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《夜鷹》4

 ●○●●●●




 月さえも出ない真っ暗闇。昼間とは全く別の顔になった砂漠を進む一つの巨影があった。

 大きなタイヤは砂埃を巻き明けながら地面を蹴り、強固な鉄板に固められた車体は排気ガスとエンジン音を夜空高くまで散らしている。


「ハハハハ!なんだ、結構楽勝だったじゃねえか?星風組も大したことねえな!!」

「ああ兄弟!こりゃ報酬アップも期待できるぜ?」


 耳を覆いたくなるほどのエンジン音。そんな騒音にも負けず劣らずな興奮した声が、全開にした車窓から漏れだしていた。


 星風組の所有する改造トラック『狗鷲』の運転席。

 今そこに座っているのは、本来の運転手である星風組の組員ではなく、黒い目出し帽に黒い夜戦服と全身しっかり黒で固めた男二人だった。


 星風組のキャンプ地を襲った盗賊団と同じ格好だが、その二人の装備には暗視ゴーグルもなく、銃さえも携帯していない全くの丸腰だ。


「しかし、見つかっちまったときは肝が冷えたぜ」

「ああ、全くだ」


 ハンドルを握る相方の声に、助手席の男も大きく頷いた。

 二人して思い出していたのは、僅か三十分ほど前の出来事。


 襲撃が始まってから三分後。

 先頭のメンバーが起こした騒ぎに乗じて、ターゲットである車輌の内のひとつ、改造トラックへと接近。それまではよかった。

 だが、コンテナの中身を確認しようと扉を開けたのとほぼ同時、中から顔を出した謎の美少女を目の当たりにしたが最後に、二人は揃って気を失ってしまったのだ。


 どれくらい眠っていたのか、目が覚めてみれば二人まとめてガムテーブと寝袋でぐるぐる巻き。

 隠し持っていたナイフで何とか脱出は出来たものの、ゴーグルと銃は既に奪われた後。もはや一貫の終わりだと絶望しかけたが、思い切って外へ飛び出してみれば何と捕まっていたトラックはもぬけの殻ではないか。

 これ幸いと闇に紛れて運転席へと乗り込み、そのまま走らせて来たのだった。


「お……」


 トラックのヘッドライトが照らす先に、砂を含んだ風に当てられて随分草臥れた看板が見えてきた。


 見慣れない文字の刻まれたこの看板は、この付近にある町の存在を旅人たちに知らせるためのものだ。

 しかし、その町が町として存在していたのも、もはや遥か昔。そこにあるのは広い無制限空間の中に設けられた町の名残、風に吹かれながら朽ち果てるのを待つ廃墟の群れだ。


「着いたぞ、この辺で止めろ」

「おう」


 西部劇のワンシーンを思わせるこの町に人の気配はない。吹き抜ける風の音が死霊たちの呻きに聞こえてくるような、そんなゴーストタウンと化したメインストリートの真ん中で、巨大なトラックのエンジンが止まった。

 車窓から首を出して辺りを見回した助手席の男が、小さくガッツポーズをする。


「よっし、やっぱりだ。俺たちが一番乗りだぜ!」


 互いに拳を突き合わせて喜ぶと、二人は無人の町に降り立った。


 この町が彼らの今回の集合場所ということになっている。

 襲撃を終えた後に一旦ここで集合。戦利品と被害を確認した後に隊列を整えて逃亡という算段だ。


「しかし……すこし妙じゃないか?」


「なにがだ?」


 先程までハンドルを握っていた男が首を傾げつつ言う。


「いや、いつもどおりならここで確認役の奴が待ってる筈じゃないか?」

「たしかに……いや」


 助手席にいた男は釣られて首を傾げたが、すぐに首を振った。


「今回の相手はあの『星風組』だ。きっと出せる奴は全員前に回したんだろうよ。」

「なるほど、たしかに。」


 二人して頷く。

 そして、暫しの沈黙が降りてきた。

 そんななかで、助手席にいた方がふと両手のひらを覗き込むように前に出した。


「どうした?」

「いや……俺のガリル……」


 口惜しそうに言った相方に続き、もう片方も項垂れた。


「トラックが手に入ったとはいえ……くそ、こりゃないぜ」


 報酬が回ってきたとしても、新しい得物探しに当てるとすればかなりの出費になるだろう。

 二人してため息をつく。


 と、そんなとき片方の男が手を打った。


「あ!!」


「ど、どうした?」

「俺、今思い付いたぞ!」


 突然声を上げると、男はトラックの後部からコンテナへと登った。

 後部の分厚い扉に手を当てると、遅れて追い付いてきた相棒ににやにやと笑いかけた。


「こいつは天下の星風組のトラックだ!きっととんでもないお宝が積まれてるに違いねえ!」

「お、おい!それって……!」


 言いかけた相方は周りを伺うようにした後で声を落とした。


「……おまえ、ネコハバする気かよ……!?」

「ば、バカいえ!これはその……違う!ほら、俺たちが戦えなきゃこのグループの戦力は大きく下がるわけだ!つ、つまりこれは俺たちだけのためではなくだな!」

「な、なるほど!おまえ、頭いいな!」


 お互いに頷き合うと、二人は恐る恐る扉を開いた。


 だが、どうにも暗く視界がはっきりしない。

 暗視装置のない今、二人は手探りの闇のなかで、何か武器になりそうなものを探る。


「くそ、弾薬の箱ならいくらでもあるんだが……」

「お、あったぞ!」


 声を上げた男が手にしていたのは、重量感満点の本体から弾薬連なるベルトが垂れ下がる機関銃、M60だった。

 三丁転がっていた内のひとつを拾い上げると、相方に向けて興奮ぎみに構えて見せる。


「見ろ!レアリティ4のレア物だ!三つもあるぞ!」


 天井に向けて撃ちまくる真似をしながら盛り上がっているが、対する相方は渋い顔をしていた。


「ああ、お前はそれでいいだろうよ。たが俺の筋力値じゃそいつを抱えて撃ちまくったりなんざできねぇよ。そんなもんでやりあうなんて俺には無理だ。」


 そう言って彼が拾い上げたのは、床に投げ捨てられていたクロスボウだった。矢の入った箱がそのとなりに倒れている。


「……さすがにそんな上手くいくわけないか。俺にはこれしかないみたいだ。あと……。」


 弾薬の箱の上にホルスターごと起きっぱなしにされていた機関拳銃、モーゼル・シュネルフォイヤーを取りそれを腰に吊るした。


「今はこれで我慢するさ……。」


 肩を落とす相棒の背中を、軽機関銃を小脇に機嫌よく叩く手。


「気を落とすなって!まだ全部探し終わった訳じゃないだろ?」


 そう言って意気揚々とコンテナの奥へと進む。


「ちっ、お前は気分がいいだろうな?俺なんて……」

「うをっ!?」


 クロスボウを手に吐いた愚痴は、相方の悲鳴のような声にかきけされた。


「なっ!?」


 慌ててクロスボウを構え、しかし矢をつがえるのを忘れていたことを思い出し、モーゼルを抜く。


「ど、どうした!?」

「と、とくっ!?とく……」


 尻餅を着いたまま地を這うようにして後ずさってきた相棒に、闇の中へと銃を向けながら問い返す。


「なんだよ"とく"って!?」

「や、やべえ!俺たちやべえもん乗せて来ちまった!」

「なんだと!?」


 その頃になって、やっと暗がりに目が慣れてきた。

 同時に、その視界に映ってきた光景に言葉を無くす。


「なっ!?」


 闇の中に現れたのは、時折もぞりと寝返りをうつ寝袋。

 そこから顔をして出しているのは、寝息を立てる金髪の少女。傍らにはMARPATデザート迷彩柄のヘルメットが転がっている。


「すぴー……」


 金髪美少女は相も変わらず平和そうな顔で寝息を立てている。


「な、なん……だと……!?」


 思わず構えていた銃を落としそうになった。


 間違いない。

 特殊アバターだ。





 ●○●○●●





 辺りから聞こえていた銃声は徐々に止み始め、騒ぎも一先ずは終息へ向かい始めているようだ。


「キューちゃんが拐われたー!」


 そんな中で、星が全部空から降ってきそうな勢いで叫ぶ声。


「嬢、まずは落ち着いて……」


 レミィの伸ばした手を振りほどいて、私は両拳をぎりぎりと握りしめる。


「これが落ち着いてられるかバカヤロー!ああこんチクショー!チクショー!キューちゃんが!今ごろ泣いてるに違いない!拐った奴殺す!ころすぜったいころすぶちころす!今すぐ追いかけて……!」

「譲!!」


 レミィの一喝で、私はやっと口を閉じた。


「今ここで感情的になっても仕方ありません。先ずは冷静になってください。でないと、助かるものも助かりません。

 先ずは落ち着いて、状況をきちんと整理して、的確な行動をとるべきです。」


 レミィに諭されて、私はやっと落ち着いた。


「クソ……でもさ、ああ。やっぱ私にはそういうの無理。レミィ、代わりにおまえが考えて。」

「わかってます。先ずは星風組に被害を報告しましょう。今のところ頼りになりそうなのは彼らだけですから。」

「でも、そんなの待ってたら……」

「そうですね……。」


 レミィは暫く考えるように顎に手をやったが、すぐに頷いた。


「わかりました。嬢、あなたは先に敵を追ってください。こんな砂漠のど真ん中ですから、敵には必ず『拠点』となる場所があるはずです。恐らく、そう遠くない場所に。嬢にはそこを突き止めてもらいます。」

「よしきた。」

「ただし、1つだけ注意です。もし敵の拠点を発見したとしても、くれぐれも派手な真似は慎んでください。あなたがやられては意味かありませんから。」


「ちょっと待って」


 そこで手を上げたのは、朔太郎だった。


「そう遠くないって言ったって、まさか走って追うわけにはいかないよ。とうするのさ?」


「その点は……」


 私は人差し指でこめかみをつつくと、近くに見える星風組のトレーラーに目をつけた。


「いいこと思い付いた。」





「ちょ、ちょっと!?お客さん!?」


 いきなり押し入ってきて荷物のコンテナを漁ぐりだした私に、荷物の警備をしていたつなぎの男は戸惑った声を発していた。


「うるさい、ちょっと緊急事態なんだって!」


 肩を掴んで止めに入ったその男を投げ飛ばし、私はやっとそれを見つけた。

 埃避けのほろを払いのけ、舞い上がった細かい砂埃に軽く咳をする。


「やっぱりあると思った」


 コンテナから引きずり出して来たのは、分厚いタイヤを履いた重量感溢れる二輪車。

 この規模の運び屋集団だ。トラックやらトレーラーやら以外にも何か軽い乗り物が他にもあるはずだと踏んだのだ。


「結構イカしたもん隠してんじゃないのって」


 ハーレーなんとかという奴だろうか。

 バイクに関してはからっきしなので、どうにもこれだと断言することはできんが、これだけでかいのだ。きっと速いし強いに違いない。


「鍵挿しっぱかよ……まあいいか、都合いいや。」


 ハンドルに手をかけながらうなずいていると、先程ぶっ飛ばした見張りが帰ってきてまたも喧しい悲鳴を上げた。


「なんてことしてるんですか、お客さん!?それうちの……」

「だあ、うるさいうるさーい!これ借りてくぞ、したっぱ!こっちは緊急事態なんだっつの!」

「借りるって……そもそもお客さん、原付とは訳が違うんですから、きちんと体格にあった……」

「うんしょっと……」


 唾を飛ばしながら怒鳴る見張りの横を、床から僅かに浮いた大型バイクが流れるように移動していく。


「畜生、これ重いな……やっぱかさかさばるだけあるや。」


 角度が良ければ、大型の二輪車がひとりでに空中浮遊を披露しているようにも見えただろう。

 身長150センチ弱と比べれば、その姿が陰るほど巨大に見える自動二輪車を、両手に抱えて持ち運ぶ少女の図である。


「……うそ……だろ」


 見張りはと言えば、その光景を前に酸欠の金魚もよろしく口をぱくぱくやっている。


「体格とか関係ない。私は借りるったら借りるからな。」


 それを抱えたまま荷台から飛び降りると、私はその巨大な鉄の馬をのしりと地面に着地させる。

 足が届くかが少々不安ながら座面へと跨がり、スターターを蹴った。


 途端に、燃料を食らう鉄の心臓が大きな唸りを上げる。

 尻から突き上げるような振動に、私の口元には無意識の内に笑みが浮かんでいた。


「活きのいい奴だな……こういうの好きだ」


 こいつでなら例え地の果てまでだって獲物を追えそうだ。


「ちょっ!?マジかよ、勘弁してくれって!!お客さーーん!!」

「安心しろ、終わったら返す。」


 やっと我に返ったのか慌てて追ってきた見張りに片手を上げて、私はスロットルを握りこむ。


「たぶん」


 エンジンの爆音とその言葉を残して、私はトラックの消えた方向を目指した。

M60はギンジとサモンさんが使ってたもの。クロスボウはミケゾウが置いていったもの。モーゼルはミシロの忘れ物です。


ちなむにミケゾウが盗んだバイクはハーレーダビッドソンのソフテイル辺りをイメージしています。ターミネーターを乗せてた奴と同じ型のあれです。

バイクの知識も完全に親父の受け売り付け焼き刃なので、バイク好きの方、おかしな点があればご指摘お願いします。

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