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《夜鷹》2

「ああ着いた……。」


 あれから凡そ一時間と少し、私たちはやっと目的地周辺へと到着していた。


 《ナンバー283:西部砂漠地帯 第三市街地跡》


 砂を巻き上げる風が幾分かおとなしくなったお陰で、視界が開けて辺りの景色がよく見える。

 眺める視線の先で、砂煙に霞んだ都市の跡地が、いよいよ夕暮れとなった砂漠の中でオレンジ色になっていた。


「こういう乙なのも、たまにはいいもんだね」

「嬢にもそういう感覚は備わっていたのですね。」

「うるさい。備わってる。」


 また嫌みかと踏んでかかったら割りと本気の口ぶりだったので、何だか腹が立った。


 星風組のトラック隊は、エリアの周辺で停車。

 トラックを盾にするように手早くキャンプ設営を済ませていた。

 さすがプロである、仕事が早い。


「ここから明日の午後二時半の出発までは自由行動となりまーす」

「といっても、夜の砂漠はエネミーキャラやら賊やらで危険っすから、一先ず休憩をおすすめしますけどねェ」


 トラックから降りて沈んでいく夕日を眺めていた私たちに、案内コンビのマツバとミシロが寝袋を手にやって来た。


「おう、すっかり元気じゃん死に損ない」


 私の一言にミシロは「ヤですねェ」と冗談目かして手を振る。


「ありゃァ結構マジでやばかったっすから、本当お客さんたちには助けられましたよ。」


 改めて礼を言うと、彼らは私たちに寝袋を配り始めた。


「こちら基本サービスでーす」

「ちなみに、追加料金でテントと食事つきの有料コースもご用意できまァす」


 なるほど、結構な商売である。


 まあ、口ぶりから察するに先程の恩に待遇を変えてくれる様子は微塵もないのだが。

 さすが商売人である。


 寝袋を配り終え次第ぱたぱたと次の仕事へ行ってしまった彼らに、私は小さく舌打ちをした。


「……ケチ臭いな。」

「情けに対価を求めるのもどうかと思いますよ?」

「うるさい」


 レミィの小言に頭を振って、私は寝袋を担いでトラックのコンテナまでよじ登った。


 ちなみに、本来このコンテナの中で寝泊まりするはずのサモン、ギンジ、加えて案内コンビ、あとついでに運転手のジェイとか言う奴は、ヨダカからのお達しで別のトラックの方で寝ることになっているらしい。

 さすがに野郎と女性客を同じ箱に詰め込むのはどうかと思ったようだ。


 とんでもない女だったが、ありがたい気遣いである。お陰で今夜は足を伸ばして眠れそうだ。


「さて、眠るか。」


 砂漠の夜は冷え込む。現実世界のそれ程ではないが、甘く見てかかると風邪を引きかねない。

 さっさと寝袋に潜り込んだ私に、サイズの大きな寝袋に悪戦苦闘していたキャロが不思議そうな顔をした。


「もう眠るんですか?」

「うん。明日は明ける前から潜る予定だから。早いとこ寝ようかなって。」


 ちなみにキュウの方は早くもミノムシみたいになって寝息を立てている。今回ばかりは都合がいいようで助かる。


「今潜っても、移動の疲れが出て収穫は望めないでしょう。それよりは早く休んで、明日の早くから動く方が理にかなっています。」

「そういうこと。」


 手早く休む支度を済ませているレミィに重ねて、私はぱたんと横になった。


 まあ、そういう理屈がなくとも疲れまくっている私はもう寝てしまうのたが。

 ひとつあくびをすると、日も沈みきらない内に目を閉じた。


「じゃあ……おやすみなさい、ミケゾウさん」


「うん、おやすみ」


 寝袋の外から聞こえたキャロの声に、半分眠りながら応じた。


 ああ、そういえば、と半ば眠りの沼に浸かっていた記憶の一端が、ふと顔を出してきた。すっかり忘れていたがあの四輪装甲車の運転手を探し出してぼこぼこにしてやる予定があったのだ。

 仕方ない。今日は眠いから許してやろう。今日と言う日の幸運に感謝するがいい。


 頭のなかで勝手に完結させると、いよいよ意識が遠退いてきた。

 少々悔しくもあるが、だからと言って睡魔には勝てまい。今日のところは大人しく負けてやることにした。





「……」


 便所に行きたくなった訳でもないし、背中が痒くなったわけでもない。なのに突然夜中に目が覚めてしまうなんてことは、私にとってはそう珍しい話ではない。

 だから別にどうと言うわけでもなく、ぼんやりとコンテナの天井を見上げていた。


 もう真夜中だろうか。外はすっかり静かで、風の音さえするかしないかだ。


 私は暗闇に慣れた目を一回二回瞬いて、また何をするでもなく天井を見つめる。


 思ったよりよく眠れたらしく、疲れも感じない。これなら直ぐにでも動けそうだ。

 だが、まだ夜中だ。変に起き出して周りの迷惑になるのも憚られる。


「眠れませんか?」


 キャロの寝顔でも拝みに行こうかと考えていたそんなとき、ふと隣から声がした。

 周りを考慮してかかなり絞った声だったが、聞き違うことなどあるまい。

 相棒のレミィである。


「いや……十分眠ったってかんじ」

「そのようですね。いつもこうすっきり起きてもらえれば苦労もありませんが……」


 レミィの一言を無視して、私は逆に聞き返す。


「そっちはどうしたよ?……おまえに限って緊張して眠れないなんてことはないだろうけど。」

「そんなことで眠れなくなっていたら、今ごろ不眠症でどうにかなっていますよ。」

「どういうことだよ」

「自分の胸に手を当ててみればわかるのでは?」

「わかったよ、ごめんごめん。」


 少し冗談めかしたレミィに、私は軽く肩を揺すった。


「私はあまり疲れていませんから。それに元々あまり眠らなくてもやっていける身体です。」

「キューちゃんはよく眠るけどな。」


 現に、少し離れたキュウの寝袋はさっきからうんともすんとも言わない。


 私は両手を上げて、ぐっと伸びをした。


 だが、考えてみるとレミィとこうやって並んで寝たのは久しぶりだ。

 私がここへ来て、まだ日が浅い頃の事を思い出す。


「……随分長い付き合いになったな……私たち」

「まだたったの三ヶ月でしょう。」

「……それもそうか。」


 あの頃は、レミィに随分世話をかけたものだ。

 口に出す気など更々ないが、思い出すと申し訳ないようなありがたいような気になる。


「レミィ」

「なんでしょう?」


 私は天井を見上げたまま、暫く黙った。

 呼んでおいて何だが、別に何か言いたかったことがあったわけでも、聞きたかったことがあったわけでもない。


 ただ、何となくだった。


「……」


 それを何と汲み取ったのか、レミィは少しだけ私の方へよってきて言った。


「礼も詫びもいりませんよ」

「……なんだよ」


 私が低い声で言うと、レミィは「さあ?」と答えた。


「私は、これでも好きでやっているつもりですから。」

「……」


 私は黙ったままレミィの方にごろりと転がって、その胸に顔を沈めた。


「この生意気鉄砲……説教しかできないくせに……」

「炊事も洗濯もできますよ?」

「……うるさい」




「……ん」


 レミィの胸に顔を突っ込んだまま、またうとうとし始めていた私だが、ふと何かの気配に目を覚ました。


「どうかしましたか?」


 それに気が付いたレミィが私の顔を見下ろす。


「いや……」


 わからん。

 正直私も、いま感じられた気配がなんなのかはさっぱりわからなかった。

 ただ、耳元を針で薄く弾いたかのような感覚が走ったのは事実だ。


 何とも説明し難いが、嫌な予感がする。


 私は目を擦ると、寝袋からもそもそと這い出した。


「レミィ、表がどうなってるか見に……」


 ヘッドホンをかけながら立ち上がった、その時だった。


 風の音さえ耳に響くような静寂の中に、突然無数の銃声が轟いた。


「っ!?」


 同時に、何処からともなく叫ぶ声がする。



「敵襲!敵襲ー!!」



 地面を踏む靴音の群れは組員たちの物か、それとも別口か。

 どちらにせよ寝ながら聞けるようなもんではない。


 私は仕方なく殺し合いの支度を始める。


「……ったく、昼間といい夜中といい……」


 本当に熱い砂漠である。

 ため息をつきながら初弾を装填したレミントンM11-87に散弾をねじ込んでいると、キャロが飛び起きてきた。


「ど、どうしたんですかミケゾウさん!?」


「落ち着きなって。ただの敵襲。」

「嬢、敵襲は"ただ"の許容範囲を凌駕しています」

「それもそうか……」


 レミィの一言に私は頭を掻いた。


 こんな会話が成り立つ辺り、ここ三ヶ月で私もいい具合に焼きが回ってきたものらしい。全く、ただの引きこもり女子高生をやっていたはずが、冗談にもならん話である。


 と、そこで弾丸何発かがコンテナの表を叩く音がした。


「きゃっ!?」


 悲鳴を上げたキャロ。私は小さく舌打ちした。


「……何だよ、結構寄られてるじゃん……」


 場合によっては表で張っている連中に任せているつもりだったが、どうやらまた私が骨を折らねばならんらしい。


「レミィ、次の敵は何だと思う?」


 コンテナの後部扉に手をかけながら聞いた私に、レミィはM16A1を手に頷く。


「エネミーキャラにしては動きが有機的です。恐らくプレイヤー、複数人でしょう。夜盗団とでも言うべきでしょうか。」

「私もそう思ってた。」


 となると、ただプレイヤーに危害を加えることのみを考えて襲ってくるエネミーキャラとは勝手が違ってくる。


 相手の狙いは戦利品だ。

 この規模の運び屋を狙う辺り、車輌の一台二台でも拐っていく算段か。


「迎撃するっきゃないか……」


 このままここに籠っていても事態が好転するとは思えない。

 下手をしたらトラックを乗っ取られて荷台ごとお持ち帰りなんていうことにもなりかねんだろう。それは困る。


「上に上がります!サク、いこう!」


「まてまて、まて」


 狙撃仕様の自動小銃XM8を抱えてコンテナ上に登ろうとしたキャロを私は手で制した。


「もうかなり寄られてる。そろそろ混戦になるだろうし、こんな夜中じゃね……さすがに狙撃での支援はやめといた方がいい。」


 いくらキャロと朔太郎の腕が立つとはいえ、こんな暗闇のなかでは無理があるだろう。下手をすれば誤射で味方を撃ち殺しかねない。


 SOGOでは、時間帯や天候がプレイヤーに与える影響がかなり大きい。

 夜間や霧などの視界の悪い環境では感知能力が大きく下がり、雪や雨天、寒地など体温を奪われる環境下では筋力や俊敏性に影響が出る。何れも対応する装備やスキルなどで対策しなければ、かなりのハンデとなる。


 ちなみに、雨や霧の出ていない月のない夜では、プレイヤーの感知能力は平常時の70%にまで低下する。


 だが逆に言えば、スキルや装備を揃えれば普段以上のパフォーマンスを披露することも可能だ。


「……ふん」


 私は顎に手をして、考える。

 この時間帯を狙ってきた辺り、相手は夜戦装備をきちんと揃えてきているのだろう。そうでもない限りこんな規模の運び屋を襲おうなんて馬鹿をやらかす筈がない。


「よし、いいこと思い付いた。」


 我ながら名案が降りてきた。


 私は早速後部扉へ手をかけ、勢いよく開け放った。


 そのとたん、被ったヘルメットから妙に厳つい眼鏡を吊り下げた顔二つがぽかんとしている図が目の前に現れた。


「え……?」

「え……?」


「え……?」


 野戦服から目出し帽まで、全身これでもかと黒。手にはイスラエル製の自動小銃ガリルが握られている。

 おそらく、件の族どもと見て間違いはないと思うのだが。


 どうやら乙女の寝室に押し入ろうとしていたちょうどそのタイミングだったらしい。


 お互い目が合ったまま、妙な沈黙が訪れる。


「こ、この変態め。とうっ。」


 気の利いた対応を思い付けなかったので、とりあえず両方に私のマッハパンチをお見舞いしておいた。

 有無を言わさず昏倒させられた二人をひとまずコンテナの中へ引きずり込んで、再び扉をぱたんと閉じた。



「さてと。」


 小さな黄色い星を頭の上でくるくる回して気絶している二人を見下ろして、私は腰に手を当てた。

 結構手早く済んだものだから、自分でも少々驚いている。


「ど、どうするつもりですか?」


 XM8を構えて警戒する朔太郎の後ろからキャロが覗いている。


「ああ、うん。」


 説明もそこそこに、私は水揚げされたマグロみたいに並べられた男二人から目当ての物を引き剥がしていく。


暗視ゴーグル(NVG)

 極少ない可視光を拾い増幅させることで、暗闇でも視界が利くようになるという便利な品だ。


 アイテム名としては《双眼暗視ゴーグル》ということになっている。こちらはヘルメットに取り付けて使用するタイプだ。

 SOGOには双眼と四眼の暗視ゴーグルが存在する。両方とも大人の事情で実在するそれとは違うものらしいが、実際の物よりかなり高性能な出来になっている。


「はい、これで問題解決。」


 私はキャロと朔太郎にヘルメットごとそれを手渡す。

 キャロは目の前で敵から剥ぎ取った見慣れない機器にびくつきながらも、それを頭からすぽりと被った。


「どう?」


 たずねた私に、キャロは辺りをきょろきょろ見回しながら頷いた。


「とってもよく見えます!」


 それもそうだろう。

 この双眼暗視ゴーグルのスキルは《暗視 LV6》。効果は夜間などの視界不良環境下での感知能力ブーストだ。

 LV6では発動時に使用者の感知能力が115%にまで上昇する 。つまり昼間より15%も感知能力がブーストされるということだ。


 朔太郎も手早く準備を済ませ、XM8のスコープを覗きこんでいた。


「少しだけ構えにくいけど……スコープ越しでも案外見えるもんだね。よかった。」


 どうやらきちんと狙撃も出来そうだ。

 実際の暗視ゴーグルがスコープとの併用に対応しているかどうかは疑問だが、さすがSOGOである。その点優しい。


「私たちのは他の奴からもらうとして……こいつらはガリルふたつで許してやるか。」


 先程暗視ゴーグルを剥ぎ取った族二名からちゃっかり他の装備も貰い、最後に二人まとめてSOGO印の超強力ガムテープでぐるぐる巻きにして仲良く寝袋に押し込んでやった。


 暗視ゴーグル二つとレアリティ4のガリル二つ。野郎二人を伸しただけでこれなのだから、なかなかの収穫だ。


「これはいい稼ぎになりそうだな……野盗狩り。」


 ぎちぎちになった寝袋を足で転がしながら、私は満足顔でガリル二挺をリュックサックに押し込む。


「油断はしないでくださいよ、嬢。」

「はいはい……。」


 レミィの注意に生返事で応じ、再び扉に手をかけた。

 キャロと朔太郎はコンテナの天井にあけたハッチから狙撃位置へとついている。


「んじゃ、いこうかね。」



ローブシンが裸足で逃げ出すミケゾウのマッハパンチ。


ちなみに実際の暗視ゴーグルは光学照準器には対応しませんので、実際に使う機会があれば気を付けてください。



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