白蛇池伝説ーⅠ―
戦国時代、力も財力もなかったある無名の武士が、強くなるために日々剣術の特訓をしていたという場所である。ある日の夜、いつものように特訓をしていたその武士は、誤って剣をその池に落としてしまった。なけなしの金をはたいてやっと手に入れた剣を落として途方に暮れている武士のもとに、一匹の白蛇がやってくる。白蛇は、武士に尋ねた。
『強くなって、天下を取りたいか』
武士は黙ってうなずいた。すると蛇は、そのまま池に飛び込んだ。蛇が泳げるわけがないと、武士は慌てて自分も池に飛び込み、蛇を助けようとする。池の中を彷徨っていると、やがて水の中で光るものを見つけた。自分の剣だと思い、一瞬取りに行こうとする武士だったが、それよりも蛇を助けるのが先だと思いなおして、剣に背を向けて蛇を探す。
そして、蛇を見つけてつかもうとすると、池の中がまぶしく輝いた。その一瞬、池から勢いよく水が上がり、流れに乗って武士は陸へと戻された。しばらく気絶していた武士が目を開けると、なんと目の前には、白蛇が巻き付いた自分の刀があった。
白蛇がまたも武士に語り掛けた。
『お主の清き心に心打たれた。最強の剣だ、使うがよい』
白蛇はそう言うと刀から離れ、みるみるうちに姿を代え、やがて一本の剣となった。
武士が剣を手と取ると、力がみなぎってくるのが感じた。
こうして白蛇の刀を手に入れた武士は、今まで使っていた刀との二刀流で戦に挑むようになり、やがてめきめきと力を付けていった。しかし同時に、敵の血で段々錆びていく刀を見るたびに武士は平和な世の中とは何かについて考えるようになっていった。
そんなある日、戦から帰ってきた武士が相変わらず池で修行を続けていると、一人の男が現れた。話を聞くと、ぜひその刀を譲ってほしいと言う。武士は当然断った。
しかし、男はしつこかった。毎晩毎晩池に現れては、武士がその刀を手放すのをじっと待っていた。戦で疲れていてもなお修行をする武士の体力はもはや限界だった。刀をそばに置いて、武士はしばし眠ることにした。
『やった、今のうちだ』
しめしめと思いながら男はそっと彼方に手を伸ばした。まずは武士が初めから持っていた刀を盗った。武士はまだ眠っている。続けて二本目も手に取ると、男はやっと手に入ったと大喜びで家へ帰ろうとした、その時だった。
『ひゃああああ何だこれはあああああ』
男の悲鳴に、武士が飛び起きる。すると男の手中にある刀が段々変形していくのが見えた。それは先日とは、逆に、刀から蛇の姿へと戻っているようにであった。
『こ、こんな呪われた刀なぞ!』
そう言って男は、白蛇の刀を池に投げ落とした。
『何をするんだ!』
武士は男を怒鳴りつけ、すぐさま、また池に飛び込もうとした。
しかし、武士が飛び込もうとした直前、池の中から白い何かが顔を出したのだ。
『へ、蛇だあああああああ』
見たこともないほどの、白い大蛇が、天に向かってどこまでも伸びるかのように姿を現した。男は恐れをなして一目散に逃げていった。
『だ、大丈夫か!』
武士は蛇を恐れることもなく駆け付けた。すると先ほどまで大きかった白蛇は小さくなっていき、やがて最初に見た頃と同じ大きさになった。
真っ白い蛇の体に、いくつもの赤い線が走っている。それは、明らかに切り傷だった。
『痛かっただろう、申し訳ない。申し訳ない』
武士はそれまで、刀についていた敵の血ばかり気にしていた自分を恥じた。何かを傷つけると、同じだけ自分も傷つくことになること、そして傷つけた敵だけではない、その背景にいる敵の家族までも傷つけていることになると、蛇を見て気付かされたのだ。蛇は武士の強くなりたいという願いをかなえるために、自分の体を刀に代え、そして自分の体を犠牲にしながら敵軍と戦ってくれていたのだった。
武士は刀を手放し、出家して白蛇とともにこの地にとどまり、一生を過ごした。武士と白蛇が死んだあと、人々はかつて武士と白蛇が出会ったあの池を、白蛇池と呼ぶようになった。
それが、白蛇池にまつわる言い伝えだった。