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第十二話   賊討伐①

 それはユージーン様とリーアン様が出立して、一週間が経った日のこと。


「ティアーク様、ご報告申し上げます」

「なんですか?」


 前と同じように二人きりになった朝食の時間。

 上座を空けて向かい合わせに座る僕とティアのもとに、クライスさんが訪ねてきたんだ。


「昨日、領都南西の街道で行商が襲われたとのこと。付近を縄張りとする盗賊の仕業と思われます」

「また盗賊が……」


 ティアが苦々しげに呟く。

 彼女の言葉の通り、盗賊の横行は目に余るものがった。




 僕も最近学んだことなんだけど、この世界では盗賊や山賊、海賊といった無法者の存在は珍しいものではないらしい。


 何せ、街を一歩出ればそこは法の縛りがないんだ。

 村や街を結ぶ街道こそあるものの、常に警備が行き届いているわけではない。

 夜盗や盗賊、時には凶暴な猛獣なんかも出るそうだ。


 だからこの国の騎士団のような軍事組織は、基本的に街や村の警備、街道の巡回が仕事になってくる。

 決して戦争の時だけ働くってわけじゃない。

 国内の治安維持にも務めていることを考えると、日本でいう警察権力のような面もあるんだ。




「その行商に護衛は付いていなかったんですか?」


 僕はクライスさんに訊ねた。

 さっきのような理由で、街や村を巡る行商は護衛の傭兵を雇うのが一般的なんだけど、襲われた行商は違ったのかな?


「いや、護衛の傭兵はいたのだが、一人だったのだ。小さな行商だったために襲われないと踏んでいたのだろう。護衛に付いた傭兵は盗賊に殺されたそうだ」

「そんな……」


 十分に訓練を積んだはずの傭兵が殺されてしまうなんて、よほど盗賊の人数が多かったのかな?


「賊の勢力はどれほどなのですか?」


 真剣な表情をしたティアが訊ねる。

 その問いに、クライスさんは即答した。


「逃げ延びた行商の男の話に依れば盗賊は五人。いずれも若い男ばかりだったそうです」

「若い男が五人……」


 なんとなく、嫌な予感がした。


 僕の勝手なイメージなんだけど、盗賊っていう悪い輩は皆壮年の男っていう印象があったんだ。

 今まで二回盗賊の襲撃を見てきて、その内のほとんどが三十代から四十代の男性だったから。


「珍しいですね。若者が揃って凶行に走ることもないわけではありませんが、五人がかりとはいえ訓練を重ねた傭兵を打ち倒すほどの若者だなんて……」


 ティアも腑に落ちないようだ。


 若くて力があるのなら、盗賊になんてならずに傭兵か自警団、もしくは騎士を目指すという手もあった。

 それなのに、五人もの若者が盗みと殺人を働くなんて何かおかしいと、そう思ったんだ。


「如何なさいますか?」


 クライスさんも疑問は承知の上なんだろう。

 それでも、決断をしないわけにはいかない。


「当然、アトラスの領民に害を為すものを放っておくわけにはいきません」


 ティアは強く頷いて応えた。


「では、出撃の備えを進めてもよろしいでしょうか?」

「ええ。近衛騎士隊の二小隊を派遣してください」

「畏まりました」


 クライスさんはティアに一礼してその場を後にする――。

 と思いきや、ふと何か思いついたように立ち止まり、もう一度振り返った。


「まだ何かありますか?」


 ティアが首を傾げる。

 クライスさんは軽く頷き、僕に目を向けた。


 そして驚愕の一言を発する。


「チヒロ、君も討伐隊に同行するのだ」


「ぼ、僕がですか!?」

「クライス!」


 ティアと一緒に驚いて声を上げる。

 ティアは椅子から腰を浮かせていた。


「君は場数を踏んでおくべきだ。この先、いつ戦場に立ってもおかしくないのだからな」


 クライスさんは神妙な面持ちでそう言った。

 それは暗に、僕が戦場で策を練り、ともすれば指揮を執る日も近いということだ。


 確かにこの二か月弱、僕はクライスさんの下で毎日勉強してきた。

 様々な先人の策や兵法を学び、その有効性と弱点を把握し、僕自身の糧にしてきた。

 指揮を執る場合の心構えや動揺を表に出さないよう細心の注意を払う必要性も学んだ。


 だけど、いきなり実戦に参加しろだなんて……。


「その……見習いがいきなり参加するというのは、構わないんでしょうか?」


 おずおずと、クライスさんに訊ねる。

 彼は真剣な表情のまま、それが当たり前のように頷いた。


「見習いだから同行できないなどということはない。誰しもが実践を積む中で一人前になるのだからな」

「それは……」


 確かにその通りだと思う。

 思うけど、でもいきなり言われても心の準備が……。


「安心しろ。君自身は殆ど戦えないのだ。護衛にケビンを付ける。それでどうだ?」


 いやいや、僕が不安に思っているのはそういうことじゃないんですよ。


 とはいえ、ここで否というわけにもいかない。

 公爵家に軍師として仕えると決めた以上、いつかこの日が来るのは決まっていたんだ。

 最初から戦争の渦中に放り込まれるよりは、精神的に多少マシなのかもしれない。


「……わかりました。精一杯務めさせていただきます」


 多大な不安を抱えながらも、僕は頷いた。

 与えられた機会はしっかりと活かしていかなくちゃいけない。

 もう前みたいに後悔はしたくないから。


「よし。それではただちに準備にかかれ。半刻後、丘下の噴水広場に来るように」

「はい」


 クライスさんはそれだけ言い残すと、再度一礼して部屋を出ていった。


 ティアは呆然としたまま僕を見つめているだけだった。


「では、行って参ります」


 黙ったままの彼女へそう言い残し、僕もまた扉から部屋を出た。




―――




 半刻後。

 僕は騎士団の正装に身を包んで、噴水広場に立っていた。


 一応腰に剣は提げているものの、鎧の類は殆どなく、革製の胸当てをしているだけだ。

 身軽で回避はし易い分、防御力は皆無と言っていいと思う。


 でも、僕はこれでいいんだ。

 僕は騎士ではなく、軍師なのだから。

 戦いは専門家に任せて、僕は騎士の先輩方の助けになれるよう努めるだけだ。


 青と白を基調にした騎士装は、鎧が無いと何だかタキシードに似ている。

 このまま公式行事に出られるくらいきちっとした物で、その割に動きを阻害されないよう、腕や膝の部分は伸縮性のある素材で作られている。


 でもコレ、僕が着るとやっぱり女騎士に見えてしまうみたいだ。

 さっきも街の女性に手を取られて激励されたし、騎士の先輩方にもからかわれてしまった。


「さて、そろそろ時間だ。皆、準備はいいか?」


 今回の討伐隊のリーダーを務める、本当の女性騎士が部下達に声をかける。


 彼女はエリンダさん。

 クライスさんの右腕的存在の人で、近衛騎士隊の副隊長でもある。


 ちなみに隊長のクライスさんは今回の任務には参加していない。

 お屋敷に残って、街の守りの指揮を執るんだ。


 以前盗賊が街を襲撃してきた際に報告を上げていたのも彼女で、クライスさんが最も信頼している部下の一人だとケビンから教わった。


 不穏な雰囲気の今回の賊討伐。

 だからクライスさんは、実力者で最も信頼の置ける彼女を部隊長に選んだんだろう。

 ティアが二小隊、十人の騎士を派遣することに決めたのも、そんな不穏な空気を感じ取ってのことだと思う。


 今広場には近衛騎士隊の二小隊十人と、僕とケビンを併せた計十二人が並んでいる。

 今日のケビンは鎧なしだけど。


 理由は恥ずかしながら、僕がまだ満足に馬に乗れないから。

 鎧を付けると僕を後ろに乗せられないから、ケビンは今日鎧を外して来てるというわけなんだ。


「問題は無いようだな。ではこれより、南西の街道に出没するという賊の討伐に……」

「待ってください!」


 と、エリンダさんが出発の号令をとる直前、一騎の馬が丘を下ってきた。


 坂を下る白馬に跨っていたのは――。


「ティアーク様!?」


 エリンダさんが驚きの声を上げた。


 彼女だけじゃない。

 他の騎士の先輩方も、ケビンも、そして僕も驚いた。


 唯一人、クライスさんだけが大きなため息を吐いていた。


「どうなされたのですか? そのような格好で……」


 エリンダさんが動揺するのもしょうがないと思う。

 だってティアってば、僕たちと同じ騎士装に銀造りの胸当てを付けて、腰には剣まで提げてるんだもん。


 もうこの格好を見ただけで、僕は彼女が何を言いだすのか予想がついていた。


「私も共に行きます」


 ほら、やっぱりね。


「そんなっ!? ティアーク様が直々に出陣なさるなど、いけません!」

「いいえ、私も行きます。何故若者が揃って悪事を働くのか、真相をこの眼で確かめたいのです」

「ですが、今回は不確定な要素も多く……」

「それならば人手は多い方がいいでしょう? これ以上近衛騎士を動かすわけにはいかないのですから、私自身が出ます」


 一見筋が通っているように聞こえるだけに、エリンダさんは反論に苦しんでいる。


 実際人手が多いに越したことはないんだと思うよ。

 付いて来るのが公女のティアじゃなければ、ね。


「ティアーク様」


 見ていられなくなったのか、クライスさんがもう一度ため息を吐いて呼びかける。


「クライス、止めないでください。私は行きます。賊の正体をこの目で確かめねば……」


 早口で捲し立てる彼女に、クライスさんは容赦の無い一言を放り込んだ。


「少々、チヒロを気にかけ過ぎだと思われますが」


 話の流れにそぐわない一言だったけど、ティアはいとも簡単に動揺してしまった。


 なんだか、話の雲行きが怪しくなってきたかな。


「チ、チヒロは関係ありません! 私はただ、若者の凶行に納得がいかないだけで……」

「では、チヒロを討伐隊から外してもいいと?」

「えっ!?」


 思わぬ更迭案が出されて、僕も声を上げてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください。え? 僕、降ろされちゃうんですか?」


 突然自分の立場が危うくなってしまったんだ。そりゃあ焦るよ。


「ティアーク様の答えによっては、そうだ」

「そんな……」


 縋るような眼差しで、僕はティアを見つめる。


 お願いだから、妙な発言は止めてください。

 内心で必死に懇願する。


 そんな願いが通じたのか、ティアは若干頬を染めながらも、まともな理論を展開した。


「チヒロは、私の軍師なのですから、その才覚を私も把握する必要があります」

「そうですね。そのことに異論はありません。ですが今回はチヒロの初陣。実力を見るのは後でもよろしいのでは?」

「私の馬にチヒロを乗せれば、ケビンも装備を整えられますし、良いこと尽くめなはずです」

「その代わり、御守りすべき方が増えます。ケビンは二人を同時に護らなければならなくなるでしょう」

「自分の身は自分で守れます。ケビンにはチヒロを守って頂ければ十分です」

「万が一ということもあります。そのような危険は冒せません」


 なんだかティアの方が形勢不利な感じだ。

 唇を結んで考えているが、突破口が見当たらないのかもしれない。

 ダシにされ苦笑いを浮かべるケビンは立場上どちらにも味方は出来ないし、このままだとクライスさんに丸め込まれてしまいそうだ。


 でも、果たしてティアが簡単に引き下がるだろうか。


 一応、こうなった原因が僕であることを、さすがに僕も自覚してる。

 ティアが僕のことを心配してくれているのも伝わってきているし、それは素直に嬉しいことだ。


 でもこうやっていつまでも引き下がらずにいた場合、クライスさんは何を言いだすだろうか。


 多分、僕とティアの二人ともを討伐隊から外すって言うと思う。

 それだと折角のチャンスも、覚悟を決めてこの場に来たことも無かったことになってしまう。


 それはちょっと嫌だなと、そう思った。


「あの、クライスさん?」


 僕はティアを窘めるように見つめる近衛騎士隊隊長に、そっと話しかけた。


「チヒロ、君からも申し上げてくれ。ティアーク様の同行は危険で許容できないと」


 でも、二人はそれをきっかけにまた言い争いを始めてしまう。


「いいえ、私は行きます!」

「ですから、それではケビンの手に余ると……」


 もう、埒があかないな。


「ティアーク様は賊の正体を見極めたくて一緒に来られるのですよね。だとすれば、それを止めることは出来ないと思いますよ?」

「だが、問題はティアーク様が君と共に行きたがっていることにあるのだ」

「いえ、違いますよ。問題はティアーク様の安全が確保できるかどうか。そうですよね?」


 こう言っておけば、ティア自身がそれを認めない限り追求しきれないはずだと、僕は腹積もりしていた。


「……その通りだ。如何なケビンであっても、二人を同時に護ることは難しい」


 目論見通りだ。クライスさんは苦々しげに頷いた。


 そして問題がティアの安全なんだったら、僕がこう言えばクライスさんはもう何も言えないはず。


「では、僕に護衛は必要ありません。ティアーク様ではないですけど、僕も自分の身は自分で守れます。ケビンには、ティアーク様を守ってもらえれば十分です」


 って言っても、半分は虚勢なんだけどね。


「チヒロ!? それではあなたが……」

「ティアーク様、僕も一応剣を学んでいますから、いざというときは守りに徹すれば大丈夫ですよ」


 声を上げたティアをすぐに制して、僕は再びクライスさんに顔を向けた。


「僕は軍師で、ティアーク様の従者です。ティアーク様の願いは出来るだけ叶えたいと思います。そのための危険は厭いません」


 言い切ると、クライスさんは腕を組んで目を閉じた。

 僕の言ったことのリスクを推し量っているんだと思う。

 ティアはティアで何か言いたげな表情をしていたけど、視線で制して口を開かせなかった。


 やがて、長考から顔を上げたクライスさんは、不服そうにしながらも頷いた。


「チヒロがそこまで言うのなら、わかった。ティアーク様のご同行を認めよう」

「ありがとうございます」

「くれぐれも、ティアーク様に万が一のことが無いように」

「はい」

「隊長、私も尽力いたしますので、どうかご安心を」


 二度頷いた僕の後ろから、ケビンも続いてくれた。

 意見を訊かずに通してしまったけど、どうやら反対ではないみたい。


「話は決まった。エリンダ、ティアーク様もご同行なさる。任せたぞ」


 一度しっかり頷いたクライスさんは、エリンダさんの方に振り返る。


「はっ! この命に代えましても」


 彼女の方も、隊長に見事な敬礼を返した。


「では、出撃してくれ」

「了解いたしました。全騎、ケビン准騎士の準備が整い次第、出撃するぞ!」


 エリンダさんは見守っていた部隊の騎士たちにそう指示を出した。

 全員が返礼し、各自が出撃前の最終確認を始める。


 僕は馬から降りて、ケビンを見上げた。


「すぐ戻る。ちょっとだけ待ってて」


 言い残して、ケビンは馬を走らせた。

 ティアが下りてきた坂をあっという間に上っていく。


 ケビンを見送って、僕はティアの跨る白馬の方へ歩き出した。


「チヒロ……」


 ふと、白馬の傍まで歩み寄ると、馬上のティアが心配そうな表情を浮かべていた。


 僕は微笑み顔を作って、彼女へ笑いかける。


「ティアーク様、そういうことですので、どうぞご安心ください」

「ですが、私はあなたが――」

「僕は大丈夫だから。心配しないで、ね」


 言葉遣いを崩して、誰にも聞こえないよう囁くような声量でそう言った。

 耳聡いクライスさんには聞こえていたみたいだけど、眉を顰めただけだったので聞こえなかったことにしてくれるみたい。


「……わかりました。それがチヒロと一緒に行くための条件なら、致し方ありません」


 彼女は少し悩む素振りを見せたけど、最終的には頷いてくれた。

 っていうか、表だってそういう言い方をされるのはよくないんだけどな……。


 その後、僕は前みたいにティアの後ろへ乗って、ケビンが戻ってくるのを待った。




―――




 アトラスの領都を出発した討伐部隊。

 エリンダさんの乗る馬を先頭に、総勢十二騎の馬が街道を駆け抜けていた。


 領都から盗賊襲撃の報告があった場所までは、馬を使っても三刻程かかる。

 その間、途中休憩を挟みながらも、基本的には走り通しだ。


 馬に乗り慣れていない僕は、最初の休憩までの一刻でもう疲れてしまった。

 どういうわけか、お尻が痛くてしょうがなかったんだ。

 密かに確認してみたところ、お尻の真ん中に御出来ができてしまっていた。

 道理で痛いわけだよ。


 とはいえ、泣き言を言って部隊の足を止めさせるわけにはいかない。

 僕は残りの三時間余り、必死に痛みを堪えながらティアにしがみついていたんだ。

 その所為か、前からは何度も艶めかしい声が漏れ聞こえてきた。

 そんな、妙な緊張感も手伝って、僕はこの後余計に疲れてしまった。







 そうして、僕たちはついに盗賊が現れたという現地に到着した。


 片側には遠く地平線が見渡せる平原。

 もう片側には木々が鬱蒼と生い茂る森。

 木立が途切れたその境目に、土がむき出しになった道があるんだ。


 街道と聞いてイメージしていたようなものとは、似ても似つかない。


「この辺りのはずだ。この街道の北西に広がる森、恐らくこの中に盗賊たちは潜んでいる」


 隊を止めたエリンダさんが森の方を指差して言った。


 確かに、隠れるとしたら森の方だと思う。

 だけどこの広い森の中をどうやって探すんだろう。

 もう日は傾き始めているし、直に暗くなってくると思うんだけど。


「では、今日はここに野営する。明朝、日の出と共に捜索を開始しよう。各自四人一組で食事の準備を始めろ。以上だ」


 なるほど。泊まり込みなんですね。

 アウトドアキャンプなんていったい何年振りだろう。


 家族で行ったキャンプを思い出しながら、僕は馬から降りようとする。


「痛っ!」


 と、すっかりガクガクになった脚を持ち上げたところで臀部に痛みが走った。


「チヒロ、お尻は大丈夫ですか?」

「ああ、うん。ちょっと痛むけど、でも大丈夫だよ」


 休憩を挟んでからの一刻半、僕があまりに強くしがみつくもんだから、ティアには御出来のことがばれちゃったんだ。

 先に降りて、脚を震えさせる僕を気遣ってくれる。


「これほど長く馬に乗っていたのは初めてですからね。仕方がないですよ」

「うぅ……。乗馬がこんなに大変だなんて思わなかったよ」


 RPGの世界や、もっと言うと競馬の番組を見ていても、馬に乗っているのがこんなに辛いことだとは思わなかった。

 確かに自力で走るよりずっと速いけど、同じ時間走っているくらいの体力を使った気がするな。


「チヒロ、お疲れ様。どうだった?」


 平然と近づいてきたケビンは、ニコニコとなんだか薄気味の悪い笑みを浮かべている。


 絶対に何か面白がっている眼だ。


「どうもこうも、すごく疲れたよ。脚はもうガクガクだし」

「ハハハ、慣れてないんだからそんなものだよ。それより――」


 ひとしきり笑い、それから笑みをさらに深める。


「ずっとティアーク様に抱きついていて、楽しそうだったじゃないか」

「なっ! ケビン!?」

「あ、あれはその、ちょっとお尻を痛めちゃったから腰を浮かせてて、それで態勢を整えるために仕方なく……」


 ケビンが悪い笑みで放った爆弾に、ティアも僕も揃って顔を赤くしてしまった。

 仕方がなかったことだけど、恥ずかしかったのは本当だし。


「そういうことにしておくよ。ティアーク様、食事の用意のため薪を拾いに森へ入ります。僕とチヒロにご同行願えますか?」


 僕の弁明はあっさりと斬り捨てられてしまった。


「わ、わかりました」


 ティアはティアで何だか妙に赤くなって俯いてしまっているし、これじゃあ御出来をダシにわざと抱きついたみたいじゃないか。


 違うんだ。本当に違うんだよ。

 僕は決してやましい気持ちがあったわけじゃなくて、そりゃあティアの背中は温かくて柔らかかったけど、ほんとに鞍へ腰かけるのが痛かったからであって……。


「ほらチヒロ、そんな悶えてないで、薪を拾いに行くよ?」

「ケビン~」

「はいはい、座らないようにしてたのは見てたからわかってるよ」


 完全に弄ばれた僕は、未だ恥ずかしそうに頬を染めるティアと一緒に、ケビンに率いられて森の中へ足を踏み入れた。


 もちろん、火を起こすための薪を拾うために、だよ。




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