お引越し
◇◇◇◇◇
「ここを出る?」
その意図がよく分からない。思わずクロイヌを訝しんでしまう王様。
そんな王様を見て、クロイヌは怪しまれないよう丁寧に説明する。
「ご安心ください王様。何も逃げ出すという意味ではありません。自分よりも年下の子すら頑張っているのです。そんな事は出来ません。己の身を鍛えるのは怠りませんよ。
ただ、何分城の生活は私に合わなかったらしく、少々息苦しいのです。
よければこの王国にある普通の家に暮らしたいと思いまして」
これは、ユニークスキルを使いたいという言い訳でもあったが、確かに城の生活が嫌だったのもまた事実。
クロイヌは厨房だけ立派な、そこその家を王様に望んだのだ。
「そうかそうか、そういう事ならば直ぐに用意させよう。
他に、その家で暮らすに当たって何か要望はあるか?」
王様としては勇者の為ならばという発言だったが、側近からしたら、これは少しばかり無茶な要求。
ーー仕事が増えるな。
「そうですね……度々家をあける時があるかもしれないので、家の管理などを任せられる優秀な人材くらい……です」
「あいわかった」
◇◇◇◇◇
それからしばらく経ち、クロイヌはすぐに新しい家に住むこととなったのだが……
「ーーそれで、何でメイドさんがここにいるのですか?」
「私が優秀だからでしょう」
思わず頭を抱えてしまったクロイヌ。
王様から渡された家はとても気に入り、しばらく堪能しているとーー自然に、ごく自然にメイドさんが掃除や皿洗いなどをしていたのだ。
「帰ってくれませんかね?」
「それは百害あって一利なし、です」
ーー何故そんなに自信満々なんだ?
「俺はもう少し普通の家政婦さんを望んだはずなんだけど」
「私ではご不満ですか?」
「ん……いや、それは」
そんな事言われても、クロイヌは何も言えない。
確かにメイドさんは美貌の持ち主で、力もあり、家事全般をそつなくこなせる完璧。
人でないというところもあるが、見た目変わらないので嫌悪感なども感じない。
断る理由が見当たらないのだ。
「はぁ、この際メイドさんがいるのは仕方ない。ただ食事は絶対に自分が作りますから。これ、絶対」
「……分かりました。
そういえばクロイヌ様、王様から小金を預かっております」
その時ふーんと頷いたクロイヌだったが、中身を見て絶句する事になったのは、もう少し先のこと。