孤児院と別れ
◇◇◇◇◇
今は春休み、俺は(依頼ではなく、俺の格好は死神ではない)孤児院についた。
なんとなーく、初めて来た頃を思い出す。
見た目こそ立派ではないものの、どこか暖かみを感じてたんだった。その時は分からなかったが、今ならわかる。
あそこには院長先生がいて、ちびっ子達がいて、だからこそ暖かいんだ。暖かいから、俺は多分……この孤児院を好きになったんだ。
「シンラさ〜ん!」
声のする方を向くと、孤児院の中からステラが飛び出してきた。
昔は真っ先に院長先生が来ていたんだが、いつの日かステラが1番になっていた。
ステラはスピードを緩めることなく、俺の体に抱きつく、というより突進をしてくる。
「っ……ステラ、今日は話があってきたんだから、ちょっと離れて……」
「話?」
「ああ、院長先生はいるか?」
「院長先生?
今は多分……こっち!」
ピシッと、院長先生がいるであろう場所を指差すステラ。
だが……
「降りてくれない?」
「やだ」
◇◇◇◇◇
ステラの指示通りに動くと、直ぐに院長先生は見つかった。
こちらを見てクスクスと笑っていたのは、俺の背中にステラがまだいるからだろう。
俺は院長先生に話があります。というと、院長先生の部屋に連れてこられた。
「ーーーそれで、お話とは?」
「はい、ステラの学園の事なんですが……」
「行く! 行くよ絶対!
シンラさん、ううんシンラ先輩!!」
せ、先輩!? ……いい響きだ。
「分かってる分かってる。それでな、ここから学園はちょっと遠いだろ?
だからステラは俺の家に来ないか、という話なんだが」
俺がそう言うと、ステラはピタリと動かなくなった。
顔は若干ひきつり、目が少し泳いでいる。
「せ、先輩の、家?」
「ああ、まさか嫌だったか? なら……」
「ううん! 嫌じゃない! 全然嫌じゃないんだよ!
だ、だけど……」
チラリと院長先生の方を向くステラ。
ここにきて俺もステラの考えいる事を理解する。
院長先生はというと、終始ニコニコ顏だ。
「どうしたのステラ?」
「ふぇっ…とっ……別に、何でもないよ?」
「だったら言えばいいのよ。
行きたい、と。
ただその一言を言うだけでいいのよ、簡単でしょ?」
「で、でも……」
ステラは困っている。意味もなくてをアタフタさせて、冬でもないのにタラリと汗をかいている。
院長先生はニコニコ顏。だけど、そこには見えない迫力があった。
「どうしたのステラ?」
再び、院長先生は同じ質問を繰り返すが、ステラは今にも泣きそうな顔をするだけ。
「わ、私は……」
「離れるのだけは嫌、なんじゃないの?」
「っ!」
「これは離れるどころか、もっと近づくチャンスよステラ。
私の事はいいのよ。貴女は今までよくやってくれた。
ラルフも、お兄ちゃんっていう意識が出てきたし、
ステラが行きたいなら、シンラさんがいいと言ってくれてるのなら、
私からは何も言うことなんてないわ」
「院長先生……」
「……どうしたの、ステラ?」
「わ、私行くよ! それで、頑張るから! いっぱい頑張るから!
ありがとう院長先生! ……だから、えっと、準備! 私、準備してくる!!」
ガチャバタンッッ!!
何かに耐えられなくなったのか、ステラのは逃げるように部屋を飛び出した。
俺にはステラと院長先生の交わす話に分からないことがあったが、それきっと大事なことなのだろう。
「……寂しくなるわね」
「あー……それは、なんか、すいませんでした」
「ふふ、そこは謝るところじゃないのよ。
それにしてもシンラさん、貴方はやっぱり、ずるい人ね」
「?」
何か含みを持った言い方だ。
でも、やっぱり院長先生も寂しいだよな。いや当たり前だ。
でも、俺としては案の1つに、こことマイホームを空間的に繋げる、というのがあったが……雰囲気が言わせてくれなかった。
「何をそんなに変な顔をしているの?」
「変な顔って……」
「何でもいいけど、もうすぐステラがくるわ」
ガチャバタンッッ!!
「準備! 出来た!」
気配を察知なんて出来ない院長先生。なのに、こんな早くステラが来る、という事を予想していた。もはや予知していた……敵いそうにないな。
「ステラ、ちゃんとみんなにお別れをしないとダメよ?」
「そ、そうだった!」
ガチャバタンッッ!!
「あ、慌ただしいですね」
「それだけ嬉しいということね。
ーーーシンラさん、ステラの事を、よろしくお願いしますね」
「はい、もちろんです」
この後、ちびっ子達の泣きの合唱をバックに、俺はステラとマイホームに向かった。
◇◇◇◇◇
「へ〜! ここが先輩の家ですか〜!
今は誰が住んでいるんでしたっけ?」
「えっと、俺と妹と義妹と幼馴染と王女と努力家と幽霊」
「よ、よく分からないけど、多分きっと女性なんだよね。しかも、美人」
この少ない情報でそれが分かっただなんて、お前はどこのシャーロックだ。
「とりあえず中に入ろう。
ステラの部屋を決めないとな」
「はい!」
〜〜〜〜〜
「うわ〜!これは、うわ〜!」
「それは冷蔵庫」
「こ、これは〜!」
「ただの本棚」
「こっちも〜!」
「普通の椅子に普通の机。
なぁ、もういいだろ? 後は自分で調べてくれ」
「でもこれなんて、とってもフカフカですよ! 先輩もこっち来てください!」
「俺が創ったんだから、フカフカなんて知ってるよ……」
「いいから、いいから」
「おいそんなに引っ張るな……って、うおっ!」
俺はバランスを崩してしまい、ステラとベッドの上に倒れこんでしまう。
……視線の下、俺の影が揺らいだのは、気のせいじゃない。しっかりと兆候もあったし、つまり……というか今はそんなの関係ない。
このままじゃ、俺がステラを襲ってるみたいだ。
「悪いステラ。今すぐ離れて……おい?」
俺はステラから離れようとしたのだが、そのステラが俺の首をガシッと掴んだ。
「先輩……」
「ステラ、いやステラさん? なんかおかしいぞー、大丈夫かー?」
目、目が怖い怖い。
なんだその獣の目は? 俺獲物? 美味しくない、人間美味しくないからな!
ガチャ
「ここにいましたかお兄…様」
「ファナ、いやファナさん……」
目、こっちも目が怖かった。
〜〜〜〜〜
「す、すいませんでしたティファナさん!
あれは、その、なんというか……すいませんでした!」
「……ステラ、でいいのかしら?」
「はぃぃ!」
「そう……ステラ、別に気にしなくていいのよ。私はもう怒ってないから。
あれは事故だったんでしょう? ねえお兄様、あれは事故だったのでしょう?」
「お、おう、嘘偽りなく事故だった」
「なら、私から言うことは何もありません。
ステラ、今日からよろしくね」
「は、はい! ええと、ティファナ先輩!」
「せ、先輩!?……いい響き」
どうやら、ステラはファナと仲良くなれたようだ。
ハ、ハハハ……めでたしめでたし、だな。
◇◇◇◇◇おまけ
その夜。
「ファナ!?
俺が入ってるのになんで……」
「まあお兄様、これは事故ですよ。嘘偽りなく……ね」
「なっ……!?」
ーーーめでたし、めでたし。