メリーは泣く
◇◇◇◇◇7月25日 夜
エドが自分の剣の整備をしている。やり方は俺が少し教えた。
とはいってもまだまだ素人にすぎず、しかし素人だからこそ1つ1つの工程が丁寧だ。
ーーー ふと、エドの手が止まる。どうやら道具が、ギリギリ手が届かないくらい離れたところにあるらしい。
タイミングよく、その道具の前にはメリーが座っていた。
「メリーさん、それ取ってくれるか?」
《…………自分で取ってくださいね。クスクスクス》
「そ、そうっすよね」
メリーにお願いをしたエドだったが、あっさりと断られた。少し可哀想だなぁと思わない事も無くはない。
《クス…クスクス……………ちょっと、私外に行ってきますね》
メリーはそう言うと、すぅーっと壁をすり抜け、行ってしまった。いつもと変わらず自由な奴だ。
「なあシンラ」
「ん?」
「俺いっつも思うんだけどさ、壁と天井とか色んなもんすり抜けるって、なんかすげーよな」
「そうか?」
俺もやろうと思えばやれる。もしもエドがそんなにお望みなら、臨死体験の出来る薬でもあげてみよう。
「おっ、どこ行くんだシンラ」
「メリーのところに行ってくる。
……少し気になってな」
「?」
◇◇◇◇◇
メリーは家の上空にユラユラと揺れていた。あれはきっと星を見ているんだろう。 7月7日ほどではないが、確かにこの世界の星は綺麗だから見惚れても仕方ない。
地球が汚すぎたとしても、やはりこの世界は格別綺麗だ。
「こんな所で、何を考えてるんだ?」
《っーーと、お兄さんでしたか。
……昔のことを思い出していました。お兄さん達に会う前です》
「昔……聞かないほうが良かったか」
《とんでもないですよ!
むしろ、どーんと自慢してあげましょう。是非聞いて欲しいです》
メリーは小さく、いや薄く笑った。薄いって何だよと自分でも思ったが、なんとなくその言葉が浮かんだのだ。
どうも、薄っぺらで。
何かを隠しているような……そんな気がしたのだ。
《私、お兄さん達と初めて会った、あの館に住んでいました》
「あぁあそこか、結構広かったぞ」
《パパとママはそれなりの地位も持っていましたし、でも、だからこそ忙しくて、私に構っていられる暇なんてなかったんです》
ーーーーー
✳︎月✳︎日
パパとママは忙しいの
私と遊ぶ暇なんてないの
……寂しいなぁ
ーーーーー
《幼いながらも、それはしょうがないと分かっていて、幼いから、泣くことしかできなくて、いつも部屋でメソメソしていました。
私のやる事といえば、窓から見えるこの星を、ただ眺める事だけ……》
メリーは空へと手を伸ばしーー止めた。代わりに笑顔になる。それはどこからみても、限りなく、偽りなく、メリー自身の姿だ。
《でも、そんな時に現れたんです。今わたしの目の前にいるのではない、最初のお兄さんとお姉さんが》
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✳︎月✳︎日
今日はお兄さんとお姉さんが来たの
一緒に遊んでくれたの
でもまた帰っちゃった
……また、会えるかなぁ
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✳︎月✳︎日
お兄さんとお姉さんが
名前を教えてくれた
カムラお兄さんと
ラファエナお姉さんだって
ーーーーー
《お兄さんとお姉さんは、たくさん私に会いに来てくれました。いっぱい遊んでくれました。
楽しくて楽しくて、心の底から笑いがこみ上げてくるんです。
幸せでした》
『ーーーだーめ。見つかっちゃうよ? そしたら私たち、もうここに来られなくなるかも……』
『いや、まだ遊びたいの!』
『だったら小さな声で笑いましょ?』
『小さな、声?』
『そう、小さく笑うの』
『……ク、クスッ……クスクス』
『うん! やれば出来るじゃない!』
『ーーーラファエナ、僕は君の方がうるさいと思うんだけど……』
『えっ、あ、ごめんなさい』
『ク、クスクスクス』
メリーは物思いにふける顔をした。きっと、そのお姉さんとお兄さんを思い出しているんだろう。
その顔がとても幸せに満ちていたのを見て、俺はほんの少し……嫉妬した。
《本当に、楽しかったです。
お兄さんは何でも出来て、ある日お姉さんが、嬉しそうに何かを持っているのを見つけました》
ーーーーー
✳︎月✳︎日
お姉さんが何かを持っていた
それなに?
って聞いたら
「お兄ちゃんがくれたの」
って言って、嬉しそうに
てかがみっていうのを
大事そうに持っていた
自分の顔が映るなんて
すごい!!
ーーーーー
《それは、今迄に見たどんな鏡よりも、鮮明に、綺麗に写るんです。私は私が2人いるように思ったものですよ》
「へぇ……」
《そうそう、お姉さんはかくれんぼが上手でした。かくれんぼというより、見つけるのは下手で、隠れるのが上手いんでしたっけ。
私はもちろん、お兄さんだって、お姉さんを見つけることは1度も出来ませんでした。
……そして、ある日ーーー》
今まで楽しそうに話していたメリーの顔に、影がさした。
《ーーーお兄さんとお姉さんは来なくなりました》
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✳︎月✳︎日
さびしいよぉ
なんでもできるお兄さん
かくれんぼが上手なお姉さん
なんで……
いなくなっちゃったの?
ーーーーー
✳︎月✳︎日
今日もこない……
さびしいよぉ
ーーーーー
✳︎月✳︎日
……さびしいよぉ
ーーーーー
✳︎月✳︎日
さびしいよぉ
ーーーーー
✳︎月✳︎日
………
ーーーーー
《なんで来なくなったのか、それは今でも分かりません。多分、これからもずっと。
でもいいんです。だって……》
メリーは俺の方を向いた。
《今はとっても、楽しいですから!》
「楽しい……………か」
《はい! クスクスクス》
「今はって、俺たちがいるからなのか?」
《恥ずかしいですよ。言わせないでください》
「そっか……でも」
だったら、だったらメリー……教えてくれ。どうしてなんだ。
「なんでお前は、泣いてるんだ」