《砂漠の運び屋集団》2
西部砂漠地帯
『砂漠』と言っても、恐らく万人が想像するような砂丘連なるサラサラした砂漠ではなく、ゴツゴツした味気無い岩や石ころだらけの岩砂漠である。
高難易度、高ドロップ率を誇る特殊エリア計18を内包するSOGO内部最大級の無制限空間だ。勿論その広さも驚くべきもので、果てのない砂色が延々続く光景は圧巻にして非常に暑苦しい。
だが、ポータルを使って移動できる町などのエリアは少なく、その上この辺りは無制限空間でのエネミーキャラの発生率がすこぶる高いので、プレイヤー個人が自分の足で渡るにはかなりの危険が伴う。
その為、ここら一帯ではプレイヤーやアイテムなどの運搬を生業とする『運び屋』という集団が多く軒を連ねている。
『星風組』
この西部砂漠地帯における運び屋のひとつで、勢力から見れば『中の上』か『上の下』程度だろうか。
運び屋稼業の他にも、組員自らがエリアに潜って収集したアイテムの販売や、ここらによく出没するらしい強力なエネミーキャラや悪質プレイヤーの撃退、駆逐などにも雇われるという結構武闘派な連中だ。
「前行った時には別のとこに頼んだんだけど……今回は見当たらないな?」
「そうなんですか?」
キャロは初めて目にするその存在に興味半分恐れ半分と言った様子で、私の話に熱心に耳を傾けている。
「うん。この辺じゃ結構幅利かせてたんだけどな……」
「それって『砂嵐団』のことか?」
私が首を傾げていると、レミィに予定表なんかを見せながら面倒くさいことを言っていた案内役の一人がやって来て首を突っ込んできた。
砂色のつなぎの袖を捲り、赤髪をかき上げた好ルックスの青年で、目尻の鋭い顔付きは肉食獣のそれにも通じる雰囲気を醸し出している。
「……ああ……うん。確かそんなんだっけ」
私が頷くと、その男は「あぁ、ありゃだめだ」と首を振った。
「何週か前に追い剥ぎの襲撃受けて半壊。このままじゃやってられないってことで、うちと合体しちまったから、もうありませんぜ。」
「そりゃまた災難。」
彼の語り口から、恐らく珍しい話でもないのだろう。
さすがSOGOで最も熱い砂漠である。
そんなことを話しているうちに、レミィと案内役一人が戻ってきた。
「おう、どういう具合?」
「それが……」
私の質問にレミィが苦い顔をする。
それに重ねるように案内役を勤めていた男ーー相方に同じく男前の茶髪がへこっと頭を下げた。
「すんませんねェ、お嬢さん方。今回は団体での飛び入りはお断りしてて。またァ、次の便のご案内に。」
「あ?」
私が眉を寄せる。
「そりゃないだろ。いつもなら乗れるじゃん?」
しかし茶髪は頭を掻くばかり。
「いやァ、今日は思っての他お客が多くてっすね。それに……今回は帰りの荷物も結構積む予定ですから、行きをどうにか詰めたとしても帰りの席がどうなるか……」
「勘弁しろってば。乗れないの?」
「残念ながら。次の便ならァ……今からでも予約の案内が。」
「次じゃないって、今よ今」
「あぁ……」
私に詰め寄られた茶髪の方は困ったように相方の赤髪に視線を送る。
「組長が飛び入りはソロ三組までしか乗っけるなってさ……」
視線を受けた赤い方もどうしようもなくもごもご口にする。
しかし、ここまで来ておいては私もただでは帰れない。
もう最後までかじりつくつもりで茶髪に手を合わせる。
「頼むって、どうにかならない?」
「う……ん、弱った。俺たちも可愛いお嬢さん方の頼みを無下にはしたくない……。」
「だが少なくともトレーラーの方にゃ乗せてやれないしな……さすがにそれじゃあ怒られる」
と、暫く腕を組むなり首を傾げるなりと考え込む二人。
美少女五点セット相手に、どうやらけんもほろろというわけにはいかないようだ。
「ちょいと失礼しますぜお嬢さん方」
「俺たちちょ~っと相談タイム」
そう言って少し下がると、私たちに背を向けて何やら小声で話し合いを始めた。
空くかな?いやいや、きついって。キャン待ちは?無理だろ、それでも一杯一杯。そもそも組長に怒られる。
そのようなことを言い合っているのが聞こえてくる。黙って眺めていると、突然二人同時に手を打った。
「あっ、俺たちのトラック!」
「おうっ、あれなら空いてる!」
「……お。」
何やら思い付いたらしく、二人してああだこうだと話し合い始めた。
そして暫くすると、「大丈夫だよな?」「怒られないよな?」などと溢しつつもこちらに帰ってきた。
そして、気を取り直すように一拍置くと、調子良くテンポ良く手を打ち鳴らす。
「さァて、お待たせいたしましたーお嬢さん方!本日は特別プランのご案内!」
「俺たちと行く、今回だけの完全無料ツアーだ!ご案内ご案内っ!」
案内コンビは小気味良く並べると、正規の予定表を仕舞いながら停められた車輛の列へ私たちを招く。
「プレイヤー様二名、特殊アバター様三名、五名様ァ!」
「以上でよろしいでしょうか?」
意気揚々、それでいて息ぴったり。
まるで即興の歌でも歌っているようだ。
「おう」
私も乗せられて機嫌良く頷く。
何だか面白いやつらである。
さすが手慣れている風だ。
「よォし心得た。今回ご案内するのは通常プラン、星風組トレーラー便!」
「ではなーく!お客さん方の安全で快適な旅をサポートする護衛車、通常ならスタッフオンリーの8tトラック通称《狗鷲》、こちらの特別便となりまーす!」
二人して指差したその車輛に、私は口を開けた。
「ほう、でかい」
通常の大型トラックに後から改造を重ねた物か、全身に鉄板の鎧を纏い、荷台には丈夫なコンテナ二つをぶち抜いて繋げた物を乗せている大型トラックだった。
キャビン上、ちょうど荷台からせり出した辺りにはM2重機関銃を乗せた銃架まで乗せてある。
「さァさァ拍手頂戴っ!俺たち特製、走る要塞!」
「運び屋の命たる大事な積み荷を守る盾であり矛である!」
本来客を乗せるのは、最も積載量の多い運び屋の象徴であり花形、超大型のトレーラーだ。
だが今回は彼らのご厚意という名の独断により、そのトレーラーの護衛や組員などの運搬に使う武装トラックの世話になることになったのだ。
「で、いくら?」
私が聞くと二人は同時に両手のひらを向けた。
「おっとお待ちなお客さん!聞き漏らしたようなンでもう一度。」
「今回のツアーの目玉は"完全無料"。つまりお代はいただきません!」
「ていうかこれでお代なんて取ったら俺たちが組長にしごかれる!」
そう言うと、二人して口許に指をやった。
「……だからあくまでご内密に。」
なるほど。
だが、それだと道理的に割りに合わない部分がある。この手の利害のズレは災いの元である。
私は目を少し細めて、二人の顔を見比べた。
「……頼んどいてあれだけどさ、話がうますぎない?」
「うん?」
首を傾げる二人に、私は敢えて踏み込む。
「あんたらは腐っても商人でしょ。タダより高い物はなし、後々ふんだくってやろうなんて高利貸しみたいなことしないよな?」
それを聞くと、赤い方が肩を竦めて身を引く。
「おいおいおい、人聞きが悪いですねお客さん。こりゃ百パーセント商い人のご厚意!疑われちゃ寂しいってもんですよって。」
「そうかねぇ……。ほら、こっちは全員か弱い女の子だからさ。……皆まで言わずとも分かるだろ?」
首を傾げてやると、茶髪の方もひらひら手を振った。
「まさか、そんなことしませんよって。家みたいな運び屋は信頼で成り立ってますからねェ!名前を汚すような真似はいたしませんよ?」
「……ふん。よし、そこまで言うなら信頼してやろう……」
こういうことは後々の為にも言わせておくべきだろう。もしもの時しこたまぶん殴ってやる口実にもなる。
ということも踏まえてきちんと口で言わせた、その時だった。
「……なにしてるの」
「っ!?」
「っ!?」
それはあまりにも唐突な声だった。
案内役二人の背後、何もなかったはずのその場所に突然黒い影が湧いて出たのだ。
分厚い麻布のフードで顔を隠した布の塊のような奴が、幽霊のように立っていた。
「げっ、ヤバ!?」
「ヨダカさん!?」
顔を青くした彼らが振り返るにも遅く、その人物は裾の擦り切れたマントを捌き、鋭い蹴りで茶髪の方を昏倒させる。
更に逃げ出そうとした赤髪の肘を背後で固めて地面に押さえ込んだ。
「いだだだだっ!!ぎっ、ギブ!ギブですってばいだだだだだっ!!」
悲鳴を上げる赤髪の後頭部に、その人物は何処から出したのか黒く太い筒を押し付けた。
どうにもそのぼろいマントの布に陰って見えにくいが、恐らく銃口に取り付けて銃声を抑える減音器だろう。つまりあれは銃だ。
「ちょっ!?すんませんすんませんっ!!分かりました逃げませんから離しっ……」
「……まだ質問にこたえてない、マツバ」
「こっ、答えますからいだだだだっ!?まずは離し……ブフッ!?」
布の塊は喚く赤髪を顔面から地面に叩き付けると、やはり腕を後ろに捻りながら銃を向けた。
そこでやっとそのぼろ布の中から腕だけ出てきた。
拳銃か何かだと思っていたが、そこから現れたのはアメリカギャング御用達の短機関銃イングラムM10だった。
特別に手をつけることもなくサプレッサーを装着できる上、高い連射性や携行性を持ち、筋力値の高い奴がサイドアームとして使っているのもよく目撃する。
私も何度か触ったことがあるが、どうもしっくりこなかったので、落としても全て売却している。
「でもマックにしちゃちっちゃいな……もう拳銃サイズだよあれ。」
「あれはM10の小型モデル、イングラムM11のようですね。威力や射程、精度は落ちますが、携行性や連射性はかなり高くなっています。」
「へぇ……何でも知ってるよな、レミィは……」
「いえ、たまたま記憶していただけです。」
そうこうやっている内にも、赤髪は手酷いお仕置きを受けている。
「……質問の答えになってない」
「だからっ、疚しいことなんて何もしてないですよって!か、勘弁してくださいっ!
ただこのお嬢さん方と紳士な談話を……いだだだだだっ!!」
「嘘……ぜんぶ聞いてた。……私に隠れて闇営業……いい度胸。」
「折れっ折れる!!すんませんっ、しません!しませんからご勘弁をーっ!!」
私は舌打ちした。
このままでは赤髪の腕がへし折られるついでに、私の計画までへし折られる。
それは痛い。
「ちょい、あの……そこの雑巾お化けみたいな人?」
私は赤髪をひぃひぃ泣かせているそれの肩を叩く。
「……。」
「いだいぃぃぃっ!!」
赤髪を解放しないまま、ぼろマントは私の方に顔を向ける。
「……なにか」
「案外怒らないな……ケンカ売ったつもりだったんだけど。」
思ったより平然と返されて、少々出鼻を挫かれた。
そんな私に、やはり相手は平淡な口調で言う。
「……"雑巾お化け"には同意……私もたまに思う」
「だからって怒らんもんか……まあいいか。ちょっと話いい?」
そう尋ねるとその布の塊は頷いたような動作を見せて、赤髪を解放した。
何やら掴みどころの無い奴だが、せっかく手に入れた足を奪われて困る。
「……わかった、聞く」
そう言うと、布の塊は分厚いフードを払った。
そこから溢れるように現れた艶やかな黒髪に、私は目を細める。
「……女か。」
その下から現れたのは、真っ直ぐ切り揃えた前髪と、透けるような白い肌がまるで人形のような美しい少女の顔だった。
背丈は私と同じ程度か、やはり厳つい男ばかりのここでは頭ひとつふたつ小さく見える。
「……星風組、ヨダカ……よろしく。」
「よ……よろしく。」
機械みたいな無表情でぼそぼそ言うと、ぼろ布の切れ間から指貫のグローブをした手を差し出してきた。
「……あ、あぁ」
握手のつもりだと気づくのに三秒ほどかかった。
何せ中身のさっぱりわからないような顔をしているので、意思疏通だけでも非常に難しいのだ。
「……で、話」
私が握手に応じると、その無表情が僅かに首を傾げた。
「ああ、いや。そいつらボコボコにするのはよして欲しくてさ。話聞いてたならわかるっしょ?私から頼んだんだからさ。」
「……べつに、乗ること自体は勧めもしないし止めもしない。けど、何かあっても責任とれない。私も騒ぎを起こされると迷惑……非常に。」
「なんだ、結構言うな……。で、その何かって?」
「……分かってるくせに面倒……さっき二人に言ってたの。道すがら男衆に悪さされても、しらない。」
「ああ、それね……まあ、釘は打っといたけどさ……」
そこで私は、繋いだままの握手の手に軽く力を入れた。
少女の表情が一瞬だけ歪む。
「……っ」
「おっと、少し手汗がムズついて。わるいね。
……まあそういうこと、実のところそんなに気にしちゃいないから。」
彼女は若干眉を動かし、私の手を離す。
だいたい理解したらしい。ヨダカは極めて僅かな動作で頷いた。
「……わかった……でも、あまり騒ぎはよくない、トラブルは困る。」
「大丈夫大丈夫、こっちも努力はする。」
私がにやりと笑うと、ヨダカは踵と爪先で案内役二人を起こす。
「……マツバ、ミシロ、おきろ。」
「いでっ」
「ぎゃんっ」
相変わらず起伏の乏しい表情で二人を見下し、一言口にした。
「……なにかあったら殺す」
「りょっ、了解……!」
「肝に命じるっす……!」
茶髪の方がミシロ、赤髪の方がマツバと言うらしい。
二人はビシリと背筋を伸ばすと、直立不動のまま彼女が踵を返すのを見送った。
「……そう」
「ん?」
思い出したように呟くと、ヨダカはフードを被り直しながら私に言った。
「……お代はきちんと払って。特別席は許すけど……密航は良くない。」
「そうする。」
その方がお互い後腐れ無しに済むだろう。
しかし、案内役二人は青い顔を見合わせていた。
「……ということは組長報告決定だよな……」
「かーっ、ヨダカさんやっぱキビい~」
案内役二人は額に手を当てるなりため息をこぼすなりしつつ彼女が去るのを見送った。
その姿が完全に消えるのを見届けると、やっとトラックの荷台のコンテナを開け放って私たちの方に手招きした。
「さてと。足下にお気を付けて、焦らずご乗車くださァい」
星風組。結構重要なポジションに立ってくる組織です。
案内コンビことマツバとミシロ、ルックスとトーク力から当役職に。根は真面目な奴らですが、女の子に弱いらしく少し調子に乗りがちです。
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そして、雑巾お化けことヨダカ。
彼女の立ち位置に関しては後程……メイン武装はイングラムM11です。
感想、評価、お待ちしております。
では、次回もお付き合いください。




