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白蛇池伝説―Ⅱ―

「あの言い伝えの中に出てくる、武士が持っていた最初の刀があっただろ?」

「うん」

「あの刀が、今の神隠しを起こしていると、我が式神が告げているのです」

 梓は、一度聞いただけではピンとこなかった。武士は、刀を手放したのではなかったのだろうか。

「実はな、あの刀は池に沈んでいるっていう説があるんだ」

「池に?」

「傷だらけの白蛇と再会した後、武士は刀を手放しただろ? 当然どこかに売ってしまったか、誰かに譲ったかと考える。大事にしていたものだったからましてや捨てるなんて思いもしないしな。ところが、だ」

 輝は一気に麦茶を飲みほす。

「武士は、二度と刀で人を傷つけないという事を証明するために、刀をあの池に沈めたのさ」

 二度と、人を傷つけないため。そして大事にしていた刀が、もう二度と人を傷つけて己の体を血で汚さないため。武士は修行をし、共に過ごしたこの池を、刀の弔いの地として選んだというのだ。

「もちろん、この説は他に出回っていなかった。つい最近まではな」

「左様。我々も、この説を知ったのはほんの最近でございました」

「待って。佐野君たちも知らなかったってことは」

「この説を、他に知っている奴がいるってことだ。これを見てくれ」

 佐野は、次に元いた村の図書館で借りてきたと思われる、これまた古い書物を取り出した。ずっしりと重そうな書物は、字が崩れていて読むのに苦労しそうであった。

「これ、この土地の言い伝えや伝説が載っている書物なんだけど……」

 ページをめくると、走り書きのような文字が並ぶ。それは印刷ではなく間違いなく原本――すなわち手書きのものであった。たくさんの本を読んできた梓だったが、さすがに古典に手を出したことはまだなかった。源氏物語や平家物語など、有名な歴史上の小説を読んだことはあるが、それらは全て現代訳されているものを買っていた。

 目の前の本の中で、かろうじて漢字ならば一部読めるが、それでは話にならない。解読できないもどかしさが、じりじりと梓を覆っていく。こんなことなら古典辞書も買って、当時の文章のまま読む練習をしておけばよかったと、後悔した。

 そんな梓に気付いた輝がぷっと噴き出した。

「これ、読めないよな。俺も全然読めない」

「じゃあどうやって……辞書を引きながら?」

「まっさかー。七緒だよ、なっ」

 笑いながら輝は七緒のほうを見やった。七緒も、少し呆れた笑顔で輝を見る。

「全く……。輝、このくらい自力で読む努力をしないと」

「だって俺、本なんてあんま読まねーもん」

「やれやれ」

 二人の様子を見た梓は、七緒が守護霊というよりも輝のお目付け役のように見えて笑いそうになった。生きた時代は違うものの、いいコンビだと思った。

それにしても、この難解な文章をいともたやすく読めるとは、七緒は流石である。

「あ、何笑ってんだよ立花さん」

「だって……なんだかおかしくて」

「梓殿からも言ってやってくだされ。本くらい読めと」

「えー! 本なんて今時読むかあ? ゲームのほうが楽しいだろ? 七緒だってゲームやってんじゃん」

「それは……確かに面白いとは思うが……」

「だろー?」

 目の前の、陰陽師の格好をした七緒が、現代のゲームを必死にやっている姿を想像して梓はさらに笑った。こんな大声を出して笑ったのは、久々だった。

 あまりにも笑うので、輝は何だか恥ずかしい気持ちになった。

「と、とにかく。このページに白蛇池について載っているんだ。伝説通り刀を手放してとなってる。けどな、ページをよーく見てくれ」

 輝に促され、梓はじっと書物を見る。何度読んでも読めない文字が連なるページに、梓は少しめまいがしそうだった。読めないのに、このページを見ろと言われてもさっぱりである。

「ああ、文章は気にしなくていいですよ」

 七緒に言われ、梓は首を傾げながらもじっとページを見続ける。そしてあることに気付いて梓は眼を見開いた。

「気付いた?」

「うん……この手放したっていう文章、よく見ると書き換えられている」

「ご名答」

 この書物が書かれたのは少なくとも戦国時代、武士の死後と考えられる。しかし、その時代に消しゴムや修正液が存在していなかったはずだ。けれどもこの文章は確かに書き換えられていた。よく見ると、文章の後ろにうっすらと薄い線が走っているのが見える。

「でもどうやって?」

「簡単ですよ。水です」

「水?」

 七緒が説明をする。その部分だけ水をかけ、そして破れないように乾かす。するとインクが薄くなるのでその上から新しく書き直すようにしたのではないかという事だった。

 いったい誰が、何のためにそのような処置を施したかは今となっては分からないが。

「そして肝心な、元々の文章ですが」

「拾っていくと、水、沈、そして刀の文字が見えるだろ?」

「ほんとだ」

「推測すると、刀を水に沈めたっていう文章になる」

「なるほど」

 梓は改めて書物に目を移す。言う通り、その三文字がうっすらと見えた。

 しかし、よっぽどのことがない限り、こんな重そうな書物を借りようと思う人はいないだろうなと思う。ということは、この書物を、輝の前に借りて、その上この不自然な部分に気付いて同じように元の文章を解読した人物がいるという事になる。

「刀はその刃によってよって命を落とした死者の魂が宿ると言われています。武士は、池に沈めることによって、今まで斬りつけてきた敵軍の魂も鎮魂させようと考えておられたのでしょう。そして池では武士の思惑通り、敵軍の霊が刀とともに静かに過ごしていた」

「けど、最近その池を荒らす奴が現れたってことだ」

「えっ?」

 輝と七緒は真剣な顔になった。その中には、池を荒らす不届き者に対しての怒りも含まれている。それは梓も同じことだった。小学生時代に起きた記念碑の一件で、死者は眠りを邪魔されることと、冒涜されることを何よりも嫌い、悲しむことは重々承知していた。

 幽霊だって人間と変わらない。嫌なことをされて平気なわけがないのだ。

 もっとも、梓自身は自分がなにかされるということにすっかり感覚がマヒしていたが。

「ちょっと待って。仮に前に借りた人物が池を荒らそうとしているとして、どうしてあの村に住む幽霊たちが犠牲になるの?」

「そこなんだよ」

 よく気が付いたというように、輝はぽんと手を打った。

「おそらく、この書物を以前に借りた人物は、式神使いに似たような力を持っていると私は考えています。それも、何の関係もない幽霊たちを操ると言う強力な能力の持ち主でしょう」

「関係ない幽霊を操る……」

「もし本当に刀が池に沈んでいるとして、それを発見できれば相当な妖力が手に入るだろうからな。だからこそ、必死になって幽霊を操って刀を探しているんだろう」

「そんな、伝説だから本当なのか分からないのに」

「本当かどうかは、帰ってきた幽霊たちが証明しているだろ? ただ探すだけじゃ力は弱らない。ってことはやっぱり、刀はそこにあるんだ」

「なるほど、そういうことになるね」

 梓は納得したように頷いた。


 梓自身は、一度も白蛇池に行ったことがない。伝説については小さい頃、聞かされたことがあるので知っている。川で死にかけた梓にとって、水辺はただでさえ恐怖であるのに、その上大きな蛇が出てくる池なんてもってのほかだ。

 それでも、幽霊たちが苦しんでいるとなれば、恐れている場合ではない。

「人間が、一番怖い」

「え?」

「一番怖いのは、人間」

 無表情でそう呟く梓を見て、輝は思わず首を傾げた。

「何その呪文?」

 輝が尋ねる。

「勇気を出す呪文」

 梓は何のためらいもなく答えた。小学校時代に一番の怖いもの――人間――に気付いてからというもの、何かと梓はそのことを口にするようになった。そうすることによって、幽霊への怖さを軽減しようと図っていたのだ。

「まぁそうだな。人間が一番怖いよな」

「ええ。私もそう思いますよ」

 あっさりと二人に肯定され、梓は逆に拍子抜けした。今まで呪われるだの、悪魔だの言って自分を恐怖の対象として見ている人ばかり見ていたので、今日話したばかりの輝や、守護霊である七緒が、梓の存在を恐れずに、むしろ梓と同じく人間のほうが怖いと思っていることに驚いた。

「佐野君も、そう思う?」

「そうだろ? だってさー、うちの母さんちょう怖いぜ? あれは鬼婆」

「だーれが鬼婆だって?」

「ひいいいい出たあああああ!!」

 夕食の準備中だったのであろう、包丁を片手に部屋の入り口から輝のお母さんが顔を出す。それを見て本気で震える輝。

 梓は、また大声で笑った。

「梓ちゃん」

「は、はい!」

「うちに来た時は何も遠慮しなくていいからね」

「え?」

「自分を押し殺さなくていいってことさ」

 包丁を持っているせいで分かりにくいが、輝の母親はとても優しいトーンで梓にそう言ってくれた。

「輝はさ、確かに出来は悪いけど、友達を裏切るようなことはしないから」

「あったりまえだ! 何言ってんだ母さん」

「うるさいね、人が珍しく褒めてやってんのに」

「だから包丁をこっちに向けないでくれよ」

「全く。そういうわけでさ、輝には素で接してくれていいからね」

「おう! その代り俺も素を曝け出すけどな!」

「……」

 梓は、無言でうなずいた。

 中学に入り、梓は実に二年ぶりに友達が出来てうれしかった。


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