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《夜鷹》3

 突然物陰から飛び出してきた場違いなチビに、全身黒ずくめのその野盗はかなり驚いた様子だった。

 それはそうだろう、私だってすこぶる驚いた。


「うおー!?」

「うおー!?」


 ここまで近づくまでお互い全く気が付かない辺り、いくら逆立ちしたところで素人と素人のVR世界だ。


 感知能力が大きく下がる夜間の混戦ではありがちな、不意の遭遇戦勃発である。


 無論、近接戦闘は私の領分だ。

 だが暗視ゴーグルの効果で感知能力が底上げされていた分、相手の方がわずかに反応が早い。

 相手の手にしていたロシア製短機関銃、PP-19ビゾンが私目掛けて64発という大人げないような容量を誇る弾倉を空にする勢いで9ミリ弾を放ってきた。


 こうなってしまえば通常のアバターは間違いなくお仕舞いだ。

 勿論"通常の"の話だが。


 クリティカル判定の入る頭部を腕で庇いながら、私は弾丸の雨風を真正面から突っ切るようにして相手の懐に飛び込む。

 絵面だけならガタイのいい男の胸に飛び付く少女だが、その間に生じる破壊力と言えば60㎞道を走っている軽トラックに正面からぶつかられるのも同じである。

 そんな現実離れした悲劇に見舞われた彼の心情など、もはや私には察する余地もない。


「ぐえっ!?」


 凡そ日常生活を送る分には一生聞かないような声。蛙を潰したようと形容されることも暫し、そんな声がした。

 目玉が飛び出しそうな顔で弾き飛ばされた男は、地面を一回二回と跳ねて動かなくなった。


「クソ、痛いっつの」


 私は、そんな彼には目もくれず、ピリピリと痛む両腕を見る。ダメージは思ったより軽い。

 虫刺されのように点々とあるダメージ演出をどうする訳でもなく擦ってから、私は背負っていたリュックサックに仕込んでいた防弾プレートを引きずり出した。

 損傷度Ⅲ、流石にボロボロである。これ以上の仕事は望めそうにない。


 SOGOの防弾プレートは非常に便利である。

 ボディアーマーなどに合わせて弾を防ぐという用途が一般的だが、それと同時にSOGOでは装備しているだけで全身のクリティカル判定以外のダメージをある程度肩替わりしてくれるという効果を持つ。ある程度仕事をすると直ぐに磨耗する消耗品の為、あまり長期的な運用には堪えないが、ストレージに何枚か忍ばせて置けばいざというときに安心できる。

 性能によって様々な品があり、品揃えに差はあれ大抵の店が取り扱っている至ってポピュラーな戦いの友だ。


 筋力と持久力から算出される耐久力。それに関して言えば元から飛び抜けて高い私なので、常にこの用心板を持ち歩くということはないのだが、今日ばかりは用心の用心にとリュックに挟めていたのだ。

 お陰で先程は間一髪蜂の巣を逃れた。


「また買うか。」


 今日は帰りの荷物も考えてあと一枚しか用意していないのだが、まあいい。次からは当たらなければ済む話だ。


 役目を終えた防弾プレートをその場に放り、予備のプレートを取り出しリュックに挟めた。

 辺りは空気に墨を溶いたような暗闇で、何処で誰が何をしているのだかさっぱりわからんが、相変わらず鼓膜を叩くような銃声と白く細い射線ばかりがあちこちに見える。


 どうやらかなりの規模の連中に襲われているらしい。そろそろ本当に"ただの夜盗"なのかも怪しいものだ。


 まあ、そんなことを私が考えても仕方あるまい。他所の喧嘩や小競り合いに首を突っ込む程私も人のいい馬鹿ではないのだ。

 私はただ私の損得に目を光らせるばかりである。


 リュックを背負い直した私は、目を回しながら地面で伸びている男から暗視ゴーグルを剥ぎ取った。


「おう、視界良好。」


 実は初めて使う暗視系アイテムだが、装備してみて驚いた。

 全面真緑の視界を予想していたのだが、そうではなくきちんとそのままの色の世界が広がっている。暗いのに、隅々まではっきりよく見える。とても不思議な感覚である。


 空を見上げてみると、砂漠の乾いた空気の向こうで火花を蒔いたような満天の星空が広がっていた。


「おお……すげえ」


 柄にもなく感嘆のため息が漏れてしまった。

 これはいい、是非とも家に持って帰るとしよう。


「嬢!」

「レミィか」


 あの特に光っているあれはデネブか、いいやベガか。


 少々怪しい知識を絞りながら首を目一杯に捻って見上げていたのだが、後ろからレミィが追い付いてきたようだ。


「見ろ、星だ。星がいっぱいだレミィ。」


「全く、何をやっているのかと思えば……」


 やれやれと首を振る相棒。

 別にそこまで嫌な顔はしなくてもいいだろう。心の狭い奴である。


「とにかく、トラックの近くに戻りましょう。」

「戻るって、まだそんなに離れて……」


「なんかないだろう」と続く予定だった言葉が、来た道を振り返ると同時に萎んで消えた。


「あれ」


 キャロと朔太郎がいるトラックが見当たらない。


「トラックは?」

「向こうです。」


 レミィが指差したのは、私の振り返った方向よりずっと右。改めて首を巡らしたそこに、思ったより小さいトラックがあった。

 随分妙な道を歩いてきたもんである。我ながら驚きだ。


「その……こんなこともあるさ、たまには」

「本当に"たまに"なら苦労もありませんがね」

「怒るなってレミィ、分かった戻るから……」


 私が言いかけたその瞬間。

 二人同時に何かに気が付いた。


「嬢!」

「おっと……」


 お互いに背面へ身を投げ出すと、そこを無数の弾丸が弾いた。


「嬢、無事ですか!?」

「一発かすった。けど無事。」


 私は近くに止まっていた装甲車の陰に飛び込み、レミィはその反対側に積まれていた荷物用のコンテナに身を潜める。


 不意打ちを見舞ってきた敵を確認しようと覗こうと身を乗り出すが、頭のすぐそこで火花が散ったので諦めた。


「ああくそ。レミィ、何人!?」


「二人です、内一人は分隊支援火器(SAW)手。」


 間の悪い連中だ。しかも、よりによってこれから帰ろうと思っていた方向から来るから尚質が悪い。


「つか、今SAWつった?」

「ええ」


 となると、いよいよ怪しい連中である。

 野盗団なんてやる連中は、大抵それ以外に食いぶちを失ったやつらばかりである。つまりはレベルの低い輩の寄せ集め。数こそあるが武装も腕もレベルも大したことはないというのが一般的な所だ。


 だが、ここにいる奴等はいったい何だ。


 動きといい武装といい、凡そ飯を食う機会に見放されるような連中には見えない。

 そう考えると、何だか気味の悪い奴らである。


「なんなんだよこいつら……」


 運び屋の業界では同業者同士の潰し合いが絶えないと聞く。

 確かここにつく前に、ここらで幅を利かせていた運び屋組織をひとつ吸収したという話を聞いたが、それも無縁とは考えられない。


「まあ、どっち道私たちの考えることじゃないか」


 自分の足に困らない分には、どこのどの組織がどうなろうと私の知ったことではない。どうぞ鉄砲を撃つなり石を投げるなり、好きに騒ぐがいい。


 だが、今この段階で邪魔をされるとあれば話は別だ。

 喩えどんな奴が如何なる道理を担いで来たとしても、私の掲げる方針に障るようなら全力をもってぶちのめしていくつもりだ。


 とは言ったものの、このままでは流石の私も手の出しようがない。

 分隊支援火器(SAW)。取り回しが利く様に軽くするなり短くするなりと手を加えられた、反動や初速に優れる5.56ミリ小銃弾仕様の機関銃。つまりお手軽マシンガンである。

 もちろんお手軽とは言っても、そこは機関銃の名を冠する火器。考えなしに真正面から突っ込んで行ってどうにかなる火力でない事は確かだ。


 いっそ相手の矢が尽きるのを待つという考えも出てきたが、それも良策とは思えない。数で言えば相手の方が明らかに上だ。増援でも来たら事態は更に悪化する。


 私が苛々と頭を掻いていたその時だった。


「うをっ!!」


「なに!?」


 相手の方から妙な声が聞こえ、たちまち射撃が止んだのだ。


 何事かと頭を出すと、ちょうど族二人の手から各々の武器が落ちる所だった。

 地面に落ちた銃は機関部を完全に破壊され、見事なまでに大破している。あれは消失(ロスト)間違いなしだろう。


 暗視ゴーグル越しの私の目には、彼方から伸びる二本の射撃がだんだんと薄れ行くのが確かに見えた。


「あれは……」


「嬢!」


 そこで、向かいのコンテナの陰からレミィが飛び出すのが見えた。


「あいあい、どりゃあ!!」


 私も続いて飛び出し、背中に背負った特製殺人ショベルで全身真っ黒い装備の男に殴りかかった。

 降り下ろす一撃でヘルメット越しの頭を揺さぶり、腰の捻りを乗せた横一振りでたっぷり五メートルは吹っ飛ばした。


「ふう、爽快。」


 肩を回してから相棒の方を見やると、ちょうどナイフを抜いた男と対峙している所だった。

 レミィの殴り合いとは、珍しい絵である。


 私の相棒に限ってまさかやられるなんて事はないだろう。面白いので観戦するとしよう。


「くそっ!!」


 先に手を出したのは痺れを切らした男の方だった。

 手にしたナイフを真正面から突き刺すように振るう。


「あー。」


 その時点で私は、ある程度その男の末路を予想した。


 そしてその予想は大して外れなかった。


 レミィは迫ってきたナイフを片手で払いのける。そのまま前のめりになってバランスを崩した男のうなじに、レミィのしなるような蹴りが突き刺さった。


「……うぅ」


 これには思わず私も肩を竦める。


 私が人をぶっとばす時とはまた異質な音がして、男が糸の切れた操り人形のように倒れた。

 アントニオ猪木がリング上で披露するあれとは訳が違う、本物の殺人キック『延髄斬り』である。

 いくらSOGOのアバターが屈強だとは言え、あれを食らってまだ立てるとは思えない。いや、もしかするとこの先永遠に起き上がってこないかもしれない。現に男はピクリともしなくなっていた。


「終わりました、嬢。」


 事が一瞬にして終わっただけに、レミィの方もまるで何事もなかったかのような顔だった。

 今度からはレミィとはあまり喧嘩しないようにしよう。

 私は生返事で応じながら頭の端で思った。

 いつかあの恐ろしい殺人キックが飛んでくるかもしれないと考えると、あまり生きた心地がしない。


「ミケゾウさーん!」


「お、来たか。」


 そこでやっと、今夜のMVPがやって来た。


 XM8を抱えたキャロだ。

 その後ろにはキャロの周囲をしっかりと警戒している朔太郎が続く。


「さっきは助かった。ありがと。」

「いえ、ミケゾウさんは恩人ですから!」


 いい響きである。その言葉と眼差しが他でもないこの私に向けられていると思うだけで白飯がいくらでも食えそうだ。


「でもキャロ。いったい何処から撃った?」


 まさかトラックの位置からということはあり得ない。

 胴撃ちならまだしも、敵の握った得物だけを的確に撃ち抜くとなると角度的にも不可能だ。


「二人とも姿が見えなくなってたので、トラックから降りてレミィさんを追っかけたんです。そしたらちょうど二人が狙われてるのが見えてきて……。」


「ああ、うん。悪いね、面倒かけるようでさ」


 しかし、そうなるとひとつ心配になる。


「トラックの方はどうしたよ」


 私が聞くと、キャロはハッとした顔になった。


「あ、その……」


 なるほど、やはり空けてきたらしい。

 まあ、真っ先にふらついて行った私なので何かを言える立場にないのだが。


「まあいいや。すぐ戻ろうか。」

「はい、そうしましょう!」


「そのことなんだけど……」


 と、キャロの後ろから歩いてきた道をスコープで覗いていた朔太郎が口を開いた。


「ん?」


 私の目にも、少しずつ遠ざかっていくトラックの後ろ姿が微かに見えた。


「とられちゃったみたいだよ?」


「……。」

「……。」


 途端に辺りが静まり返った。


「し、しらね。私なんもしらない。」


 そうだ、私は何も悪くない。そのはずだ。

 頭の後ろで手を組んで口笛を吹く私にレミィもため息をつく。


「……まあ、襲われた事に関しては私たちに責任はありませんから……」

「そう、その通りその通り。レミィが言ってるから間違いないって。」

「とは言っても、事の発端はあなたが考えなしに持ち場を離れたせいなんですけどね。」

「……。」


 お前はいったい何なんだレミィ。


 だがだからと言ってなんだというのだ。

 あのトラックは私の物ではないのだ。盗られたところで別に痛む腹はない。


 そんな私の顔を見てとったのか、レミィは更に言う。


「帰りの足はどうするつもりですか?」

「……。」


 そうか、確か私たちは席に空きがないところに無理を言わせてやって来たのだ。

 あの足を失えば、帰りの保証はない。


「やばい……どうしようレミィ?」

「とうするもこうするも……」


「あの……」


 そこで、キャロの口から更なる爆弾が投下された。


「そう言えば、キュウさんって……?」








「あ。」






プロレスや総合格闘技ネタは100パーセント親父の受け売りです。

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