終末のダンジョン・第六話『仲間割れは何も産まない』
「…さてと、反省会を始めましょうか、勇者」
魔法使いが重い口を開くと、戦士がゆっくりと頷いた。
僧侶はハラハラと魔法使いと勇者の間で視線を行き来させている。
勇者たち四人は、丸テーブルを囲んでいる。
「はいっ! おまちどーさま。エールが2つに、お水が2つ」
小さな少女がお盆に載せた飲み物を運んでくる。まだ8つかそこらの年齢であろう。少女は4人分の飲みのものをテーブルの上に載せると、愛らしいポニーテールを揺らしながら厨房へと帰っていった。
「よく働く子だな。いい宿ではないか」
「確かに宿は悪くはなさそうね。こんな小さな村にしては」
勇者パーティーがいるのは、とある小さな村の宿屋の中の酒場である。彼等の本拠地があった王都の宿屋ではない。
彼等のホームは、もはや王都にはない。今朝、逃げるように、この村へとやって来たのだ。
「なあ魔法使い。何で俺たちはこの村に来たんだ? 迷宮からは近いが、転移魔法を使うのなら距離は関係はないだろ?」
魔法使いは「ふーっ」と、溜息を吐きながら頭を左右に振った後、射るような目で、勇者を睨んだ。
「勇者…、馬鹿だという自覚があるのなら黙ってなさい。自覚がなくても黙ってなさい」
「………ええっと、はい……」
「魔法使いさん、勇者様も水晶を必死で探したのです。ですから、勇者様を責めないで下さい‥」
「そのことは別に怒っちゃいないわよ。見つからなかった物はしょうが無いでしょ。問題なのは宰相の依頼を受けた事よ!」
勇者と戦士が23階層から無事生還して、今日で3日が経った。
魔物の巣を乗り越え、どうにか祠へとたどり着いた勇者と戦士ではあったが、祠の中は空っぽであった。
最初からなかったのか、それとも既に誰かに持ち去られた後なのかは解らない。
どちらにせよ、水晶はなかった。勇者達は探索を打ち切り王都へと戻った。
が、そこで一悶着起きる事となる。
「まさか私達が水晶をネコババしたと思われるとはね。あの宰相、そんなに人の事が信用出来ないなら自分で取りに行けばよかったのよ!」
用心深い魔法使いは街中でも常に結界を張って眠る。宿に張った結界を何者かが踏み越えて来たのが昨日の夜。手練の暗殺者であった。
「胡散臭い話だとは思ってたけど、国がらみの依頼っていうのはこれだから厄介なのよ。危うく死ぬところだったわ!」
真実を知る水晶。その用途は、新たに王となった王弟に対し、宰相は王の私生児と名乗る人物を担ぎ上げようとしたらしい。
私生児が正当な血筋であることを証明するために水晶を手に入れるというのが、宰相の目論見だった。
要するに勇者たちは政争に巻き込まれたのだ。それも最悪な形で。
王弟側からは宰相側に与する者とみなされ、宰相側からは勇者たちが王弟側に寝返ったのだと疑われた。
故に彼等はホームである王都から脱出した。そして今、終末の迷宮にほど近い小さな村に身を潜めている。
「王国の後ろ盾を得るどころか、まるで指名手配状態よ! よく調べもしないうちに宰相の誘いなんかにホイホイ乗るからあんな事になったのよ! わかってる、勇者! 私には私の事情があるの! 一刻も早く攻略したいのよ!」
魔法使いの整った顔が、怒りに歪んでいる。今回の依頼については、魔法使いは元々反対していた。
意見の不一致。冒険者のパーティーには往々にして起こり得ることである。
意見が揃わなくとも、結果が良いものであったならば丸く収まる。
しかし、それが悪い結果となってしまった場合、パーティーには確実に亀裂が産まれる。
「アンタ達と一緒に組んだのも攻略のためなのよ! 攻略の妨げになるなら組んだ意味なんて無いわ! もう十分よ! 私は一人で…」
「け…、ケンカはだめえ!」
「そうよね。喧嘩はよくないわね。じゃあ皆で、鍋でも食べましょうか。あっ、まずは乾杯よね。これからの迷宮攻略とみんなの無事を祈って、かんぱーい」
先ほどまで怒りに顔を赤く染めていた魔法使いは、ころりと微笑んで杯を掲げた。
戦士と僧侶は魔法使いの豹変に呆気にとられたものの、波風は立てぬほうがよいだろうと、何も言わずに杯を掲げた。
人の心の機微など察せぬ勇者は、もう説教は終わったのだと喜んだ。。
「こんにちわー、あそびにきたよー」
「あっ、ちょっと待ってねー、これあっちのお客さんに運んでからねー」
4人の喧嘩を止めたのは、宿屋の娘の元に遊びに来た少女。
少女の胸に光るネックレスが真実を知る水晶であることは、少女以外の誰もしらない。