終わってない話
◇◇◇◇◇ー地球ー
墓場って、何でこんなに寂しい気持ちになるんだろうか。それに加え、虚しくもなるんだから憂鬱だ。
……ひいじいちゃんとひいばあちゃんの墓にしか縁がなかった私は、今、真新しい1つのお墓の前に立っている。
真新しいのは当然か。だって、昨日出来たばっかりなんだから。
私が知ってる中で、1番死にそうになかった人だから、最初は理解できなかった。
後からゆっくりと事情を聞いてみれば、人が轢かれそうになって、それを助けて逆に自分が轢かれてしまったらしい。……てんせ
コホンッ、その行動は彼らしいと思う。だってあの時もそうだった。彼は私を助けようと……
「あ、あのぉ……」
ふと、声をかけられた。
後ろを振り向くとそこには、ワンピースがよく似合う可愛らしい女の子が立っていたけど……どうしたんだろう? まるで、拾われてきた子猫のように怯えているみたい。
「貴女は?」
「わ、私は………神羅さんに助けてもらった……」
「貴女がそうだったの?」
「は、はい……その、ごめんなさい! 恋人さんなんですよね?」
「こいっ!? ち、違う違う! そんなんじゃないよ! そもそも私にそんな! ……そんな、資格なんてない」
恋人どころか、友達と名乗るのでさえ、今の私には許されないんじゃないかな。
でも、後悔したって今更遅い。もう終わってしまった話なのだから。
「ーー私ね、ひどい事しちゃったの」
「……神羅さんの事ですか?」
「うん、そうだよ。……私は父親から虐待をうけてたんだ」
ワンピースの女の子は、真剣な表情で黙って聞いてくれている。
初めて会った人にこんなことを話すのはおかしいのかもしれないけど、知って欲しかった。神羅の事を分かってほしかった。
……あるいは、本当は自分が慰めてほしかっただけなのかもしれない。許されたいと、心のどこかでそんか弱い心が残っていたからかもしれない。
「ーー初めて神羅に会ったのは高校生。その時の彼は……そう……凄かった。
ある日放課後、彼は3階から飛び降りたの。3階。3階よ? 信じられる? 少なくとも実際にこの目で見た私だってすぐには信じられなかった。
次の日彼は怪我ひとつない状態で学校にきて、HRの時間、教育指導の先生に廊下に呼ばれたんだ。
廊下側に座っていた私はこっそり聞いてたんだけど、あそこまで堂々と嘘をつく人を初めて見たよ」
『3階から飛び降りる?
ふっ…… 先生、起きたまま夢見てちゃ現実を見失いますよ』
『生徒から目撃情報もあるんだが?』
『はぁ……あの時はどうしても急いでて……こほんっ、先生、ここの学校の生徒は大丈夫なんでしょうか? こう言っちゃなんですが、頭の方とか。
大体、 3階から飛び降りたら死にますよ。それともなんですか、私は五接地転回法でも修得済みってわけですか』
『ぐっ……いや、でもな』
『教養溢れる先生なら知っていると思いますが、情報は取捨選択をしろと、中学生の社会で学びました。
事実か、単なるほら話なのか、今回は明らかに後者でしょう』
「ーーだって、私おかしくておかしくて!」
「……分かる気がします。
わ、私を助けてくれた時も、周りからの証言によると、『急に消えたと思ったら、コンクリートが陥没してた』らしいです」
「そうそう、神羅ってそういう人なの!
……でもね、そんな異常っぷりは、周りからは受け入れられなかったらしくて、彼はいつも1人だった」
◇◇◇◇◇
「ーーあの時は色々と子供だったからなぁ……で、そん時俺に喋りかけてきたのが、彼女……梅宮、じゃなくてマイ・ウメミヤ。
いつも通り昼食を1人教室で食べているある日、マイはいきなりこっちに来て」
『ーーねえ神羅君、私と友達になってくれない?』
「ーーなんて言うもんだから、俺はこう言った」
◇◇◇◇◇
「ーーおかしな人ですね。って、貴方だけには言われたくないわよーって思ったよ。
でもね、その後神羅は笑顔で『俺と友達になってください』なんて、元々顔が良すぎるから敬遠されてたのもあって、あれはずるかったなぁ。私じゃなかったら一発で惚れてたね。
まあ、そんなこんなで私と神羅はと…友達になったんだけど……」
◇◇◇◇◇
「ーーそれは、長くは続かなかった」
◇◇◇◇◇
「私は最初、ただ興味本位で神羅と友達になった。でも、いつの間にか一緒にいると心地いいって感じがしたの。
周りの男子とは違って、ギラギラした目をしてないから安心したってのもあるかもしれない。
神羅は大事な時に嘘をつかないから色々な意味でも信用できた。
学校へ一緒に行くのにそう時間はかからなかったな。
……だけど信じられる? 今まで誰にもばれた事無かったのに、歩き方に違和感を感じるって、そんな事分かる?
でもね彼は気づいてしまった。
そして私は………本当、今思えばなんであの時あんな事話したのかな。平気だったのに、これでいいって思ってたのに、自分が黙ってさえいればよかった」
◇◇◇◇◇
「ーー俺は、正直どうすればいいか分からなかったんだ。
警察に言うと言っても、マイはそんな事しなくていいって言う。
俺の家にくればいいって言っても、父が……あんな父親の事が可哀想だと言う!
ここが俺の間違い。
強引に警察に言えばよかった! そして! 無理矢理でも俺の家に住ませれば良かった!」
◇◇◇◇◇
「ーー虐待って言っても、ちょこっとお腹を殴られたり、蹴られたり、時々ご飯がなかったりだったから、全然大丈夫だったの。
別に苦しくなかったから、神羅には言わないでって、彼は渋々約束してくれた。
……そして、事件は起きた。
ある雨の日、その日熱があったからかな? 神羅は傘を忘れたの。
私の家は学校に近かったから、雨が止むまで私の部屋に入れたんだ。だってお父さんは仕事だもん。分かるわけないよ。その日早めに帰ってくるなんて、予想外だった……」
◇◇◇◇◇
「ーーマイは父親がいないって言ったけど、俺はどっちでもいいと思っていた。バカな話、いたらいたで何か言ってやる機会だなんて迷惑な事を考えたり。
そして、本当に来た。
……だけど、様子が変だったんだ。何も禿げた頭の事じゃなくて、肥満気味の体のことを言ってるんじゃなくて、マイの父親はブツブツ言ってた。微かに聞こえてくるのも意味をなさない単語ばかりで、顔色も良くない。明らかに普通じゃなかったのは、マイの心配そうな顔見て分かった。
後から知ったことなんだが、マイの父親は薬物……と言っても分からないか。まあ、とりあえず異常だった。
だって、俺を見るなり
『コロスキなんだろう?』
『なんで俺が死ななきゃならない』
『フザケルナフザケルナ』
ふざけるなはこっちのセリフだ。初めてそんな人間を見たんだから呆気にとられたよ。
ひと通り俺に悪態をついて満足したのか、マイの父親はどっか行った。……しばらくして、刃物を持って帰ってきたんだけどな。
すると今度は
『コロス』
『死にたくない』
『なんでナンデナンデ』
なんて言いやがると、驚いたことに、迷うことなく刃物を俺に向けて突っ込んできた。
それを余裕でかわせたのは良かったんだが、マイが焦って父親を止めようとした」
『やめてってお父さんっっ!』
『ううるさっい!』
『きゃっ!?』
「マイは暴れまわる父親にぶつかり、尻餅をついてしまった。
刃物がかすったのか、肩に細く傷がつけられているのが見えたよ。
……標的が、マイに変わった。
不気味。マイの父親は急に大人しくなったと思ったら、やっぱり狂ってた」
『そうか……マイ、お前もオレを!!』
クチュッ………
「ーー冷静だったよ? 俺は全く、いたって冷静だった。
正当防衛
だから落ち着いて、マイの父親を殺した。胸を手で貫いて……な。
だってそうした方が今後の為にも良いと思った。そうしないとマイが殺されてたから、先にアイツを殺したんだ。
その後どうなったかは、サクラン。予想つくだろ?」
「……ああ」
◇◇◇◇◇
『ふぅ……大丈夫かマイーー」
私の名を呼んだ神羅は、最後に私の顔を見て絶句した。それからすぐに、今まで聞いたことないような優しい声を……正確に言えば他人行儀な態度で、私に言ったのだ。
『警察と救急車を呼んでおく。梅宮、お前はじっとしてればいい』
「ーー私ね、怖いと思ってしまったの。私を助けてくれたのにっ……神羅をっ……怖いと思ったの!
私は私が許せない。
神羅が私に大丈夫って言ってくれた時、その後の悲しい目。
私が……私が彼を裏切ったんだ。
次の日もその次の日も、神羅は私をさけてたから、もしかして、こんなひどい私を嫌いになったんじゃないかって、謝っても許してくれないんじゃないかって、それが怖くて結局……終わっちゃった」
◇◇◇◇◇
「ーー俺は、まだ子供だったこともあり、マイの父親が自分の娘を虐待していたという事実もあり、薬物乱用者、止めに刃物の持ち出し。
手が貫いたなんて嘘みたいな話は偶々だろうと判断され、俺が罪に問われることはなかった。
俺はマイから離れた。
俺に話しかけようとするたびに怖がってたのが分かっていたし、関係に距離を置いたんだ。……ただ、逃げたかっただけかもしれない。
…………ほら、アインスに着いたぞ。ここでお別れだ。面白くない話をして悪かったな」
「シンラ」
「ん?」
「その時のお前がどうなったかは知らないが、私に気づかせてくれた今のお前なら、もう分かっているんだろう?」
「……まあ、ただ俺を怖かっただけじゃないって思うよ。俺と関係を直したいって、そう思っていたのかもしれないって、今なら確かに分かる。
けどーー」
それはもう、終わった話だ。
◇◇◇◇◇
「大丈夫です!」
「えっ……」
「神羅さんなら、きっと分かってくれたはずですよ!
見ず知らずの私を命を懸けて助けてくれ神羅さんなら、きっと! きっと今の舞さんの気持ちを分かってくれてたはずです!」
「そうなのかなぁ。うん、そうだといいなぁ。……あぁ、私バカだよ……もっと……もっとはやく」
「ダメです泣いたらっ! 泣いたらっ……ダメですよっ。
神羅さんは笑って欲しいと、多分、心の底から思ってるはずですから」
「……そうだね。笑顔は大事、だよね」
「はいっ!」
「ふふ、それにしても貴女、ワンピースがとっても似合ってる」
「本当ですか! それ、神羅さんにも言われました」
「むっ? 死に際に他人を褒めたということ? さすが神羅ーー」
……あれ、体が…………動かない?
◇◇◇◇◇
サクランとアインスで別れた俺は、もう転移して家の前に来た。
料理の腕前はプロ級。我が妹ファナが作ったであろう美味しそうな料理の匂いが、玄関にまで漂ってきた。
「ーーただいま〜」
「遅いですお兄様! せっかくのパーティなんですよ。主役がいないと話になりません。
まったくもう……心配したんですから。
セレナだってソワソワソワソワして落ち着きがなく……」
「ちょっと! 何言ってるのよファナ!」
「あら、なんですかセレナ。私は本当のことを言っただけですよ。
それとも何か反論が?
勝った方が1週間なんでも言う事を聞くという約束だったでしょ」
「っ……あれは貴女が氷魔法を使ったからびっくりして!
それに、そういう貴女こそボロボロに負けてたじゃない。
だらしない、だらしない。避けるくらいできて当然でしょうに……」
「ん? でもその時セレナはひどく動揺してたじゃないか。サクランとかいう奴を睨むくらいは……」
「余計な事は言わなくていいのエステル!」
マイホームは、今日も賑やかだ。
「……いる?」
「レティス? お前もう食べてたのか?」
「……腹が減ってはって、シンラ言った」
「うん、でもレティスは予選も本戦もやってないんだが? 流石に1人勝手に食べるのは良くないとーー」
「……おいし。シンラも……あーん?」
「許す」
俺はもう1人じゃない。
だからお前も……笑ってく《大変ですシンラさん!!》
……ラファエナ?
〜〜〜〜〜
《大変ですシンラさん!!》
(どうしたんだラファエナ? そんなに焦って……)
《勇者が、もうすぐ勇者が召喚されそうですよ!》
(ああ、すっかり忘れてた。まあでも、すぐに終わらせる)
シンラは、〈勇者召喚魔法陣破壊爆弾〉を創り出した。
(いやー便利だ。思った事をほとんど何でも作れるんだから。
これを……ポチッと)
シンラは、〈勇者召喚魔法陣破壊爆弾〉をポチッとな。
(これで安心だ。ありがとなラファエナ)
《えっ……あ》
(ん? どうかしたか?)
《………また会いましょう》
(ん?)
急に、何かから逃げるように【神話】を切ったラファエナ。
不思議に思ったシンラだが、この時のシンラは知らなかった。
【創造魔法】。便利だ。思った事をほとんど何でも創れるくらいには。
そして、それこそが今回のミス。
シンラは〈勇者召喚魔法陣破壊爆弾〉を創る時、勇者召喚魔法陣を(1個)壊す、という事を考えていた。
1個。これを自然とシンラは思ってしまった。なにせ勇者召喚魔法陣はレア中の激レア。1個だけしかないと勘違いしても普通じゃない。
だけど、実際はある事が原因でーー4個もあったのだ。
〜〜〜〜〜
この日、異世界グランウェールに、勇者が3人呼び出された。
(っっ……あれ、あれあれ? 今何か揺らぎが………まさかまさか……あれ、どうしよう。どうし………どう………………パーティーに専念しよう)
シンラも、ラファエナと同じく、現実から逃げたとさ。