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終末のダンジョン・第七話『あと一歩が踏み出せない』





階段を登ればトラップだった




「ぐはぁッ」




パーティーの先頭、新たなる階層の一歩目を踏み出した勇者を、背後から空飛ぶ丸太が襲った。空飛ぶ丸太は勇者を先端に貼り付けたまま、凄まじいスピードで迷宮の奥へと消えていった。



「勇者様ッー! きゃッ!」



勇者を助けようと反射的に駆け出した僧侶は、突風に吹き飛ばされ、後を追うように迷宮の奥へと消えていった。




ここは終末の迷宮24階層。探索開始から僅か2秒でパーティーは分断されてしまった。




「勇者! 僧侶!」



「動いちゃダメよ戦士! この階層、罠だらけだわ」



魔法使いが持つマジックアイテムであるシーフの指輪が、トラップの存在を警告し、明滅していた。



「今、罠透視の魔法をかけるから。半径10Mまでなら、罠がある場所が赤く光るはずよ」



魔法使いが詠唱を始める。

終末の迷宮の24階層は研磨された緑大理石が壁面を覆い尽くす幾何学的でシンプルなフロア構成の階層である。

勇者達が訪れるほんの数時間前までは罠など一つも存在しなかった美しき緑の階層は、



「なによこれ……」



突然夕日が沸いたかのように、真っ赤に染まっていた。





「うおっ! トラバサミか!?」


「うおっ! トリモチか!?」


「うおっ! 痺れ煙か!?」


「うおっ! 投網か!?」



一人となってしまった勇者にトラップが次々と襲いかかる。

最初のトラップで一気に迷宮の奥へと運ばれてしまった勇者は、分断された仲間たちと合流すべく、入り口の方角へと引き返していた。



「クソッ! 上下左右罠だらけだぜ! 終末の迷宮の名は伊達じゃないってことか!」



本来ならば比較的楽なフロアであった24階層は、今、とある理由からトラップ地獄へと変わっていた。

勇者にとって幸いだったのは、致死性のトラップが一つも存在しなかったことだろう。

一歩一歩余すところ無くトラップに引っかかりながらも、ほぼ無傷のままで進んでいた。



「勇者様! ご無事ですか!?」



最初に勇者と合流したのは、勇者と同じくトラップで迷宮の深部へと運ばれてきた僧侶であった。

しかし彼女は、勇者を見つけた歓喜のあまり、再び足元への注意を怠ってしまった。


「きゃっ」という悲鳴を上げると、またも強風のトラップにより木の葉のように吹き飛ばされた。

気が緩んだ後の突然のトラップに、思わず目をぎゅっと閉じてしまった。



「大丈夫か? 僧侶」



気がつけば、僧侶は勇者の腕の中にしっかりと抱きかかえられていた。体を真横に吹き飛ばされた僧侶を、勇者が両手で救い上げる形で受け止めていた。



「は、はいっ! 勇者様、も、申しわけありません!」



「何を言っている、俺達は仲間じゃないか。仲間は助け合うものだ」



勇者は明るく笑うと、僧侶を優しく地面におろした。

力強く暖かいぬくもりが、僧侶からするりと遠ざかっていく。



「…はい。仲間、ですよね…」



「もう少しだけ抱きしめていて欲しい」とは、彼女は言えない。



子供の頃より親元を離れて聖女として育てられてきた僧侶に、恋愛の仕方など教えてくれる者は誰もいなかった。

一目惚れという名の恋に目覚めても、相談できる相手など、彼女には存在しなかった。


勇者と出会ってもう5年になる。5年間、僧侶は片思いという名の恋の在り方から抜けだせていない。


密かな思いは、勇者に決して届くことはなく、気づかれることもなく、ただ、僧侶の中で膨らんでいくのみであった。



二人の距離は縮まらない。



人並みの恋愛という物がわからぬ僧侶は、ただ、彼女のやり方で一途に思い続けることしかできないのだ。

世間知らずな聖女の、哀れな恋の在り方である。



「さてと、早いとこ他の二人とも合流しないとな」



勇者が僧侶に背を向ける。背中が遠ざかっていく。



あと一歩が、踏み出せない。



後衛職として、もはや見慣れ過ぎた勇者の背中。

離れていく背中を追いかける一歩が踏み出せない。向き合う為の一歩が踏み出せない。




そして僧侶は、踏み出せぬ一歩の代わりに




「(えいっ!)」




トラップを踏みぬいた。



「うおっ! 檻か!?」



2M四方程の檻が突然天井から落ちて来て、ガシャンと二人を閉じ込めた。



「も、申しわけありません、勇者様。私のせいで…」



「気にするな僧侶。失敗は誰にでもあるさ」



この5年間、距離を近づけることはできなかったが、嘘のつき方は覚えた。



「こんな檻、二人で力を合わせれば持ち上げられるさ。手を貸してくれ、僧侶!」



「はい! もちろんです! 勇者さま!」



「せーので持ち上げるぞ、いいな? よし、せーの!」



(勇者の力の方向↑)

(僧侶の力の方向↓)



「クソッ! 見かけによらずなんて重さだ! 二人がかりでも持ち上がらないなんて」



この5年間で、パントマイムもうまくなった。



「勇者様、ここは戦士さんが助けに来てくださるまで檻の中で待っているべきではないかと…、その…、私と二人っきりになってしまいますが…」



控えめに切り出した僧侶の提案に、勇者は首を横に振った。



「なあに、持ち上がらなければ切り裂いてしまえばよいだけだ。俺の必殺技、バーニングブレイドでな。下がってろ、僧侶」



勇者が必殺技、火炎剣バーニングブレイドの構えを取る。

勇者の剣が炎に包まれる。上級魔法の炎が宿った刃に、断てぬものはない。




「いくぞ! 必殺ッ! バァァーニン「スリープ!」ぐぅ…」



「ああっ! 申しわけありません勇者様! うっかり眠りガスのトラップっぽい物を踏んでしまいました! 寝ちゃいましたよね、勇者様? と、とりあえず、膝枕でもした方がよいですか? あっ、今ガクンって頷きましたよね? ね? …では失礼して膝枕を…。わっ、癖っ毛がくすぐったい…。あぁっ、ツンとした汗の匂い…」



この5年間で、勇者が見ていないところに限っては、大胆にもなれるようになった。





「………どうしよう戦士、すごく合流したくないんだけど…」



「うむ…、若さとは罪深いものだな」



自分を見つめる二対の瞳には、幸せな僧侶は気がついていなかった。






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