《ミケゾウ》2
今回からこのSOGOver5.0.0の花たる『新ルール』が登場します。
『支配権』
この世界の法則を曲げられるほどの切り札。
説明は後に回すとして、それを私はたった今使用した。
空気がぐにゃりと歪むのような感覚。
「……な、なんだ!?くそ、なにしやがった!」
馬鹿でもただならぬ何かは感じるのか、後ろの男がひっきりなしに銃口を振り回している。
いい気味である。
私にちょっかいを出したことを存分に反省してもらうとしよう。
突然、男の真後ろで大量の薔薇の花弁が渦を巻くように散った。
この派手な演出は間違いない。
私の目論み通り、うまくいった。
私が口の端を吊り上げて笑うのと同時に、その渦を裂いて男の背中に銃口が突き付けられる。
「動くな。」
「ひっ!?」
舞い散る花弁が消えると、そこに立っていたのは一人の女性だった。
憧れるくらいきれいな黒髪を後ろで束ね、着ているジャケットの裏に替えの装弾を留めた女性が私と全く同じ銃を構えている。
戦況をことごとく引っくり返したその女性は、凛とした声で言う。
「支配権の発動によりそれに応じました。嬢、ご命令を。」
彼女こそが私の相棒、レミントンM11-87(私仕様)である。
私は愛銃と区別するために『レミィ』と呼んでいる。
「あぁ……レミィ?怒ってない?」
突然の呼び出し、しかも一ヶ月に一回しか使えない切り札を易々使ったというのに、彼女にしてはやけにおとなしい登場だ。
ひょっとして、などと期待をした一秒後。
「……ない訳ありません、嬢!」
男を銃口の先で大人しくさせたままこちらに雷を飛ばしてきた。
「私はあれほどやめろと言ったはずです!
それを貴女という人は、聞く耳も持たず何度も何度も……!」
始まった。
私の世話をしてくれるのは嬉しいが、ところ構わず始まるこの説教ばかりは勘弁してほしい。
「ああはいはいごめんってば。そのさ、つまりレミィ?助けてくれないかな……って」
何かを言おうと息を吸いかけたものの、レミィはそれを呆れたため息に乗り換えたようだ。
「……わかりました。お説教は後回しにします。」
「じゃあレミィ、まずはこいつを始末して。」
「了解しました」
彼女は素早く男を蹴り倒すと、その背中を踏んづけて銃口を押し付ける。
「私の親に目を着けたのがお前たちの運の尽きだったな。さあ、覚悟しろ。」
「や、やめっ……」
「御免!」
野郎の背中から派手に花弁が散って、気絶のアイコンが点灯した。
「……から、貴女にはここ三ヶ月ずっと言っているはずです!貴方は只でさえ目立ちやすいというのに、自分から蛇の穴に手を突っ込むような真似を……」
「ハイハイ蛇こわいね蛇。」
「嬢!!」
「うわっ……ビックリした。顔近いってレミィ。」
お陰でカフェラテが少しはねた。
服の染みになっていないかを確認しながら、私は歩調を緩める。
テイクアウト用のカップの蓋を閉め直していると、隣でレミィが頭を抱えた。
「ああ……本当に。いったい貴女はどうすれば私の話を……!」
「まあまあ、抹茶ラテ冷めるよ?それともレミィ熱いの苦手?猫舌か?」
「違います!」
何がそんなに気に入らないのだろうか。
レミィは私が詫びにと奢ったスタバもどきを憤然と口に運んでいる。
「ならもうちょい美味そうに飲めんかね……」
町中を歩きながら、私は口を尖らせた。
そんなむくれた顔でさえいなければ、レミィも限りなく美人の部類に入ると私は思うのだが。つくづく残念な話である。
手足はすらりと長いし、刑事ドラマで相棒が着てるようなジャケットは似合っているし、今でこそ恐い顔をしているが、その凛々しい雰囲気とはギャップ味のあるパッチリした目が結構かわいい奴なのだ。
……少々胸や尻が足りていない気もしなくはないが ーー 否、スーツ系の着痩せ効果は侮れない。剥いてみたら結構備えているという可能性も見込める。
いつも見せるシャープな線とは裏腹に、その下に隠れるのは甘美なやわらか素材。
想像、基妄想に易い。
「なんですか、嬢?突然鼻の下を伸ばして。」
と、そのレミィの怪訝な顔で私の妄想は終わった。
「あぁ、いや。ほらほらレミィ、抹茶ラテを飲みな。」
いかん、件のトラウマの反動が妙な部分に作用したか。
流石に踏み込んではならない領域ぐらいは弁えなければ。
私は頭を振った。
あの滅茶苦茶になった酒場から逃げ出した私たちは、早くも家路についている。
私が「もう少しぶらぶらしていこうよ、ほらウィンドウショッピングなんてまあお洒落」と提案してやったのに、石頭のレミィは「駄目です!嬢は明日まで部屋で反省!」と言って聞く耳を持たない。
全く、たまに主とのデートに付き合うくらい良いものを、いったい話を聞かないのはどっちだろうか。
そもそも他の客にも幾らか顔を見られたし、ここでは悪目立ちする女性プレイヤーの私が、今更急いで逃げても変わりはしないと思うのだが。
まあ、それをレミィに言ったとしても「そういう問題ではありません!」とか言って説教が嵩むだけなのだろうが。
難儀な生き物もいるものである。
まだまだ続く説教。
私はそれをバックに、灰色の町並みと甘いカフェラテをずるずる言わせるのだった。
さて、そろそろ私について語っておこう。
ここまで自己紹介も無しに申し訳なかった。
名前は黒重 黒瀬。
ハンドルネームの類いではない、本名である。
趣味はゲーム全般。親しい友人はいない。ここに閉じ込められる前までは花の女子高生にして自宅以外の世に抗う孤高の引きこもりをやっていた。
それにしても、どっちが苗字なんだかとか以前に、もうこれ以上なく黒々とふざけ倒した名前だ。
叔父に原案を頂き、それを両親がどこぞの寺なりで命名診断して貰ったところ馬鹿みたいによかったというので大した熟慮もなく決めてしまったらしい。
ほら見ろ黒重家が誇るバカ一同、そんな滅茶苦茶な名前を付けてくれるものだから、私は大層立派に育ったぞ。
だがそれももはや過去の話、今の私の名前はSOGO内のプレイヤーネーム『ミケゾウ』である。
あまり女子味を含んだ名前にするとこのゲームでは浮きそうなので、とこんな風になった。
ちなみに名前そのものは昔住んでいた家の近くによく出没していた猫から頂いたものである。
容姿に関しても述べておこう。
ごりごりの筋肉ゴリラばかりの中で、私が引き当てたアバターは150センチクラスとかなり小型のもの。野性味溢れる名前に反してグラデーションの効いたショート茶髪の美少女である。
運営め、数少ない女性ユーザーに媚びたな。
私的にはゴリラでもチンパンジーでも一等構わなかったし、あまり目立つのは避けたかったのだが、三回引き直してこれしか出なかった上ステータスにも恵まれてしまったので仕方なくこの姿でやっている。
格好については、このゲームのパッケージも飾っていた迷彩柄によくわからん板を貼っ付けたような服ではなく、ジーンズにパーカーという無精でやらせていただいている。性に合わなかったとはいえ、この美少女仮面には申し訳ない。
だが、それらを上回る程の最大の特徴を挙げるとしたらこれだろう。
因みにこの特徴のベクトルは限りなく負だ。
「嬢、装備がずれています」
「あ……いや、レミィ。私これ着けたくない……なんか痛いし。」
「サイズが合いませんか?……変ですね、それなら自動的に補正が……」
「いや、そっちの痛いではなく……」
頭に乗っかったこれだ。
少し前まで拠点にしていた町では名物になってしまった、インパクト抜群のアイテム。
《ヘッドホン(Reキャット)》
装備スキル
●固定:感知能力ブーストLV6
●固定:危険察知LV4
●スロット:俊敏性ブーストLV3
どんな店に行けばこんな馬鹿げた品が買えるのだろう。
黒地に赤いラインが入っていて、ついでに猫耳までついた主張性抜群のヘッドホンだ。
これはきっとコスプレに違いない。
確かに頼りになるスキルがついているが、明らかにコスプレだ。
名前は『ミケゾウ』、頭には猫耳。
いったいどれほどの猫好きを患ったらこうなるのか。
しかし本人(私)が口を開けば、さして猫が好きという訳でもないというから尚お笑い草だ。
総括しよう、外したい。
だが、買ってきた本人であるレミィは恐ろしく真面目にして頑なだ。
「駄目です、外すのは許しません。嬢は只でさえ感知能力が低すぎます。装備品で補っておかないと、また今日のように背後をとられてしまいますよ!」
「いや……着けててもとられたし、さっき。」
「なら尚更、外すなんて許しません!」
昔、田舎のお祖母ちゃんにすこぶるダサいセーターを着せられたのを思い出した。
あのときは少し見せただけで直ぐに隠れて脱ぎ捨てたが、うちのレミィはそれさえ許さず、あろうことかそんな格好で出歩けと言う。堪らない話である。
「はぁ……」
「ため息ついても許しませんからね。早く帰りますよ、嬢。」
場所にある程度の違いはあれど、この世界の『町』エリアには《ポータル》と呼ばれる物が幾つもある。
といっても、決して時空に空いた大穴のような格好のよろしい物ではなく、大抵は建物と建物の間にひっそりと隠された『道』である。
路地裏風のその道を通ると、目の前にアイコンが現れるので、それを操作して行き先を決める。
選べるのは隣接する他の町やら、自分のホームエリアやらだ。
「いきますよ嬢。もう遊ぶのはおしまいです。」
「はいはい……」
私たちは自宅である《ホームエリア》へ移動した。
「ただいま……っと。」
玄関を潜ると、私はさっさと自分の部屋に戻ろうとする。
と、それを後ろから掴むレミィ。
「お昼。まだですよ、嬢。」
「……面倒くさい。酒飲んだしいいや……。」
「嬢!」
「うげぇ~、はいはいわかりました、食べますって……」
因みに、この世界に飲酒に関する法律はない。
確かに酔いこそするがアル中でぶっ倒れることもないし、何かそれ以外に問題が起こるわけでもないので必要がないのだ。
故に誰だろうが酒を飲める。
だが、レミィはそれが気に入らないらしく、度々「お酒は控えてください、非行の始まりです!」なんて言ってくる。
こんな世界で非行もへったくれもあるものかと言いたいところだが、それを言うとまた説教が始まりそうなのでいつも飲み込む。
「さあ、準備が途中だったので急ぎましょう。お腹を空かせたキュウが何をしでかすか分かりません。」
「え、キューちゃんにご飯あげてないの?」
「貴女が呼ぶからですよ!」
「あ……ごめん」
それは私の落ち度だ、謝るほかない。
レミィと共に台所兼食堂に向かう。
だが、その途中でレミィが立ち止まる。
「どうかした?」
「いえ……ソースの匂い……あと、何か香ばしい匂いも。」
「ソース?あぁ、言われてみれば。」
感知能力が低いので、匂いにも鈍くなっている私だ。
「何、今日はソースカツ丼にでもする気だったの?」
「いいえ……そうだったとしても、キュウが自分で作るとは……」
と、そこで私たちはとんでもない予想をつけてしまった。
まさか
最悪の展開を脳裏に浮かべながら、私たちは食卓へ駆けた。
「ふぉう……?ふぉふぁえい~」
ほっぺたを幸せに膨らませて、『おかえり~』だそうだ。
「キュウ!?」
悲鳴を上げたのはレミィ。
「あ~、やっちまった~」
頭を掻いたのは私だ。
食卓に空になった丼を重ね、さらにまだ蓋の閉じている丼を空にする作業に徹している人物。
ロリータ系に迷彩柄を捩じ込んだような衣装と、頭には同パターンのLWHというカオスファッション。
背丈ではレミィに劣るものの、彼女よりもずっと凶悪なミサイル二機を備えた金髪少女が一人、豪快にランチタイムを極め込んでいた。
「むぐむぐ……んくっ。まだあるよ、ミケ、レミィ!」
『キューちゃん』『キュウ』こと、MPS AA-12。
あどけない顔して、いろんな意味で危ないやつだ。
愛称の由来は『12』がトランプのクイーンに当たることから来ている。
世にも珍しいフルオート射撃の可能な散弾銃で、12ケージの散弾を全自動でばらまいたり、少し値は張るが専用の榴弾やら徹甲弾まで撃てるという我が家のスーパーデストロイヤーだ。
で、そのデストロイヤーは現在進行形で好き勝手に出前を頼みまくっては私たちの財産をデストロイしている訳であり
「キュウ、やめなさい!」
レミィが叫びながら止めにはいると
「ん?レミィもお腹空いてるの。んじゃあラーメンも、えっとしょうゆ三杯、とんこつ四杯!」
まさかの被害拡大を招いた。
キュウがウィンドウ操作をしているのか、指をすいすい。
確認ボタンを押して待てば、凡そ十秒から一分で目の前に品が現れるというシステムの『出前』。
ものすごく便利だが、かなりの値段がするしこのような事態に陥っても返品の余地がないのが欠点だ。
「来た、ラーメンだよレミィ!」
キュウ。
つまり、こういう奴だ。
これが天然由来だというから困ったもんである。
「嬢!あなたが妙なタイミングで私を呼び出すからですよ!」
「え、私?いや、だからってあの場にキューちゃん呼ぶってのも……。」
「二人とも食べないの?じゃキューちゃんがぜーんぶいただきます。」
「ちょ、ちょっと、キュウ!あなたまだ食べる気なの!?」
ああ、始まった。
拗れるぞ、拗れるぞ。
これでは事態が混乱を極めるばかりだ。
「じゃあさぁ……」
仕方ない、私はこの二人の親だ。
決断は私が下す。
「これより昼食とす。なんかキューちゃん見てるとお腹すく。」
「うん!食べなきゃ損だよ、美味しいんだから。ミケ、頭いい!」
私が席について醤油ラーメンを啜ると、レミィもため息をつきつつ残ったカツ丼に手を伸ばした。
「……しばらくは節約ですね」
「じゃあ私が稼いでくるよ」
「駄目です!貴女のことだから、また喧嘩でもしてくるのでしょう?」
「え、なに?何するの?キューも手伝う。
はたらかざるものくうべからず!」
「お、やった。キューちゃんいたら怖いもんなしじゃん。」
「駄目です!更に駄目です!もう、貴女たちは……!!」
さて、麗しき乙女共が食事を済ませている間に、今度は彼女らの話をしよう。
先ずは簡潔に言おう。
彼女らは銃だ。鉄砲だ。
これも三ヶ月前から実装された新ルールによる。
レアリティ5以上の武器である程度の練度を積み、特定のアイテムで《レベル上限解放》を行うと、その武器から『特殊アバター』と呼ばれるアバターが発生する。
それが彼女らだ。
厳密にはNPC、つまりプレイヤーが入っていないキャラクターに属するが、どういうマジックだかこの通り実に生き生きとしている。
彼女ら『特殊アバター』は、普通のプレイヤーと同じで基本好き勝手に歩き回れるし、契約中のプレイヤー(彼女ら曰く親)の許可を取れば一人で『依頼』や『ミッション』にも参加できる。
違いがあるとすれば、以下の点だ。
●プレイヤー専用のアイテム(回復アイテムなど)が使用できず、LP回復などが難しい。ホームエリアに戻り、専用のアイテムや施設を利用することで回復が可能。
●特殊アバターのLPを含む性能、状態は《本体》の武器と連動していて、アバターがダメージや状態異常を受けると武器は破損し性能が下がるし、逆の事も起こる。因みに特殊アバターが致死量のダメージを負った場合は武器が使用不能になり、アバターはそれが回復するまで復活できない。本体の武器が大ダメージを受け《ロスト》すると、アバターは永遠に消滅、つまり死ぬ。
●特殊アバターは基本的にプレイヤーよりもステータスが高く、装備品を与えれば強力な戦力となる。ただし『契約』が可能なのはプレイヤーだけなので、レアリティ4以下の武器までしか装備できない。
※例外が下記
●特殊アバターは本体となる銃を複製、常に携行できる。
●特殊アバターは親となるプレイヤーのスキルやステータスの影響を受ける。あの二人の場合は私の恩恵で《筋力値ブースト》と《俊敏性ブースト》がかかっている。
こんな感じだ。
レミィに言われて写本やら暗唱やらで覚えさせられた。
あと、ここでは上げていないがもうひとつ。
「……嬢、メールボックスに黄色封筒が」
ここまできて食事を終えたレミィが話しかけてきた。
「なに?メール?」
私は最後のラーメンを吸い上げて椅子から飛び降りた。
黄色か、珍しい。私にそんなものを送りつけてくるような奴がいるとは。
「こちらです」
レミィが具現化した封筒を差し出してくる。
普通の白封筒アイコンのメールはウィンドウのまま簡単に読めるが、赤、青、黄と色つきの封筒はいちいち送り先の人間が手にとって開けないと読めない。
まあ、それほど重要な知らせであることを意味しているのだが。
「……ああくそ、おまえか。」
文面の途中で私はその手紙をレミィに押し付けた。
もう読む気が失せた。
一番貰いたくない奴から手紙を貰ってしまったのだ。
私はヘッドホンをかけ直して玄関に向かう。
「レミィ、キューちゃん、出掛ける用事できた。準備して行くよ。」
後ろで文面を読み終えたレミィが頷いた。
「外出禁止のはずですが……了解しました。今回は免除です。キュウ、早く準備を。」
「え?なに、しごと?」
珍しそうな顔で見つめてきたキュウに、私は腹を擦って見せる。
「食後の運動」
このフレーズを一度使ってみたかった。
こんな場面でさえなければ、きっとかなり気分が良かったろうに。
レミィはお洒落デカ風の格好になっています。
『西部警察はライアットあたりだろ』等のつっこみはご遠慮ください。いいじゃないか、カッコいいし。M1100系積んでるパトカーだってきっとある……あるといいなぁ!
一方のキュウはロリ×ミリのカオスファッションです。
確かにインパクトはある。けどなんか違う。故に海兵隊さんが堂々オッケーをくれない……なんていう残念なイメージを作者なりに具現化したらこうなりました。
因に主人公ミケゾウはむっつりスケベです。