メリーは嘘をつく
◇◇◇◇◇
「なんでお前は、泣いてるんだ」
《え?》
どうやら、自分でも気づいてなかったらしい。だが、確かにメリーの目からは涙が溢れていた。
《あ、あれっ……なんで…………雨。そう、これは雨ですよ》
「前も言っただろ。お前はどうしたって嘘が下手なんだよ。
こんなに星が綺麗に見える、雲ひとつない夜空。雨なんて降るわけがないじゃないか。
ーーもう一度聞くぞメリー。お前、どうして泣いてるんだ?」
《だっ、だから泣いて、なんか……わた、私は…知りませんっ!!》
「っ、おいメリー!」
俺が伸ばした手は、まるで無駄だとでも言うかのようにメリーをすり抜け、空間魔法を使ったのであろうメリーはどこかへ消えてしまった。
すぐさま追いかけようとするが、ここで思わぬ相手から声をかけられた。
《ーーシンラさん、お話があります》
「ラファエナ? 珍しいなそっちから話しかけてくるなんて。
でも悪い。今こっちは取り込み中なんだ。後にしてくれ」
《お話があります》
淡々とした口調で、こちらに気持ちを悟らせないよう喋るラファエナ。
「……分かった。メリーの事なんだろう?」
《その通りです。
シンラさんも気づいていると思いますが、彼女はいわゆる幽霊なんです》
「そんなの分かりきってる事だろう」
《ええ、そうです。
これもまた当たり前ですがーー成仏しない幽霊はいない。
恐らくメリーさんも、自分が消えかかってるのを感じていると思います》
……
「どういう事だよ」
《ああ、言い方が悪かったかもしれません。
消えるんではなく、メリーさんの魂が輪廻の輪に組み込まれるだけです》
そんなの、どっちにしろ意味合いは同じじゃないか。
「そういえば、幽霊ってなんだ?」
《死んだら魂が輪廻の輪に組み込まれる。
でも時々いるんです。
なんらかの理由により、もしくはなんの理由もなく、死んでも魂がシステムに加われない者が。
世界に絶対は存在しないんですから》
「つまり、その例外がメリーなのか?
じゃあおかしいだろ。何でシステムに加われなかったっていうのに、今更消えるんだよ」
《例外な魂は、システムが遅れてそれに気づき、例外なく元通り。というわけです。憎たらしいものですよね。
だから、メリーさんに残された時間は、あと僅かでしょう》
「………どうにか出来ないのか?」
《無理です。
システムにはどうも出来ません。
ただでさえシンラさんの力は未だ借り物に過ぎずーーいえ、例え最上級神でも、システムに抗うのは神以上の……ちか、ら………が……》
……?
「つまり何も出来ないって事?」
《っ……そう、ですね》
「そっかーー」
信じたくはないが、ラファエナは嘘をつくような人間、否……神様ではない。ここまではっきりと断言してるからには、どうしようもない事かもしれない。
「でも、何もしない訳にもいかないよな」
◇◇◇◇◇
ーー暗い。
月明かりなど、心を照らすには弱すぎた。
《うっ……ぅ……》
ーー怖い。
孤独とは、厄介極まりない恐怖そのもの。
《っ……ぃや……》
メリーは昔の事を思い出していた。
それは、走馬灯にも近いものだろう。
ーーーーー
『今日もかくれんぼしてくれるの?』
ーー喜び。
笑顔を与えてくれたのは、ある日出会ったお姉さんとお兄さん。
『うん! でも、今度は私が鬼になるんだよ!』
『ラファエナが隠れちゃうと、見つけられないからね』
『お兄ちゃんがもっとうまく探せば問題ないのよ』
『おいおい、無茶を言わないでくれ。
気配どころか、存在そのものが薄く朧げなんだ。困ったユニークスキルだよ。目で見ても認識出来ない。手で触っても意識できないんだから』
尊敬。
お兄さんはすごい。
お姉さんは優しい。
『うぅ〜難しいことは言わないで。
さあ早く。お兄ちゃんは隠れて! お姉ちゃんは数えてね!』
〜〜〜〜〜
(ーーーここは見つからないよね)
『………さ〜ん……に〜……い〜ち……よっし、いっくよー!!』
(クスクスクス、見つからないよ〜だ)
『あっ、お兄ちゃん見っけ!』
『げっ! 結構早かったなぁ。
見つけるのも得意なのか?』
『私がお兄ちゃんを見つけられない訳がないでしょ! さ、次はメリーちゃんだぞ〜!
あ、お兄ちゃんはそこで待っててね』
『ん、了解』
(クスクスクス、大丈夫、大丈夫。
見つからないよ。ここは見つからない。 ここは見つからない……見つからない………絶対に、見つからない……………
ーーーーー
「ーー見つけだぞメリー」
《………お兄さん》
フワリと空から降りてきたお兄さん。月明かりに、髪が煌めている。
いなくなっちゃったお兄さんと似て、素敵な髪。そして目……貴方の赤い瞳に、私はまだ映っていますか?
「かくれんぼはもう終わりだ。さ、一緒に家に帰ろう」
《ダメ、ですよ。
お兄さんも知っているんでしょう。私、ダメなんです。前からそうだったんですけど、今じゃヒドイものです。 ろくに何も触れれない。今日なんてやっとの事で鉛筆を持つのが精一杯。
分かりますよね? 今の私、ほとんど目に映らない……》
多分、もうすぐ消える。
言い直せば、戻る。
正しいあり方に……ちゃんと。
「帰らないって言うのか?」
《はい》
「……だったら俺も帰らないよ。でも、せめてその時が来るまで、俺がそばにいてもいいか?」
《……はい》
ああ、まただ。また私は素直に感謝の言葉も言えない。
本当だったら、こんな所ーーお兄さんの部屋のベランダーーではなく、もっと遠い所だって行けたはずなのに、甘えてしまった。
お兄さんのの優しさに、私は縋ってしまっている。
これじゃあ、私の完璧な作戦が台無しだ。
《ところで、よくここが分かりましたね?
いくらお兄さんの部屋の近くだって言っても、今の私は見ることすらままならない。
私だって隠れるのが下手ってわけじゃないんですよ? 少しショックです》
「見つけてやるさ。
メリーの居場所なんてすぐに分かる」
《ーーっ!》
ーーーーー
……見つからない……見つからない……)
ガタッ
『ーーーおっ、どうやら俺が先に見つけたらしい』
『っ、お兄ちゃん!』
『しっ! 大丈夫、ラファエナには見つかってないよ『どこ〜〜!?』……ほらね』
『ほ、本当だね。
でもお兄ちゃんには見つけられちゃった。なんで? どうしてここが分かったの?』
『分かるさ。
メリーのいる所なんてすぐに分かる』
ーーーーー
あぁ、お兄さんーーー
「っ……メリー、お前!」
《あらら、もうお別れみたいですね》
「………」
《もー、そんな悲しい顔しないで下さいよ。
私は全然…全然……》
何があったのかは知らないけど、お姉さんに会えた。久しぶりにかくれんぼをして、やっぱり勝てなかった。
そして最後にーーお兄さんにも会えた。
嬉しくて……嬉しくて……
《全然、悲しくなんかないもんっ……!!》
もっと……ずぅっと一緒に、いたかったよぉ………………
◇◇◇◇◇
メリーはーーー
《全然、悲しくなんかないもんっ……!!》
ーーー消えた。
「……さっきも言っただろ。
お前は、嘘が下手なんだよ」
俺の部屋にあるベランダ。
何故だろう。今は雲ひとつない空なのに、だから雨なんか降るはずもないのに、小さな水たまりが出来ていた…………………くそっ
〜〜〜〜〜
わざわざ玄関に戻る気がしなかった俺は、そのまま部屋に入る。
今は何もしたくなかったから、とにかく横になろうとしたが、机の上にある物があった。
ーーーーー
7月25日
旅、出ます。お元気で
ーーーーー
それは、日記だった。
よれよれの字で、途中何度も途切れている。筆圧はバラバラ。最低限のことしか書かれていない文字。
ーーーもしも、今日俺がメリーの異変に気付けてなかったら? さっきすぐに見つけられていなかったら?
俺たちはこれを見て納得しただろうか? あのマイペースなメリーだからと、疑惑は持っても否定はしなかっただろう。
メリーは自分が消えることを知っていた。だから、こんな嘘をついた。きっと心配かけまいとしたんだ。
(世の中全てが、ハッピーエンドってわけじゃない)
「知ってる」
(運命なんてそんな簡単なものではなく)
「……知ってる」
(奇跡なんてそうは起こらない)
「知ってる!!」
そんな事、最初から知ってるよ……
〜〜〜〜〜
「おおっ、やっと帰ってきたかシンラ。
意外と遅かったな? メリーさんが見つけられなかったのか?」
「……いたよ」
「ああお兄様! エドモンドさんから聞きましたよ。気になることとは何だったのですか?」
「気になること、か。
それなんだけどな、実はメリーが………旅に出たんだ」
◇◇◇◇◇
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7月25日
俺はこの日、みんなに嘘をついた。
それが良い事なのか、悪い事なのか、俺には分からない。
でも、これをメリーが知って、
『嘘が下手くそなんですね』
って言われるかもと思ったら、なんだか少し、笑えてしまった。
ーーーーー
◆後書き◆
どうも、watausagiです。
今回のメリーお別れ話。これ自分でも書いてて、神羅転生物語が終わるんだなぁと実感してきました。
思わずメリーに感情移入してしまって、危うく涙目になるところでした。
さて、前に話していた勇者召喚の件なんですが、賛成派が多いという事なので、このままじゃ召喚されそうです。
とはいってもまだまだ先の事なんで、しばらくはゆっくりと書いていきたいーーー所なんですが、実は学園編のネタが作者思いつかなくて、何か希望があったら言ってください。学園にいる者なら、どれが主役でもいいです。学園に関することなら、どんなネタでもいいです。
最後まで頑張りたいと思います。