前を向く
◇◇◇◇◇8月100日
「お兄様、今日はクッキを焼きましたよ。
レティスったら、こっちが止めないと全部食べちゃうんです」
ーーー
「……ん、抱っこ」
ーーー
「あっお疲れのようならおやすみになられては? も、もちろん! 膝枕などという選択肢もあります……よ?」
ーーー
「……ん、ココで寝る」
ーーー
「クーネったらヒドイんですよ。
セレナとヒトランが一緒にいたら、なんとそこに水魔法をお見舞いしていたんです。
まあ、さらには、その後怒ったセレナ達が追いかけてきて、偶々レティスとキューちゃんの落とし穴に、ひっかかっていたんですけど」
ーーー
「……あったか」
ーーー
「ステラは良い子です。
さっきもお皿洗いを手伝ってくれたんです。
お皿は見事割れましたけど、やっぱり良い子です」
ーーー
〜〜〜〜〜
この頃、ファナの俺に対するスキンシップが激しくなった。
言わずもがなーーあの日からだが……なんというか、常々思うがよく出来た妹だ。
因みに、レティスがよく抱きついてきたり、膝の上に来たり、はたまた夜に俺を抱き枕してくるのは、恐らく関係ない。
「ーーと、俺は苦笑いを浮かべつつも、嬉しいという気持ちを隠せないのであった」
「何バカなことを言ってるのよ。
ほら、口を動かす前に手を動かしなさい。死神だかなんだか知らないけど、ちゃんと働いておくれよ」
「言われなくとも」
おばちゃんからのセリフで分かったと思うが、俺は今、死神でギルドの依頼を受けていた。
これ以上ファナに迷惑もかけていられない。ここはけじめをつけるべく、夏休み最後かもしれないギルドで、精を出そうと思う。
「ほへぇ〜力持ちなんだね。一気に10本も持ち運ぶとは。
あたいは1本が限界なんだけど、いやぁ助かった助かった」
俺が依頼ーー薪割り用の木を運ぶ依頼をしていると、満足げに笑顔になるおばちゃん。
……いや、アンタ十分に凄いぞ? この木、他より小さいとはいえ、その1本がどれくらい重いと思ってるんだ?
「はいはいはい……っとと、ここでいいよ。しっかり乾燥しないとね。
じゃご苦労さん。こんなに早く終わるとは思わなかったよ。どうだい? 依頼とは別に蜂蜜酒でも飲んでいかないかい?」
「遠慮しておく。今日はまだこれからやる事があるんでな」
「そうかい、まっ頑張りな」
◇◇◇◇◇
「ーーはい依頼成功です。
それと……これも受けるんですね」
俺は依頼の報酬をシルヴィアから受け取り、同時に新しい依頼を受けた。
「無くし物探し、ですか。
さっきからSランク冒険者が受けるような依頼じゃありませんが、どうしたんですか?」
「気分転換。悪いか?」
最後はからかい半分で聞いた。が、シルヴィアは慌てふためく事もなく、何かの書類仕事をしながら淡々と言った。
「いえ、全然。というより今更でしたね、こんな話。悪いどころか、むしろ賛成です。
例えSランクだろうがなかろうが関係ない。死神さんのその考え、私嫌いじゃありません。普通に好きですよ」
「……ただの気分転換だって」
「無くし物、見つかるといいですね」
……今回は負けた。そう感じた。
異世界に来て、初めてかもしれない。シルヴィアさん恐るべし。
◇◇◇◇◇
依頼主は平民の女の子(と、その保護者)。
どうやら、幼い頃に親からもらった大事なペンダントがないらしい。
「わたし、大事にしなきゃって思って、それでね、どこかに隠したの。でも分かんない! わたし、無くしちゃった」
ああ、そういう経験はありそうだ。
ここは誰にも見つからない、的なことを考えていたら、自分も見つけられないという事だろ。
この女の子は、自分からペンダントを無くしてしまった事を親に言い、自分のお小遣いを使って依頼を出したんだと。
「お願い、大事な物なの! お礼にパンケーキを焼いてるから、食べてって!
お母さんは美味しいって言ってくれるの。だから食べってて」
なるほど、依頼報酬が少なかったのと、パンケーキが何故か加わっていた謎が解けた。
「あ、あの、パンケーキは嫌いなの?」
「いや違う」
「本当!?」
「こんな事で嘘はつかない。
早くそのパンケーキとやらを食べて、ペンダントを探すぞ」
「っ…うん!」
ここで貰わないのは、なんか違うしな。それに、後ろにいる親御さんの「断ったら承知しない」という目つき怖いから。
ここで食べなかったら、後でミンチにされそうだ。
〜〜〜〜〜
「ご馳走様。ーーで、早速だが、ペンダントの特徴は?」
「うん、えっとね、青で銀で、このくらい! 分からなかった? このくらいよ!」
バッと手を広げる女の子。
「すっごく可愛いのっ!」
ニコニコ笑顔でこっちを見てくる。
「綺麗なのっ!」
ウットリ何かを思い出す女の子。
うん、オーケー。このままじゃ埒があかないことは分かった。
「じゃあ、どこかに隠したと言っていたが、おおよその目処もたってないのか?」
「んん……壊れないように……箱に入れて……それで、分かんないの」
「なるほど、じゃあ、家の中か外っていうのも分からないのか?」
「……うん」
つまり、普通ならこの時点で諦めるーー普通なら。
俺は創造魔法を使い、〈シャーロック君(十分の一サイズ)〉を創った。
シャーロック君に知らないことはない。
「さてシャーロック君。ペンダントのありかは分かったか?」
「簡単な事さワトソン君」
ワトソンではないが。
俺のことを見てフフンと鼻で笑った後、ミニミ二虫眼鏡を構えた。
「まず、青と銀という特徴。これはこの事件で最も大切な事だよ。
ぼくは誇りに思う。まさか、このくらいの大きさだとはね」
バッと手を広げるシャーロック君。
「次に可愛い。綺麗。
……ふっ、そういう事か」
「それで分かるのか?」
「もちろんだよワトソン君。
不可解なものを取り除き、最後に残ったものが真実なんだ。つまり、消去法。簡単な推理さ。
真実は、いつもひとつさ!」
何度も言うが、俺はワトソンではない。
どうやらこのシャーロック君。俺のにわかホームズ像を元にしてしまったらしい。
それに最後、ドヤ顔で言われても、キャラ間違えているからな。
「もう結果だけ教えてくれ。
ペンダントは何処にあるんだ?」
「おっとすまない。どうやらぼくは少しおしゃべりらしい。
いいよ、ペンダントのありかはここの家の屋根裏部屋、入ってすぐ右に移動して、さらにそこの隠し部屋にある。
……これが、ただ見るだけの君と、観察したぼくの違いだよ」
最後にそう言うと、ポンっとシャーロック君は消えていった。
……お前は何か観察したか? 全く、ホームズファンに土下座くらいじゃすまないな。
〜〜〜〜〜
「ありがとね〜!!」
無事にペンダントは見つかった。
依頼はこれで成功。文句なしだ。
〜〜〜〜〜
「ーーはい依頼成功です。それで、まだ依頼を受けるのですか?」
「いや、いい。なんだか少し疲れた。今日はもう休む」
「……分かりました」
「じゃあな」
別れの挨拶もして、俺はギルドから出ようとすると、「死神さん」とシルヴィアから声をかけられた。
「なんだ?」
「またのご利用を、お待ちしております。なんなら、今度一緒にお食事でもいいですよ」
「……じゃあな」
この返しは適切ではないだろう。
だが、とうのシルヴィアは分かってたとばかりに、ただほんのりと笑みを浮かべるだけだった。
……なんというか、優秀な受付嬢だ。