まあ……いずれ魔法いらなくなるんだけどね
◇◇◇◇◇
異世界の料理は、クロイヌにとって概ね満足出来るものだったといえよう。
少し物足りない感はあったものの、自分の知らない食材が使われているというのは、彼の好奇心をすこぶる刺激した。
ーーーああ今すぐにでも自分で作りたい。……はっ、まさかこれは、クッキング父さんの副作用!?
そんなものはない。
「クロイヌ様、集中してください。吹き飛ばしますよ」
「あ、すいません」
メイドが、メイドらしからぬ事を言う。
吹き飛ばす。
普通なら笑って済ませるところだが、ここは異世界で、しかも発言者は謎多きメイドさん。
魔法はもちろん、純粋な体術でさえ文字通り吹き飛ばされそうだと、クロイヌは思った。
何せこのメイド、王様でさえ頭が上がらない存在だったのだ。
『おお、助かるよ』
『いえ王様、私はメイドですから』
『いやいや、本当にありがとう。お主には赤子の頃から世話になっておるからのう。礼を尽くしても足りんくらいじゃ』
これを聞いて、この美人何歳だ!! と、クロイヌが心で叫んだのはしょうがない事だっただろう。
そんな心の声が聞こえてきたのか、メイドは『私は竜人族ですので、人族と同じものさしで測らないでください』と、ピシャリと言った。
竜人族って何だよ!! と、クロイヌはついに口に出してしまったのが運の尽き。
口は災いの元とはよく言ったものだ。
丁度良い機会だということで、今、クロイヌ達はメイドさんからひと通りの歴史などを学んでいる。
ーーこの歳で何で勉強なんか……俺が得意だったのは家庭科くらいだぞ。あだ名がクロイヌママだったのは苦い思い出……はっ、まさかそれが、クッキング父さんへと繋がった?
もしかしたら、そうなのかもしれない。
「2度目ですよクロイヌ様。次は殴ります」
「……ですますつければ、何でもアリだと思ってませんか?」
美人に殴られて喜ぶ特殊な性癖を、クロイヌは持ち合わせていない。
ーー友人に1人いた気がするが、そいつにはSな姉という存在がいたから毎日が幸せそうだったなぁ……
またもやクロイヌが別のことを考えていることに気づいたのだろう。
メイドさんは小さくため息をついた。
「……はぁ、仕方ありません。
すいませんマイさんシライシさん。クロイヌ様のご希望により、今日のお勉強は終了と言う事で……」
「えー、メイドさんのお勉強すっごく楽しいのに!」
「残念です」
「こればっかりはどうしようも、クロイヌ様が嫌だと言っておりますので……」
ーーこのメイドはあれか、俺の事が嫌いなのか?
「メイドさん、俺は勉強をやめてほしいなんて一言も言ってないので続けていいですよ。というか続けてください。2人の視線が痛いんですよ」
「そうですか? ではーーー」
〜〜〜〜〜
眠気に抗いながら、ようやくお勉強タイムは終わり、クロイヌはやっと一息つこうとしたものの……現実は甘くなかった。
「あの、メイドさん? どうして俺と貴女が戦わなくちゃならないので?」
「これは好機ですよクロイヌ様。私に勝てば、明日の勉強は無しにしても構いません」
「……オーケー。訳すとこういう事だな? 俺は散々ボコられた挙句、明日の勉強もしないといけない」
「ーーさあ、かかってきてください」
「無理に決まってるだろ! 死ぬ! 絶対に死ぬ!王様! 貴方からも何か言ってやって下さい!」
クロイヌは様子見に来ていた王様に助けを求めるが……
「わしも強く言えんのじゃ」
「ああそうだった……」
この国の頂点である王様は、既にメイドへ降伏済みだということを忘れていた。
ーーーはぁ……やるしかないか。
勝てる。などとは思わない。
だが、一矢報うくらいはやりたい。
クロイヌは魔法を使うことにした。[光線][光玉][闇玉][黒渦]。
1日で習得できたのはこれだけ。
これを上手く使い、目の前のメイドを驚かす。
クロイヌは覚悟を決めたのだ。そしてーー
◇◇◇◇◇
ーーボコボコにされた。
光の速さである光線は全て避けられ、闇玉で視界を潰しても気配を探るとかいう意味不明な事をされて、それはつまり光玉も通用しないということを意味していた。
自身の魔法だけを転移させるとっておき、黒渦でさえ、驚かすことも出来なかった。
ただ一言、「面白い」
まあ、そう言われただけ良かったのだろう。
「勇者いらないんじゃないか?」
あのメイドさんなら、例えどんな怪物がきても倒せそうだと、クロイヌは思った。
だが、それで自分が何もしないでいいという事には繋がらない。
今はただ、貪欲に力を求めるまで。
「ふぅ〜………さて」
今日1日だけでクタクタになったクロイヌは、それでも夜になると魔法の練習を始める。
今日習った魔法と、それを幾らかアレンジしたオリジナル。
1から10まで、ゆっくりと確実に魔法を行使する。
「すぅ……グラビティーーーアイアンメイデンーーーコスモスーーーシャドウインパクト」
魔呼吸、魔呼吸、魔呼吸。
「すぅ……ホワイトリバースーーーブラックバインドーーーライトソードーーーサテライト」
魔呼吸、魔呼吸、魔呼吸。
クロイヌは繰り返し繰り返し繰り返した。
次の日も次の日もその次の日も、ただひたすらに魔法を極める。
◇◇◇◇◇
ーーそして、ある日、クロイヌはついにユニークスキルを確かめることにした。
マイとシライシのはもう分かってある。
マイは直径10メートルくらいの結界を作り出す。誰を入れるか入れないかは、自由に決めれる。
難攻不落の聖結界。それは、メイドさんでさえ壊せなかった。
シライシのはまた変わったユニークスキル。効果がありすぎるので、万能だと言っておこう。
しかしその一方、クロイヌはまだ一度もユニークスキルを使ってない。 何度か厨房に入ろうとした事もある。
だが、止めておいた。
誰かに見られる可能性があった。それは、嫌だった。せめて最初くらい1人で確かめたかったのだ。
だからーー決心する。