頑張れ、ティアラちゃん!
◇◇◇◇◇
ーーしんと静まり返った部屋。
そこは、音が伝わることのない完全防音の部屋。
外から何かが聞こえるはずもなく、逆もまた然り。
だが、後に彼らは語る。
確かに聞こえた。あの部屋から、この世のものとは思えぬ美しき音色が。
確かに聞いた。あの部屋から、この世のものとしては心強い逞しき音色が。
確かに聞こえてしまった。あの部屋から、助けを求める少女の啜り泣きが。
〜〜〜〜〜
前に手を出す。それが予備動作。
虹の光が煌めいたかと思うと、手には、バイオリンにも似た弦楽器が現れた。
その摩訶不思議な現象を引き起こした張本人。ワンピースを着た女の子は、それを知っていたのか驚くことはなく、ゆっくりと肩に担ぐ。
ーーユニークスキル、希望の演奏者
初めは、優しい音が響き渡った。落ち着いた音。
その音は光となって形を成し、シライシの周りをウロウロしだした。
曲名は「心曲・安静」リラックス効果を生み出す。
次に、力強い音が響き渡った。激しく凛々しい音。
その音は先ほどのような光ではなく、物質として形を成す。着ていた服は天使を思わせる柔らかい、だけど凄みのある鎧となり、今の今まで持っていた弦楽器は鋭い剣に変わった。
曲名は「戦闘曲・ヴァルキリー」
自身の鎧と剣を見て、少女は誇らしくーーなるはずはなかった。
ただ……大きく深くため息を漏らす。
「どうしよう」
自分の力であり、だからこそこれがどれだけ恐ろしいかがよく分かる。
この鎧はあらゆる暴力を跳ね返すだろう。
この剣を一振りすれば、数多の命を奪えるであろう。
だが、いきなり魔王をなんとかしてくれと言われても、彼女らは普通の女の子。正義感を持って後先考えずに頑張りますなど口を避けても言えない。
クロイヌはいい。あれは良い具合に地球人としては狂っていたから。家族のためならば何でもできるという、シンラの妹のためならばと同じくらい破綻した考え。
でも2人は違う。
マイがいなければ、シライシは今ごろ部屋で引きこもっていたのかもしれないのだ。
シライシがいなければ、マイは今ごろ弱音を吐いて挫けてしまっていたかもしれないのだ。
「でも、神羅さんがいるかもしれないんだよね。頑張らなきゃ……だよね」
もしかしたらそれは、海に漂う泡のように脆く儚い希望。ただ、縋りたいだけ。そんな考え。
でも無視はできない。
どちらに現実が傾こうとも目をそらしてはいけない。それは恩返しであり、罪滅ぼし。
シライシとマイは今後を決めた。
ーーまず、どこかに存在するであろう神羅に会いに行く。その為には世界を侵略せんとする魔王がネック。そこをどうにかしなければいけない。
だったら強くならなきゃいけない。勇者なのだから。
「本当に……どうしよう」
シライシはまた、大きく深いため息をついた。
いつの間にか歌の効果は消え、普通の服と楽器に戻ってる。その姿はまさにただの女の子。ワンピースが似合うだけの一般人。
異世界に来たところで、人はそう変われない。
今はただ、最悪を否定して最高を望む事しか出来ないのであった。