なーんだ
◇◇◇◇◇土曜日
「……それで?」
「そのー、なんとか出来ないかなー……と。
やっぱり無理ですよね?」
「いや、無理というか……」
正直なところ、嫌だ。
ステラから、死神をイリアに見せてくれと言われたが、死神は物じゃないんだぞ。
あれは『俺』だ。紛れも無い偽り無しの『俺』だ。
じゃあ死神じゃない俺は? そう聞かれたら、こう答える。
これも『俺』だ。紛れも無いとは言い難い、偽りこそないものの純粋とは言い切れない。だが『俺』だ。
こんなにも死神の事を気にしだしたのは、最近かもしれない。
が、素顔を隠しているからこそ、俺が心をさらけ出せるという皮肉。しかし、それが人間というものだろう。……俺もまだ、それでいれるらしい。
「ごめんなさい、迷惑でしたよね……」
しかし、しかしだ。いくら嫌だとは言え、こんな目をした後輩の頼み事を断れるか?
否!
俺には無理だ。そんな事出来やしない。
「……明日な」
「え?」
「明日の日曜日ギルドだ。そこで会おう」
「せ、先輩!」
ステラは嬉しそうな顔をして俺に……抱きつきはしなかった。
途中までその素振りをして止めたものだから、ステラ自身照れてるというか申し訳なさそうというか、とにかく変な顔をしている。
「どうした?」
「いえ! な、何でもありません!
……ただ、何となく恥ずかしいなぁと思っちゃいまして。……イリーを見てから」
「ああ……」
なるほど。これが反面教師というやつか。ステラは大人になったんだ。
あれだな、今の俺の感情は、こう……娘が彼氏を連れてきたのと似ている(知らないが)。悲しくもあり、ほんのり嬉しくもあり、やっぱりやるせない気持ちにもなる。
「せ、先輩」
「ん?」
中途半端な笑みを浮かべながら、じっと立ち尽くしていたステラが、どういう訳か右手を差し出してきた。
「あ、握手ですよ。
お礼とか、そんな感じです!」
「何じゃそりゃ……でも、ま、どういたしまして」
「あっ……」
このまま何もしないというのもあれなので、大人しく握手をする事にした。
ーーーさて、後から来た方がいいのか、先にギルドにいたらいいのか、どうしよう?
◇◇◇◇日曜日
ギルドは、しーんとなっていた。
いつもは何かと賑わっておる(うるさい)が、そんな面影は一切感じられない。
理由は明白、死神だ。
『おいおい、久しぶり現れたと思ったら、何ジーっとしてんだよ?』
『知るか、俺に聞くんじゃねえ』
『だってだってお前、怖いぜぇあれ』
『……ん、俺もそう思う。
心なしか不機嫌そうだしな』
新人から一人前の冒険者まで、皆が不思議に思っている。
新人は先輩から話を聞いて、先輩はその目で見てきた。
死神は依頼を受付嬢に持っていくと、すぐに外に出て、その数十分後には依頼達成を伝えてくる。受付嬢、といってともシルヴィアだけだが、二言三言話すとすぐに帰っていく。それほどギルドに留まることはなく、だから今日は不自然なのだ。
『待ち合わせかな?』
『いやいや、死神がチーム組んだことなんて一度もあったか?
いやない。
もしそんな事が起きたら、俺は死神とチームを組んでる奴の頭を確かめるね。きっと正常じゃない』
『そっか……じゃあ何してるんだ?』
『だから知らねえって!
ーーーほら、シルヴィアちゃんと何か話しだしたぞ。聞き耳でもなんでもたてやがれ』
『死神の言葉は聞こえねえって、有名だろ。
シルヴィアちゃんの声だって聞こえねえんだから、魔法でも使ってんだろうよ』
『じゃあ本人に聞け』
『……酒、飲むか』
『賢い選択だな』
周りが色々な憶測を立てる中、呑気に死神とシルヴィアは話している。
「今日は一体どうしたんですか?」
「待ち合わせをしてるんだ。会わなきゃいけない奴がいてな」
「それって、学園の方なのですか?
珍しいですね。死神さんがそんな事をするなんて」
「……そっか」
死神はそっけなくを返事をする。不機嫌、というのは間違ってないのかもしれない。
そんな死神の心をある程度は理解したのか、シルヴィアが呆れた表情をする。
「嫌なら嫌と言えばよかったんですよ」
「まさか! 罪悪感で俺を殺す気か? 馬鹿も休み休み言ってくれ」
「いや馬鹿って……私案外まともな事を言ったつもりなんですが」
「と に か く 断るというのは無理だったんだ。察してくれ、シルヴィアだろ」
「私を何だと思っているんですか……」
死神は、自分でもかなり無茶なことを言っていると気付き、かすかな自己嫌悪を最後に口をつぐむ。
ーーーと、その時、彼奴等は現れた。
『ーーーちょっと落ち着いてイリー!』
『無理、とだけ言っておきましょう。話せるのよね? そうなのよね? なら落ち着けなんて高等技術が出来るわけないでしょ。それくらい察して、ステラでしょ』
ガチャ
ーーーギルドに入ってきたのは、女の子2人。冒険者はその容姿に1度は目を向けるものの、興味が失せたように視線を戻す。
美人ならシルヴィアがいるし、珍しいとはいえ女がギルドに来ることだってある。
だが、次の瞬間自分の耳を疑うことになった。
「あっ……本当なのね!」
「だからそうだって言ったよ。
恥ずかしいからあんまりはしゃがないで。死神さんは逃げも隠れもしないから」
興味が失せたはずの冒険者達は、またステラとイリアを見る。
『『『……死神?』』』
一瞬あれ? となるが、ああ、憧れてるから見に来た。みたいなやつか、となり……
「ああ、やっと……やっと……死神に話せるのね」
『『『っ!?』』』
一同驚愕する。
『死神に話しかけるだと!? なんて恐ろしいことを口にしやがる!』
『正気かよ……普通無理だろ?』
『ああ無理だ。
ったく、なんなんだ一体。何者だよアイツ』
冒険者達が騒ぎを取り戻したところで、ここで死神もマズイと勘づく。
ギルドに待ち合わせはヤバかった、と。
しかし、もう時遅く、感極まったイリアは猛ダッシュで死神に駆け寄る。
そして、あろうことか手を広げて地を強く蹴り、いわゆる死神に抱きつこうとしたところで……
(くっ、転移!)
死神とイリアとステラはその場から消えた。
周りに生物がいない所、で死神が場所を設定して転移したのだ。
……残った冒険者達は
『『『……酒飲むか』』』
賢い選択をとった。
◇◇◇◇◇
「ぐふっ」
「キャー!!」
転移した先で、死神は暴走したイリアに抱きつかれてしまった。判断に迷ってしまい、避けるに避けられなかったのだ。
「え、ここは……って、イリー! ぶたれちゃうよ!」
「キャー!キャー! ……あ、シンラ先輩?」
「「……え」」
死神の事をよく知るステラは、抱きついたらどうなるかをよく理解しており、暴走したイリアを止めようとしたら、死神でさえ呆気にとられたセリフを放った。
「この骨格…………微かに香る香ばしい匂い………そして目の色…………紛れもなくシンラ先輩!」
死神は平然としていたが、ステラはもう訳がわからない。
死神(もしかしてと思っていたが、やっぱりイリアは気付いていたな。普段からそんな気はしてたが、今日で確信を得たというところか。
そういえば金曜日の夜に変な事を言っていたな。あれは今日の事を予測していたからなのか……)
ステラ(目は分かる。綺麗だもん、私にだって分かる。
でも骨格って何? 香ばしい匂い?
なんて……なんて次元が違う言葉!)
「……っていうか降りろ」
「痛いっ」
死神はそっけなくイリアを地面にはたき落とした。
イテテと尻餅をついたイリアに、我に返ったステラが歩み寄る。
「どういう事? イリーは知ってたの?」
「え……まあ気づかない方がマヌケよね。共通点はかなりあるし、目はつけてたわよ。
そ れ に、貴女分かりやすいのよ。バレないかなぁって顔に書いてたわ」
「え〜、じゃあ私が必死になって先輩にお願いした理由ってなかったんじゃ……」
「そんな事ないわよ。
そうかもしれないってだけで、確信はなかったし。実際に会えたことは大事だった。
だから…その……ありがとうステラ。
今日の事がって訳じゃないけど、純粋に貴女と友達になれた事は、楽しくもあり嬉しかったわ」
「あ、うん……どういたしまして。……でも、私なんだか疲れちゃった……握手でいいかな?」
「……何故?」
◇◇◇◇◇おまけ
バレてるなら死神じゃなくていいか。
そう思った死神は、マイホームへ帰ることにした。
そこで、ステラの視界にあるものが映った。
「先輩、あそこ、人の骨がありますよ」
「ん? ……ああ、あれは罪人。
ああなって当然の屑だったという事だ」
「ふーん?」
よく分かっていないステラだったが、次の瞬間は死神の転移によって消え、その疑問が解消されることはなかった。
ーーー風が吹く。
周りには何もない。植物すら生えていない。あるのは申し訳程度の石ころ。
しかし、そんな石ころに紛れ、人骨が3人ほどあった。
不思議なことに、一体どんな死に方をしたのか、それが骨だと分かったのは頭蓋骨と脊髄があったから。その他の、手や足といった骨は無く、見てるこっちが虚しくなってくる。
ーーー空では雲が巡り、時間の尊さが知れた。