人の心は複雑で
◇◇◇◇◇
クロイヌは、久しぶりに自由を感じていた。
ユニークスキルを使いたかったが為とはいえ、やはり城は合わなかった。
唯一の問題、メイドさんは家へ置いてきて自分は買い物に出たので、尚更だ。
「ん、良い匂い」
「美味しそう!」
「これは……面白い!」
気づけば、両手いっぱいに沢山の食べ物を抱えていたクロイヌ。
「異世界の誘惑、恐るべし……」
ちゃっかり目的の食材も買ってあるので、目標は達成してある。
胃も心も満足となったクロイヌは、満足げに家に帰ろうとするがーー
ぐぐっ
と、いきなり、荷物が重くなった。
「んん?」
成長の早い食材でもあったのかな? と、異世界に慣れてきたクロイヌはそう疑問に思ったものの、重くなった荷物を顔の前にまで持ち上げるとーー何かいた。
「……え、だれ?」
◇◇◇◇◇ー家ー
モッキュモッキュモッギュモッギュ
「美味しいだろ?」
「ん……とっても……」
バクバク……ゴックン
「おいしー」
「それは良かった」
クロイヌの目の前では、男か女かも分からない(綺麗ではない身なりと、小さい歳も原因の一つ)ほど中性的な顔をした子供が、頬をいっぱいにしてクロイヌの買ってきた食べ物を食べている。
みすぼらしい服装をしているので、噂に聞いたスラムの子供かなと思っている。
バリバリムシャムシャゴックン
「ふー……いっぱい」
「よしよし良い子だ」
さっき、荷物にひっついていた子供を、とある理由で自分の家に連れてきたのだ。
「お腹がいっぱいになったところで質問いいか?」「うん」
「名前は?」「知らない」
「お家は?」「ない」
「人の物を盗んだりは?」「怖い」
「好きな食べ物は?」「食べられる物」
「もったいない……じゃあ嫌いな食べ物は?」「食べられない物」
「ほーほー……じゃあ最後に、ここの家に住みたいか?」
淡々とした質問に淡々と返していたスラムの子は、最後の質問だけ少し考え込みーーニッコリと笑った。
「うん!」
「オーケーオーケー。
ーーメイドさん来てくれ!」
ガチャ
「何かご用です……か……誘拐?」
たったの一声でこの部屋へと入ってきたメイドさんは、まず子供に気づいて、クロイヌを見て、躊躇なくそう言った。
「仮にも勇者にむかって何を言ってるんだ」
「では、特殊な性癖か何かですか?
すいませんクロイヌ様。さすがの私もそれにはついていけないかと……」
「俺は普通だ」
「では、そこまでたまっていたというわけですね。ご安心くださいクロイヌ様。そのような若い子に手は出さずとも、私が痛いのを我慢して……」
「こんな時に冗談言わないで、早くこの子をお風呂に入れてやってくれ。それと新しい服も頼んだ」
「分かりました」
そこからは早かった。
メイドはすぐに子供をお風呂に入れて、浸からせてる間に布から服を作り上げ、着替えさせた。
子供はボサボサだった髪も綺麗にまとまり、汚れが付いていた体はさっぱりして、やっと見た目から女だという事も分かった。
◇◇◇◇◇
「さて子供、まずは名前がないと不便だからそこから考えたいと思う。
何がいい?」
「わからない」
「ワカラナイ? 変わった名前だな……省略してワカナにしよう。
ワカナ……若菜……ワカナ。うん、我ながら上出来だ。
これからよろしくな、ワカナ」
一瞬ポカーンとしたワカナだったが、新しく出来た自分の名前を、噛みしめるように何度も何度も心の中で呟く。
そして、そこで緊張やら何やらが吹っ飛んだのか、張りつめた弦がピンっと切れるように、ソファでコロンと寝てしまった。
「クロイヌ様は、何故この子を家に?」
メイドさんは、さっきからずっと疑問に思っていたことを口にする。
「お腹が空いてそうだったし?」
「この子はスラムの子でしょう。
まさかクロイヌ様は、スラムにいる全員の人間のお世話をするつもりですか?」
「出来る限りの事はしてやりたいと思うが、そんなにうまく事は運ばないんだろ?
俺はそんなに頭はよくないし、身の丈にあった行動をするよ。それと、この子じゃなくワカナだ」
「……つまり、ワカナだけ贔屓にすると? それは正しいのでしょうか?」
「はあ? だったらなんだ、今ワカナを家から放り出せばいいのか? それは違うだろ。
責任だなんて言葉を使うつもりはないが、そんな勝手な真似は出来ない。
俺は、俺の為にワカナを家に連れてきた。ただそれだけだ」
「……出すぎた真似を申し訳ありませんクロイヌ様」
「っ……」
この時、クロイヌは気づいてしまった。
それは気づいたというよりも、さらなる疑問を作ってしまった結果になったのだが。
「メイドさんは、誰もが羨むような容姿をしてる」
「いえいえ」
「力もある」
「いえいえ」
「家事全般をそつなくこなす。優秀な人材だ」
「いえいえ」
「だけど何でーー俺はメイドさんを好きになれないんだ?」
「…………」
今度は、メイドさんが頭に疑問を浮かべた。
それもそうだろう。
いきなりお前を好きじゃないと言われても、リアクションに困るだけだ。
「あの……クロイヌ様?」
「悪い、変なこと言った。
俺は自分の夕飯を作ってくるから、メイドさんは若菜をよろしく頼む」
「わ、分かりました……」
◇◇◇◇◇おまけ
ワカナ、8歳