魔王訪問
◇◇◇◇◇
クロイヌは非常に、それはもうひじょ〜〜〜うに困っていた。
「ねーパパ。ママ怒ってるよ。なんで?」
パパ=クロイヌ
ママ=メイドさん
「あれは怒ってるんじゃないよワカナ。確かに怖い顔しているけどな」
「なんでこわい顔してるの?」
「んーそりゃあ、目の前に自称魔王様がいらっしゃるんだ。無理もない」
「まおう? ……まおうって?」
「さあなー俺にも分からない。本人がすぐそこにいるんだから、実際に聞いてみればいい」
ーーメイドさんは許してくれないんだろうけどな。
クロイヌは、初めてメイドさんが本気の臨戦態勢に入ってるいるのを見て、そう思った。
必死にクロイヌの作った料理を食べている自称魔王がなにか不審な事をすれば、たちまちここは戦場と化すであろう。
ーー本当、どうしてこうなった? 俺はただ、客人として1人の女性をもてなしただけ。魔王と聞いた初めこそ驚いたものの、話に聞いていた印象とはまるで違い、いたって普通だ。うん、見た目美人の年齢不詳メイドさんよりはよっぽど普通だろう。
「なあなあメイドさん。その、いかにも危ないですよーっていう武器、いいかげんおろさない?」
「危険です」
さっきからこの一点張りだ。危険なのはその武器だろうに。一見シンプルな剣だが、漏れ出す威圧感でどれだけの代物かすぐに分かる。
「はぁ……なあなあ魔王さん。アンタは俺たちに危害を加えたりなんかしないよな?」
「あむぁむーーん、もちろんだ。
元よりそのつもりはないし、私は人族と共生を望んでいるのだぞ。
言ってしまえば私が人間を傷つけたことなど1度もない」
「嘘ですね」
き っ ぱ り 。
「嘘ではない。なんだこのメイド図々しい」
ウンウンと頷くクロイヌ。こいつとは仲良くなれそうだ、とも思っている。
「魔族は既に、いくつもの村や里などを蹂躙しています」
「その通り。それは魔族であって魔王の所業ではない。私は命令などしていないし、そ奴らは私の配下から抜けた人族排他主義の“個性派”。
無責任なことを言ってしまえば、私は関係ない、だ」
「本当に……無責任ですね」
「そうであろう。しかし、それはそちらも変わるまい?
先ほどここに来るまでに2回もむさ苦しい男に絡まれ、終いには無理矢理襲ってきおった。殺さないのに苦労したぞ。
だが、だからといってその件でこの国の王が頭を下げにくるか? 私が魔王だと知ったら分からないが、少なくとも住民一人一人の罪に対して全て責任をとれるか?
否。
王が頭を下げてどうする。もっと他にやるべきことがあるであろう。
配下全員を完全に掌握するなど不可能だ。御しきれん。……少なくとも、私にはできなかった」
正論だ。これにはメイドさんも何も言い返せなかった。
「……それじゃあ貴女は、何かやったんですか」
関係ないから何もしなかったのか。
苦労はしたか。努力はしたか。
知らぬ存ぜぬで終わらせたのか。
「それは私ではなく、私以外の者が決めることだ。……ま、寝不足で困ってるとだけ言っておこう」
本来魔族の睡眠時間は少ない。2時間も寝れば熟睡の内だ。
だから魔王が寝不足だと言ったのは……つまり、そういう事。
何かをやろうとした。
苦労も努力もした。
知らぬ存ぜぬで終われるわけがない。
「ん! そうだ魔王さん。だったら疲れの取れる料理でも作るが食べるか?」
「本当か! 助かる。お前は良い人間だな……そこのメイドと違って」
魔王の嫌いな生物に、メイドが上位に加わったのだった。
〜〜〜〜〜
「ふぅー……ご馳走になった」
「いいっていいって。そんなに喜んでくれるなんて、こっちが嬉しい」
綺麗に食べ尽くす魔王の姿は、料理人であるクロイヌにとって、とても好印象だった。
「やはり、お前は優しいなぁーーそんなお主に頼みたい事がある」
「何でも言ってくれ。いいか、何でも言ってくれよ?」
まるで子供に言い聞かせるがごとく、そこを強調した。
何でも言ってくれ。
それにつられるように、魔王も喋り出す。
「詳しい日時はまだ分からぬが、約2週間後、この国へ“個性派”共が攻め込む。
なんとか阻止を試みたが、手遅れだ。私1人で止めるにはいささか厳しい。
恥を承知で魔王が頼む。
勇者の力を貸してくれ!」
「いいぞ」
「……? メイド、通訳を所望する」
「失礼。私も理解不能です」
「パパ、いいよって言ったー」
「「……」」
実のところ、魔王は断られるとは思っていなかった。
疑いはあるかもしれないが、そんな事よりこの国がピンチなのだ。協力を無下にするはずもない。
しかし、まさかここまであっさりと許可されるとは予想外。
「いや、なんで驚いてんだよ。
俺は元々魔王討伐に参加するつもりだったんだぞ? それが個性派とかいわれる魔族に変わっただけ。なんら変わりはない。
この国には恨みと同時に恩もあるし、何もしないわけにはいかない。
魔王さん、この事は俺が国に伝えておくよ。後の2人の勇者にもな」
「お、おお! やはりお前はいい奴だ」
これは心からの声だが、クロイヌの料理が関係していないとも言えない。
「本当に良かった……これで、懸念すべき材料が一つ消えたと言っていい」
「それはどういう事だ?」
「問題は少なくないという話だ。
“個性派”のトップ。こいつをどうにかしないといけないのだが、これはきっとお前達では無理だから、もう一つアテがあるしそちらを頼ってみる」
「ふーん、まあいいか」
◇◇◇◇◇
魔王はお帰りになった。
クロイヌ達も昼食タイムへと突入した。
「ーー信じるのですか? あの魔王の言葉を?」
食事も食べ終わり、ずっと疑問に思っていたことをメイドさんが口にした。
「信じるぞ」
「……それは、危険です」
いくら見た目が幼いとはいえ、その実力は流石魔王と言われるだけのことはあると、メイドは分かっていた。
自分の主人の安全を最優先にと、メイドさんは魔王を警戒していたのだが、そんな事はクロイヌだって分かっているらしく、小さく首を横にふる。
「メイドさん。俺だって最初は少し疑ってた。だけど、魔王の言ったことは全て本当だ」
「その根拠は?」
「さっき、魔王に食べさせた料理があっただろ? あれ、確かに疲れも取れるんだけど、自白剤の効果もあったんだ。 分からなかったか? 魔王ペラペラと喋ってたろ」
「………」
「だから魔王は嘘を言っていない。
それと、俺に好印象ももったはずだから、悪いことにはならないさ。
ーーさて、あのお嬢ちゃん達に知らせてくるかね」