綺麗なワンピース
◇◇◇◇◇
時は少し遡り、シライシは魔族と戦っていると、戦闘曲の効果が終わりかなりピンチだったが、周りにいる兵士達が我先にとシライシの安全を確保して、残り僅かな魔族も時間をかけて無事に殲滅出来た。エクレア大活躍とだけ言っておこう。
……だが、戦いはまだ終わっていない。
遠くに聞こえる爆発音にも似た何かが、それを証明していた。
ーーーっ……魔王さんがいない! 一体どこに……
全身骨や、厳つい男を想像していたシライシは、初めて魔王を見た時に驚いた。マイは当たり前といった感じでウンウンと頷いていたが。
ーーーもしかして……これ?
姿はとびっきりの美少女だろうと、その力は本物だった。
魔王がいない。
鳴り止まぬ音。
この2つを考えれば、今何が起こっているかなどたやすく理解できる。
シライシは走った。そして見つけた。
血だらけでも尚美しい魔王と、真逆に肉ダルマという言葉がお似合いの、おぞましい姿をした何か。
気づけばシライシは演奏していた。
自分ができるのはこれくらいしかない。だったら役割を果たそう。
こんな事をすれば異形に襲われるかもしれないがーーそこは信じるのだ。
魔王を!
〜〜〜〜〜
異形はいっそう恐ろしくなってきた。
明らかに致命傷を受けても、反則な再生力で瞬時に癒す。その際、無理な再生の為か、どんどんも人の形を崩していくが異形は気にしていないらしい。
ただひたすらに目の前の障害を排除しようと、その暴力を振るうばかり。
シライシはひたすら演奏。
[支援曲・ファランクス]
見えない障壁が魔王に出来る。
[支援曲・風の囁き火の叫び]
魔王のスピードとパワーが上がる。
[心曲・森の癒し]
魔王の疲れが取れる。
[狂凶曲・死者の嘆き]
異形は幻覚にとらわれる。
シライシはひたすら演奏。
差は明白に現れてきた。
限界が来たのか異形はどんどん力を落としていき、魔王は衰えすら見せない。
「終わらせるぞ、兄さん」
「グッッウ……ガァ……!」
魔王は異形に突っ込み、異形は力任せに腕を振うが、かすりもしない。
「[魔装・閻魔]!」
魔王の影が自身に包み込み、黒の鎧を装備する。
かなり無茶な魔力の使い方のため、数十秒使うだけで疲労が溜まりに溜まっていくが、その力は絶大。
足を払う動作ーー異形は耐え切れず足を霧散させる。
頭を殴るーー霧散。
手をーー霧散。
足をーー霧散。
頭を潰しても体から生えてくる異形は、魔王の攻防に追いつけず、存在を消していく。
ーーー……さよなら。
地ベタに這い蹲る異形は、かろうじて残る目から光も消えていて、呻き声もしなくなっていた。
それを悲しい目で見ていた魔王は、いつまでもこうしてちゃいられないと、踵を返して女勇者のもとに行く。
[魔装・閻魔]の副作用により、頭がクラクラして力も入らないが、今の今まで助けてくれた存在。これから人族と魔族を結ぶに当たって重要な存在。……勇者。
そこまで魔王は考えて、頭を振る。
ーーーお礼をしないとな。
魔王としてではなく、純粋な気持ちからなるお礼を。
「ーー魔王さん!」
シライシは、足取りのおぼつかない魔王を心配して声をかける。
魔王は心配ないと言おうとして……聞こえた。
ーーーグルルッ
〜〜〜〜〜
「ーー魔王さん!」
その言葉が引き金となって、再び異形は目を覚ます。
最早原型の影すらないが、力だけはある。
ーー魔王。
本能が叫ぶ。
それを言うなと!
失われた自我のはずが、魔王と呼ぶそれだけは許せなかった。……嫌だった。魔王と聞くだけでぽっかりと空いた胸が妙に寂しくなる。
本能がすり変わる。
そいつを殺せと!
上半身だけ再生された異形は、腕で地面を強く弾き、シライシに襲いかかった。
「しまっ……くっ!」
魔王は動けなかった。
副作用だけではなく、歌の効果が切れてしまったので、異形を止めるどころかよろめいてこけてしまう。
〜〜〜〜〜
シライシは、落ち着いていた。
急に遅く感じられる世界が、このまま何もしなければ異形に殺されるだろうと分かって、だけど怖くない。
轢き殺される。
この状況は微かに見覚えがあった。
ぶれる視界でとらえた、大きな質量が気付いたら目の前。
だけどーーその時ーー助けてくれた人がいる。
「っと、俺成長したなぁ」
パシッ
そんな軽々しい音は、異形を止めた音だと誰が予想できよう?
だが、目の前の男はそれをやってのけた。
「神羅……さん」
シライシの口から、思わず漏れたその名前。異形を止めた人物はピクリと反応して、ゆっくりとシライシの方を向く。
キラキラ光る銀髪にかすかに存在している金髪。何より怪しく光る赤い目は、どことなく魅力的だった。
「やっぱり……ワンピース似合ってるな」
女から好かれ男から嫌われるその容姿。その男、名はシンラ・アリエルト。
転生者である。
〜〜〜〜〜
とてつもないタイミングでシライシを助けたシンラは、とてつもなく恥ずかしかった。
ーーー言えない。実は結構前からいて、出るタイミングを伺っていたなんて言えない……
「グルルッウォォッ!!」
「おっとそうだったな。……魂がもう輪廻転生の輪に組み込まれてるし……どうにもならないか」
再生することを木の陰からじっと見ていたシンラは、幾つか策を考えていた。
細胞残らず死滅されるか、根本たる再生力を無くすか、どちらにせよ面倒なので、今はお掃除している【仮創空間】に送り込んだ。
◇◇◇◇◇
は知覚できない時間に、いつの間にか異形は死体の上にいた。
まともな精神が残ってさえいれば、一面に広がるこの魔物達が、勇者を引き止めている間に別方向から攻め込ませようとしていた魔物だと気づけただろう。
だが、狂気にまみれた異形が分かるはずもなく、再生した手足で死体を踏み潰しながら歩き出すり
ーーそこで出会った。
半透明な人の形をしたーーライムに。
「グルルッファッ……ルシィィ!」
誰であろうと関係ない。本能に従い目の前の敵を殺す。
……それが、異形の最期の言葉となった。
「……ぷるん」
音速よりはるかに早い、光速に近い物理法則を無視したスピードで異形の目の前に来たライムはーー吸収した。
たったそれだけで、異形は再生することなく本当に死んだのだ。
「まじゅ……あっ、ぷるんぷるん」
ーーライムは死体を見渡す。これが終わったらご主人から美味しい魔力を貰おうと心に決めて、片っ端から吸収していった。
それと、ライムが喋ったのは気のせいだ。
◇◇◇◇◇
ライムが何とかしてくれるだろうとーー実際そうなったのだがーー呑気なことを考えていたシンラは、さてどうしたものかと思考して……と、その前に、疲れている魔王を回復させる。
「っ……無茶苦茶な奴だ。
ーーそれで、アレは殺ったのか?」
アレとは何なのか。
魔王の怯えた様子を見て、邪神の事だと推測した。
「おう、弱かったぞ」
「弱っ……はぁ、まあよい。礼を言うぞーーありがとう」
ーーー兄もちゃんと殺してくれたんだろ? ありがとう。
最後は口にしなかった。きっと目の前の男は察するだろうと思ったのだ。
……シンラは微かに首を縦に振っただけで、すぐにシライシのところへ向かった。
「えっと……シライシさん?」
ステータス確認で名前はもう知っており、よく分からないがさん付けしてしまうシンラだった。
「さんなんてっ……シライシって呼んでください」
「ああ、じゃあシライシちゃんで」
「……」
「……」
「……」
「……」
今まで生きてきた中で、一二を争う痛い沈黙を味わっていたが、それを破ったのはシライシの方だった。
「あ、あの……ありがとうございます!」
「っ!」
てっきり、ごめんなさいと言われると思っていた。
それは理不尽でも、シライシはシンラが死んだ原因の1つである事に変わりはないのだ。
だが、お礼。
その事にシンラはーー嬉しかった。
「知っているかシライシちゃん、この世界は楽しいぞ」
「……はい」
「地球みたいに縛りは無くなったし、魔法なんて面白いの一言。ここに来て良かったと心から思える」
「はい……はいっ……」
「 何より妹が出来た!
客観的に見ても様々な要素が世界一の妹が!! 美しい妹が! 可愛らしい義妹が!」
「はいっ……あれ?」
最後はあれだったが、シライシは分かっていた。賢い方ではないといえ、シンラが何をこちらに何を伝えたいのかは、ちゃんと理解していた。
だからーー涙は出ない。
自然と出たのは、屈託のない笑顔。
少女はちゃんと……お礼が出来た。
〜〜〜〜〜
「あ、神羅……じゃなくてシンラさん。実はその……この世界に……」
「マイもいるんだろ?」
「っ…そうです! だから、その……1度でもいいからマイさんに会って欲しいんです!」
「もちろん会うさ。そのためにここに来た」
「本当ですか!? よかっ「でも今日はなんだかお腹が痛くなってきたからなぁ」……シンラさん?」
「っと、冗談だよ冗談」
女とは怖く、強い生き物だ。
目のすわったシライシを見て、改めて実感したシンラだった。
でも、シンラは本当に胃がキリキリしてきたので、丁度いいタイミングでやってきた大人なクロイヌが提案した、「後日、クロイヌの家で魔王と一緒に明日ご馳走になる。その時マイをどうにかする」
という、よく分からない結果となった。
◆後書き◆
次回、更新が遅れます。
最終話まで一気に投稿しますので。