友達は、いなくてもいい
高校の入学式から三週間も経つというのに、未だに立花梓は友達がいない。肩の辺りまで垂れているポニーテールが窓から入ってくる風に微かに揺られている。頬杖をつく梓の姿はどことなく哀愁が漂っているようにも見えるが、別段憂鬱なわけではない。
周囲では間近に迫るゴールデンウィークに浮足立ったクラスメイトが、どこへ行くだの、何をしてして過ごすだのとわいわい盛り上がっているというのに、梓の席の周囲には全く人気がなかった。
ただただクラスメイトの話し声が、笑い声が、耳に入るだけ。梓が何かを発言するのは、授業で当てられた時のみである。
こんな現状について寂しいやら恥ずかしいという感情は持っていない。むしろこれが、梓にとっては普通のことなのである。今さらなにか思うところがあるわけもない。誰も寄り付かず、かといって自分のほうから誰かに近づくこともない。淡々と授業を受け、ノートを取る。授業が終わればまっすぐ家に帰るか、たまに学校の図書室もしくは家の近くの図書館に寄って本を数冊借りていく。休み時間は借りた本を読んで一人で過ごす。昼休みも同じく一人。席の近くで大所帯の女子グループがご飯を食べるというときは、黙って席を立って、椅子を差し出す。そして一人で校庭の裏庭に行き、こっそりと過ごすのだ。
梓が差し出す椅子の扱いをめぐって、女子たちがじゃんけんしていることも、梓はきちんと知っていた。
「じゃんけんで決めよう。誰がこの椅子座るか」
「やだよ、他の人の椅子借りればよくない?」
「借りられる椅子がこれしかないから困ってんの。じゃあ地べた座る?」
「それも嫌だ」
「じゃあ……じゃーんけーん!」
負けた一人がうう、とかええー、とか言いながら渋々梓の席に座る。その座り方も、通常のように深く腰掛けたりするのではなく、本当にちょこんと、遠慮しすぎなほどにお尻をのせる程度であった。
「ほらほらちゃんと座りなよー」
「やだやだ、立花さんの呪いが移ったらどうすんの?」
彼女たちに全く悪気はなく、むしろ本気であることも、梓は分かっていた。もちろん、この三週間……いや、中学時代から考えても、梓の席に座ったものが何かしらの呪いがかかっただとか、不幸な目にあっただとかいうことは一切ない。それならば梓も堂々としていれば良いし、誤解を解くために話をすれば良いのだと、思ってしまう。
しかし、火のないところに煙は立たない。ただ一度、小学校四年生の時に起きた騒ぎが、今日まで影を落としてしまっているのである。
この狭い田舎社会では、噂や事件はあっという間に広がり、しかもそれが長年にわたって染みついてしまう。誰々が駆け落ちしたという話を聞いて、人物にピンとこないと思っていたら、もう五十年も前の話を、老人たちが未だに話のタネにしているなんてこともざらにある。
梓自身、この村のそういった環境をよく理解しているからこそ、また、何よりも自分自身が持つ特異な体質について理解しているからこそ、すすんで一人でいることを選んでいる。中学時代に一人だけ、友達が出来たが、その人は夢をかなえるために途中で遠くに転校して行ってしまった。あの頃は楽しかったと、梓は時々思い出す。しかしあの頃には戻れないことも梓は分かっている。
単純に、その友人が出来る前……小学生時代に戻ったと思えば、幾分楽になった。元々こうして孤独な学校生活を送っていたのだから。中学時代のわずかに恵まれていた時代は、強いていうなれば嵐の前の静けさのような、穏やかな日々だったのだろう。
梓は、これから起きるであろうことを、遠い昔から知っていた。