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《夜鷹》

「……多いな」


 クロスボウのスコープ越しの光景に、思わず口をついた。


 禍々しいデザインの真っ黒なバイクにまたがったシャドウピープル『ライダー』。一度追っかけられると雷が鳴ろうと諦めちゃくれない、砂漠の厄介者どもだ。

 そんな連中が、トラック隊の背後から更に十体規模で迫っていた。中には軽機関銃を乗せた側車付きの奴まで混じっている。

 その側車付きの中に空に向かって火炎放射機をごうごう言わせる相棒を乗っけた個体を見つけたときには、さすがの私も口を開けた。


「世紀末かよここは……」


 流石SOGO一番にアツい砂漠である。


「まあいい、ちょうどよかった。私のかわいいクロスボウたんの餌食になりたまえよ……」


 降ってわいた活躍の機会に、私は嬉々としてクロスボウを構える。


 先頭を突っ走っていた一体に狙いを定め、本日二本目の矢を放った。

 榴弾の仕込まれた矢は大気を裂く音を立てて飛ぶ。


 そのまま標的に突き刺さり爆発、猪口才なライダーを見事地獄行きに


 という予定だったのだが、残念ながらこの砂漠は少々風が強かった。

 榴弾を乗せた矢は吹いてきた横風に流れ、当初の予定よりやや左手に着弾。

 砂色の中に見えなくなった。


「……」


 暫し沈黙。


 いや、この程度ならまだ想定内だ。

 手のかかる子ほど愛おしいという物だ。矢なのだから仕方ない。

 自分に言い聞かせながら、気を取り直して第三の矢をつがえる。再び狙うのは、先程運に味方されて木っ端微塵を免れたあのライダーだ。


 不馴れな構えで、ばってん印のレティクルがゆらゆらと揺れている。


「そこだっ!」


 一瞬の静寂を衝き、今度こそと発射。


 そして、また風にあおられて大きく左へ。

 三本目の矢もやはり砂漠の塵となった。


 ティッシュペーパーを縒った程の強度しか持ち合わせていない私の堪忍袋の緒が、そこで千切れた。


「使えん!!」


 癇癪のままに放り出される得物。

 床に叩きつけられたクロスボウが、暴力亭主に張り倒された嫁の如くよよよと泣いていた。


 後ろでレミィが「言わんこっちゃない」という顔をしていたが、悔しかったので見ていないふりをしてやった。


「くそ、なんでこんな日に限ってこんな群れに……どうするギンジ!?」

「どうもこうも、踏ん張るっきゃないっすよサモンさん!」


 そんな私を横に、二人の方は銃口を行ったり来たりと忙しくしている。だが、やはり多勢に無勢。

 かなり距離を詰められていて、先程から飛んでくる弾丸が耳元でびゅんびゅん言っている。


 どうやら遊んでいられる状況ではなくなってきたらしい。これは少しまずそうだ。


「……」


 私は奮闘する二人を横目に、然り気無く姿勢を低くした。

 小さい体を更に小さく縮めてコンテナの方へ這うように移動を始める。


「あとよろしく……」


 クロスボウにも飽きたし、もう私には彼らに付き合う義理はないのだ。

 あの二人には悪いが、私は怪我をする前に退散させてもらう。


 薄情者だと思うならそう罵るがいい、私は痛くも痒くもない。これが等身大の私である。それでも文句があると言うのならかかってくるがいい。


「ほんじゃ……私は安全圏から応援して……」


「まずい!!」


 もそもそ、もそもそと。

 コンテナまでもう少しといったその時、何があったのか突然サモンが後退り始めた。

 そして、その足下にはちょうどもそもそと床を這っている私がいるわけで、


「うげぇっ!?」


 でっかい靴底が降ってきて、私の背中を強かに踏みつけた。

 口から出てきてはならないものが出てくるところだった。


 まさに踏みつけられた猫の気持ちである。その日からピアノで演奏される『猫踏んじゃった』が聴けなくなったのは言うまでもない。


「ぬおっ!?」


 足下のちっこい生き物にすっかり足をとられてしまったサモンは、そのままどすんと尻餅をつく。

 勿論その下にいるのも私であり、靴底の次は筋肉まみれのでかい尻を食らうはめになった。


 最悪である。


 漬け物石のような尻の下で私がぺしゃんこになっている内にも、その横でギンジが叫んでいる。



「火炎放射が来るぞおおおっ!!」



 なんとか聞き取ったその言葉に、全身にかいていた汗が一瞬で凍りついた。


 裏返された亀のように首をぐった伸ばした私の目に、トラックと並走する側車付のライダーが見えた。

 その側車に乗っているのは、凶悪なデザインの火炎放射機を抱えたシャドウピープル。


 まさか、もうそんな距離まで詰められていたのか。


 無駄に立派な図体を誇るサモンの下敷きになりながら、私は全身の血の気を引かせていた。

 まずい、一等まずい。


 SOGOの火炎放射は、ダメージ判定が馬鹿にでかい。

 正面からまともにもらっては、さすがの私もただではすまないだろう。

 漬け物の次は丸焼きなんて、真っ平御免である。


 私は背中にサモンを乗っけたままバタバタと手足を振り回す。


「うがああー!どけどけ!どけでっかいの!!死にたくない!!」


「うをっ!?こんなところで何やってんだ!?」


「知るか!どけー!」


 もうトラックから投げ飛ばしてやろうかと踏ん張ってみたが、恐らくこのままでは間に合わない。


 自分の丸焼きになってしまった姿を思い浮かべてしまったそんな時だった。


 がしゃんっ、という音が聞こえて、雲ひとつない青い空に黒い塊が飛んでいくのが見えた。


「……あ?」


 大破した黒い側車付のバイクと、火炎放射機を抱えたまま宙に投げ出されるシャドウピープル。


 死に際に質の悪い夢でも見ているのか。

 宙を舞う姿はまさに高速道路に投げ出されたごみくずの如く。派手に吹っ飛ばされたらしいそれらは、やがて上昇をやめて降下、そして地面に激突。直後、後続してきた分厚いタイヤにぐしゃりと踏み潰された。



「ひゃっはーーー!!」



 奇声。


 一瞬新種の鳥か何かかと思った。


 興奮した甲高い声が、エンジンの唸りに混じって砂漠に響き渡る。


「砂漠の大掃除だぜええええーー!!汚物は消毒だーー!!」


 火炎放射ライダーに代わってトラックの横に並んだのは、二輪のバイクと比べると化け物にさえ見える巨影。四つの屈強な車輪で石ころや砂を蹴りながら走るこの車両に、私は見覚えがあった。

 たしかレミィがM-ATVと言っていた奴だ。

 隊列の最後尾を突っ走っていた筈なのだが、この非常事態に駆けつけてきたらしい。


 まばたきを繰り返しながらその光景を見つめていると、その窓から厳ついゴーグルをかけた男の顔が出てきた。


「よぉう、兄弟!!まだ生きてるかあー!?」


 言動やそれらもまさにそうだが、いかにも馬鹿だという面構えをしている。ゴーグル越しにでも分かるのだから、きっと素顔は相当のものに違いない。


 その顔に、私を座布団にしたまま固まっていたサモンがやっと口を動かした。


「お……おまえら遅せえぞ!!危うくこっちは死にかけた!!」


 怒鳴り付けるように言うサモンに、ゴーグル男はがっはっはと笑った。

 何ががっはっはだ。降りたら意地でも見つけ出してぼこぼこにしてやろうと、でかくて硬い尻の下で心に誓った。


「そりゃスマンかったー!だが安心しろ、朗報だー!」


 そこで、やっと私はその車体の上に何かが乗っているのに気がついた。

 初めは黒い影にしか見えなかったそれは、風にはためくぼろ布の切れ間から二つの目玉でこちらを見下ろしていた。


「お姫様のお出ましだー!エスコートに時間がかかっちまってな、あはははー!!」


 その光景に、サモンとギンジの二人は揃って悲鳴のような声を上げた。


「「ヨダカさん!?」」




 ○●○○●●




 敵の数は、10を切って以降数えるのをやめた。

 その程度の数は、まだ問題にはならない。


 行く道を塞ぐ者は、例え何者だろうと容赦はしないつもりだ。叩き潰して、その上を道とする。


 壊す、潰す、道を拓く。


 それが星風組がヨダカに与えた役割であり、彼女の唯一の才能である。


 猛スピードで走行する四輪駆動車の上で叩きつけてくるような風に所々擦りきれたぼろ布をはためかせながら、彼女はその下に担いでいたボルトアクション式のライフルを手にした。


『ブレイザーR93』、組長が先程使えと言いつけてきた品だ。


 狩猟用のノーマルモデル、300ウィンチェスターマグナム弾仕様で光学照準器が搭載されている。

 採用された直動式(ストレートプル)の動作方式は排莢と装填を素早くこなすことが可能で、精度も高く保てる。


 彼女は立射体制のまま初弾を装填し、直ぐ様近くの標的を捉えた。


 不規則に蛇行運転を続ける黒い影がばつ印の中央に収まる。

 動き回る標的は、敢えて時間をかけて狙う必要はない。

 一瞬の迷いもなく、細い指が引き金を絞った。


 燃焼ガスに叩かれた弾丸が超音速で飛び出し、スコープに捉えられたライダーの前輪を破壊した。

 完全にバランスを崩したそのライダーは、慣性の餌食となって前面に飛び出すようにして落車。後続の車輪の餌食となった。


 だが、射撃は止まらない。

 再び装填、立て続けに引き金を引く。

 隣のライダーが真っ直ぐ伸びた射線を浴び、バランスを崩すように砂煙に呑まれていった。

 そして隣、更にその隣と、銃声が重なる度に追尾する黒い車体が砂漠に沈んでいく。

 まるで手品だ。


 直動式(ストレートプル)の強みは、セミオート式にも比肩するこの速射性と、ボルトアクションの特性である射撃の安定性だ。


 五体のライダーを排除し、ライフルの弾は尽きた。


「あずかれ」


「うをっ……!?」


 隣を走るトラックで人間を座布団にしていた大男に用事の無くなったライフルを投げると、彼女は無言でM-ATVの天井を踏み鳴らした。


「あいあい、お姫様ー?」


 顔を出した運転手に、ヨダカは追ってくるエネミーキャラの群れの真ん中を指差す。


「つっこめ」


「了解ィー!!」


 四輪の装甲車が急速に速度を落とした。

 並走していたトラックから見れば、巨大な車体が突然バック疾走を始めたように見えただろう。


 そんな曲芸運転の最中も、彼女は一切バランスを崩さない。

 急接近する敵を目の前に、片手で操作するアイテムカーソルから二丁の小銃を抜き出す。


 ロシア製自動小銃AK-47の近代化モデル、AKMのカービン仕様《AKMSU》だ。

 それらを両手に、辺りを薙ぎ払うように弾丸をばら蒔く。


 フルサイズ小銃弾並の貫通力を誇る7.62× 39mm弾が、次々と敵を仕留めていく。


 30発のマガジン二つを空にした頃には、辺りで砂煙を巻き上げていた影は既に疎らになっていた。

 彼女は空にしたマガジンを換えるでもなく、砂漠へ向かってそれらを無造作に投げ捨てる。


 そして次の瞬間、彼女は車体の上から砂漠に向かって身を投げた。


 突風にはためく外套はまるで急降下する猛禽の如く。その標的となったのは、装甲車の影でAKMSUの掃射を逃れていた一体のライダーだった。


 迫り来る殺気に見上げるが、既に手遅れだ。

 大型のバイクの後部へ降り立ったヨダカは、ハンドルを操るシャドウピープルの首へと腕を回す。


 そのとたんに黒いフルフェイスヘルメットのようなデザインの頭部がぐらりと傾き、擦りきれたぼろ布の間からは黒い血に塗られたダガーナイフが二本飛び出していた。


 元の主の亡骸を蹴落とし、瞬く間にバイクを強奪したヨダカはハンドルを切る。


「うおおおおおお!ヨダカさんがバイク運転してる!!!」


 驚いて顔を出すM-ATVの運転手には目もくれず、ヨダカは黒い影を纏ったバイクのエンジンを大きく唸らせる。


 その双眼の次の標的となっていたのは、同じく黒い影を纏いながら砂を蹴るモンスタートラックだった。


 そのまま一瞬の躊躇いもなく距離を詰めていく。

 もちろん、外敵の接近に何の手も打たないエネミーキャラではない。


 車体と同化したシャドウピープルが操る二連装機銃の銃座二機が直ぐ様接近してきたヨダカに狙いを定める。

 だがその二つが捉えるには、彼女はあまりにも素早過ぎた。


 二門の銃口が火を吹くと同時に、ヨダカはバイクから飛び立ち、宙を舞っていた。

 翻った外套の切れ間からは、サプレッサーの取り付けられたイングラムM11が二丁顔を覗かせている。


「どけ」


 毎分1200発の高サイクルで放たれる9ミリ弾が瞬く間に銃座手を葬り、翼を広げた怪鳥のようなヨダカがそのボンネットへと着地する。


 彼女はその場で巨大なエネミーを睨み付けると、大きく口笛を吹いた。

 やっとのことで追い付いてきたM-ATVを見ると、ボンネットを蹴ってそちらへと飛び移った。


 ばら蒔かれた9ミリ弾のつけた爪痕と、こと切れた銃座手の残されたモンスタートラック。

 ヨダカの飛び去ったボンネットには、導線とタイマー、プラスチック爆薬で作られた時限爆弾がガムテープで十字に止められていた。




 ○●○●●●




「……」


 口を空けたまま茫然としていた私の目の前で、黒い山のようなモンスタートラックが吹っ飛んだ。


 黒い煙をもくもくと上げながら、巨影は砂色の果てへと消えていく。


 あの数を、たった一人で片付けてしまった。

 常軌を逸した光景に、思わず口をつく。


「お……おっかねえ」


 正直、奴のことは気に入らなかった。

 何がという訳ではないが、態度といい言動といい格好といい、何処と無く私の神経に障るのだ。


 だが、それでも溢さずにはいられなかった。


 本気でおっかない奴である。


「……あれがヨダカさんだ……おっかねぇだろ?」


 顔を青くしたサモンが私を見下ろしながら言う。


「おっかないぜ本当……ていうか、おまえ。そろそろ退かないと本気でぶっ飛ばすからな。」


 かくして、やっと漬け物石から解放された私はふらふらとコンテナの中へと戻っていった。

 もうまともに歩けんほど草臥れた。沢庵にでもされた気分である。


「くそぅ……死ぬかと思った、レミィ……」


 ヨダカとかいうあのおっかない女の取りこぼしを始末しているのか、外からは疎らな銃声が聞こえる。

 だがそそれが止むのも時間の問題だろう。


 座った太股の上にもふっと顔を埋めた私に、レミィはつんと顔を逸らす。


「つかれた……」

「全く、くだらないことをするからですよ。あなたにはちょうどいい薬です。」


 レミィから飛んできた辛辣な、だが的を射た一言が萎びた胸に突き刺さる。

 と言いつつも私の頭に手を乗せてくれた辺り、一応心配してくれていたらしい。やはり私のレミィである。


 と、そこで床に転がされたままキャロと朔太郎に看病されていた幸福者のミシロがぼそりと言った。


「そこが萎びてるのは元からじゃ……」


「なるほど死にたいのか」


「何でもないっす!!」


 かくして、一山越したトラック隊は砂漠の果てを目指すのであった。

出したものは基本片付けたくないヨダカ氏……。そしてもはや完全にひんぬーキャラ路線のミケゾウ。


次回、やっとエリア到着!

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