やさしい記憶
6歳の頃家を飛び出して、入ってはいけないと言われていた森で迷子になって大泣きした記憶が私にはある。
私が迷子になった理由は一応あった。理由は私の魔力の多さ。幼少時代は全く力をコントロールする事ができず、度々力が暴走。その度に住んでいた地元に迷惑をかけ、同年代の子供たちには恐れられる。両親がいつも私の事で謝罪する姿が悲しかった。だから、迷惑をかけまいと飛び出した。子供の行動は安直だ。
自分から飛び出して迷子になって、そのくせ不安で怖くて、もう家に帰れないんじゃないかと思うと悲しくて、溢れる涙を止めるどころか益々涙があふれてきてしまって苦しかった。汚れるのも構わず薄暗くなった道端に座り込んで動けなかったっけ。
けれど幸いな事に偶然通りがかった人がいた。こんな森の中で偶然通りがかるなんて・・・と、現在の私なら考えたかもしれない。でも当時の私にはそんな事を考える知識も余裕もなく。差し出された手を迷わず握り返した。
大きくて暖かい手だった。見上げたその人は、当時の私から見ればとても大きく見えた。
真紅の法衣と帽子が印象的なお兄さん。人懐っこそうな優しい顔。
しゃがみこんで泣きじゃくっている私を安心させる為か、お兄さんは隣に座って目線を合わせて笑いかけてくれた。薄暗くなった視界の中、沈む夕日を背にしたお兄さんはとても神秘的だった。
「大丈夫。すぐにおうちに帰れるよ」
お兄さんは私と手を繋ぎ歩きながら色々な魔法を見せてくれた。たくさんの虹や次々現れる精霊、光り輝く木々、シャボン玉舞う不思議な光景。
私が魔法に興味を持ったのはその時がきっかけ。こんなやさしい魔法を見たのは初めてだった。
「キミにも出来るはずだよ」
にこにこしながら簡単な言葉と手の動作を教えてくれる。その動きと言葉を真似すれば、掌の上に浮かび上がる小さな光球。
「すごいね! 魔法ってスゴイね!」
お兄さんはとても嬉しそうに微笑んで、
「そうだね・・・この力は人を笑顔にさせられる用途になれば一番良いね」
その頃の私には理解できない言葉を紡いだ。ただ、同意してくれたことだけは分かったから一緒になって笑った。それはやさしい記憶。やさしい思い出。
「そういえば、キミはなんて名前なのかな?」
「あたしはサラだよ。お兄ちゃんのお名前は?」
「サラちゃんか。かわいい名前だね。ボクの名前はヴァル。さあ、もうすぐ森を抜けて帰れるよ」
「うん!」
やさしい記憶。やさしい思い出。
* * *
「本日付で魔導士団長補佐に配属しましたサラ・ガズンと申します。精一杯務めさせていただきますので宜しくお願い致します」
団長は人懐っこそうな優しい顔で微笑んでくれている。
今なら分かる。真紅の法衣と帽子は魔導士団長の制服であり特徴だと。
「こちらこそ宜しく。知っているかとは思うけれど改めて、魔導士団長のヴァレンタイン・アッテンボローだよ」
魔力の高い人間は、魔力が安定している年齢で成長が緩やかになる。魔力が高ければ高いほど老化は遅くなる。目の前にいる団長は15年前と全く見た目が変わっていなかった。14歳か15歳の少年にしか見えない小柄な見た目と身長は、最近成長が緩やかになってきた私と比べても年下にしか見えない。
「ヴァルって呼んでね? サラちゃん」
いたずらっ子のように瞳を輝かせ、私の顔を上目遣いで覗き込む。
「はい、ヴァル団長」
お互いに握手を交わし笑いあった。
また会えたね
眼鏡をかけるようになったんだ?
よくここまで来たね
幼い容貌に理知的な光を瞳に宿らせ、嬉しそうに団長は話しかけてくれる。
「この力、嫌いになってはいない?」
「ヴァル団長に出会ってから、ずっと大好きなままですよ」
この15年、魔物と戦闘したり、力が暴走しそうになったりと色々あったけれど、幼い頃家を飛び出した時のような悲しい気持ちにはならなかった。あの時の『お兄さん』が見せてくれたやさしい思い出が私を支えていた。
「良かった!」
本当に本当に幸せそうな顔で団長が微笑む。おそらく、私も同じような表情で笑っているだろう。
やさしい記憶は、思い出から始まりになった。
見た目は子供、頭脳は大人・・・的なキャッチフレーズに憧れて書きました(笑)