役者変更
◇◇◇◇◇
ダメだった。
いくら演技だといっても、ファナを泣かす奴や背中を切るやつには殺意が湧いてしまう。本能が、魂が勝手に動いてしまい、理性とかそういう問題ではないのだ。
俺のワガママで一旦演劇は中断。
これからどうするか?
クラスで緊急会議が行われた。
〜〜〜〜〜
『まずはさ、暴走しちゃうシンラ君が1番の問題なのよね』
『僕、怖かった』
『俺も死ぬかと思ったぜ』
すまんエド。
ごめんよウィル君。
『ここにはシンラ君を物理的に止められる化け物は………うん、いない。そうよね、いたらおかしいもんね。
じゃあ、根本的な解決として、いっその事役者変更をしなきゃならないと思うんだよ』
すごく失礼なことを言われたが、クラスメイトは口々に賛成している。
『ファナさん演じるメイドを誰かに変えなきゃいけないんだけど、どうする? 誰かやってくれる人はいないかな?』
『ティファナ様に匹敵する美しさを持ち合わせている者は……』
『いないとして〜』
『ティファナ様に匹敵する演技力を持ち合わせている者は……』
『いないとして〜』
『必然的に、ティファナ様の、ワンランク下の人物を選ぶことに……』
『なりそうですなぁ〜』
『黙ってなさいファンクラブ!!』
……ファナのファンクラブ。俺は会員ナンバー1。と言いたいところだが、自重して入っていない。
『全く……あっ、みんないいのよ!
あいつらの言うことなんか気にしないで、やりたい人がいればいいんだから!』
『うーん……』
『ちょっと気が引けるかな』
『俺っちやってもいいんだけど『あんたは男』……そっすよね』
主役であるメイドをやりたいという人が、誰もいない。
なまじファナが優秀すぎたせいで、どうしても気後れしてしまうのだろう。
『……私がやる』
誰だ? と思ったらレティスだった。
だけどレティスは……
『うっ、ごめんなさいレティスさん。貴女に任せられない理由が2つあるのよ』
『……嫉妬?』
『しばくわよ』
容赦ないな。委員長みたいな女。
『なに、あいつ嫉妬でレティスちゃんを苛めてるのか?』
『あいつの考えてること分かったぞ!』
『お、なになに?』
『本当は自分がやりたくて、だけど自分から言うのはあれだから、誰もいないから私やりますっていう雰囲気つくろうとしてんだ。
だから、誰か自分以外の立候補は蹴落とすつもりなのさ』
『なんてやろうだ……みんなのレティスちゃんを、そんな理由で苛めてるのか』
『違うわよ!!』
『ぐほっ!?』
委員長の土魔法が、容赦なくレティス信者に顔に的中した。
『はぁ……あのね。そもそも、レティスさんは演技とかそういうのが苦手だろうから、何も喋らない雪だるまになったのよ?
主役であるメイドなんて演じきれる……というかセリフすら覚えきれるか不安だわ』
『……もう1つは?』
『貴女もシンラ君のお気に入りでしょ。
メイド役なんてしたら、どっちにしろ、ウィルとエドモンド君が死んじゃうのよ』
『……なるほど、納得』
『ごめんね、だから諦めて。でも珍しいね。レティスさんがやりたいだなんて』
『……好きって、言われたかった』
『あっ、そ。じゃあ、レティスさん以外で、誰かメイド役をやってくれる人?』
やっぱり誰もいない。だけど、このまま終わるわけにもいかない。
『はい』
『うおっと、シンラ君?
えっと……でもシンラ君は男だからメイドはちょっとね。
っ……そうだ! 去年の女子会で見せてくれた女装なら文句ないわ!』
『ちょっと待て委員長!?
なんでアンタが去年の事を!!』
『なんでって、私もあそこにいたから? そりゃ気づくわよ。1年生の時も同じクラスだったし。それと、私はなんの委員長でもないんだけど?』
ええいっお前は委員長だ!
迂闊だった。まさか去年あそこにいたなんて。でも、今迄言わなかったことを鑑みると、優しいやつだな。願わくば墓場まで持っていってほしかったが。
『えっ女装?』
『まさか……』
『でも……ありえそうだ』
『ちょっと鼻血でちゃった』
『どっちが受けなんだろ』
ありえねえよ!!
それと最後の奴、一体俺と誰を妄想した。
『俺が言いたいのは、このメイド役に相応しい人物がいるという事です』
『へぇ……シンラ君の推薦かぁ。で、誰?』
『その前に、その人をメイド役にするなら護衛騎士を俺にやらせてください。
それが前提条件で、これはやっと成り立ちます』
『護衛騎士?
でも、その役は……』
『はい、エドがいますね。
だからこそです。
エドはーー王子役をしてもらいます』
〜〜〜〜〜
緊急会議が終了した。
案外早く役が決まったことは、吉と出るだろう。 もしかしたらずっと決まらなくて、グダグダしていたかもしれない。
後は練習あるのみ。
急に王子役に出世したエドは戸惑っていたが、本人は結構やる気があるらしく、セリフも既に半分を覚えていた。……まあ、思慮深い設定の王子は何処かに消えたが。
「ーーよっ、アティ」
「シンラ……何か用かしら?」
「いや、なんとなく。
さっきも少し元気無かったかなーって、なんかあったのか?」
緊急会議が始まる少し前から、アティはボーッとしていたのだ。
あんなにうるさかった緊急会議の時でさえ、ボーッとしていたものだから、気になっていた。
「別に、何も無いわ。それに元気がないわけでもない。……そうね。敢えて言えば、楽しかったわ」
「楽しかった?」
「ええ、私が隣国の王女で、貴方が王子。
最後の方で式を挙げた時、不思議と心が熱くなったわ」
「んん? なんだそりゃ。
おいおいアティ、まさか俺と劇の中で結婚出来たのが良かったのかよ」
「そう言ってるのよ」
……んん?
「ほら、私は仮にも王女だし、この先望まない結婚をされないとも限らないでしょ。
だから、例え嘘でも、自分が嫌いじゃない人と〈結婚〉を経験できて、少し浮かれてしまったわ」
お、おお……なんという事だ。
俺たちのクラスに、1人シリアスが紛れ込んでいた。
「父はきっと私を不幸にさせない。
でも、抗えないものだってこの世にはあると思うから、変な期待はしたらダメよね。
……本当に、おかしな話。
政略結婚も、さっきのも、同じ偽者であることに変わりはないのに、むしろ劇は道化者の役回りなのに、なのに、なのにーー」
久しぶりに、満面の笑みを見た。
「ーー断然、嬉しかったわ」
だけどそれは一瞬で、アティはいつもの無表情8割・飄々2割の顔に戻った。
「それよりも、大丈夫なの?」
「ん? 何が?」
「さっきのよ。
結局貴方は護衛騎士。エドモンド・カスターンは王子。それに……」
「いいんだよ。むしろ最高。きっと素晴らしい劇を見せてくれるだろうさ。
なにせ、偽りでも演技でもない、あいつらは正真正銘の本物だしな」
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メイド・???
王子・エドモンド
護衛騎士・俺
隣国の王女・アティ
雪だるま・レティス
嫌な奴・ウィル
以下省略
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