その力、まさしく神の如く 死神なり
◇◇◇◇◇
魔王城にて、邪神は目覚めた。
周りには誰もいない。邪神にとっては知らない事だが、この時魔王城にいる個性派以外の者は、魔王によって避難されていたのだ。
静かすぎる部屋で1人。初めは自身の身に何が起きたのかを考察して、すぐに理解する。
その後、自身以外の現状把握。
そして冷笑を浮かべた。
ーーー戦争をしているでないか!
なんでかは知らないが、争っている。そしてこれも邪神にとっては知らない事だが、魔族の“個性派”は元々不満がたまっていたのだ。
何故自身より下等なものを従えない。
何故力を使わない。
何故共存を望む。
溜まりに溜まったその心は、魔王が死んだ事によって爆発した。
やはり、共存など無意味。
そうだ、力を使って従えろ。
今の魔王など恐るるに足らず。100年程時を飛ばされて混乱中の魔族がほとんど血筋で決めたようなものだ。
結果、“個性派”は決別した。
力こそ正義の“個性派”は、敗れた魔王よりも断然邪神を崇拝し、そして思い出したのだ。
『もったいないですねぇ〜ここの魔族。うまくやりさえすれば、この世界を手中に治めるなど簡単にできますでしょうに。
本当、もったいない』
そうだ、あの方はそれを望んでいる。
ならばこそ期待に応えよう。
いずれ帰ってくるその時まで、世界を支配するのだ。
ーーだが、現実は彼らに甘くなかった。
「ーーースタート」
「っ、誰だ!?」
邪神に気配を感じさせず、後ろを振り向くとそこには人が立っていた。
髪は銀髪に少しの金が入っていて、目は赤く顔は美形。女装をしても違和感のないほど整っている。
「な、なんだ貴様」
必死で平成を取り繕う。
内心は驚愕だ。
今でさえ、目の前にいるというのに気配がしない。力が分からない。分からない分からない分からない分からない。
自身を超えてるかもしれない存在……そう思って邪神は首を振る。
ーーーそんな訳がない。俺は中級神なんだ。人如きに負ける訳がない。
「10秒経過」
「貴様は誰だと……っ!!」
邪神はそれをギリギリ視界にとらえた。
薄くーー限りなく薄く凝縮された魔力の塊が、鋭利な刃物となり自分に斬りかかる。
慌てて避けたものの、腕を一本落とされた。
「ぐぁあっ!? うぐっぅ……な、何なんだお前は!! ありえんぞ!」
「極薄高密度魔力剣。中級神でも斬れるとは流石だなぁ」
「中きゅ……!!
私を知っているなんて、貴様神か!?」
「いや違うよ……まだな」
ーー1分経過。
それはまるで、死神の宣告。死へのカウントダウン。
今度は魔糸で片足を縛られて、そのまま木っ端微塵に引きちぎられた。
「ぢょ、ちょうじにのるなぁあ!」
神力。
神でしか行使できない圧倒的な力。
それを全力でぶつけーーようとした。
……出来なかったのだ。
「どういう……」
「神剣ゴッドイーター。
今創ってみたんだが中々のものだろう? これの周りで、神は力を出せない」
ーーー何だそれは。そんな常識はずれな力。こいつ本当に人族か?
獅子の模様がはえている黄金の剣は、確かにそこにいるだけで自分の力が弱まっていくのを感じる。
ーー3分30秒経過。
「聖剣エクスカリバー。
これも今創ってみたんだが、効果を聞きたいか?
聖なる光を何たらかんたらだ」
何だそれは! と叫ぶ前に、今度こそ足を両方失った。
ゴッドイーターのせいなのか、避ける力もない。エクスカリバーの説明はよく分からないが、神を傷つける力があることは分かった。
「なっぜ! どうしてぁ……!
俺は中級神! あの方に認められた存在なんだ。この世界を征服して、捧げないといけないのに……なんだ貴様は!?」
「ん? それは許せないな。
[レーヴァテイン]」
ーー6分経過。
今度は、白く輝く炎が邪神の腕を襲う。体は燃やさず、その腕だけを。
足2本腕2本。邪神は失った。
「ダルマさんみたいだな」
「うるざいっ! 何が許さないだ……何が! 私はあの方のためにっ、それが得体も知れない貴様なんかの偽善でっ!」
「勘違いするなよクーガ」
なぜ名前を、とは聞けなかった。
睨まれて呼吸すら怪しく、思わずその場から逃げ出したくなるほど、ただ怖かったから。
「俺はファナさえ無事ならそれでいいんだ。レティスさえ笑えばそれでいいんだ。それ以上は望まないし、言ってみれば別に他の奴らがどうなろうとっ…………まあ、助けられる命なら助けるだろ、普通。
今はわりと平和なんだ。それをかき乱すお前は許さない」
ーー8分経過
「重力魔法、[小宇宙]」
力を封じられ、体もろくに動かせない邪神は、自分の周りに無数に出てきた拳程度の闇をどうこうできるはずもなかった。
そして、動かないはずの体が動いたと思ったら、頭がチカチカするほどの痛みが脳に伝わる。
「ぐうぉぉああらぁあ!?」
右の皮膚が闇に引き寄せられたかと思うと、今度は左耳が逆方向の闇に引き寄せられてーーまず左耳が千切れた。
それから腹部が、背中が、髪がどんどん闇に引き寄せられて、着実に体が小さくなるほど千切れていく。
痛すぎるが、この傷では死ねない。死ねないからこそ辛い。
「っ……ぁ……があっ……」
喉の皮膚、少なからず骨もバラバラに引き裂かれていく。
右目はあっちの闇に、左目はあっちの闇に、血管がミミズのようにのたうち回り、闇にとぐろを巻いていく。
「くぅ……っ」
もう何も感じない。
そんな最後に聞こえたーー10分経過。
一体、どのような意味だったのだろうか。
〜〜〜〜〜
シンラは邪神を見ていた。いや、元といったほうがいいだろう。
邪神は既に原型をとどめておらず、あるのは赤に染まった球体が数十個バラバラに浮いているだけ。
「弱かったな……」
馬鹿な奴だ、と思った。
油断のしすぎ。
いきなり予想外の事態が起きたからといって、混乱して碌に対処も出来ていなかった。
本来ならもっといい勝負になったかもしれないのに、終わってみればシンラは無傷。
「まあ……有言実行いい言葉。
ーーさて、覚悟を決めるか」
シンラはーー消えた。
まだ戦争は続いている。
◇◇◇◇◇
シンラが邪神と戦う少し前、フンムラビ王国は緊張に包まれていた。
国には最低限の兵を残して、残りの兵は国を囲うように守っている。魔族が攻め込むそれ自体の情報は出処も不確かなので、他国から援軍は呼べない。
ただ、絶望が迫る今、人々は希望を捨てていない。
なぜなら彼らにはーー勇者がいるのだから。
◇◇◇◇◇
魔族がどう攻め込んでくるかは魔王にも分からなかったらしく、もしかしたらどこからでも来るという可能性に備えて、勇者3人が同じ場所に留まることは許されず、3つの部隊に分けられた。
クロイヌは攻・防・援。
シライシも攻・防・援。
マイは防・援。
必然的に、マイが率いる部隊は皆強い。その次にシライシ、最後にクロイヌだ。
どれくらい差があるかというと、マイ派はユニークスキル持ち数人、Sランク冒険者数人。来るべき時に備えて、軽く体を動かしたり武器の手入れをしている。
一方、クロイヌ派の皆さんはガチガチ緊張していて目も当てられない。
ーーー俺がいいっていたから文句は言えないが、それにしても……
あまりの差に、クロイヌは呆れた。
◇◇◇◇◇
「……ねーねールイ君。大丈夫かな?」
「なんだ怖いのか?情けないな。僕は全然平気だぞ。
……それに、お前の作る結界はそんなやわじゃない。さらには天才であるこの僕がいるんだ。こう、胸をドーンと構えていればいい」
「おお、今日のルイ君かっこいい!」
「くっくっく、そうだろうそうだろう……だが、今日ではなくいつもだ」
……少なくとも、精一杯手を伸ばして本が取れず、挙げ句の果てには椅子を持ってくる間に何も無い所でこける人間をかっこいいとは言えないマイだった。この歳で司書を任せられるということで天才なのは確かだろうが、やはり、身長が残念。
たけど、おかげさまでマイは緊張がとれた。
迷いに迷った末、国を守る決意を固めたマイ。この戦いが終わったら、神羅に会いに行くと決めて……
「よし、頑張ろうルイ君!」
「ああ神聖なる場を汚す者は許さない。
くっくっく、シンラ・アリエルト程ではないが、僕だって昔は神童などと謳われたんだ。
体も鈍ってきたところだし、存分に暴れてやる」
結界内からの魔法、でだが。
◇◇◇◇◇
シライシは、ユニークスキルを発動している。その時が来るまで、
士気を高める演奏。
力がみなぎる演奏。
出来る限りの支援を行う。
そして、最後は自信を強化していく。
ーーー不思議な気分……
ただ日本人だったのに、魔法みたいな力を使っている。
本当は戦いなどやりたくない。実践こそ積んだものの、血を見るのには堪える。精神作用の演奏を引いておかないと、たちまちダウンしてしまうくらいには。
だが、弱音を言ってないけない。
自分は勇者なのだ。
自身がそう思っているからではなく、周りがそう認識しているから。
勝利を導く皆の希望。
あの人たちの笑顔を壊せたくないと、シライシは覚悟を決めた。
それに、これが終わったらお礼を言いに行くのだ。
ならばこそ勝たねばならない。
守らなくてはならなない。
ーー奏でよう。勝利の歌を
◇◇◇◇◇
“個性派”は、四方から攻め込んできた。
勇者を分けたのは正解。
後はーー勝つだけ。