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迫られる決断(わかれ)

フロア4.迫られる決断わかれ


 研耶とリリックとの間に一悶着あってから早二日、夏の太陽は地平の彼方で眠りに入り、外はすっかり夜の闇に染まっている。

 ちゃぶ台にだらりと体を預け、久住は一人、ぼんやりとモンスターを狩猟していた。

「……やっぱり俺はHD画質派だな。……上棘でねぇな。……うわ二死した」

 久住は人に自慢できるほどゲームが好きだが、人に自慢できるほどゲームが上手いと思ったことは一度もない。しかし、それを念頭に置いたとしても、今日の久住のプレイは明らかに精細を欠いていた。身が入っていないのだ。モンスターに対する位置取りより、とあることで頭がいっぱいだった。

 それは、砂時計の使い魔が持ってきた久住宛ての手紙である。砂時計が自発的に久住の前に現れたのは、珍しいというか、初めてのことだった。

 今朝洗濯物を干しに庭先に出ていた時のことだ。目の前に現れた砂時計は、頭に封筒を乗せていた。見覚えのある封筒だったので差出人はすぐに分かったが、それを敢えて久住の前に持ってくる理由はさっぱり分からなかった。

「もしかして俺に?」と尋ねると、砂時計は頷くように縦に動いたので、久住は番犬から骨を取るオモチャと相対したような気持ちで、そっと手に取った。砂時計はすぐに消えていった。

 中身は六枚綴りの便箋だった。内五枚は、大方の期待を裏切らない紙の無駄が延々続くので中略させていただくが、最後まで娘の自慢が続くと思われた六枚目にはこう書かれていた。

『――長くなってしまったが、本題に入る。以降の文言は全て他言無用である。

 此度のしきたり、半ば強引に巻き込まれた久住陽一、貴殿はどう感じているのだろう? 想像するに、中々どうして洒落たホームステイだと、あるいはかけがえのない出会いに感謝したいと思っていることだろう。だが、もしも万が一、真逆の感情を募らせているのなら、この便箋が活路となることをここに記しておく。

 貴殿の血判を契約の紋章に印せ。さすればしきたりを中止し、リリックを送還する。同時に貴殿を解放し、かつての平穏を贈ることを家名と誇りにかけて誓う。

 貴殿には選択する権利がある。うたかたの絆のために負い目を感じることは何もない。リリックにはもう一度、別の機会が与えられるのだから。

 なお、この書面は自動的に消滅する。 ロックロット・ローゼンタール』

 次の瞬間、封筒と便箋はまるで枯葉のようにボロボロに崩れ去り、久住の手の中には、コウモリの紋章が描かれた小さな紙切れ、契約の紋章だけが残されたのだった――

 ふと我に返ると、ゲーム内の久住は三度目の失態を迎えていた。

 クエスト失敗の悲愴的なBGMが癪なので、ゲームには少し眠ってもらう。ほぐすように体を伸ばし、そのままごろりと仰向けになる――ポケットの中の紋章を意識しながら。

 日増しに膨らむごく近い未来への不安。独り身の時より嵩む光熱費、水道代。食費の面では魔界産カップラーメンの援助があったが、そのラーメンのせいで久住家への魔者疑惑が確信めいてしまったことを忘れてはいけない。理由はいくらでもある。心の葛藤を表す脳内の天使と悪魔さえも、手を取り合って「血判! 血判!」とラブコールだ――

 ……なのに、押さない。なぜか、押せない。 

 久住は自分の手を見る。自分で自分が信じられなかった

「あと少し……、だからか?」

 封筒を運んできた時、砂が僅か四分の一にまで減っていたのを久住は見た。これまでの案配から推測するに、しきたりの期間はあと三日前後だ。

 残り三日。たったの三日。月曜祝日の三連休だと思えば三日なんて一瞬じゃないか。決別に踏み切れないのは、乗り掛かった舟だからだ。ここまでずっと協力してきたからだ。うたかたの絆だとかロックロットは言っていたが、一喜一憂を分かち合ってきたのだから、少しは親身になったっておかしくはないと思うのだ。

 ……でも。だからこそ、決断の時なのではないだろうか……?

 リリックの正体こそバレていないものの、もういつYUSYAがお礼参りにきてもおかしくない。もししきたりが失敗してしまったら、アイツは路頭に迷うことになる――

「――って、なんでアイツの心配てんだ!? あんなヤツは二の次でいいんだよ!」

 そうだ。リリックが魔者だと知れれば、久住は強制退去にされるのだ。我が身を心配しろよ俺! 変に突っかかってよりにもよって研耶にラーメンを見せ付けやがって、俺まで入っちまう墓穴を掘るんじゃねえよ! ……でもまぁ、その突っかかった理由ってのがまた、くすぐったい気持ちになるというかなんというか――

「――だから、そういうのがおかしいんだって! あああ、もうどうかしてるよ俺!」

 グチャグチャと髪を掻きむしったその時、ヘタクソな鼻歌が廊下から聞こえてきた。

「はんはははーん♪ あー、いいお湯だったわ。……あれ、ゲームは順番待ち?」

 トコトコとリリックが畳を歩いてくる。動揺が顔に出てしまいそうだったので、背中を向けたまま久住は答えた。

「あい、いや! つ、使っていいぞ」

 三回深呼吸。ハンバーガー屋の店員のようなゼロ円スマイルを張り付け、振り返った。

「く、クラゲ達も一緒じゃなかったっけか――ってバカヤロウ!!」

 久住は怒鳴った。そこにいたリリックは、バスタオル一枚なのだった。

 目のやり場に困る。というか、やり場がない。

「っさいわね大声出さないでよ。クラちゃんと銀ちゃんが長風呂我慢対決始めて、共倒れよ。銅ちゃんも付き合って涼んでんの。んじゃ、ゲームゲーム――」

「服着てからにしろ! どんだけやりてーんだよはしたない女だな!」

 久住の頭の中で理性と本能の聖戦が繰り広げているとも知らずに、はしたないリリックは、カチッ。旧世代ゲームに火を入れ、ストンとテレビの前に座る。よりによってチラ度Sの体育座りで。……おい、ちゃんと、はいてるよな? ゴクリ。

「……別に、……いつもの服だって、……大差ない露出じゃない」

 その意見には概ね同意だったが、立ち昇る湯気とか、しっとりした肌とか、その、き、際どい太ももとか――

「……どーしたのよ? ……急にそわそわしちゃって」

 久住は「いいえ別に」とシラを切ったが、リリックのゲームの片手間のずさんな観察でさえ、チラチラと生足のご機嫌をうかがっていることは筒抜けだった。

 リリックの顔にサッと紅が差した。

「こっ、このエロバカマキリ! どさくさ紛れにどこ見てんのよ! 張り倒すわよ!」

「だ、だから服着ろって言っただろ! いくらお前でもバスタオル姿は目に毒だろが!」

「保養って言いなさいよね、目の保養って!」 

 譲れない部分だけは言い返し、リリック一時撤収。

 数分後、いつものワンピースで戻ってきたリリックは、風呂上りの熱が篭っているようにまだ顔だけ赤らめていた。久住はそれとなく伏し目がちになる。

 どかり。意地を匂わせる体育座りで再びテレビの前を陣取ったリリックは、コントローラを手に取ると思いきや、ギクシャクと話しかけてきた。

「よ、ヨーイチ。……あの足湯女、また来るかしら?」

 ついに足湯呼ばわりだった。

「どうだろ……。なぜかけにゃさん、前々から俺を付け狙ってるから」

 久住は外人のように肩をすくめ、冗談めかして笑いを誘った。

 しかしリリックは、どこか恥ずかしそうに、それでいてどことなく淋しそうに、俯き加減で畳に指で「○」の字を描きながら、

「……次に足湯とかYUSHAの連中が来た時は、今までよりもずっと、誤魔化すのが難しいと思うのよ……。だからね、私、そうなる前に、ヨーイチに大事な話が――」

 リリックがゆっくりと畳から顔を上げたまさにその時だった。二つの肌色と、半拍遅れて一つの水色が、部屋の中へ飛び混んできた。

「おねーさん! アタシ! アタシの方が僅差で勝ってたよね! ね!?」

「……いいや、リーダーは嘘つき。私の勝ち。そうでしょおねーさん?」

「あの、あの、お二人ともすっぽんぽんですので、お洋服着てくださいですのでーっ!」

 リリックの頭上をいがみ合いながらぶんぶん飛び回る海月と銀。二人のスモックを抱え、必死に仲裁を試みる銅の不憫さったらない。

 ちなみに久住は妖精のほかほかの裸体にはなんの感情も持ち合わせなかった。立ち昇る湯気もしっとりした肌も、マヨネーズ会社の人形みたいな裸の前には無効らしい。それでも、一応気を遣ってダイニングへ移る久住は紳士的だ。

 しかし、ガラガラガラ。リリックはすぐ久住の後を追ってきた。

「もう決着ついたのか?」

「またのぼせがぶり返したみたい。しばらく安静にしてるって」

 本当のところ隣の居間では、海月と銀はリリックにでっかいタンコブを貰って気絶し、銅が合掌しているのだった。

「のぼせってぶり返すもんだったか? ……構わないけどさ」

 久住は修理&改造により新旧合体版として復活を遂げたレンジの扉を開けながら言った。炊飯ジャーもトースターも帰ってきて、キッチンにも活気が戻ってきた。

「そういえばお前、さっきなんか言いかけてなかったか?」

「え? あー……、そうだったかしら? 気のせいよ」リリックは否定した。

 何か言いかけてはやめる。ここ最近、リリックとはそんなやり取りがやけに多くなった。胸元もスカスカなのに、頭までスカスカになってしまったのだろうか。可哀想に。

「それんなことより、夕飯なのね!? そうなのね!?」

 オーオー、ピラフ! オーオー、ピラフ! リリックの奇妙なエールに乗っかって、久住は冷凍庫からチンするピラフを取り出した。

「ブラボー!」

 と思ったが、不良在庫を思い出し、久住はピラフを魔界ラーメンに持ち替えた。

「責任仕入れ制な」

「ふざけんな死ね!」

 だってこれマズすぎよ! バカなんじゃないの!? 死ぬんじゃないの!? スコールのような大ブーイングを軽く聞き流し、久住は廊下への扉へ向かう。

「そもそもヨーイチは私の食事をもっと尊重――って、どこ行く気よ! 話の途中よ!」

「風呂入ってくる。自分で作って食え」

「あーそう勝手にすればアンタなんてバスタブで滑って転んで頭打ってそのまま溺れちゃえばいいのよこのエロバカマ――」

 バタン。勝手にします。

 久住家はダイニングから廊下に出てすぐ向かいが洗面所兼脱衣所になっている。ちなみにトイレはそのすぐ右隣だ。そうそう、トイレといえば、トイレットペーパーの買い出しに行かないと。あ、ペーパーといえば――

 ……血判の件は、ひとまず保留だな。

 そんなことを考えながら脱衣所に入った久住は、

「……………………………………………………?」

 一旦脱衣所を出て、戸を閉めた。

 仕切り直す。今度は指一本が入るくらいの隙間を開け、覗き見た。

 再び閉めた。

 叫んだ。

「うわああああぁぁぁぁあああああーーーーーッッッッ!!」

 ただならぬ声を聞きつけて、リリックとジャーナリストがやってきた。

「ヨーイチ!」、「おにーさん!」

 リリックが心配そうに駆け寄る。海月が嬉しそうに一眼レフを構える。

 どうしたのどうしたの、と質問攻めにされる久住は、生まれたての小鹿のようにプルプルした腕で脱衣所を指差した。

 そこかぁっ、とリリックが引き戸を開け放った。

 ――そこに広がる空間は、尋常ではなかった。

 学校の体育館くらいあろうかという空間に、石畳がびっしりと敷き詰められていた。周囲は城壁のような石の壁に囲われ、ヘンテコな彫像や白い石柱が何本もそそり立っている。まるで神殿だ。石柱に沿って顔を上げていくと、不思議なことに天井には夜空。あまねく広がる濃紺の空に、煌びやかな星々が余すところなくちりばめられている。

 一同は石畳へと足を踏み入れた。そこは数歩前と違ってムシムシと暑くもなければ、かといって寒いわけでもない。明るくもなければ暗くもない。まるでここだけ世界と繋がりを切られ、独立宣言したかのようだった。

 カシャリとカメラが鳴った。振り返ると、揃いも揃って妖精達は顔面崩壊を起こしていた。心ここにあらずだ。その小さな体で受け止めるには、あまりにスケールのデカい光景だったのだろう。それでも、カシャリ。魂が旅立った顔で、ファインダーも覗かず、しかし海月は虚空に向けてシャッターを切り続けていた。

 見上げたプロ根性だが、今はそれどころじゃあない。滅多にない見せ場もさらりと流されてしまうところが、海月がクラゲたる所以である。

「……これは、……どう、……なってるわけなんだ?」

 残り少ない歯磨き粉を無理矢理絞りだすかのような声で久住はつぶやいた。

 それは「問い」というより、「時間稼ぎ」だった。声に出すことで、深刻に考えている風を装っているだけ。この空間の出現理由にも存在理由にも興味はない。こうしているうちに、霧のように消えてくれればいいのだ。ただ春の夜の夢のごとく……。

「これは『悪魔の迷宮ダンジョン』ね」

 だが、一瞬で「問い」の答えが返ってきてしまった。

「ダン、ジョン?」

 久住がすがりつくように聞き返すと、リリックは鼻の穴と平たい胸を膨らませた。

「ええ、『悪魔の迷宮』。平たく言えば異次元よ」

「しれっと言うけど、平気なのか? これ、閉じ込められたら遭難間違いなしだろ」

 久住は不安で不安でしょうがなかったが、リリックにはなぜか裏打ちされた自信があるようだった。

「絶対に大丈夫よ」リリックの両腕がそれぞれ違う方向を指し示す。「異次元と言っても現実と隔絶されてるわけじゃなくて、リンクしてるの」

 左の指の先には――城壁にむりくりねじ込んだような、浴室へ通じる見慣れた曇ガラス。右の指の先には――王宮のパビリオンのごとき立派なあずまやが匿う、タンスやら乾燥機やら。脱衣所の名残もそうだが、振り返れば開けっ放しの扉から廊下が見えているわけで……。厳かな景観もぶち壊しだ。

「簡単に言えば風船の中よ。萎んだ状態が現実で、異次元は膨らませた状態。同じ空間だけど広いでしょ? 空気とか水とか、入れる物を変えれば環境も変えられるしね」

「なんとなーく分かったし、情報提供は素直にありがたいけど……、ちょっとお前知りすぎてないか?」

「当たり前よ。これは上級悪魔が作り出す、自らのための独占空間なんだから。特にほら、石柱の根元が苔生してるとこなんて私の屋敷にそっくり!」

 リリックは旅人が故郷を懐かしむように目を細めた。だが久住だって、狭苦しいけど身の丈に合った脱衣所が懐かしいのだった。

「作り出すって……これお前の仕業かよ!? おい、早く元に戻せ!!!!」

「それは無理」、リリックは突き放す。

「なんでだよ」、久住は食い下がった。

「『悪魔の迷宮』は自分の意思とは無関係に出現するの。消失もしかりよ」

「じゃあなんで今更こうなったんだ!」

 するとなぜか、まっすぐだったリリックの視線がふにゃりとよれた。

「そ、それは、なんていうか、『意識』の問題らしいのよ。じ、自分の住処をよりよい環境にする力なんだって。だから……ね、つまり。私にとって、この家は……、その――」

 リリックはそこから先を催促するようにチラチラと久住を見た。

 だが久住には、リリックの言わんとすることを大福に例えたならば、生地の表面の片栗粉ほども伝わっていないのだった。

「それすなわち、俺ん家乗っ取られたってことじゃねえかあああっ!!」

「――ち、ちがっ! なんでそう過激な捉え方になるのよこのエロバカマキリ!!」

 二人の怒声が夜空に響き、オンオンと石の壁や石柱が共鳴した。

 カシャリ。海月はまだ写真を撮り続けている。そのフレームに、取っ組み合って力比べをする久住とリリックの姿を、まるでパラパラマンガのように刻み込みながら――


「ふ、ふああぁぁぁ~~~……あぁ、っと」

 地力の差を見せつけられ、久住がリリックにボコボコにされ始めたちょうどその頃、水上研耶はながーいあくびといい、開放的な下着姿といい、とても人様には見せられない格好で目を覚ました。ぽりぽり首を掻きながら、ムクリ。酔い潰れたおっさんのようにふんぞり返っていた体をソファーから起こす。

 ずり落ちたタンクトップの肩を正していると、ピロピロとどこからか音が聞こえてきた。

 すぐに「あぁ」、と合点がいった。音の正体は、研耶が現在進行形で足を突っ込んでいる足湯器のタイマーだった。リラックスできるのだこれが。リラックスしすぎてうっかり睡魔の誘いにご一緒してしまったのだ。

「いやー、技術局に作らせ――あ、作ってもらった特注品だけにいい仕事しますね」

 背もたれにかけておいたバスタオルで足を拭きながら、お湯を濾過、滅菌保存するハイテクこれっきりスイッチを押す。そうしながら研耶は思う。……そういえば、気持ちよくなる前に何か大切なことを考えていたような――

 ハッとした。のん気に日常を送っている場合じゃない!

 研耶はYUSYA宿舎の狭い自室を忙しく飛び回った。ひどい寝癖をとかし、深夜アニメを連続録画、露天商用に放置しておいたネトゲを切り、もう一度髪をとかし、胸を固定する。部屋では「着けない派」なのである。言わせんな恥ずかしい。

 三着をローテーションする修道服セットに身を包んだ瞬間、研耶は賢者となる。重要な物証を入れたショルダーポーチを肩にかけ、サンダル履きでパタパタと部屋を飛び出した。

 支部本棟への廊下を疾走し、メインロビーを突っ切る。第十三支部は、表向きは街外れの弱小映画スタジオということになっているため、ロビーには照明器具やでっかいカメラ、延長コードにカチンコ、見回りをサボってトランプをする夜勤組みなどが散乱している。それらを掻い潜り、時には蹴飛ばし、時にはBANし、賢者はエレベーターに駆け込んだ。

 地下一階の伏魔殿に着くと、夜通し研究に没頭する物好きな連中が、技術局の分室やパーティションの個室から顔を出して挨拶してくる。それらを適当にあしらいながら、賢者は真っ直ぐ自分のデスクを目指していたが、

「っあ……」

 急速旋回。ちょっと、催してしまったのである……。

 ――ジャーッ。

 私的な部分は省略させていただき、一息ついた賢者が洗面台で手を洗っている時だった。

「……フッフッフ。賢者よ、職場にくるのは久しぶりだな。フッフッフ……」

 シャッシャッ! というブラッシングの音と共に、枯れ木のように生気のない声。

 賢者はすごい勢いで振り返った。閉まっていた個室の一つがギィ、と怪しく開き、右手にデッキブラシ、左手にラバーカップを持ったプレアが、お岩さんのような顔色で現れた。

 賢者は思わず後ずさった。まさか、本当にあれからずっと掃除を……!?

 プレアはそんな賢者を追い詰めるように、デッキブラシで床を磨きながら近づいていく。

「威勢よく出て行ったのはいいものの、おめおめと逃げてきたらしいな。え? しかも大切な魔導書まで落としたらしいな。回収できたのか? えぇ? ええぇぇえ?」

「ちゃ、ちゃんと回収済みですよ! デスクにあります! 余計なお世話です!」

 失態を蒸し返され、顔が熱くなる。いつもは立場が逆なだけに余計悔しい。

 日ごろの鬱憤を晴らすかのように、プレアはしてやったりという笑みをしばらく浮かべていたが、やがて個室の壁に寄りかかりながら不思議そうに言った。

「今まで何をしていた? 魔導書の回収に掛けた時間にしては長すぎる」

 プレアの読みは正しい。賢者はここ数日間部屋に篭り、二度の訪問で得た手がかりとYUSYAの内部資料から、自分なりの仮説を立てることに費やしてきた。それがついに形になったので、これから三度目の正直に挑むところだったのである。

「私なりに省みることがあっただけです。それじゃ失礼します」

 賢者は急いでいた。一刻も早く自分の仮説をたしかめ、真実を知りたいのだ。

「盗賊まで徴用していたんだ。何かあったんだろう? 何か分かったんだろう?」

 しかし、プレアは番兵のように行く手を阻んだ。あしらって脇をすり抜けようにも、プレアが握り締めたラバーカップの先端が賢者を狙っている。偶然でも故意でも、当てられたら……、イヤだ。本気で。

 渋々賢者は、ポーチから一枚のハガキを取り出し、プレアに渡した。

 ――拝啓 賢者様 こんな手紙だけを残して去る私をお許しください。指示通り私は、久住さんを足止めしておりました。が、約半日共に過ごし、否応なしに思い出させられたのです。ちょうど久住さんと同年代の我が子の顔を。長らく忘れていたその笑顔を……。家庭を放り出した私には、もう親の面をする資格なんてないのかもしれませんが、故郷に帰ることにします。賢者様もどうかお元気で。作戦への抜擢、身に余る光栄でした。 過去を取り戻しに行く盗賊より かしこ――

 平たくいえば、辞表だった。当然、プレアにはなんのことやらさっぱりだ。

「これは、なんだ? おい賢者、煙に巻こうったってそうはいかないぞ」

「実はその日、私も会っているんですよ。久住くんの家で、久住くん本人に」

 賢者のカミングアウトを踏まえ、もう一度手紙を読んだプレアは一層狼狽した。

「あっちこっちに少年が? ……つまり、なんだ? 盗賊は誰を足止めしていたんだ?」

「分かりませんね。話を聞こうと部屋を訪れたら、この手紙だけが残されてたんですから」

 賢者は肩をすくめた。プレアはため息交じりだったが、機嫌はよさそうだった。

「そうか……。フッ、どうやら完全に空回りしてしまったようだな。まぁあれだ、慣れない外回りで要領を得なかったのだろう。気にするな。ワハハ」

「……誰が成果がないなんて言いました?」

 賢者は不敵に咳払いをした。プレアはいわく言い難い表情で唸った。

「今回の不可解な現象を考える上で、いくつかの手がかりがあります」賢者はもったいつけるように指を立てる。「一つ目の手がかりは、電話番号と苗字しか盗賊さんに伝えなかった私の迂闊さ、私の落ち度です」

 賢者はわざとボリュームを上げた。

「誰かが報告書を上げなかったおかげで、親戚の存在を考慮できませんでしたからね」

「……その誰かが誰かは知らないが、でも、まぁ、誰にでもミスはある。ドンマイだ」

 プレアは口惜しそうにラバーカップで床をきゅぽきゅぽした。

「しかしだ……、そんなことが手がかりたりえることなのか?」

「ええ。盗賊さんにすれば、電話に対応した人物こそが『本物の』久住くんなわけですから、あの洗濯板でも代わりが務まったということです」

「洗濯板? あの親戚の少女か? また古風な言い方を……。いみじくも、だが。ふふ」

 と、こみ上げる笑いを噛み殺すプレア。

「そしてここで二つ目の手掛かり」賢者は二本目の指を立てた。「私が会った久住くんには、『神の裁きジャッジメント』が効かなかったという事実です」

「人を一切傷つけず、魔者だけに絶大な威力を叩き出す高等呪文か……」

「他種の姿を模さないと暮らせないような連中は、大概力のない下位の魔者です。稲妻を模したあの呪文を受けてケロリとしていた以上、私の会った久住くんは本物で、紛れもなく人間というわけで――」

「そうとは言い切れないはずだ」プレアは神妙な面持ちだった。「『神の裁き』に耐えうるのは人間だけではない。神をも恐れぬ不届きもの。少年の正体が最上位の魔者である可能性が残されている。違うか?」

「違います!」

 賢者の即答は、トイレの個室という個室にぐわんぐわんとこだました。

「いいですか? そんなにすごい魔者なら、どうして人間界でのほほんと暮らしてるんですか? 高校に通う必要がどこにあるんですか? おかしいでしょう!」

「し、しかしだな――」

「久住くんのことを悪く言うなら、私が許しませんからね!!」

 快晴に恵まれた入学式。クラス分けが張り出された掲示板前で男子生徒にゲームのレビューを熱く語っていたあの久住が、熱中すると小学生のように無邪気にはしゃぐあの久住陽一が、魔者だなんて有り得ない。

 初めてだったのだ。一目でドキッと釘付けになった人間は。

 思ってしまったのだ。いつか男子生徒に代わって、自分が隣に納まりたいと。

 だから絶対、絶対絶対違うのだ――

「……ーい、おーい、賢者? どうした賢者、顔が赤いぞ?」

 不意に覗き込まれた賢者は、火照った顔を隠すように俯いた。

「いえ、あは、なんでもありません」俯いたままで賢者は続けた。「と、とにかく、誰がなんと言おうと久住くんは人間なんです。異論は認めません」

 敵わないな、とプレアは両手を上げた。

「だとすると……。魔者騒動そのものがガセというか、我々の早とちりになるわけか」

 ふう、と一息つくプレアは、どこか残念がっているようにも見えた。……気のせいだろうか。

 まぁ、なんだっていい。話は終わっていない。賢者は首を振って言葉を続けるだけだ。

「まだ最後の手がかりがあります」賢者は三本目の指を立て、再びポーチをまさぐる。

 それを取り出すと、プレアは目を見張った。

「これは……、まさか魔界のアイテムか!? どこでこれを!?」

「久住くんの家から拝借しました」魔界特産と銘打たれたカップラーメンである。「魔界との往来が行われている証拠でしょう?」

「空中骸骨ガラ味とは、ウマいのか?」

「マズいでしょう」

「間違いなく魔界産のラーメンだな」

 前後の結びつきはよく分からないが、とにかく賢者の主張は通った。

「これが存在するということは、魔者が久住くんの家を占拠している。そうでなくとも、なんらかの関係をもっていることは確実です」

「たしかに……。やはり魔者はあの家にいたのか。クソッ!」

 もっと詳しく調査しておけば――悔しさを溢れさせながらプレアは続ける。

「だとすれば、すぐ少年の保護が必要だな。早急に敵の正体も探らなければ……」

 賢者の目が光った。ここぞとばかりに主張する。

「それについては目星がついてます! 断然! 洗濯板が怪しいです!」

 これこそが、嫉妬というエゴの果てに賢者が辿り着いた、最も有力で、最も都合のいい仮説なのだった。眠れる獅子のごとき屈辱と怒りが、燻っていた感情が、賢者の中で核分裂のような勢いで再燃を始めた。

「あの女が魔者なんですよ! 雑魚魔者のメスが人間のフリをしてやがるんですよ! 惑わしているにしろ脅迫しているにしろ、久住くんが助けを求められない状況だとすれば、これまでのすべてに辻褄が合います。大体、一人暮らしだったはずの久住くんの家にいきなり女の子が現れて、あまつさえ手取り足取り共同生活だなんて、都合がいいにもほどがあります! 年頃の男の子と女の子が一つ屋根の下だなんてっ! ああぁぁっ、なんといかがわしいっ! そして羨ましいっ! なぜですか! なぜその役目が私じゃないんですか! この悔しさを怒りに変えて、立てよYUSYAよ!」

 あぁあぁ! と嘆かわしそうに我が身を掻き抱いて体を振る賢者は、そうすることでゆさゆさ強調される自分の胸元の方がよっぽどいかがわしいことは完全に棚に上げている。

「ですが、ハァ……。洗濯板が魔者である証拠までは掴めなかったのが悔やまれます。あの時ヤツにも『神の裁き』を食らわせていれば手間が省けたのに……」

「……もう何も言うまい」

「監視カメラか、せめて盗聴器でも仕掛けてくればよかったですかね……」

「……もう何も言うまい」

 プレアは憐れむように繰り返した。

 その時、ブィーム。賢者のスマホがバイブした。

「ん? メール、ですね。誰からでしょう?」

 知らないアドレスだったが、YUSYA諜報部を名乗る者からだった。

 写真が添付されていた。メタデータによると、どうやら今撮影されたばかりの写真のようで、写っているのは――久住の家だった。はっきり言って盗撮だが、中々いい塩梅で撮れている。後でデータをコピーしておこうと賢者は思った。

 はてさて、網戸越しに見える写真の中の久住は、タンコブをたくさん作っていた。件の洗濯板は久住の隣に座り、ゲーム中のようだ。……やっぱり普通の人間に見える。

 妬ましいという点を除けば取り留めのない写真である。一体誰が、なんのために、なぜ今、よりによって自分に送ってくるのだろう? 新手の嫌がらせだろうか……?

 薄気味悪さを諜報部への怒りに転換しようとした次の瞬間、賢者は固まった。

「どうした賢者、鬼か? 蛇か? それとも何か? 竜でも出たか?」

 プレアが面白がるような顔でにじり寄ってくる。しかし賢者に切り返すだけの覇気はなく、風に弄ばれる葉っぱのようにフラフラしながらプレアに電話を手渡した。

 ソコを指差す。

 この写真の主役は久住と洗濯板ではなかった。窓枠の隅に隠れるように、ほとんど心霊写真のノリで写っている三つの顔、宙に浮かんだ小さな体だったのだ。

 間違いなく、悪戯妖精だった。

 プレアの目の色が変わったように思えた。怒りと憎しみに塗り潰されたような暗い色に。

 無言で立ち去ろうとするプレアの腕を、咄嗟に賢者は掴んだ。

「……止めてくれるな」

 重々しく口を開いたプレアの言葉には、強い感情を堪えるような響きがあった。

 だが、ここを譲るわけにはいかなかった。

「久住くんの家へ行くつもりなら、今のプレアさんを行かせるわけにはいきません」

「何故だ!?」プレアは悲痛に叫んだ。「この私に魔者を見逃せと言うのか!? 今そこにいる魔者がいるというのに!!」

「しっかりしてください!!」

 賢者は叫び返した。自分を抑えているのは賢者も同じだった。一刻も早く久住を助けに行きたい、一も二もなく駆け出したいくらいなのだ。

「今のプレアさんには大切なものが見えていません! プレアさんは魔者を倒せればそれでいいかもしれない。でも、戦いに巻き込まれる久住くんはどうなんですか!? 取り返しのつかないことになってしまってからでは、遅いんですよ!!」

 プレアはハッとして、しかし納得することを拒むように顔をしかめた。

「私は、そんな……! いや、だが、ならばどうしろと――」

 賢者は、プレアが固く握り締めていた大きな手を優しく両手で包んだ。

「私に考えがあります。魔者を討ち、久住くんを助ける考えがあるんです。私達YUSYAの仕事は魔者を倒すことじゃない。みんなの、世界の平和を守ることでしょう?」

 そして、なだめるように言う。

「だから私に任せて――いえ、私に力を貸して貰えませんか?」

 プレアの目に少しだけ、優しさと誇りを含んだいつもの力強さが戻った気がした。

「もう、大丈夫ですか?」

「つい我を忘れてしまった。……あぁ、大丈夫だ。すまなかったな」

 プレアはバツが悪そうに目を逸らすと、乱暴に賢者の手を握り返した。

 ――こうして、第十三支部史上初となる、地下と地上を又にかけた共同戦線が、盛大な紆余曲折がもたらした奇跡のタッグが、地下一階片隅の女子トイレでひっそりと成立した。

 

「さて。あれから様々な場所が侵食されてきたわけだが――」

 翌日夕刻。場面は再び、久住家である。

 海月達が描き起こした家の見取り図をちゃぶ台に広げ、久住は言った。円卓を囲む仲間は銅、銀、リリック。海月は「こよーいはんだ! ろーどーちょーかだ!」と騒ぎ立てたせいで、頭にタンコブを乗せてハンガーで部屋干しされている。

「つまり、現時点で、この赤い丸がついてる場所が異次元と化したわけだな?」

 見取り図を指差し、久住は確認する。

「……そうれす」

 海月は涙で濡れていた。

「に、二階、階段、お風呂、トイレ、ダイニング、が異次元ですので」

 銅がおっかなびっくり見取り図を読む。

「……ほぼ全域ね」

 リリックが深刻そうに言う。

「……お風呂、トイレ、階段は神殿タイプ。ダイニングと二階は港の倉庫っぽい。……テーマはランダムに決まるらしい」

 銀がどうでもいいことを分析する。

「まだ玄関、廊下、居間が残ってるから、どうにか来客には対応できるが……」

「ワームホールがあるから居間に入れたくない、とか言ってらんないわね……」

 久住は、ちゃぶ台にゆっくり頭突きした。

「しきたりの残り時間は?」

 指を鳴らしてリリックが砂時計を呼んだ。

「えと、……多分、二日くらい?」

 ほんの少し奇跡に期待したのだが、返ってきたのは分かり切った答えだった。

「残り二日、『YUSYAが来ない』にベットしたいヤツ挙手」

 一本も上がらなかった。

「俺もそう思うよ」

 カナカナカナ……。ひぐらしの声が切ない。

 魔界産カップラーメンという決定的な証拠を掴んだYUSYAが黙っているはずがない。嵐の前の静けさ。ここ数日音沙汰がないことが逆に、「今にも来るのではないか」という漠としながらも核心めいた不安を抱かせるのである。

「秘密と、家と。片手で一つずつ大切なものを守れるほど、世の中都合よくないんだな」

 さじを投げたように、開き直ったように、皮肉交じりに久住は自虐する。その手は無意識のうちにポケットへ、肌身離さず隠し持っている契約の紋章へと伸びていく――

「ヨーイチ」おもむろにリリックが口を開いた。久住ははたと我に返った。

「私、ずっと気になってたんだけど……」

「えっ? えっ? 何が? 何も気にならないよ?」

 久住はポケットの中が痒かったんだよ、というアピールをした。

「気になるわよ。……なんで、そんなにこの家が大切なの? どうして守りたいの?」

 ……なんだよ、そんなことか。

「一身上の都合だよ。話したことなかったっけ?」

「話してないわよ」

「……聞いてどうするんだよ」

「うっさいわね、いいでしょ別に! ほんのちょっと気になっただけよ。どうせ作戦会議も煮詰まってるんだし、聞いてあげるんだから話せばいいじゃない!」

 断る理由もないので、久住は適当に端折りながら経緯を語り始めた。意外だったのは、校長先生の朝礼のように壊滅的につまらない、真面目ちゃんの銅さえあくびを漏らす久住の話術にもかかわらず、リリックが最後までじっと聞き入っていたことだ。

「――友達の家で初めてゲームをして、虜になって、俺はそっちの道に進もうと決めたんだ。妹と親から逃げるために、家に帰りたくない一心でこの家を守ってるわけだ」

 お前とは真逆だな、と久住が苦笑いすると、リリックは突然もじもじしだした。

「ま、前は、うん。そう思ってんだたけど……、今はその、なんか……、別に真逆とまではいかないかもって、思えてきたような、ないような……」

 久住は耳に手を当てた。

「声が微かすぎて聞こえませんね。ほらもう一回。さん、はいっ」

「なっ、なんでもないわよ! もしヨーイチがシスコンだったらと思うと、恐怖のあまり声が出ないのよ! ……何よ妖精共! 何にやにやしてんのよっ! 文句あんの!?」

「何をムキになってんだ?」

「うっさい死ね!」

 何はともあれ、今日も久住家はいつもどおりの久住家なのだった。

 ……そう。次の瞬間、訪問者を知らせる不吉なチャイムが鳴り響くまでは……。

 

「頼もう」

 覚悟はしていたが、その覚悟を上回る光景がそこにはあった。玄関で待っていたのは、女剣士プレアと女賢者水上研耶の、パワフルなワンツーパンチだったのである。

「だ、大小お二人揃い踏みで……。今日は一体なんですか?」

 久住はたじたじだった。よく分からないが、ただでさえおっかない顔だったプレアが、今日は一段とおっかないモードに入っているように見えるし、賢者の笑みも先日色々と不愉快な思いをさせたからか、心なしか影があるような気がするのだ。

「今日は重要な話があってやってきた。上がらせてもらえるか?」

「あ、はい。そういうことなら、今から片付けてきますので――」

「散らかっていても構わない。それとも、何か見られて困るものがあるのか?」

 二人の目が鋭くなる。ちょっとえっちな本が、なんて冗談が言える雰囲気ではない。

「や、やだな、本当に散らかっているだけですよー。なんにもないっす」

 ご冗談を、と久住は井戸端会議の奥様のように手をパタつかせた。

「ならば、居間に通してもらおう」

「問答無用でお邪魔します」

 すかさずプレアが上がってきた。賢者もそれに続く。

 久住はテンパった。異次元の関係で居間に通せという申し出は願ったりだが、こうも強引にくるのは想定外だった。ちゃぶ台に広げた家の見取り図は夢のリフォーム計画とかなんとか、まだ誤魔化せる気がする。しかし妖精達は、ハンガーに吊るした海月は弁護のしようがない!

「リリック、お客さんだぞ! 居間に通すからすぐお茶の用意しろ!」

 叫んではみたものの、苦しいと思った。不自然に思われない程度にキーワードを埋め込んだつもりだが、これだけですべて汲み取ってくれると期待するのはさすがに酷だろう。隠語とか決めとけばよかった。

 幸い、二人が久住のおもてなし宣言を不審に思うすることはなかった。となると久住にできることは、必要以上に靴を揃えたり、玄関マットを整えたり、居間までの三メートル弱の廊下を能のような遅さで案内したり、できる限りの足止めをすることだけだ。

 それでもついに、居間への扉に手を掛ける時がきてしまった。叫んでから二十秒も稼げていないが、今はリリックを、リリックさんを、リリック様を、信じる他ない。

 最後に数秒、手が攣ったフリをして健気に稼ぎ、ままよ! 思い切って扉を開けた。

 開けた光景に、久住は絶望していた自分を恥じた。ハンガーには海月のかわりに久住のシャツがかけられ、家の見取り図もちゃんと片付けられていた。

「いい、いらっしゃい! こんにちは」

 そこへリリックが、茶碗を載せたお盆をぐらぐらと運んできた。ダイニングが覗かれないうちに素早く足でガラス戸を閉める。汗だくで、慣れない接客口調で、リリックは頑張っていた。

 涙が出そうだった。お茶だなんて言ったばっかりに……。リリック、恩にきる。

 これなら何も心配はない。久住が頼りになる居候に恵まれて幸せだと思った、まさにその矢先だった。

 うわあぁぁぁぁああああーっ! 

 久住は大変な事態に気付いた。妖精三人組が! まだそこにいる! 畳に無造作に転がってるよ! お茶汲みとかいいから! こっちなんとかならなかったのかよ!

 と、リリックがちゃぶ台に茶碗を置きながら意味ありげにウィンクしてきた。……なんとかならなかったらしい。やっぱり、リリックは所詮リリックだった。

「失礼する」「失礼します」

 立ち尽くす久住の脇をすり抜けて、二人がずかずか部屋に入ってきた。三つも転がっている羽の生えた小人が見つからないというのは、さすがに虫がよすぎる話である。

「あれ? これは一体なんですかねえ?」

 賢者が海月達に近づく。海月達は身動き一つ取れない。いや、取らない、のか……?

 久住は啓示を授かったように彼女達の意図を把握した。

「人形だよ、人形。よくできてるでしょ? フランス人形素敵でしょ?」

 一番近くにいた銅をサッと手に取り、くいくいと腕や足を動かしながら久住は言った。思った通り、銅は久住の腕の中で懸命に人形を演じている。

「へー、羽が生えてるなんて変わってますね。あ、この髪形可愛いですー」

 賢者はしゃがんで銀を抱き上げると、縦ロールをぴょんぴょん引っ張る。銀は最初からそうであったかのように、眉間にシワを寄せっぱなしにした。耐えろ、耐えるんだ銀!

「凝った作りですねー。下着まで完璧です」

 続けて賢者は楽しそうに手をわきわきさせて海月を掴み、まじまじと下から覗きだした。かわいそうに、海月は一番厄介な時に捕まってしまった。

「へー見事な職人技ですね。……ちなみにこの下はどうなっているんでしょうね――」

 賢者は一応女性なので見てみぬフリをしていたが、もこもこパンツに手をかけたとなれば、黙っているのは薄情者だ。

「うおおぉぉーっと! 全身が滑ったああぁぁーっ!」

 久住は一世一代の演技をもって、何もない畳で派手に転んだ。空中でもがき苦しむフリをしながら、怒り心頭の銀と怯えきった海月を魔の手から奪い返した。

「ど、どうしました突然?」

「どうしたもこうしたもあるか! なに脱がそうとしてるんだよ!」

 賢者は同意を求めるような顔で言った。

「そこに人形があれば、まずは全裸を鑑賞するのが嗜みでしょう?」

「ただのヘンタイだそりゃ! 俺の大切な友達に勝手なことをされちゃあ困る!」

 堂々たる人格破綻者宣言だった。入ってすぐの壁にもたれ、じっと腕組みで見守っていたプレアと耳打ちを交わす賢者。二人がチラチラ送ってくる視線が痛い。

 耳打ちを終えると、二人は真正面から久住を見つめた。

 気兼ねしながらその目を見返した時、久住は自分が大きな思い違いをしていたことに気が付いた。賢者とプレアは別に、久住の異常癖にドン引きしていたわけではなかったのだ。

「既に言いましたが、私達は今日、重要な話があって来ました」

 賢者は久住の目の奥を見つめて言った。人形のくだりでくだけていた空気が一変、息をするのも苦しいくらい重く張り詰めた。

「重要な、話……?」

「この春流行した、二人組みであんパンをパスパスしながら、最後にカウンターにタッチダウンして購入する、購買部への嫌がらせの俗称は? また、標的にされた人物は?」

「……え? おい、まさか、それが重要な話だなんて言わな――」

「いいから答えてください!」

「はいっ! ……えーと、『購買部ダブルアクセル』と『つり銭ギリ師川島』、です」

 賢者はプレアの顔を見て、こくっと頷いた。

「ここにいる久住くんは間違いなく『私の知る』久住くんです。早速始めましょう」

 何を始めるというのか? 久住は突発的にワームホールが暴かれるのではと警戒し、さり気なくちゃぶ台にすり寄った。ついでに三体の人形を畳に下ろし、せっかく淹れてもらったのでお茶に手を伸ばす。

 久住が一口お茶を含んだその瞬間、プレアが信じられないことを言ってのけた。

「久住陽一、魔者に怯える日々からお前を助けにきた」

 ゴバハァッ! 久住は自爆した。口と鼻からお茶をこぼして咽こむ。「そんなにマズかったかしら……」、とトボトボ布巾を取りに行くリリックには申し訳ないことをしてしまった。

「ゲホゲホッ! な、なんですかその、魔者に怯える日々って!」

「だって、現に魔者がいるじゃないですか。ほらそこに」

 久住が布巾を受け取って綺麗にしていると、賢者が三体のお人形を顎で差す。

「なっ……。こ、これは違う! コイツらはただの人形だって――」

 言いかけたその瞬間、パサッと賢者がちゃぶ台に何かを放り出した。

 写真だ。久住と、リリックと、……海月達の写真だ。

「写ってますよね? その三体が。飛んでますよね? その三体が」

「これはその……。遠近法とか光の屈折とかブラジルで蝶が飛んだとかでミラクルが」

「久住くん。じっとしてれば人形として成り立つと、本気で思ってるんですか?」

 痺れを切らしたように言われ、あっと思わず声が漏れた。いくらじっとしていても、脈拍までは止められない。体温だって伝わる。触れられた時点でアウトだったのだ……。

 久住は唇を噛んだ。自分の心臓の音が、怖いくらいはっきり聞こえた。

「……もういいぞ、人形ごっこは終わりだ」

 心配そうに起き上がった海月達を、いつ剣を抜かれてもいいように、いつ魔導書を開かれてもいいように、久住は再び抱きかかえる。

「そう身構えるな。話をしにきたと言ったはずだ」

 口調こそ親睦的だったが、久住の腕の妖精達を見据えるプレアの目には、殺気にも似た強さがこもっていた。

「そいつらは間違いなく、悪戯妖精だ。魔者だ。人間の敵だ。イレギュラーな存在だ。ならば、どこに庇う必要がある?」

 家電を、壁の穴を、あんたが折ったちゃぶ台の足を直してもらったからだよ。そう言いいかけた瞬間、二の句も告がせずプレアは言った。

「他にも魔者がいる。そうだろう? そいつに脅されている。そうだな?」

 ……お?

「もう平気ですよ。学校で書いていた設定は、誰にともないSOSのサインだったんですね」

 ……おぉ?

「我々と共に行こう。今なら我々二人で少年を守れるはずだ。いや、守ってみせる」

 おぉぉお!?

 さぁ、と言いながら差し伸べられたプレアの手は、本気だった。

「ほ、他の魔者……?」

「あぁ。今回の件には複数の魔者が絡んでいると、我々は考えている」

「でも、我々と共にったって、結局は強制退去なんでしょ? だったら俺の答えは――」

「安心しろ。魔者を討ち、ワームホールを閉ざすまで、我々が付きっ切りで護衛する。強制退去ナシの特例措置だ。この家に特別な思い入れがあるようだからな」

「……本気で言ってるんですか?」

「ああもちろんだ。YUSYAに二言はない」

「これが最大限の譲歩で、同時に最後通告です。私達を信じてください。裏で手を引く魔者の正体と、ワームホールの場所を教えてもらえませんか?」

 窓から差しこむ橙色の夕日が眩しいだろうに、YUSYA二人の真剣な眼は見開かれたままだ。致命的な誤解を携えたプレアの手を、久住はほとんどないものとして扱っていたが、今やそれは急速に現実味を帯び、痛いほどに久住の思考にからみつく。

 久住とリリックは、厳密な契約を交わしたわけではない。これまで持ちつ持たれつ助け合ってきたのは、家名をかけたしきたりと強制退去、家を燃やすという脅しと飯をやらんという脅し、互いが互いの弱点に噛み付いて、危うい体勢をかろうじて支え合っていたからに過ぎない。そこから強制退去という弱点が消えたらどうなるか? 久住がYUSYAと敵対する理由がなくなるのだから、必然、二人の均衡は破綻することになる……。

 うたかたの絆――かつて目にしたロックロットの言葉が、鋭利な槍のように久住の心を貫く。彼が言っていたのは『気持ち』の問題ではない。誰かに弄られただけであっさり崩れる、ガタガタな二人の繋がりを喩えていたのだ……。

「……おにーさん」、不意に聞こえた海月の声は、怯えて消え入りそうだった。

 腕の中の妖精達は、捨てられた子猫のような目で震えていた。久住はぎゅっと、妖精達をきつく抱きしめた。

 YUSYAの誘いにのれば、有意義な高校生活が、安息の日々が帰ってくる。

 だが、リリック達を裏切って得た日常をどんな顔で過ごせばいいか、分からない自分がいる。

 しかし、ここでリリック達を匿えば、久住の運命は――

 YESか、NOか。魔者か、人間か。自分か、仲間か……。

 決められない――久住は開きかけた口をぎゅっと結んだ――決められるわけがない!

 過酷な沈黙が、秒針の音と共に進んでいく。

 だったら――久住は、ズボンの上からポケットの紋章に手を添えた――せめて、自分の意思で幕を引こう。リリックの誇りに傷をつけてしまうかもしれないが、彼女は魔界に、家に帰れるのだ。友人の海月達を見捨てることもしないだろう。後は洗脳されていたとかなんとか、久住がYUSYAに泣きつけば一連の騒動も閉幕だ。

 久住は爪を噛むクセに見せかけて、親指をちょこんと噛み切った。さよならも言わず、こっそりポケットへ手を忍ばせる――

 そうしながら、まるで許しでも請うかのように、久住は最後に、自然とリリックへと振り返っていた。

 しかし、久住の影に隠れるように控えていたリリックは、やめろとか、聞くなとか、そういう合図一つ、目配せ一つよこさなかった。

「迷う必要なんてないわ。ここは、ヨーイチの家なんだもの。ヨーイチがルール、でしょ?」

 それどころかリリックは、ニコリと微笑みやがったのだ。

「リリック、お前……」

 ――久住は、滝のごとく冷水を浴びせられた気分だった。

 初めてYUSYAが来た時、脅迫電話があった時、研耶が押しかけてきた時もそうだ。リリックは滅茶苦茶だった。いくつもいくつも墓穴を掘りまくった。でも、それでもこの家の秘密を守ってこれたのは、リリックがリリックだったからじゃないのか? 自分勝手で、居丈高で、そのくせどうしようもなくバカだけれど、なのにいつだってそんなリリックが一生懸命だったから、俺も、妖精達も、一緒になって頑張ってこれたんじゃないのかよ――

 刹那、神の誘いか悪魔の罠か、頭の中をアイデアという名の閃光が横切り――やがて久住の中のスイッチは、今までにない動きをした。

「……そうだなリリック。迷う必要なんてないよな」

 自分を犠牲にしてまでこの家を、久住を守ろうとしているリリックの行動はもはや本末転倒で、やっぱり滅茶苦茶だ。……だが、そんなことはお互い様である。

 お前が俺を見捨てないから――久住はポケットの中身を握り潰した――俺もお前を見捨てられないじゃねーか。

 YUSYAの方へ向き直った久住は、一瞬の間を置いて言葉を紡いだ。

「魔者は――」

 

 ――そして、どれだけ時間が経っただろう。

 魔者うんぬんと論じる声はもう聞こえない。窓の外で切なく歌っていたセミの声も、日暮れと共に聞こえなくなった。YUSYAの人影は消え失せ、久住も、リリックも、妖精三人組も、固まったようにただひたすら廊下へ通じる開けっ放しの戸を見つめていた。

「……はああぁぁ――――――――――~~~~~~」

 ふにゃふにゃになって畳に倒れた久住が吐き出した盛大なため息で、リリックははたと我に返った。長らく止まっていた時間が一気に進むかのように記憶が甦ってくる。

「バカ! アホ! カマキリ! ヘンタイ! 童貞!」

 リリックは開口一番、ふにゃふにゃ久住を罵倒した。

「……後半は傷つくんだけど」

「うっさいうっさい! 何やってんのよ、何言っちゃってんのよっ!」

 久住はゴロリと寝返って仰向けになった。そして、妖精三人組に水を注文した。

「あぁそうだ。言っちゃったよなぁ、俺」

 のん気な言い草だった。

 バカだ。大バカである。あんな嘘をついて久住が得をすることなんて、一つもない!

 久住は、自らの頭を指差して言ったのだ。「魔者は、俺です」、と――

 まくし立てるようにリリックは金切り声を上げた。

「自分が上級悪魔で私が人間? 私を人質として使ってる? 何よそれ、全部アベコベじゃない! YUSYAに助けてもらえばよかったのに、なんで正直に言わないのよ!」

 久住は冷静に答えた。

「じゃあ逆に聞く。お前こそなんで俺を止めなかった? もし俺が正直に話してたら、お前の正体がバレてたんだぞ? タダじゃ済まないだろ」

「フン! 二人がかりだろうが、人間なんかに遅れをとるリリック様じゃないわ」

「でもしきたりは失敗だ。自慢の家には帰れないんだぞ? 仮にこの場を凌いだとしても、その後はどうすんだよ。考えもなく生きていけるような甘い世界なのか魔界は?」

「それは……」、リリックは口ごもり、思わず前髪のカーテンに隠れた。

 考えがないからではない。考えがあるからだ。

 リリックは手の中に隠していた、久住に話せないままでいた秘密を、背中でこっそり砂時計に渡すのだった――

「……で、でもそれにしたって!」リリックは話を変えながら顔を上げた。「もっとマシな嘘があったでしょ! この場で人質の私を助けるために、すぐ戦いが始まっちゃったかもしれないじゃない! ヨーイチの方こそ、本当にタダじゃ済まないわ!」

「あれしか思いつかなかったんだよ。戦闘になってないんだから結果オーライだ」

「あのねぇ! 魔者ってことならきっとYUSYAは容赦しないわよ!? 明日――ううん、すぐにも武力行使に来るかもしれないわ! のん気にお冷頼んでる場合!?」

「きっと過激なことはできない。そのための人質だ。二日くらいならなんとかなるさ」

「え、なんかちょっと頭良さそうな発言! もしかして、なんか策があるの!?」

「……それは今から考える」

 久住はパタパタと飛んできた海月達から水を受け取ると、一気に飲み干した。その際、「これ以上は危ないから帰るか?」と尋ねたが、三人は「最後まで密着レポートをする」と言って久住に群がった。自分達を庇ってくれたことに心を打たれたらしい。「暑苦しいんだよ!」と何度追い払われても、妖精達は懲りずに久住にたかろうとした。

 いやいや、今はそんなのほほんとした寸劇をしている場合じゃないのだ! リリックはもどかしくなって、真っ赤なリボンごと頭をグシャグシャ掻き毟った。

「何よ何よ何よ、もうー! バカ! 救いようのないエロバカマキリ! なんで、なんでそこまで……、なんで私なんかにそこまでしてくれるのよ!!」

 久住は光に群がる虫のように飛び回る妖精を叩きながら、

「リリックは、何度もこの家を守ってくれた。偶然だとか、そんなつもりはないとかお前は言うかもしれないけど、お前のおかげで今この家があることは事実だと思うから……」

 そして、少しだけ視線を逸して、

「前、言ってたよな。人間っていうのは売られた恩は必ず買って、そんで返す種族だ――って。……つまり、うん。……そういうこと、かな」

 不覚にも、ドキリとした。

 沸騰したお湯にも勝る熱い何かが、血液と一緒に全身に運ばれていく。体の奥がムズムズして仕方ないような、今すぐどこへともなく走り出したいような感じ――

 次の瞬間、リリック達はだだっ広い部屋の真ん中にいた。ランプが明滅する壁、シルバーメタリックの床を走るパイプラインやシリンダー。まるで流れる川のように伝うケーブル。機械仕掛けの、工場のような部屋の中心で、気が付けばリリック達は静観を信条とする天井の星々に見守られていた。

 誰よりも早く頭の中に『異次元化』の文字が横切る。リリックの心は凍り付いた。

「ヨーイチ、これは違うの! 私、全然コントロールできてなくて、ホント、邪魔しようとか、そんなつもりじゃないの! ホントなの! 私、信じ、ヨーイチ――」

 今さらどこが異次元化しようが事の顛末は変わらない。頭では分かっている。しかし、赤の他人の、住む世界すら違う久住が、自分のためにしてくれた決断を踏みにじってしまった気がして、柄にもなく、泣きそうだった。

 そのためリリックは、妖精の止まり木と化した久住がやおら浮かべた笑みの意味を図りかねていた。

「……いや。いい、かも……? ううん、いいぞ。いいんだこれで!」

「……いい? いいって、何が?」

 久住は目を輝かせていた。

「異次元だよ! これならしきたりも、俺の家も、きっと守り切れる! やっぱりリリックがリリックだから、俺は諦めないで頑張れるんだよ!」

 よく分からないが、久住は興奮のあまり、ゴールを決めたサッカー選手のように天を仰いで感謝している。

「そうと決まれば時間が惜しい」

「まだ何も決まってないんだけど」

「決まったも同然だからいいんだよ! 者共ブリーフィングだ集まれ、そして聞け――」

 情熱的なダンスのような身振り手振りで、見慣れた笑顔で、時折海月の茶々を切り伏せながら、久住は思いの限りを語るのだった。

 それだけ。それだけなのに、凍えていたはずのリリックの心はあっさり氷解した。

 ひょっとしたら久住は、『心証暗示メンタリズム』の呪文が使えるんじゃないだろうか? そうだ、きっとそうなのだ……。リリックは再び沸き上がる経験のない感情と、掻き毟りたいような複雑な胸の疼きに戸惑い、ひたすらにそう考え続けた。

「――ってことだ! その名も……、そうだな、『お茶の間ダンジョン』! どう!?」

 しかし、こんがらがって整理のつかない気持ちとは裏腹に、

「あんたやっぱり、ただのバカね!」

 リリックは笑えた。自分でも不思議なくらい、屈託ない顔で。 

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