わっ、私をそのへんのママと一緒にしないでよねっ!!
「ねえ、なんで夏って暑いの?」
ついに来たか。子供を持つ親なら誰もが経験すると言われている、子供からのなんでなんで攻撃。先輩ママもほとほと手を焼いたと聞いた。
しかし、かの発明王、ニュートンの母親は学校をやめさせてまでその問にとことん付き合ったと聞く、そうして偉大な発明王は誕生したのである。ん?ニュートンだっけ??
と、とにかく、私はそこいらのママとは違うのだ。たかが三歳児の質問に答えられないはずがないじゃん。バッカじゃないの!すべての質問に見事答えあげ、この子を立派な大人に育ててあげようじゃないの。そしてゆくゆくは……。ふふふ。
「ねえ、なんで夏って暑いの?ねえ、なんで?」
おっと、まだ息子の質問にまだ答えていなかったわね。ごめんなさいね。
「う、うん。いいところに気がついたわね。さすがママの息子ね」
決して焦ってはいけない。相手は三歳児である。あまり専門的な言葉は使わず、簡潔にできるだけ分かりやすく、あくまでも子供の目線で。
私はしゃがんで子供と目線を合わせ、優しく答える。
「その質問に答えるには、まず、地球と太陽の姿から話さなければいけないわね。そうね、地球の姿というのは、ええと、そう、そこにあるビー玉のような球形をしているの。そして、太陽も、そう、そこにあるサッカーボールのような大きさね。このビー玉である地球は一年という月日を経て、サッカーボールである太陽の周りを回っているわ。これを公転っていうのね。ここまでは分かる?」
息子はきょとんとした顔で頷き、二つの玉を見ながら私の次の言葉を待っている。
少し三歳児には難しかったか。しかし、曖昧な表現でごまかさず、きちんと真実を伝える。それも親の役目。ここは一番の難関だが、ここを理解できれば宇宙の真実に近づくことができるわ。頑張れ。
「いい?太陽の周りを回っている地球は、これもまた自分で回っているわ。これを自転っていうの。この自転の中心となる地軸は公転軸に対する垂直方向から23.4度傾いて回っているわ。あなたが住んでいる日本はここね。ここが夏の地球の位置、ここが冬の地球の位置として、この地軸の傾きが日本における春夏秋冬の寒暖の差をもたらすのよ。分かった?」
ふっ。我ながら完璧な回答ではないか。これで宇宙の神秘の半分は理解できたはず。
私をそのへんのママと一緒にしないでよね!
「ふーん……」
息子は感心したようにビー玉をじっと見つめている。まだこの子には地球が球体だということは信じられないのかもしれない。でもエジソンが初めて地動説を唱えたころの学者も始めは信じられなかったはず。だから、あなたが決して劣っているわけではないわ。私が時間をかけて全ての質問に答えてあげるからね。
しばらくして息子は口を開いた。
「ねえ。なんでビー玉って丸いの?」
ふっ、そう来ましたか。ビー玉が丸い理由。それぐらいの質問でこのママがたじろぐとでも。
「いい?ビー玉っていうのは、溶けかけたガラスを板の上で転がしながらつくるの。あなたが泥団子を作るときも、手の平で転がしながらつくるでしょう?ああいう風に物体に均等に圧力をかけていくことで物体は球形を形作っていくのよ」
「ふーん……」
どうやら納得したようだ。
「じゃあなんでビー玉っていうの?」
ビ、ビー玉の起源??ヤバイ、そんなの知らないわよっ。しかし、ここでたじろいでいては良いママとは言えない。ここはウイットに富んだ返しでごまかさないとっ。
「むっ、昔むかしにね。ビー玉戦隊ビーダマンっていうヒーローがいたの。ビーダマンは悪者を倒すため、色々な技を試していたの。そうして出来上がったのがこのビー玉による攻撃よ。何よりも強力なビー玉アタックで。見事世界平和を実現したのよ。それ以降、ビーダマンの武器ということで、ビー玉というようになったの」
「ふーん……」
どうやら納得したようだ。少々焦ったが、まあ及第点といったところか。ま、まあ納得したから良しとしよう。あくまでもここを乗り切るための緊急措置よ。わっ、私をそのへんのママと一緒にしないでよねっ。
でもビー玉の起源、調べておこうっと。
ブーーーーーン!!
その時、空の上から飛行機の飛ぶ音が聞こえた。
「ねえ、なんで飛行機って空飛ぶの?」
「飛行機はね。イカロスっていう人が発明した主翼によって揚力を生じさせ、空を飛ぶことができるのよ。でもイカロスは太陽に近づきすぎて死んでしまったの。だからあなたが空を飛ぶときには気をつけようね」
「うん!!」
どうやら納得したようだ。もはや何を言っているのか自分でも理解不能だが、もうどうでもいい。とにかく今をのりきらなければ。
しかし、こいつはわざと意地悪な質問をしているのだろうか?可愛い我が子がだんだん悪魔のように見えてきた。
そして悪魔の子は私の心を見透かしたかのようにニヤリと笑みを浮かべながら次の質問を発した。
「ねぇ、イカロスってだあれ?」
「ひっ、飛行機を発明した偉大な研究者よ。さっき言ったでしょ」
「じゃあ、なんで飛行機っていうの?」
「飛ぶことを飛行するともいうの。だから空を飛ぶ機械ということで飛行機っていうのよ」
「じゃあ、なんで太陽は空を飛んでるの?」
「あ、あれは飛んでるんじゃなくて、浮いているのよっ」
「じゃあなんで浮いてるの?」
「さあ、なんでかなぁ。そっ、そうだ!パパが帰ったら聞いてみようか?あはは」
私の額から汗が滴り落ちる。あのバカっ、どこで油売ってんのよっ!!
「ねえ、なんで汗かいてるの?」
「あっ、暑いからよっ」
「なんで暑いの?」
「なっ、夏だからでしょっ!!」
「なんで夏は暑いの?」
無限に続くループ。もはや戦意を喪失してしまった私には抗う術などない。
しかし、死者に鞭打つかのように、それでも攻撃の手は緩まない。
「ねえ、なんで、なんで?ねえ、なんで????」
「……え…」
「ねえ、ねえ。ねえってばぁ!マーマ!」
「知りませんっ!!!」
ああ、「偉大なる発明王の育成計画」初日にして挫折。