきれない不安を抱きながらも、助けが来るという望みにすがり、必死に平静を装い続けるのだった。



 ーー既にコンテナの裏にまで接近する黒い一団に気が付く事もなく。





星風組の構成は以下の通り↓

〇実際に運び屋として砂漠に出る組=30人から25人くらい

〇西部砂漠地帯の各地に散って営業やら会計やら荷物の管理組=残り全員


ちなみにキュウが歌ってたのは、アメリカの童謡 (マザーグース)の『Itsy Bitsy Spider (ちっちゃなクモ)』です。

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