はじめの一歩
◇◇◇◇◇交流会2日目
王女に生まれて、良いことはあっただろうか? ……いえ、これは贅沢な話ね。
少なくとも、毎日の生活には困らない。食事は豪華、着る服も豪華、メイドやら執事やら、全部、普通なら幸せなはず。
だけど、それ以上に幸せじゃないものも付きまとう。
王女だからという理由でしつこく媚びる男。 自分の容姿に自信を持っているか知らないけど、下心ありきで近づかれても惹かれるはずがない。少しはあの男を見習ってほしい。
自慢じゃないけれど、客観的に見ても私は、ある程度の容姿をしていると思う。 だからこそ、嫉妬が生まれていた。
私の教師だったあの男は、いつの日か自分の欲望に身を任せ、私に強姦まがいな事をしてきた。
その時は余裕を持って未遂で終わったものの、教師は厳重な処罰を受けて、一生牢獄に入る事となる。
でも、ここで話は終わらない。
その教師には恋人が居たのだ。それは、私の世話をしていたメイド。
そのメイドは、いつも私に優しくしてくれていた。 メイドとしてではなく、友達だと思っていた。
だけど、それは嘘で、罠で、唯の理想。
メイドは私を殺そうてしてきた。 ナイフを持って、涙を流しながら、でもその顔は憎しみに染まってた。
仮にも殺人を犯そうとしたメイドは、牢獄に入ることなく、秘密裏に処刑される。
後で聞いた話だが、城ではこんな噂が流れていたらしい。
「王女が教師をたぶらかした」
バカな話。こんな根も葉もない噂が流れたのは、私があまり好かれていない王女だった事。教師が男としてかなりのものだったらしい事。
つまりは、嫉妬。
碌でもない話で、誰の得にもならない、どうしようもない事実。
王女に生まれて、良いことはあったかもしれない。でも、そうじゃないことの方が私には多すぎた。姉さんのようには強く生きられない。
少し人間不信になってしまった私は、そして塞ぎ込みたかった私は、自分の最後の友達を遠ざけてしまった。
それはステイシー……だけだと、昔は思っていたんだけれど。
「あらアティ、貴女ハンカチを落としたわよ。……面白みのないハンカチね。もしかして落としたんじゃなくて、捨てたのかしら?」
この失礼な発言をしてきたのは、メイティ・パナミティア。
私と同じ王女で、私が苦手だった人間。 嫌な奴だと思っていた。 嫌味ばかり言う人間だと認識していた。
……でも、これは、ハンカチを拾ってくれたのよね?
去年のシンラとメイティの会話を聞いてしまって、目の前にいる王女は、不器用なだけの人間だと、改めて実感する。
「ありがとう、メイティ」
「は、はあ? ありが……えっ?」
まさかありがとうと言っただけで驚かれるとは、こちらが驚いた。
でも、逆に言えば、今まで私がそれだけの事もしなかったという事。
「お礼をしたのよ。拾ってくれてありがとう。感謝するわ」
「拾っ、拾ったって、そ…そんな訳ないでしょう! ゴミが落ちてたら、周りに迷惑がかかると思ったから、貴女に文句の一つでもしてやろうとしただけよ」
( 解読すると、ハンカチを落としたのに気づいて、私〔アティ〕が困ると思ったから、拾うついでに注意しようとした)
……嫌な奴、か。
むしろ嫌な奴というのは、私の方だった。ステイシーの行為を邪険に扱い、メイティの親切に気がつかない。
今年からは、変えられるのかしら?
「……ねえ、メイティ」
「な、なによ」
「私と……友達になってくれないかしら?」
何もしなければ、何も始まらない。
王女としではなく、1人の人間として見ていてくれた事に、今更だけど応えたい。
今度はステイシーに会って、仲直りをしよう。顔を赤らめているメイティを見て、そう決心した。