死神、キュルウェルと一緒
◇◇◇◇◇
せっかくの夏休み。俺は何をしようかと思っていた。……そう、思っていた、だ。
いつの間にか、俺は死神としギルドに来ている。
何故?
他にもやりたい事はあるだろう。
例えば寝る。これは大好きだ。
『寝る』という事について、少し考えみよう。
『寝る』。それは至高にして悦楽。
三大欲求にも加わっている、生きる上での人生エリート的存在。
まだ社会の善し悪しを何も知らない赤ん坊でさえ、『寝る』素晴らしさは理解していると思う。邪魔したら怒るから。
……と、もっとまだまだ語れるくらい俺は寝る事はわりと好きだ。
じゃあ尚更、今なんで死神としてこのギルドに来ているのか?
そこが俺は疑問、と同時に、ああやっぱりと納得もする。
何度も言うように俺は死神だ。そして死神は俺だ。
誰でもない、俺自身だ。
◇◇◇◇◇
「という訳で、何かいい依頼はあるか?」
「……何がどういう訳かは知りませんが、死神さん指名の依頼ならありますよ」
「俺指名?」
「はい。厳密には後もう1人ですがーーーこれです」
シルヴィアが自分のポケットから出した依頼を見る。
要約するとこうだ。
・ちょっと名のある盗賊が、エルフを捕まえて奴隷にしているらしい。退治退治。
・キュルウェルと一緒
……要約したとは言ったが、内容的にはどこも間違っていない。つまり、大雑把過ぎる。
「キュルウェルと一緒か……」
「ご不満ですか?」
「まさか」
むしろ嬉しいとさえ思える。Sランク冒険者で親しくなれそうなのはアイツしかいない。
「そうですか。なら後もう少しだけ待っていてください。
恐らく昼前には来ますから」
◇◇◇◇◇
言われた通り、ギルド内で待っていたら、思ったよりも早くキュルウェルは来た。
「どうした死神、機嫌が悪そうだな」
顔を合わせた最初の一言がそれとは思わなかった。
「何故そう思う?」
「威圧が漏れてるぞ」
「ああそうか……実はな、さっき絡まれたんだ。
『お前なんか怖くねー』『ぶっ飛ばしてやる』と言われた」
久しぶりだった。
ギルド内であんなに喧嘩を売ってくるやつなんて、もう無いとすら思っていたのに。
「なんとも命知らずな奴だったんだな。
お前の事を知ってたのかそいつは?」
「知ってた。
だけどそいつ……6歳って言ってたな」
「……」
シルヴィアが言っていたから間違いない。
6歳のちびっ子は、俺も早く冒険者になりたかったらしく、そこで周りの奴らが、
『ははは、死神に勝てたら冒険者になれるかもな』
なんてバカなことを言ったらしく、ちびっ子は涙目で俺に喧嘩を売ってきた。
「それで?」
「俺が声をかけようとしたら、我慢の限界だったらしく、命乞いをしながら号泣したよ」
「そ、それは災難だったな」
「いや、まだここからなんだ。
そのちびっ子の姉かなんだかも出てきて、2人一緒に土下座までされた」
「……」
まさか、声をかけただけで命乞いをされるとは思わなんだ。
周りの視線の痛さ!
シルヴィアの冷たい目が、俺を静かに見ていたよ。
「ま、まあそう気にすることでもなかろう。
俺にもそういう経験はある」
「キュルウェルも?」
「結構頻繁にあるぞ。
今日だって色んな人間に避けられた。少し周りを見れば、こちらを見てコソコソしてたり、俺の顔を見て叫び声を上げたりな」
「ふーん、それって全員女性だったろ」
「よく分かったな?」
キュルウェルに悪気はないんだ。きっと。
◇◇◇◇◇
俺たちは王都を出た。
なんでかって? なんとなくだ。
「それで、どうするんだ死神」
「まずは盗賊にご挨拶をするか」
「ふっ、お前がいると早く終わりそうだな」
早く終わらせるさ。
あんまりエルフと関わりたくないしな……
〜〜〜〜〜
結論、無理。
盗賊にご挨拶。これは普通にクリア。創造魔法でもなんでも使ってボス盗賊その一味を一網打尽。
しかしここで1つ問題。
下っ端が丁度エルフ狩りに出掛けてるという事で、すぐさま向かったんだが、一足遅かったらしく馬車の中にはエルフの気配がする
俺とキュルウェルは気配を消してコソッと様子を伺っている。
「しかし驚いた。
まさか盗賊に協力者がいたとは。……それも魔族とはな」
「関係ない。
さ、任せたぞキュルウェル」
「俺だけか」
「魔族相手じゃ不安か?」
「ふざけるな、Sランクは伊達じゃないんだぞ。
よし分かった。お前はそこで見物してるといい。すぐに終わらせてやる」
キュルウェルは俺の挑発に乗って……る訳じゃないらしい。
油断は見当たらない。しかし余裕がないわけでもない。
適度な緊張感を持ち、肩の力を抜いている。
「お言葉に甘えるよ」
キュルウェルがーー動いた。
◇◇◇◇◇
馬車の中は、エルフが数名。下っ端盗賊数名。そして……魔族が1人。
「いやー! でも流石っすね兄貴!
兄貴のユニークスキルは本当最高っす」
「ふふ……照れますよ。私なんてまだまだです」
「ははっ、ご謙遜を。
魔法が効かないなんて、エルフの野郎ビビってやがる」
下衆た目で、縛り上げられているエルフを盗賊が見る。
エルフは悔し紛れにキッと盗賊を睨んだ。
しかし、それが気に食わなかったのだろう。魔族のやんわりとした注意を聞きながら、ゆっくりと恐怖をあおるようにエルフへ近づき、手を振り上げーーそこから動けなくなった。
「……ん?」
周りの盗賊はそれが見えていたが、理解はできなかった。
急に目の前へ人が現れたと思ったら、次の瞬間仲間が消えて、今度は隣にいる奴が消えて、そして今度は……目の前が真っ暗になった。
〜〜〜〜〜
「ったく、荒いな」
死神は、馬車から吹っ飛ばされてくる盗賊達を縛り上げていた。
皆意識は失っている。
「っ……エルフまで投げた」
今度は意識を失っていないが、何が起きたのか分からないのだろう。フンワリと投げられたキョトンとしている。
死神はそれを魔法で受け止め、縛り上げられている鎖を解いた。
「ふぅー、お手並み拝見だな」
〜〜〜〜〜
キュルウェルは、魔族をじっと睨んでいる。
「貴様余裕だな」
「私が? いえいえ、怖くて体が自由に動けないんですよ」
未だヘラヘラとした態度の魔族を見て、キュルウェルの目つきが鋭くなっていく。
「ふざけた奴だ。
で、何故魔族が賊の手伝いをしている? 」
「そんな怖い顔をしないで下さい。
ーーーいえね、別に手伝いをしているわけではないんです。
エルフっていうのは厄介でして、早めにその芽を摘んでおこうとしただけなんですよ」
「なるほどな。それで魔法が効かないお前が、こうしてエルフ退治をしているわけだ」
「……聞かれてましたか」
ここで魔族の笑みは消える。動きで分かっていたが、目の前の相手はかなり危険だと再認識したらしい。
「どうする? 素直に捕まれば、腕の一本くらいで済むぞ」
「おやおや、優しいんですね。
ですが……それは出来ません!」
背中に隠してあった剣を取り、そのままキュルウェルに飛びかかるが、あっさりと避けられる。
「遅い」
「ふっ、分かってます……よ!」
避けられることは想定済みだったのか、驚きもせず淡々と剣で斬りかかる。
それは魔族らしい力も技も十分な強さだが、キュルウェルにはかすりもしない。
「っ…ふ〜ん……逃げ足が速いんですね〜ぇっ!」
ことごとく避けていたキュルウェルだったが、何か魔族が企んでいることに気づく。
「魔法か!」
「[破爆]」
魔族が行った火魔法の攻撃で、馬車は完全に壊れる。
うまく避けたキュルウェルが、チラッと離れたところにいる死神を見ると……
「頑張れよぉ〜
ほら、お前らも応援しろ」
「「「……」」」
呑気に観戦していた。
周りは結界を張り、エルフが傷つくこともない。
後で一発殴ろう。
そう決意したキュルウェルだった。
「ーーー完全に不意打ちだと思ってたんですけど、流石ですね。
私じゃ敵いそうにありません」
「だったらこれ以上無駄な抵抗は……」
「おっと早とちりはいけませんよ。
確かに私のユニークスキルは、貴方みたいな身体系のスキルと相性が悪い……ですが、そんなもの使わなくても負けはしませんよ」
訝しげに魔族を見るキュルウェル。
魔族はニヤッと薄く笑った後、ポケットから石ころの様な物を取り出した。
「なんだそれは?」
「これはですね、便利ですよぉ〜。
ちょっとココがおかしい科学者が作った石なんですけど、これを体に取り込むだけで、いつもの何倍もの力を……」
満足げに自慢していた魔族だが、あることに気づいた。
ーーー石がなくなっている。
慌ててキュルウェルに視線を戻すと、キュルウェルはつまらなさそうに石を持っていた。
そして、遠慮なくパキッと壊す。
「なっ……どうやって……」
「なに、ちょっと俺のスキルを見せただけだ」
「そ、それにしたって……」
速すぎる。
「ふー……何か勘違いしているようだから言わせてもらうぞ。
お前はさっき俺の事を、身体系のスキルだとかなんとか言っていたが、おかしな話だ。
俺はまだ、1度もスキルなど使っていなかったというのに」
「なにっ……それなのにあの速さだったのですか。
いやはやーー恐ろしい」
魔族は目にも留まらぬ攻撃をキュルウェルからくらった。
いや、実際にエルフには見えなかった。何が起きたのか、さっぱり分からなかった。
◇◇◇◇◇
ポカーンとしていたエルフは無事に送り届け、既に奴隷となっていたエルフも正式に買い取り送り届け、既に売られたエルフは、ちゃんちゃらおかしな事に、買った貴族どもが自分からそのエルフを手放し、それも無事に送り届けた。
何故貴族がそんなことをしたのか、簡単に言えば、魔法って凄(怖)い。
「これで殺気立ってたエルフもなんとか収まり、魔族も地下に拘束。
めでたしめでたし、だな」
「何がめでたしだ。どこもめでたくなどない。
魔族だぞ、魔族がいたんだ。これがどういう事なのかお前も分かるだろう」
「魔王が出たって?」
「その可能性は高い。むしろ、その可能性しか浮かばない」
キュルウェルは心配性だ。……魔王は実際にいたけど。
「なんにせよ、これで依頼は成功だ。
今回は凄かったなぁキュルウェル。
思ったより速かった」
「お前に言われるとムカつくからやめろ」
非道い言われよう。
もしやキュルウェルは俺の事が嫌いなのか?
「……ま、偶には一緒に依頼を受けてもいいがな」
「え、何か言った?」
「ふん、俺は帰るぞ」
「そ、そっか……じゃあな」
……もちろん聞こえてました。ごちそうさまです。