夢の装置
「本当に人間とは嫌なものだ…口を開けば綺麗事ばっかりで…」
それが博士の口癖だ。元々彼は少々偏屈であり、人間嫌いでもあった。その上、若い時分に好きな女性から『あなたはとてもいい人よ。私にはもったいない位の人だわ。だけど…』そんな風に思いっきりフラれたものだから、その傾向は更に、という訳である。
博士は自分の研究所を持つ事になった時、都会を離れ、それを無人島に作った。そこは環境も良く、動植物の数が多いパラダイスだった。
博士は様々な研究に没頭し、その博士の研究からは様々な商品が開発、製造され、博士の名とその研究所は、業界では知らない者は居ない位になっていった。
研究所を設立してから十年。博士は相変わらず人を寄せ付けなかった。ところがである。博士も所詮は一人の人間。無人島の研究室に一人でいる事に耐えられなくなってきた。なぜならば今は研究のテーマに行き詰っていたからである。
「ああ、研究に熱中してる間はこんな風には思わなかった。ところがこうして暇が出来てみれば人の声が聞きたい。ああ、やっぱり私も寂しがりやの人間なのだ…ん? まてよ?」
博士は閃いた。そうだ! 動植物たちの言葉を人間の言葉に変換する装置を作ればどうだろう? 人間とは違って嘘をつかない素直な彼らたち。決して建前だけの言葉、綺麗事は存在しないはずだ。それにそんな装置があれば動植物たちとの意思疎通も不可能じゃなくなるはずだ。まさに夢の装置ではないのか?
そうだ、なぜ今までそんな装置の研究を思いつかなかったのか。今の自分のとっても必要な装置じゃないか。これなら人恋しくなっても大丈夫だ。
こうして博士は早速その装置開発を目指して研究に没頭した。様々な困難はあったが、一度こうと決めた博士はスゴかった。寝食を惜しんで努力した結果、僅か一年余りでその夢の装置を実働させるまでに創りあげてしまったのである。
「さて、一応理論通りには完成したぞ。それでは早速実験を」
博士は研究所を出て島の動植物たちの声を聞いてみることにした。
「お、あそこにいる鳥の言葉を聞いてみよう。どれどれ…」
その鳥は毎朝、博士の寝室の外で爽やかな鳴き声を響かせている鳥だった。博士の一日はその鳥の鳴き声から始まる、と言ってもいい位に。第一声を聞くのにはおあつらえ向きの実験体じゃないか。
装置のスイッチを入れてヘッドホンをした。と、聞こえてきたのは
「腹減った! メシ食いてぇ! 女欲しいな! 腹減った!」
博士は感激した。おお、ちゃんと変換出来てるぞ! 大成功だ! しかも綺麗事ではない心からの叫びじゃないか!
だが、博士がそう思ったのもほんの僅かの間だけだった。それはそうだろう。鳥以外の他の動植物で実験をしてみても、博士を見て時折
「危険な人間! 警戒しろ! お前たち、警戒しろ!」
の声以外は総て
「腹減った! メシ食いてぇ! 交尾もしてぇ! やりてぇ!」
「男欲しい! いい男どこ? 男欲しいのよぉ!」
「女欲しいぜ! いい女と交尾してぇ! 交尾してぇ!」
「俺の女とるの許さない! 殺すぞ!」
「腹減った! メシ! メシはどこだ! とりあえずメシ!」
「アイ ウォントゥ メイクラブ ウイズ ユウー!」
「ich möchte Sex mit Ihnen haben!」(独語)
「Me gustaría tener sexo contigo!」(スペイン語)
「Je voudrais avoir des relations sexuelles avec vous!」(仏語)
「我想和你做爱!」(中国語)
帰化動物たちも総てこんな風。環境がいいこの島では一年中繁殖期なのだった。
「全部こんなのばっかりだ! もういい加減嫌になった! やっぱり人間には建前も必要なのだな…」
博士はその装置を叩き壊すと、綺麗事が蔓延している人間界を目指して、無人島を脱出した。
動植物は本能で生きているから当たり前ですよね…