エドはエド
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もうすぐ、四連魔法学園 武闘大会予選ーーだというのに、非常識の権化である〈神様プロジェクト〉なるものに選ばれた、出来ないことがないという生まれながらの最強人間ことシンラ・アリエルトは、王都で女の子とデートをしていた。
さらには、シンラ・アリエルトの最愛なる妹でありながら、その強さと兄への愛情が故に巻き起こされる暴力的行いの為、裁きの氷帝という異名を持つティファナ・アリエルトもまた、王都で男の子とデートをしていた。
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女の子はレミー。
『今度の土曜日……ですか?』
『偶にはいいかなって。
ほら、エドの昔の話も聞きたいし』
『っ……そ、それはいい考えです!
分かりました。是非ご一緒させていただきます!』
客観的にみてデートに誘われたのだが、本人は愛するエドモンド・カスターンの良いところを教えたいと思っただけで、そんな浮ついた考えは一切なかった。
それに、シンラはレミーを誘う時こう言った。『アティもいるし』と。もちろん、当日ドタキャンする予定は確定だ。
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男の子はエドモンド。
『今週の土曜日ですか? 俺が……ティファナさんと?』
『はい。何かご不満でも?』
『いやいやいや、そ…そんな事ないっすよ。 分かりました。今週の土曜日ですね』
エドは、はっきり言ってファナの事が苦手だった。特に女性というものを意識しないエドだが、ファナはとても美しく魅力的で何よりーー怖い。
そんなエドがファナのお願いを断れるはずもなく、それに、ファナはこう言った。『お兄様もいますし』と。
この言葉が無かったら、エドだってきっと断っていた。命は大事にだ。
おっと、もちろん当日シンラはレミーといるから、ファナの言葉は真っ赤な嘘。
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……と、まあこんな訳で、シンラ達はデートをしているという事だ。
今は昼食タイム。
「ーーそれでですね! エド君ったらおっちょこちょいで……」
「うんうん」
「ーーそれがまたかっこいいんですけど、何しろ服が汚れちゃって、お母さんがカンカンになって怒ってたんですぅ」
「う、うんうん」
「ーーそういえば……」
「………うん」
シンラは予想外だった。たかが一言、『そういえば、昔のエドは……』と言っただけで、かれこれ1時間近く語られようとは。
必殺 愛想笑いにヒビが生じるほど、シンラの精神はまるでエドエドエドエドエドエドエドエドエドエドと洗脳されるが如く汚染される。
ーーーしかし、遠くから偶々その光景を見ているエドは、楽しそうに喋るレミーが見えるだけで、シンラの顔は見えない。
側から見れば、仲の良いカップルだ。
「………」
「……クスッ、どうしたんですかエドさん?」
「えっ!? あ、いや……よく分かんね…いや分かりません」
「そうですか」
「………」
「……クスッ」
どう見てもそれは、「嫉妬」。
とても醜く純粋で、想いの大きさを知るにはもってこいの感情。
しかしエドはそれが分からない。ただ、自分の心が汚れていく気がして、その感情は無かった事にした。
〜〜〜〜〜
不意に、レミーが立ち止まり、ジーっと露店を覗いていた。
「ここに寄るのか?」
「は、はい。エド君に何かプレゼントをしたいんです。
ここなら、エド君の好きそうなのがあると思いますから」
「……確かに」
〈迷宮夢巡り〉
旅のお守りに、お家の宝に、好きな人へと贈り物に、何でも売ります魔導具店。
「んー……これも……あれも…………シンラさん、どれがいいと思いますか?」
「そうだな……これがいいんじゃないか。
剣と盾のアクセサリー。そこまでオシャレな物をエドは好きじゃないだろうし、申し訳程度ではあるがちょっとした効果もあるし」
「そうですよねっ! 私もこれがいいかなぁと思ってたんです! あんまり大きすぎるのもエド君は邪魔になったりしますもんね! その分これなら荷物にもなりませんし丁度私のお小遣いでも買えます。
あっ、でもエド君は優しいから……」
「………うん」
再び、エドエドが頭に流れ始めたシンラだった。
ーーーしかし、遠くから偶々その光景を見ているエドは、楽しそうに喋るレミーが見えるだけで、シンラの頭の中など分かるはずもない。
側から見れば、仲の良いカップルだ。
「………」
「何かありましたかエドさん?」
「えっ、いや何も……」
「そうですか」
「……ティファナさん、俺、今日もう帰ります。なんか具合が悪いみたいで」
「それは大変です。
私の事はいいですから、体調には気をつけてお帰りになって下さい」
〜〜〜〜〜
『お兄様、エドさんがお帰りになられました』
『そっか……よし、大丈夫。こっちも別れた。 今頃ばったり会ってるだろうさ』
〜〜〜〜〜
「あっ……」
「あっ、エ…エド君!」
2人はばったり会った。
「よ、ようレミー! あーなんだ、今日はいい天気だなぁ!」
「そうですね?」
「そうだそうだ!
ん!よし! ……じゃ、俺はこれで」
ヘタレがいた。
「え、一緒には帰らないんですか?」
「お……う。 これから用事があってな、寄らなきゃいけねえ所あるんだ」
「残念ですぅ……っ、そういえばコレを」
「なんだこれ?」
「今日シンラさんとお買い物をして、エド君にいいんじゃないかって思ったんです。
だから……プ、プレゼントです!」
「これを……俺に」
エドの中でくすぶっていた気持ちが、すんなりと消え、それはたちまち別の何かへと変わる。
「あ、ありがとなレミー! 今おれ、すっげー嬉しいぜ!」
「そんなお礼なんて……
これは当然なんです。私はエド君に助けてもらいました。私こそエド君にありがとうって言わないといけないんです」
「いやっ、それはなんか違うだろ。俺がレミーを守るのが当然で……もしもそのお礼でこれを買ったてんなら、受け取れねぇ」
「あっ、それは違うんですエド君!
そのプレゼントは、私の純粋な気持ちで……だから……それは……私が……」
いつもなら、ここで終わっていた。
次にエドが「え、何だって?」と言い、「ううん、何でもない」で終了。
だけど今日は違う。 いつものセリフをエドは口に出せなくて、レミーは劇を思い出し勇気をもらっていた。
「ーー私が、エド君を好きだからです!」
「お、おうっ! ……おおう!?」
「〜〜〜っ!
そういえばエド君には用事があるんでしたね!! 私! 今日は帰ります!!」
自分が何を言ったかを理解し、逃げるようにレミーは走り出しーーエドがその手をつかんだ。
「レミー!」
「うわわわっ! な、なにエド君! ?」
「お、俺も言わなきゃいけない事がある!」
「……ふぇっ!?」
「俺は……俺もーーー」
◇◇◇◇◇
夜、エドは自分の家の庭に出て、レミーからもらった魔導具を、月をバックに眺めていた。
「ーーなーにを柄にもないことを」
「っ! シ、シンラ!
何でっここ俺の家だぞ!?」
「俺なら世界中のどこからでも、一瞬で来れるがな」
暗闇に浮かび上がる2つの赤い目が、怪しく細まるのをエドは見た。
「そ、そうだよな。
お前はシンラだったぜ」
「それは微妙に嫌な表現だが……それで? 何を黄昏てたんだ」
「別に、ただ何となくで理由はねーし、……でもまあ、本当にこれで良かったのかなぁなんて思ったりはしてるけどよ」
エドはついさっきの、もしかしたら全て夢なんじゃなかったのかと思ってしまう事を思い出す。
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『俺もお前が好きだ』
『…………っ!?』
『つい最近気づいたことで、俺はレミーしかいやだなって、レミーだけがって……
でも、付き合うとかそういうのはまだ待って欲しい!』
『そ、それはどういう……』
『俺はまだ弱いしよ、守ってやるとか本当は軽々しく言っちゃなんねぇって、最近分かったんだ。今の俺は近くにいてやることしかできない。そんなの情けない。
だからいつか! 立派な騎士になって! 今度こそ絶対に守ってやるって誓う!
勝手だって分かってる。でも、そん時まで待っててほしい! 』
『……待ちますよ。エド君が約束を破ったことなんて、1度もないです』
『怒らねえのか……?』
『そんな訳ないよ。
エド君が本気で言ってくれてるって分かって、嬉しい。嬉しくて…嬉しくて私……エド君!!』
『は、はぃむぐぅ!?』
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「今、すごくイラつく顔してるぞエド」
「お、おおうっ!? 」
エドは、恥ずかしさや嬉しさやらで、ほおが緩みきっていたらしい。
「そ、そうだシンラ! 今からいっちょ模擬戦やろうぜ!俺は強くなんなきゃいけねえ。手加減は無用だ!」
「……ほお、言ってくれたな」
仮にも必要だったとはいえ、人の天使とデートなるものをしていた事実に、シンラの本能が動き出す。
「あ、あれ……もしもしシンラさん? 殺気があるのは気のせいか?」
「安心しろ。結界を作って周りに被害は出ない。お望み通り本気を出せる」
「あれ、これヤバ……っ」
ーー結界がなければ、王都中にエドの悲鳴が響き渡ったであろう。
後にエドパパは言う。
『あれ、エドお前……男前になったな! まるで死線を何回も乗り越えてきたかのように勇ましいぜ!!』