チキンな神羅
◇◇◇◇◇
クロイヌ達が修行や特訓をしている間、シンラは使役魔物である神・スライム……ライムと戯れていた。
現時点ではーーシンラが把握する限りーー例外たるミミックを抜きにして最強の魔物。
そんなライムの頬を、シンラはプニンと押す。本人は喜んでいるのかいないのか分からないが、抵抗はしていない。
因みにライムの頬を押すのはシンラだけではなく、隣にいるレティスも興味津々といった感じでそれに加わっている。
2人で半透明な体に指を突くシーンは、中々にシュールな光景。
プルン……ププルン
プルルン……プルプル
「「はわぁ〜………」」
2人は何とも言えない満足感を感じていた。
神・スライムとなって、より感情豊かになっているライムの、「なにこれ?」という声が聞こえてきそうな仕草ーー首をコテンと倒すのを見た時、シンラは「萌え」を悟る。
……と、その時、シンラは知った気配を感じた。
「これは……シェリー?」
◇◇◇◇◇
「遠路はるばるようこそシェリー」
「あ、うん、どうも。
……だけど何でかなぁ。穏やかではないね。目が笑ってないよ?」
紅茶とクッキーを出されて、若干イラついているシンラを見たシェリーの感想だ。
レティスは今別室でライムと一緒にいる。プヨプヨタイムを邪魔されたシンラは、確かに機嫌は良くない。
「……コホン。ーーで、今日は何しに来たんだ?」
「やだなぁ冷たいんだから。
私とシンラ君の仲でしょう? 用事なんか無くったって会いに来るって」
すぐ隣には裁きの氷帝がいらっしゃるというのに、シェリーのこういうところは素直に凄いと思えるシンラだった。
「ここが極寒の地となる前にもう一度聞くぞ。今日は何しに来たんだ?」
「ん〜分かったよ」
クッキーへと伸ばしていた手を引っ込めて、服の内側からクルクルと巻かれている羊皮紙をシンラは渡させる。
「これは?」
聞きながらシンラは、軽く止めてある封を剥がして中身を確認する。
「私にもよくわかんないんだけど、お姉ちゃんが渡してくれって。
ーーねえねえ、何が書いてあったの?」
「んん……」
ーーーーー
指名依頼
何でもいいから凄い食材求む。依頼人 フランチェスカ。報酬は後日ギルドにて。
今週の日曜までに受けてくれると助かります。ギルドで待っています。シルヴィアより。
ーーーーー
内容的に見せても構わないと思ったのでファナに渡して、シンラはシェリーの疑問に答える。
「今週の日曜に、シルヴィアが(ギルドで)会いたいだとさ」
「お姉ちゃんがシンラ君に会いたい? …………っ……ま、まさか、私の勘は当たっていた? もしかしたらいつの日かシンラ君の事を『お義兄さん』と呼ばなくちゃいけなくなっちゃう!?」
「……大丈夫か? 色々と」
◇◇◇◇◇
「クシュンッ」
「わっビックリした!
だ、大丈夫ですか先輩? もしかして風邪でも引いたんじゃ……」
受付の当番を終えて、今はギルドで書類整理をする部屋に、珍しくシルヴィアのくしゃみが響き渡る。
仕事ぶりとその性格から、後輩先輩ギルドマスター、全てに信用と信頼のあるシルヴィア。
今ここにいるのはその中でも特にシルヴィアを慕う後輩で、尊敬する先輩を心の底から心配しているのだ。
「いえ、ご心配なさらず。恐らく風邪ではないと思います。
ただ……なんとなく、むずかゆい感じがしただけです」
「そうですか?
でも体調には気をつけてくださいね。死神が来た時対処出来るのは先輩だけなんですから 」
「……悪い人ではないんですけどね」
「それでもです。怖くて私達じゃ会話すら成り立ちませんよ。
そういえば指名依頼が来ていたんですよね? いつ来るか分からないですけど、その時はまたお願いしますね」
死神はやはり、受付嬢のギルドから怖がられていた。
せめて全身黒服をやめればいいのにと、シルヴィアは少し残念に思いながら、また書類整理に戻る。
ーーー今週……来てくれるでしょうか。
シルヴィアは手元にある指名依頼の紙を見る。詳しく言うと依頼内容の3列目。
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【指名依頼・依頼人フランチェスカ】
・何でもいいから凄い食材求む。
・報酬はそちらのご希望。
・期限は特になし
ーーーーー
「……早い方がいいと思いますし」
誰に言い訳するでもなく呟いたその言葉は、やはり誰にも聞かれることなく、シルヴィアがシンラに送った羊皮紙の内容は誰も知らなかった。
◇◇◇◇◇日曜日
ギルドに死神が現れた。
真っ黒な衣装を身にまとい、かすかに覗く赤い目は、新人冒険者を否応なく怖がらせる。実力ある冒険者も怖がらせる。
他のSランクはファンクラブに似たものが存在するというのに、死神の場合は狂信者が存在しているといったこの違い。
力だけではない何かが、確かに死神にはあったのだ。
そんな死神とまともに会話ができるのは、ギルドの誇るシルヴィアさん。
彼女こそ死神と臆することなく接することのできる受付嬢で、また死神を1番理解している受付嬢でもあった。
「ーーおはようございます死神さん。いつ見てもその格好は暑そうですね」
死神の魔法によってその会話は聞こえないが、シルヴィアが普通に死神と会話が出来ているのを見れる冒険者達は、密かにシルヴィアの事を敬っていることを本人は知らない。
「そんな事はない。
これは俺が創ったんたぞ? 高性能でもちろん暑くないし、顔を隠せるっていうのは案外便利なんだよ。
結構好都合だ」
「なるほど確かに好都合です。おかげで死神さんの相手は絶対に私しか出来ないほどに」
思わぬ返しにたじろぐ死神は、ゴホンと軽く咳払いして、依頼を受ける。
「あー指名依頼だっけ。俺の記憶違いじゃなければ前もフランチェスカだったよな? どこか有名な料理店でも経営してるのか?」
「ハンムラビ王国にいる、最強の元Sランク冒険者です。
因みに竜人族ですよ」
「ああ、そういえば前もそんなこと……ん? 竜人族? 竜人族って……あの?」
「恐らく、その竜人族です」
竜人族というキーワードに、シンラは1人思いあたる人物がいた。
ーーーサクラン……今頃どうしてるんだろうな?
〜〜〜〜〜
うじうじ悩むのはしょうに合わないと、死神はシンラの姿に戻り、サクランの住む里に来た。
風が吹き、前より涼しいと感じる。
シンラが来たのを早々に気づいたサクランは、丁寧に家へ迎えてくれた。
「……とはいうものの、茶を出すと自分は剣の特訓をする為に庭に出るのであった……か」
貴族としてかなりの期間を過ごしたシンラにとってーーいや、どこの家でも客人をほったらかす人物はいないだろう。
まあ竜人族だしそこら辺は感じ方が違うのかな、と仕方なくシンラは庭と接する廊下へと腰掛け、汗を華やかに散らすサクランを見守る事にしたのだった。
〜〜〜〜〜
「ふぅ〜いい汗をかいた」
「さいですか……」
シンラは親切心で練習相手にホワドラ達を戦わせてやった。
サクランは、それはそれは大層お喜びになり、これはまだ時間がかかりそうだと思ったシンラは、既に依頼内容の食材を適当に創り終えている。
「待たせてしまってすまなかった。
日課というのは1度怠ると厄介でな………それで、今日はいきなりどうしたんだ?」
「まあ特にこれといった用事がある訳じゃないよ。
あれから何事もなく過ごせているか気になったり、強いて言えばフランチェスカに聞き覚えはあるか聞きに来たんだが」
「フランチェスカ? ……ないな。
そいつがどうかしたのか?」
「んー竜人族だから顔見知りかと思っただけだ。特に大事でもないし気にすることはーー」
シンラが喋っている途中、その肩に刀が振り下ろされ……
「ほぉ……これを止めるか」
「父上!?」
とっくに気づいていたシンラは、そちらを見もせずにそれを指でつまむ。
犯人はサクランの叫びでも分かるように、サクランパパなのだろう。流石竜人族といったところか、それなりの力だ。
「あ、あの……俺何かしましたか?」
未だ本気の刀を止めながら聞くシンラは、チラリとサクランパパの目を見た瞬間理解した。
ーーーあ、これアレだ。ウチの娘はわたさんぞ的なアレだ。
「父上! 何故シンラにそのような……」
「おぉサクラン!!」
「きゃっ!?」
さっきまで力のこもっていた刀が嘘のように、サクランを視界にとらえたサクランパパは刀を放り出してサクランを抱き上げ、所謂高い高いをする。
「サクラン! 愛しの我が娘よ!!」
「ちょっ……やめっ」
「気をつけるんだぞぉ。アレは知能を持ったケダモノだ。襲われる!」
ーー襲わねえよ。
「いやっ離して……!」
「離すもんかぁ!
サクランよ! 俺は絶対に離さない!」
「うっ……も、もう……やめろバカ!!」
「ぐはあっ!?」
サクランの全力パンチをくらったサクランパパは、大きなたんこぶを残しながら夢の国へと旅立った。
サクランはというとまだ恥ずかしいらしい。顔を真っ赤にしている。
「顔を見せるなりこれとは……ち、父上は破廉恥だ!」
「まぁ仲が良くていいじゃないか」
「それはそうだがな、せめて人前では……」
「良かったな」
「………ああ」
2人はそれからしばらく何も言わなかった。
何も……何も……何「はぁぁぁあ……」
「ど、どうした? そんな大きなため息をついて?」
「サクランは凄いよ。うん、凄い」
「いや、本当にどうした?」
「俺は何か色々と説教みたいなことをしたけどさ、今はこうして仲直り。サクランはちゃんと過去と向き合っている。
ーーなのに俺ときたら……ばかみたいだ!」
「……何かあったんだな?」
「確証はないけど確信はある。
俺にも仲直りのチャンスがきたんだ。もう無理だと諦めていたそれが……せっかく来たのに、だけどいざとなると怖気付いてしまう。
こんなにも自分を嫌いになったのは初めてだよ」
「時間を置けばいいんじゃないのか? 早ければいいってものじゃないだろ。
チャンスとやらが目の前にくるまで、今はじっくりと待っていればいい」
誰よりも、今のシンラを理解できるのはサクランだけだ。それをよくわかっているからこそ、適当なことは言えない。
会えばどうにかなるなど、それが出来ないのは自分がよく分かっているのだ。
「そういえば、学園はもう少しで魔物なんちゃらがあるんじゃないのか?
お前の事だから心配はいらないと思うが、そんな事では何があっても知らないぞ」
「……ん、もちろん大丈夫だ。
今日も使役魔物を確認したが、コンディションはバッチリだった」
シンラにとっては、スライムは頰を突くことでコンディションが分かるらしい。
「私は大会を見に行けないが、ここで応援しているよ」
「頑張るよ。……はっきり言ってあの大会、何が起こるか全然分からないからな。
あそこまで滅茶苦茶なのも初めてだ」
「お、おお。よく分からんが大変そうだな」
急に遠い目をしだしたシンラを見て、なんとなく察するサクラン。
……そして、その通り。
四連召喚魔物競技大会は、去年と同じくーーそれ以上にカオスとなるのだ。