《朔太郎》2
本日二巡目。
潜り直した工場群マップ、狭い建物の中。
のっぺりとした壁を前に、私は組んでいた腕をほどいた。
目の前を壁に耳を当て、そして軽くノック。
材質よし、打音検査は怠らない。
そしてそこから一歩下がり、軽く垂直跳び。
突進した。
轟音。
コンクリートの壁が爆ぜるように崩壊。
壁の向こうの道を巡回していたボアヘッドの群れが、心なしか目を見開いているように見えた。
ついでに、内一体が大きなコンクリート塊の餌食になっていた。
「元気か、ブタ野郎どもめ」
いきなり生身のタックルで壁をぶち抜いて来た身長157センチのチビに対して、即座に反撃を行える訳もなく、全員棒切れのようになっている。
「これだこれ、こういう図欲しかった」
そんなボアヘッド三体の群れの懐の中で、私は散弾銃を片手に歯を剥き出した。
「ごくろうさん、ねっ」
銃声。
片手持ちのレミントンM11-87の放つ弾丸が為す術もないボアヘッドたちを次々と襲い、経験値と通貨、たまにアイテムへと変えていった。
今私のM11-87から放たれているのは、小粒の鉄球九~八発そこらをいっぺんにばらまくお馴染みのダブルオーバック散弾ではなく、重量のある大球一発を撃ち出すスラッグ弾だ。
散弾に比べ打面はかなり狭くなるが、射程と破壊力はずっと増す。
今回のボアヘッドのような分厚い敵にはちょうど都合がいい。
……先程まで使っていなかったのは、それを思い出す前にキャロが張り切ってくれたお陰である。
「はい次、ペースしっかり」
豚三頭を一瞬で消化。
私は転がったコンクリート片を踏み砕いた。
それにしても、早々マップを回す決断を下したのは正解だったようだ。
さすが本日一番の人気エリア、先日のアサルトライフルイベント程ではないがアイテムが面白いように落ちる。
質の方は少し気にならなくもないが、数さえ稼いでいればいくらでも選別は利くだろう。
とにかく今は撃って撃ってたまに拾うという作業を楽しんでいたかった。
今回のマップには、有刺鉄線のぐるぐる巻かれた鉄柵はそこかしこにあるが、前回悩まされた廃液溜りや毒性スモッグなどは見当たらなかった。
ドロップ率も上々、足場も良好、先程から一変素晴らしいマップに飛ばされたようだ。
「ほらよっ」
曲がり角で遭遇したボアヘッドの胴体と頭部に素早くスラッグ弾二発を見舞いながら、私は機嫌良く呟いた。
「これゃ三日なんて余裕じゃのう、二日でもやれるかものう」
言っている側から視界の隅に《Drop!》の表示が現れ、醜い豚男の亡骸が鉄砲の形に変わった。
「な?見たろ、な?」
「さっきと言っていることがてんで違いますよ、嬢。あと口調も変です。」
エリア入りして以来のぶすっとした顔が後ろから続く。
私の相棒レミィこと、レミントンM11-87だ。
二回目のエリア入りは許してくれたが、自分をお目付け役として連れることを条件としてきやがったのだ。
折角人が気分よくやっているのに、レミィは私のやる気に水を差すのが得意だ。
というわけでこの組み合わせとなったが、つまり考えてほしい。向こう側はキャロとキュウという組み合わせである。
先程『心配ではないのか』と聞いてみたが、レミィめ『貴女から目を離すことと比べたら可愛いものです』なんて答えやがった。
酷い奴もいたものである。
アサルトライフルM16A1を構えたままのレミィが、さっきから前しか狙っていない私の背後に着きながら周りをぬかりなく警戒している。
「初めからこうだったら苦労もないのになあ」
「そうですね」
視線は巡らせたまま、口だけがそう答えた。
私が拾ったアイテムをもそもそとリュックに詰めている内も、一切警戒は怠らない。
さすがレミィである。
「あと、嬢。射撃後、余裕ができたのなら直ぐに装弾を追加してください。いざとなったときに弾切れを起こしては敵いませんから、きちんと習慣付けておくべきです。」
アサルトライフルやオートマチックピストルのような脱着式マガジンではなく、銃身に沿うように固定されたチューブをマガジンとする一般的な散弾銃全てに通じる手法だ。
この固定マガジン方式では、マガジンの着脱で素早く全弾補給という訳にはいかない分、弾を直接手で押し込むことで一発ずつのこまめなリロードが可能だ。
マグチェンジを急いで込めた弾を無駄にするなんてこともない、近年深刻化する環境問題や資源問題などの観点からは非常に嬉しい設計である。
まあ反面、このチマチマした装填が非常に面倒でもあるのだが。というか私の場合はその面に尽きる。
「レミィは細かいなあ……」
呟いた私に、レミィは真面目腐った顔。
「"一発撃ったら一発込める"、この手の火器を扱う基本です。残弾数を常に一定以上に保つこと、それを意識してください。」
さすがレミィである。
「へいへい」
私は生返事で片付けながら、ポーチからほじくり出した12ケージの装弾を銃身の付け根の下辺りにちきちき押し込んだ。
「では、今度は向こうに行きましょう。」
一区切り着いたと見たのか、レミィが新たに進路を決め始めた。
たが私はその方向を見て口をへの字にする。
「えぇ……あっちなんか静かじゃん。向こう行こうって。ほらめっちゃ戦場ノイズ、にぎやかよ。」
真逆の方向を指差す私に、レミィは断固と首を振った。
「駄目です、今日はこれ以上無茶させませんからね。」
「出たよレミィ……レミィしやがって畜生」
「何を言っても、駄目なものは駄目です。」
「へいへい」
今日のレミィは、私がこれ以上つついたって動かないだろう。
私はM11-87を肩叩きのようにトントン動かしながら進路を変えた。
「ま、いっか……」
○○●○○○
「若かったあの頃~♪何も怖くなかった~♪」
連続した銃声のビートを全く無視した歌声。
「ひゅぇっ……」
12ケージ榴弾の嵐に震え上がるキャロを背後に、AA-12ことキュウは目の前のボアヘッドの群れを次々と葬っていく。
榴弾、つまり火薬が詰まっていて当たると爆発する弾丸。
SOGO内では『12ケージ榴弾』としか表示されないこの弾薬。
モデルとなったとのはMPS社が開発した特殊弾『FRAG-12』で、18.5ミリの弾体を射出する弾薬だ。
しかし、この榴弾というものがすこぶる恐ろしい。
硬い面に命中すれば弾丸はその表面で炸裂するが、ボアヘッドの腹のような比較的柔らかい面に命中した場合はその質の悪さを必要以上に発揮する。命中した弾丸はそのまま内部に潜り込み、通常の弾丸のように散々体組織を破壊したところでやっと停止、同時に思い出したかのように炸裂する。
結果どうなるかというと、命中した部位は基本の被弾ダメージを食らった挙げ句に内側から爆発、非常にショッキングな絵面になる。
現に辺りは被害にあった豚挽き肉でひどい有り様だ。
「きゅ、キュウさん……もうその辺にしといてあげませんか?」
「ん?」
XM8を抱えたままがちがち震えていたキャロの声で、やっとキュウは射撃を中断した。
「ほんとだ、みんなもう仏さま!」
どうやら今気がついたらしい。
総重量約五キロの金属塊を片手にふりふり、彼女はかつてボアヘッドだったモノを踏みつけながら残されたアイテムを拾いに行った。
「はあ……」
ミケゾウとレミィには『あたまからっぽだから気を付けて』と注意されていたが、これは予想以上に癖が強い。
彼女の本体はフルオート散弾銃という世にも奇妙な珍銃。
その特徴が特殊アバターとしてのキュウにも形として出ているのかもしれない。
「アイテムいっぱいだよ!ミケ、ぜったい喜ぶ。」
「あんまり、余計な物は拾わないでくださいね?」
「ん」
元気よく頷いてはいたが、その手は早速レアリティの低そうな拳銃をリュックに積めていた。
「……。」
意思の疏通は相変わらずの課題だ。
キャロの苦悩など知る由もなく、キュウは肩掛けの可愛らしいポーチにごそごそと手を突っ込む。
「今日はまだ一個も投げてないよ。キューちゃん投手次投げまーす。ホームランホームラン」
「……それ打ち返されちゃってますよ」
いまいちよくわからない日本語を使うと、何故か安全ピンを引っこ抜いた手榴弾を二個、誤爆防止のレバーを握ったままで何処かに行ってしまった。
確かに。
確かにあれなら直ぐに投げることができるだろう。
だが、何か決定的な部分で間違っている気がする。
「……。」
少し申し訳ないが、キャロは心持ち距離を取りながらその後に続いた。
しかし、そんな滅茶苦茶な点に目を瞑れば、キュウは非常に優秀だ。
一見無防備に飛び出してはやたらめったらに撃ちまくっているように見えるが、彼女は先程から被弾どころか反撃さえ許さずに敵を殲滅していいる。
何か神憑り的なセンスを感じるのだが
「ん?」
当の本人はやはり何を考えているのかさっぱり分からない顔をしている。
「あ、いた、ブタだ!えいっ」
と、そんな事を考えている内にも、キュウが放り投げた手榴弾二つが、遥か彼方を徘徊していた何も知らないボアヘッドたちを襲った。
「きゃっ!?」
「スリーストライク、ワンナウツ」
意味を分かって言っているのかは不明だが、実に機嫌良さげである。
「うまくやっていけるかな……」
開始して暫くするが、やはり不安を拭えないままのキャロ。
「ん?」
そんな時の出来事だった。
「なにこれ?ヘンな形……」
先程までボアヘッドの亡骸があった場所で、キュウがしゃがみこんでいる。
どうやら何か彼女の興味を惹くような物が落ちていたようだが。
キャロはその後ろから回り込んで、その手元を覗いて見る。
「……ヘンなかたち。」
「あ……!?」
キュウの突っつき突っつき手にしていたそれに、キャロは目を見開いた。
『XM8』
レアリティは3。
それだけ見れば大して目を惹くようなアイテムではないが、キャロの目はそのパーツを凝視していた。
「固定ストック!!」
正規品の伸縮式のストックしか知らないキュウにとって、その形は不馴れな物で酷く不格好に見えたのだろう。
たが、間違いない。このXM8に取り付けられているのは、キャロが血眼になって探していたゲーム内オリジナルデザインの固定ストックだ。
「キュウさん、それ!」
「およ……キャロ?」
突然飛びかかるようにして来たキャロに、キュウはぽけーっとした顔で振り向く。
「それです!それください!」
「これ?キャロ、これほしいの?何で、形ヘンだよ?」
「いや、確かに少し変わってますけど……!」
やはりというか、キャロがアイテム収集に付き合っている理由を全く理解していなかったらしい。
「わたし、そのXM8がどうしても必要なんです!」
「えっくす……えむ……ん?あ。」
と、そこで何を考えたか、自分のリュックの内容品リストをスクロールしてなにかを取り出すキュウ。
「はい」
「え?」
キュウがにこにこしながら差し出してきたのは、もう一丁のXM8。
レアリティ4で、パーツも正規の物で統一されたなかなか上質な一品だ。
「こっちのほうがレア、ヘンじゃないよ。これあげる。キャロ、今日とってもラッキー」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「ご遠慮禁止、キューちゃんとってもイキだから」
「さあさあ」と結構などや顔で渡されてしまった。
どうやらよくわからない気遣いをされたらしい。
慌ててそれを突き返すキャロ。
「わ、わたしがほしいのはこれじゃなくて……」
「ん?キャロ、それいらないの?」
「はい、それじゃなくて」
「むぅ……ならそれミケにプレゼントする。」
断られたキュウは更に難解な顔をして。
「?」
そして首を傾げてフリーズ。
これは放置するとまた何か面倒な方向へと走り出しそうだ。
「と、とにかくそのヘンな方のXM8が……」
「ヘンな方がほしいの?キャロもヘンなの。」
言いつつ、キュウは固定ストック付きのXM8をキャロへと渡した。
かくして、念願の固定ストックがやっとキャロの手に渡った。
「うわぁ……やった!やっと固定ストック!これでわたしのXM8も……!」
キラキラと広がるお花畑のエフェクト。
喜び極まったのか愛銃共々、胸に抱いてぴょんぴょんと跳ね回るキャロ。
キュウはそれを見つめながら頻りに首を傾げている。
「キャロ喜んでる?」
「はい、とっても嬉しいです!ありがとう、キュウさん!」
「ん……」
どうやらキュウとしては、そんな妙な品で喜ぶ姿が酷く不思議な物に見えるようで
「やっぱりこっちもあげる」
「え?」
何故か先程返却した方のXM8まで渡されたキャロだった。
「じゃあ、まだまだ行く。ミケ、アイテム集めへたっぴだから、キュウが頑張らないと!」
「そ……そうですね、あはは」
おまえも大概なもんだろう、とは言わずにキャロは意気揚々の背中に続いた。
善からぬ男どもから救われた、探してアイテムも見つけられた。
これは何らかの形で恩を返さなければならない。
「わたしも頑張らなきゃ!」
ミケゾウ本人からしてみれば少々筋違いとも思える恩義だが、彼女がここにいない今それを指摘する者はなく
「一緒に頑張りましょう!二人でミケゾウさんのために!」
「ん!」
謎の気合いに燃えながら、二人の戦士が戦場に繰り出して行った。
○●●○●●
「……なあ、レミィ。」
「なんですか、嬢」
『人の不幸は蜜の味』なる言葉がある。
近年では『メシウマ』などという言葉に乗り換えられつつある言葉である。
果たして蜜の味で白飯が進むかという議論があるなら、私としては非常に興味を引かれるのだが、脱線が過ぎるので飯だの蜜だのの話はここに閉じる。
まあ、そんな性根の悪い言葉の体現のごとき私ではあるが、この時ばかりはその根性を総動員させてでも箸が進まなかった。勿論、比喩的な意味で。
「何だ、あの可愛そうな生き物は。」
私が指を指したのは、1ブロック先で起こっている戦闘。
いや、戦闘というにはあまりにも一方的で、というか寧ろやられっぱなしだった。
ボアヘッド四体に囲まれて、踏んだり蹴ったりの暴行を加えられているプレイヤー。
「ボアヘッドから集中攻撃を受けているようですが……」
「いや、見りゃわかるって。」
勿論、それをわからずに言ったレミィではないだろう。
だが、それ以外に説明しようがないのである。
それに、やられているプレイヤーも様子がおかしい。
背が高く細身で、一見すれば美形ともとれる容姿だが、格好が妙だ。
ボディアーマー、カーゴパンツ、スカーフ。
そこまではそこそこに見かける。
だが、その頭には『根性』とでかでか書かれた白ハチマキと、脳天に突き刺さるようにして立てられた小さな黄色い籏。
「うほっ……うぇひひひ……!い、いいぞ……おまえらいいぞ……ハァハァ!あぁ……もっとだ、もっと私にインスピレーションを……あ……ああっ、来てるぜ、来てる!ぐはっ……そ、そうだ、今のよかった!……ハァハァ」
何やらそんなことを口走りながら、よだれ混じりの気色の悪い笑顔でそれらを一身に受けるプレイヤー。
「男……いや、女かあれ?」
「背丈のある方ですが、女性のようです。
あの装備は……『根性ハチマキ』と『注目フラッグ』でしょうか。」
レミィが上げた装備名。
発動スキルは名前そのままである。
●根性 LV1~9:LP残量が一定値以上の場合発動。致死量のダメージを受けた場合、ギリギリの値で踏ん張る。(LV7以上からLP一定値以下で耐久力上昇)
●注目 LV1~9:エネミーキャラの攻撃の的になりやすい。またはプレイヤーから観測されやすい。
何れも変態ネタ装備である。
どうしようもなく立ち尽くしたままその光景を眺める私たち。
「救助しますか?」
レミィの提案に、私は曖昧に唸る。
「救助……。」
あの変態装備。
聞こえてくるイカれた言動。
目立った抵抗を見せない姿勢。
そして極めつけに
「なんで敵の武装が全部ぶっ壊されてんだろ」
プレイヤーはともかく、エネミーキャラの方がなかなか鉄砲に手を伸ばさないので観察していれば、奴等の手にしている火器は全て何者かによって破壊されている。
恐らくあのプレイヤー本人の手によるものかと思われる。
これらから推測されるのは以下の通り。
「わざと殴られてる……よな、あの変態。」
にわかに信じがたいが、物証はそう語っているので仕方あるまい。
「とにかく……周りの敵を散らすくらいはしてやりましょう。これ以上は見ていられません。」
なんとも言えない表情のレミィに、私は小さく頷いた。
「私も……何かいい加減キメェなって。」
許可を出すと、早速レミィがM16の照準を覗く。
少し距離は気になるが、家のレミィは優秀なので問題ないだろう。
かくして、指切りのバースト射撃が続いた後に現場は嫌な静けさに包まれた。
その場で大の字になったままピクリともしないプレイヤー。
「どうしますか、嬢?」
「……。」
「確認しますか?」
「さ、先行けってレミィ」
やられててもキモいが、やられてなくてもキモいぞ、あのノッポ。
レミィもそう感じているのか、渋っている背中を私がぐいぐい押す形で近くまでやって来た。
「生きてる……よな」
「ええ。」
何故かがっちりM16を構えたままのレミィが確認を取る。
その手が、倒れた彼女の頬に触れそうになったその時だった。
閉じていた双眼がぱっと開き、起動したロボットのように鋭い光を放つ。
「キタァーーー!!最っ高のシチュエーションんぬ!!」




