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終末のダンジョン・第五話『当たり前のありがたみには中々気づけない』




「川が流れているのか…?本当にどうなってるんだ? この迷宮は」



「『この迷宮には全てがある。足りない物はありえないことだけだ』終末の迷宮を評した有名な言葉よ。川ぐらいあってもおかしくもなんとも無いわよ」



「水が濁っているな。中に何が潜んでいるのかわからんな」



「葦のせいで視界も悪いですね」



勇者達は今、終末の迷宮の23階層、『偽りの流れの迷宮』にいた。

迷宮の中をゆっくりと大河が流れている。ぬかるんだ地面は、背の高い葦で覆い尽くされている為に、視界も悪い。



「この階層にあるのですよね? 『真実を知る水晶』は」



「ええ、宰相の話が正しければね。…あの宰相、相当な食わせ者らしいから、正直関わりたくなかったのだけれど…」



「そうかあ? 俺はいい人に見えたけどな、それに真実の水晶を手に入れれば、王国が全面的に援助してくれるっていうし、悪い話じゃないだろう」



勇者達がこの階層で見つけるべき物は2つ。次層への階段と、この階層のどこかに祀られているという真実の水晶と呼ばれるマジックアイテムである。

事の始まりは3日前の事である。22階層を攻略し、休養で王都へと戻ってきていた勇者達の元に、王国の宰相がお忍びで訪れた。


彼が言うには、終末の迷宮の地下23階層に『真実を知る水晶』というアイテムが隠されているという。

「真実の水晶を手に入れて来てくれ、詮索はするな」怪しい依頼ではあったが、どの道、23階層は攻略せねばならない。

手間は増えるだろうが、見返りも大きい。

魔法使いだけは最後まで渋っていたが、結局勇者パーティーは宰相の依頼を引き受ける事にした。



「静かに!」



戦士が突然足を止めた。

ぐるりと辺りを見渡す。正面には濁った川。周りには戦士の背丈よりも高い葦の群生。足元は泥濘んだ地面。

泥と腐敗した植物の匂いが立ち込めるその場所で、葦の茂みがガサリと揺れた。



「そこだッ!」



戦士が葦の群生地に向けて大槌を振りおろす。手応えはあった。

何者かがのたうちまわり、葦の茂みがガサガサと揺れたが。暫くすると動かなくなった。

戦士は葦の茂みの中に手を突っ込むと、ズルリとその何かを引き出した。



「…ふむ、竜の出来損ないのような姿だな、見たこともないモンスターだ」



体長は4mほどであろうか。ゴツゴツとした硬い鱗は竜のようにも見えるが、竜というには、扁平な魔物であった。

体長の4分の1ほどが頭であり、顎には鋭い牙がズラリと並んでいる。

短い手足は不格好であり、竜の逞しい手足とは全く異なっている。これでは、這って進むことしかできぬであろう。

これまで数多の魔物と戦ってきた戦士にしても、一度も見たことがない魔物であった。

生命力がよほど強いのだろう、頭を叩き潰された状態でも、未だ体はビクビクと動いていた。



「とりあえず、『鑑定』してみるわね」



魔法使いが鑑定アナライズの魔法を唱える。鑑定の魔法は、人だけではなく、モンスターにも効く。表示されるステータスは敵の強さを知る目安となる。


魔法使いは、最初は訝しむように首を傾げて、何やらブツブツと言った後に、青ざめた。



「どうした? 魔法使いよ」



「魔法が…使えないわ。鑑定どころか、初級の火の魔法も…」



「わ、私も! サーチの魔法が機能しませんでした。回復魔法も発動しません!」



「本当だ。俺も使えないぞ? なんでだ?」



魔法使いは目を閉じて、何かを探るように瞑想を始めた。



「‥この階層ッ、魔素が全くないわ!? これじゃあ魔法なんて使えない!」



世界は魔素に満ちているものである。魔素があるから魔法が使える。

逆に言えば、魔素がなければ魔法は使えない。空気がなければ声が届かぬのと同じレベルの話である。



「魔素がないって、ありえるのですか、そんな事!?」



「『この迷宮には全てがある。足りない物はありえないことだけだ』とは本当に良く言った物ね…。現に、今起こっているのだから受け入れるしかないわよ。この見たこともない魔物も、魔素のないこの階層に生きられるように適応したのでしょうね。…全くあの宰相、何かを隠してるとは思っていたけど、魔法が使えないとわかってたら、こんな依頼絶対に引き受けなかったわよ!」



終末の迷宮の23階層。この階層がどれほどの大きさかは分からないが、これまでの経験からして、少なくとも街1つ分の面積はあるだろう。

真実を知る水晶が収められていると言われる祠。魔法もなしで探すとなると、骨が折れるどころの話ではない。



「引き受けてしまったものは仕方がないだろう。どの道私には関係はないからな。未知の魔物だろうが、蹴散らしてしまえば良い」



戦士は既に息絶えていた巨大な魔物を片手で掴み上げると、100キロ以上はあるであろう巨体をらくらくと放り投げた。

元々魔法の使えぬ戦士には、魔素のあるなしは関係ない。彼が頼るのは己の肉体のみなのだから。



「そうだよな戦士! それに魔法が使えないのはモンスターも同じだ。恐れることは何もない。行こう!」



勇者が勇ましき声を上げた。勇者には魔法がなくとも剣がある。そして心には勇気がある。


勇者は決して挫けない。



「さすが勇者ね。それじゃあ二人共、頑張って来てね」



「‥へっ?」



「うむ、魔法の使えぬ魔法使いと僧侶がいても足手まといにしかならぬだろう。水晶は私と勇者の二人で見つけてこよう」



「‥あ、あれっ?」



「ごめんなさい勇者様…。本当は私も付いて行きたいのですが。魔法の使えない私では何のお役にも…、せめてこのポーションを私だと思って、持って行って下さい」



「あ、ああ…?」



「ではゆくぞ勇者よ。魔法を使わぬ戦い方というものを教えてやる。お前はどうも魔法に頼りすぎるきらいがあるからな」



「は…、はい…?」



「「いってらっしゃーい」」



こうして勇者と戦士の二人は探索を開始した。

僧侶と魔法使いの二人は、階段の側から二人を手を降って見送った。







魔法の使えない探索という物は、勇者には初めての経験であった。



「いいか? 索敵の魔法が使えない以上、己の五感と勘だけが頼りだ。神経と命を研ぎ澄ませ。でなければ、死ぬぞ?」



未知の魔物は泥の中から突然に、次々と襲いかかってくる。神経は研ぎ澄まされる前に、すり減っていった。



「今日はここまでだな、火を起こすぞ勇者。これで火を付けておけ。俺は薪になる物を集めてくる」



大と小、二本の棒を渡された。何をどうすれば良いのかすら解らなかった。



「魔法の結界は張れぬからな。二時間ごとに交代だ」



浅い眠りを2度ずつ繰り返すと、再び出発した。



「水がきれたな、勇者。泥水の飲み方を教えてやろう。魔法など無くとも水は作れる」



戦士が靴下をおもむろに脱ぐと、靴下で泥水を濾過し始めた。



「生水は腹を壊す。水は必ず煮沸しろ。兜は鍋の代わりになる。魔法などなくとも浄化はできる」



戦士は濾過した水を脱ぎたての兜で受けると、水を煮沸し始めた。



「腹を壊した? ほら、炭をのめ。炭は腹を綺麗にする。魔法などなくとも解毒はできる」



小石ほどの炭をガリガリと噛んで、泥水で流し込んだ。



「ふむ、この魔物は旨いな。竜の出来損ないのような見た目からはとても食えぬと思ったが、いや、まるで上質の鳥のような味だ」



肉の味は確かに悪くはなかったが、塩ぐらいは欲しいと思った。



「服を脱げ、蛭を探してやろう」



体中に蛭が吸い付いていた事には気づかなかった。



「喰われた分は、喰らい返せ。それが俺たち傭兵の流儀だ」



血をパンパンに吸った蛭のスープを噛まずに流し込んだ。



「目が覚めたか? 葦の葉の茶だ。腹痛にも効くぞ、飲め」



探索が5日を超える頃には、泥水で作った葦の葉の茶も、生きるために飲めるようになった。



「食欲がなければレバーだけでも食え。レバーは完全栄養食だ」



嫌いだったレバーも、生きるために食べられるようになった。



「やはりサバイバルはいいな…。生きていると‥、実感できる」



生きている実感などまるでなかったが、生きたい、とは思った。



「一曲歌うか…、俺の故郷の歌だ」



焚き火を前に、戦士が見知らぬ歌を歌う。涙が流れた。生きて帰りたいと、そう思った。




そして…、探索14日目の朝のことである。



「あれだろうな、小島に浮かぶ祠、宰相殿の話の通りだ」



葦の葉の隙間から、戦士が目標を見定めた。

川にぐるりと切り取られた小島。三角州である。平たい砂地の上に、ポツンと小さな祠が経っていた。

浮島へは、いくつかの飛び石が道を作っていた。赤く大きな飛び石が、泥の川の中にいくつも浮かんでいた。



勇者が歓喜の声を上げた。



「祠だ! 水晶だ! ゴールだ! 終わるんだ! これで終わるんだ! ようやく帰れるんだ!」



「待てッ! 勇者よ!」



戦士の静止の声も聞かず、勇者は奇声を上げながら駆け出した。

今の彼は、早く水晶を手に入れて街に帰りたい。それだけを考えていたのだから。



島と勇者を隔てる川には、何十個という赤い大きな飛び石が並んで道を作っている。



勇者は最初の飛び石へとスキップするような足取りで跳んだ。



が、足をついた時に、飛び石は何故かぐらりと揺れた。



「へっ?」



体勢を崩した勇者はざぼんと水に落ちる。なぜ、岩が動いたのか、勇者には解らなかった。



「グモォオオオオッ!!」



飛び石が吼えた。


いや、飛び石ではない。それは魔物であった。

二本の巨大な牙に、牛よりも大きな巨体。部厚い皮膚。やはり見たこともない魔物であった。


水面に浮かんでいたたくさんの背中が、石の道のように見えていただけだった。水の中から次々に魔物が姿を表すと、一斉に勇者の方を向いた。



「ぉぉおおおっ??」



逃げろと、命が警告した。だから勇者は迷わず岸へと逃げた。


もしも一瞬でも戦おうとしたならば、水の中で、魔物にあっという間に囲まれて噛み殺されていただろう。



五感と、命が研ぎ澄まされていた。二週間に渡るサバイバルが、勇者の生への執着と生き物の本能を目覚めさせていた。



「グモォオオオオオオッ グモォオオオオオッツ」



魔物たちの声を背中に浴びながら、陸に上がった勇者は這うように逃げだした。

みっともなくとも構わない。足を止めたら死ぬと感じた。この数の魔物を相手に、戦って生き残れる気などしない。



「ぉぉおおおおっ?」



奇声を上げながら、勇者は最悪のモンスターハウスから逃げ出す。



「グモォオオオオオオッ! グモォオオオオオッツ!!」



縄張りを侵されたと魔物達は思ったに違いない。百頭近い魔物の群れが、一斉に勇者を追いかけ始めた。

巨体に似合わぬ、異常なスピードで、魔物の集団が勇者を追いかけてくる。




「グモォオオオオオオッ! グモォオオオオオッツ!!」



「ぉぉおおおお俺は、生きる! 絶対に生きてやる!!!」



魔物達の咆哮が、勇者の雄叫びが迷宮に響く。



「(そうだ勇者よ。逃げても良いのだ。生きる為にはどこまでも臆病になれ! それがサバイバルの極意だ!)」



勇者と魔物の群れ。命がけの追いかけっこを見守りながら、戦士は葦葉の陰で身を潜めていた。






モンスターファイル


ヒポポタマス

力      205

素早さ     85

身の守り   220

HP     280

MP       0

攻撃力    205

防御力    220


この世界では終末の迷宮の23階層にのみ生息する魔物である。厚い皮膚は剣を弾き、巨体から産まれる突進と、太い牙と大きな顎による噛み付きの力は恐ろしい。

魔素の無い世界で退化してしまったベヒモスの眷属だと言われているが、群れで行動する為に非常に厄介な魔物である。

縄張り意識が強く、気性も荒く、縄張りを侵したものをどこまでも追っていく。






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