《キャロ》2
「きゃあ!」
「うひょ、軽い軽い!しかも柔らかけぇ、めっちゃいいにおいするしっ!
おい友人、さっさとその拳銃捨てちゃえって、そんな値の張るもんでもないだろ?」
「はいはい、ちぇっ、自分だけ女の子抱えてテンションマックスっすか。ええと?ホテルの予約しときま~す」
「安心しなって、後でお前も好きなだけさわればいいし」
「後でねぇ……」
「い、いやっ!離してっ!」
手足をばたばたと振り回す少女が地面から離れる。
持ち上げる腕と比べると可笑しくなるくらい小さな体で、殴る蹴ると必死の抵抗を見せているが、悲しいことに意に介す様子もない。
「え、あ、え?」
その様子を見ていた私はまばたきを繰り返す。
男たちは少女をひん剥くでもなく、押し倒すでもなく、凶器になりそうなものを捨てて、少女を担ぎ上げたのだ。
ということはつまり……
一秒ほどの思案で理解した。
こいつらは場所を変える気だ。
ここではない何処かに。
私の脳天を雷が貫いた。
それでは駄目だ、絶対に駄目だ。
他でもなく、この私が見られないではないか。
「マジかよ、よせよせよせ……!」
期待が大きかった分、私の焦りと言ったらなかった。
あたふたしたままどうしようもなく、辺りを見回す。勿論そんなことでどうにか成るわけにもないが、とにかく今はあのとびきりキュートな少女を逃すわけにはいかないと、そのこと以外に働く頭がなかった。
人助けは趣味に反するとか、そんなことを言っていられるような事態では無かったのである。
遂にどうしようもなくなった私は、焦りに任せて物陰から飛び出した。
「待てい私のオカズーー!」
怒鳴りながらナックルダスターを両手に握り込んだ。
「え!?」
「をっ!?」
突然の乱入者に驚いたのか男たちは尻を蹴飛ばされたように飛び上がった。
その隙に少女は男の腕をするりと抜け出して、一目散に逃げて行く。
なるほど、素早い。脱兎のごとくとはたぶんこの事を言うのだろう。
軽装なのもこの身軽さを活かす為か。
しかしこうなってしまえば私としてはどうしようもない。
あの少女もそのまま何処かへ逃げてしまうだろう。
悲しいかな、そこでやっと『失敗だったな』と察した私だったが、走り出してしまってからでは遅い。
「お前誰……!?」
「うるさいっ、て」
私の繰り出した拳が、正面にいた一人のボディアーマーをめきりと言わせた。
鋭い弾丸ならまだ防げるだろうが、私の繰り出す拳から貰った運動エネルギーまでは吸収しきれまい。
「ぐえっ!?」
カエルをつぶしたような声を発しながら、少女を担いでいた方が吹っ飛ばされた。
「友人ーーッ!?」
「お前もだよっ、と」
ヘルメット越しに一撃をお見舞。
脳天を揺さぶる衝撃にふらついているところを捕まえ、両足を掴んでブンブン振り回す。
「ぎゃあああああ!?」
「どらあっ」
めちゃくちゃな悲鳴をあげる男をハンマー投げの様に投げ飛ばした。
破壊可能オブジェクトのコンクリート廃墟が、一部ガラガラと崩れた。
狭い路地。壁に衝突して気を失った男と、殴られた腹を押さえて虫の息の男。
私はナックルダスターをベストの胸元に仕舞う。
「チッ……なんだよ、ホテルとかチャラチャラしやがって。その場で済ます根性もないからお前らいつまでも童貞なんだ。私のスケベ心を返せ。」
まだ意識のある方をゲシゲシ踏んづけながら私は唾を吐く。
「おまえ……なんだよいきな」
「うるさいなあ。おまえらどうせリアルじゃナンパ一つできないニート野郎のくせに。母ちゃん以外の乳触ったことあんのか。」
「くそ……触れる胸もねえくせに」
私の踏み下ろした踵が男の股下の地面で煙った。
「死にたいかおまえ。」
「すんませんすんませんすんませんんん!!」
コンクリートに数ミリ程めり込んだ靴を引っこ抜き、私はトントンと爪先を鳴らす。
「これ以上私の機嫌を損ねてみろ。次は完璧に踏み砕く。」
「ひぃぃぃっ!?」
最後にその股ぐらを一発蹴飛ばして、私はしっしと手を振った。
「消えろ根性なし。おまえが男優じゃ萎える。」
「ぐおぉ……萎えるって……何が萎えるってんだよチクショー!おまえこそリアルは腐れババアに決まってら、覚えてろー!」
絵に描いたような捨て台詞。
相方を担いで、ついでに内股になりながら消えていった男に私は鼻から息を抜いた。
「ぬかせ、こちとらモノホンのJKだっつの。……童貞ニートは一生年増女優のコスプレで興奮してろ。」
舌打ちして、やれやれと伸びをした。
ああ、それにしても気分が悪い。
折角美少女の濡れ場を拝みに来てやったというのに、ふたを開ければこれだ。
期待した展開は未然に終わるし、女の子には逃げられた。
「つまんね……」
「あの……」
そんな背中に声がかかったのはその時だった。
「うん?」
聞き覚えのある少女の声に振り返ると、そこにいたのは先程のXM8の少女。
その手にはさっき捨てられてしまった愛銃も握られている。
「お、おぅ……」
僅かな距離を挟んで見る少女に、私は少し面食らった。
当たり前だが遠目でも可愛い生き物というのは近くで見ても可愛いのである。
むしろ近付くと情報量が増して更に破壊力アップだ。
柔らかくふにっとした頬はほんのり桜色、見上げるぱっちりした目は緊張からか潤んでいて無邪気な光を放っている。少しあどけない仕草、幼げだが故に惜しみ無く振り撒く愛らしさ、それら全てが振り下ろす鶴嘴の如く私の倫理観を砕いていく。
要約しよう、法が許すなら今この場で抱きたい。私の脳みそに浮かぶ限りのありとあらゆる方法をもって散々に犯し倒したい。
「ていうか……帰って来ちゃうかね……?」
普通はこんな目にあったら戻ってきたりはしないのだが、律儀というか、危機感の無いというか。
一人で難解な顔をしていた私に、彼女は自分の足下と私の顔とで視線を行ったり来たりさせる。
「そのっ……お礼をしなきゃって」
「お、お礼ねぇ……」
身を乗り出してきた少女の髪の毛が舞って、ふわりと咲く甘い香りに視界が揺れる。
こんな半ば世紀末な世界だ。場違いな気もしなくはないが、だからと言って断る気は微塵もない。
「お、おう……おう。」
『今すぐ脱いでくれ』なんて言いたいところだが、そこはあってないような自制の念を総動員してぐっと我慢する。
図らずもお近づきになってしまったのだ。
この出会いをその場の欲求で棒に振るほど私は馬鹿じゃない。
そんな間抜けな思考に脳みその半分を使いつつも、私は間を持たそうと話しかける。
「ああ、名前は?」
「へ?」
「いや、名前……きみの。」
やはりというか、素通りしがたい沈黙の帳が降りてきた。
この脈絡の無さでは仕方ないだろう。
私は自ら生み出した居心地の悪さについ口ごもる。
見るがいい、これが引きこもりのコミュニケーション能力とそれが導く末路である。
だがこんなどうしようもない空気にも関わらず、少女は少し戸惑いつつも何とか答えてくれた。
「し、シノハラ ヒナミ……あ、違う……!違うです、キャロです!わたし、キャロっていいます!」
訂正しよう、少しではなかったようだ。
顔を真っ赤にしながら言った少女に、私は軽い目眩を堪える。
「お……おう、キャロね、キャロ。が、かかわいいねキャロ……。」
息が上がってはあはあ言うのはもう隠しようがないが、鼻血とかは出ていないだろうか。
私は然り気無く鼻の下に手を伸ばした。
VRだとたまにうっかり本名の方を名乗ってしまうプレイヤーが出ないでもないが、ここまで可愛く間違える奴はたぶん他にいないだろう。
一瞬私の中の揺らいではならない何かが吹き飛びかけたくらいだ。
「あの……大丈夫ですか?もしかして、さっきの人たちになにか……」
「いやっ、マジで平気、もう元気、ちょお元気、めっちゃビンビンですはい。」
私は慌てて自分の頬を叩く。
駄目だ駄目だ、これは完全に向こうの雰囲気に持って行かれている。
これじゃいつもの私じゃないぞ。
全力でセルフリカバリーに徹する私に、少女ことキャロはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……。もしあなたに何かあったら、わたしどうしようって……」
「ああくそ、嗅ぎたい……ちゅーしたい……舐め回したい……」
「え?」
「なんでもないぜ!あはは!」
とにかく、私は深呼吸。
呼吸だけは整ったところで、キャロが訊ねてきた。
「あの、よかったらあなたの名前も聞いていいですか?ここでは女の人と知り合いになる機会少なくって……」
「くっ、黒重 黒瀬っす……」
「え?」
「あ。」
思わず額に手をやる私。
やっちまった。まさかこんなところでリアルの方が出るとは。
こんな失態初めてである。
「く……クロエさん?」
「ごめん間違えた……その、あれだよあれ。とにかく忘れて!」
それで気付いたらしく、キャロはクスクスと笑った。
天からの囁きのような、もうとんでもなく癒される笑みである。
いくらかそれで落ち着いた私は肩を竦めてから名乗った。
「私は、ミケゾウ。」
「ミケゾウ……さん?」
少女はまばたきをする。
「ああ……いや」
自分の口から名乗ってみて改めて思ったが、リアルネームに負けず劣らずなネーミングセンスである。
今までには無かった筈の気恥ずかしさに、私は頬を掻いた。
「昔住んでたとこによく出る野良猫、そいつの名前がね。よく鉢植えなんかひっくり返してくロクでなしでさ」
「そんなことないです。素敵な名前、ニンジャみたいでかっこいいと思います!」
「に、忍者ねえ……。」
どの辺りで忍者と繋がってきたのかはいまいちわからんが。
しかしこの屈託のない笑顔だ。たぶん本心なのだろう。
何となく抜けてる気もしなくないが、それさえも愛らしく見えるから卑怯な生き物である。
にへらーっと緩んだ頬を引き締め、私はとにかく話題をふる。
「それはそうとして、さっきのあいつら……いったい何処で何したよ?」
「えっと……それが」
先程までのことを思い出したのか、体をぶるりと震わせた。
それもそうだろう。
私たちくらいの身長であんな野郎二人組に詰め寄られたらトラウマにもなる。
「……嫌なら、無理には聞かない……。」
「大丈夫です……はじめてって訳でもないので。わたし、さっきまでここのマップでアイテム収集をしてて」
「ドロップ率いいらしいからな。」
「はい、そしたら……」
キャロの話を要約するとこうだ。
あの二人は、キャロが一人でザコ狩りの最中に突然絡んできたらしい。
友好的な雰囲気で近づいてきて、「アイテム収集を手伝ってやろう」と持ち掛けてきたのを断り切れず一緒に行動を始めたが、ある程度集めてマップを出た途端ああやって迫ってきたらしい。
この手の面倒な連中による被害の噂はそこそこに聞いていた私だったが、こうやって現場に居合わせたのは初めてだ。
……できればもうちょっと発展した現場も拝んでおきたかった気もしなくもないが。
「災難。」
「……でも、ミケゾウさんみたいな人が通りかかってくれて良かったです。あなたが来てくれなかったら、わたし今頃……」
その先を想像したのか、さっと顔を青くした。
「ああ……うん、よかった。本当に。」
少し言い淀んでしまったが、大丈夫だ、ばれていない。
流石の私だって『あなたが襲われてるのをオカズにしようとしてました』なんて、口が裂けても言えない。
身震いしていたキャロが、そこではっと言った。
「ああ、そうだわたしっ!あなたにお礼しにきたんでした!ミケゾウさん、あなたはわたしの恩人ですっ!わたしに何かできることありませんか?」
「できること……ねえ」
断りはしない。
生憎、私は昔から遠慮という言葉を知らん女だ。
細めた目で、その美少女アバターを上へ下へ舐め回すように吟味する。
花開も目前の色づいた蕾と言うような、いたいけな少女。
「今度こそひん剥いてきゃんきゃん鳴かせてやれ!」と私のリビドー部分が叫んでいる。
もちろんそちらも十分に魅力的な内容であるが、今はまだ駄目だ。レミィに殺される。
と、悶々としていた私の目が少女の背中に大きなリュックサックを見つけた。
確か、さっきまでアイテム収集をしていたと聞いたが。
思い付いた私は、それを指差す。
「そのリュック、中身は?」
「これですか?」
キャロはリュックを下ろし、何の警戒もなく私の方に差し出してくる。
振った本人がなんだが、結構腹のそこの冷える光景である。
「えらく信頼されたな……」
目の前に立っている生き物が美少女の皮を被った変態だなんて思いもしない。
疑いも何もなく、恩人は恩人と信じてやまない目である。
「今まで無事でいられた方が奇跡か……」
「……へ?」
「別に」
それを裏切るような胸の内に心が痛まなくもないが、まあこの根性曲がりの私である。背徳感でさえごほうびだ。
「うんと?」
リュックを手にすると、内容がリスト形式で表示される。
「ほうほう……結構いいな。」
流石にこの前失った物ほどではないが、質のいい銃が計8丁とアクセサリがいくつか。
なるほど、悪くない。
「これ、売ってくんない?」
「え……これですか?」
「うん。……まあ、そんな出せないけど。ほら」
提示した金額に、キャロは「うーん」と唸る。
だいたいNPCの下取り店より少し安い程の値段だが、礼と言うならこれくらいが妥当だろう。
だが、それを見つめるキャロは緩やかな弧を描く眉をぐっと寄せている。
「……不満?」
私が尋ねると、キャロはふるふると首を振った。
「いえ……その、お金の話とかは難しくて……」
「……」
見た目通り、リアルの方も低年齢なのだろうか。
その様子に私は首を傾げて見せる。
「嫌なら別にいいけど。そこにいい狩り場もあることだし。」
「いえ、嫌とかそういうことじゃなくて……」
何を考えているのやら難しい顔をするが、暫くすると口を開いた。
「あの、それ……あげます!」
「え?」
「なるほど……」
裏道を抜け出した私は、キャロからタダで譲られたアイテムを詰め込んだリュックを背負い直しながら頷いた。
「はい。だからそれ、全然必要ないんです。」
「売りに行くのも面倒だしねえ。」
隣を歩いているのはキャロだ。
特に何か用事がある様ではないが、なんだか変に懐かれてしまったらしい。
こちらとしても気分が良いし、いい具合に手懐ける意味も兼ねて同行を許している。
まあ、行く行くは私の可愛いお嫁さんになってもらう予定だ、その下準備とでも思ってほしい。
「何か良いことでもありました?」
「まあね……現在進行形?」
無意識に顔が緩んでいたらしい。
気を付けなければ
「それにしてもXM8もう一丁か……」
「はい、これと同じもの!レアリティは最低でも4くらい!」
キャロが言うには、探していたのはその火器のみらしい。
だからそれ以外には別に用事もなかったので逆に処分に困っていたという。
『XM8』
合成樹脂などの新素材を多用した新世代火器の先駆けだ。
この銃は分解や組み立てが容易なモジュール設計になっていて、銃身などのパーツを取り替えることで狙撃銃にも分隊支援火器にもなるという器用な品物だ。
だがその分このゲーム内ではパーツを揃えるのが難儀で、実際にはその本領を存分に発揮できるプレイヤーは少ない。
「ひとつ揃えるのだけでも面倒なのをもうひとつね……」
「でも、どうしても必要なんです!XM8、これと同じものが!」
出会ってからずっと大事に抱いていた小銃をぐっと私の前に突き出してきた。
「うおっ!危ない、危ないって、それ鉄砲!」
「きゃっ、ごめんなさい!」
ここは戦闘区域内。間違ってでも弾が飛び出したら洒落にならない。
慌てて腕をすっこめたキャロのXM8を、私は顎に手をやりながら見つめる。
黒とグレーの塗装や、三日月や兎のシルエットを模したステッカーはどうともつきそうだ。
だが、正規品の伸縮式銃床は合成革張りの頬当て付きの固定式に換えられ、銃身の先のハイダーも特殊な形状の物に取り替えられている。
かなり凝った代物だ。
「ハイダーは常夜の町で何とか見つけたんですけど……なかなかぴったりなストックが見つからなくて。」
「そりゃな……」
ここまでの品となると、そう簡単に転がり出る物でもない。
「で、そこまで探すってことはやっぱり……」
ここまで真剣に探しているとなれば、たいてい何が目的かは見当がつく。
「はい!」
キャロは嬉しそうな笑顔で頷くと、左手の薬指を見せた。
支配権の使用可能回数を示す三つの赤い結晶は無く、かわりにぼんやり赤く光を帯びて見える。
レアリティ5以上の火器のみに見られる現象で、私も過去に二回ほど目にしているので分かる。
レベルが上限に達した証だ。
どこか誇らしげな顔で、キャロは言う。
「この子に新しい体をあげるんです!」
ミケゾウはスケベです。
性根の腐った変態に美少女の皮を被せたような生き物で、主人公の癖にどちらかというと悪役です。ダークヒーローでもなく。
次回、キャロが探す火器の用途が明らかに
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