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感知する不死鳥と目覚める竜

 時は同じく、太陽が中天に達し強烈な陽光がアスファルトの地面を炙る頃。近辺にある高校に魔獣が出現したため、近隣の市民は警察の指示に従って避難していった。半径10キロメートルは完全に封鎖され、異様な静寂がその場に満ちていた。


 そんな異界めいた雰囲気が充満する住宅街。じりじりと降り注ぐ陽光の下、誰もいない閑散とした道路を疾走する人影が一つあった。


 頭から腰近くまでを覆うフード付きケープを羽織っているため、顔は見えない。それはひどく煤け灰色がかった赤銅色で、夏のこの時期にはひどく暑そうに見えるが本人はまったく意に介していない。


 ケープの裾を翻しながら駆ける様は鬼気迫っている。その走りは異常なスピードで、道路脇にある電柱に貼られた広告が、その人物が通り過ぎた直後に凄まじい風圧でたまらず吹き飛ばされてしまうほどだ。ほとんど地に足をつけず、飛んでいるに等しい。目深に被ったフードから覗くのは鮮やかな紅の瞳。


 その瞳には研ぎ澄まされた刃の如し鋭さがある。敵の気配を肌が感知する。ふとちらりと視線が上向けられ彼方の空に向けられる。


 視線の先に広がるのは無限の蒼穹ではなく、陰鬱に垂れ込める暗雲。周囲1キロメートルほど広がるそれの外側は、相も変わらず快晴の空が広がる。その光景は何かの前兆を予感させる。


 その人物は小さく舌打ちすると、風の如く疾駆する勢いそのままに地面を蹴り家屋の屋根に静かに着地する。ケープをはためかせながらその人物は前方を睨み据える。


「魔力反応が……4つ。2つはそれなりの量だがたいした相手ではなさそうだ」


 厳かな声がその人物の傍らから発せられる。何もなかった空間に突如眩い光が生まれた。そいつは翼をはためかせて空中でホバリングする。烈火に身を包んだ火の鳥を彼女はフードの下からちらりと一瞥してぽつりと呟く。


「それも直感? もう2つのほうは?」


 ほんの僅かに焦燥の滲む声は、高く澄んだ鈴の音のような少女の声だった。事態は一刻を争う。しかし敵戦力の把握は戦闘を優位に進めるためには必須だ。その率直な質問に不死鳥は全身から火の粉を振り撒きながら答える。


「こちらはかなり疲弊しておる。顕現できているだけで奇跡と言ってよい。こやつの主は相当なシンクロ率とエナジー保有量と見える。おぬしと同等かそれ以上であるな」


 少し意地の悪い声音で言う不死鳥を少女はじろりと睨むと、視線を逸らして鼻息を一つ。いつもひと言多くいけ好かない奴である。しかし彼の言葉に何度も救われた少女は知っている。この言葉が自分の心に余裕を持たせるためだということを。


 だがそれでもプライドを刺激されたのだ。いい気分ではない。不機嫌な声音で言い返す。


「仮にそうだったとしても、そいつは明らかに劣勢よね。ということは戦闘力ではあたしのほうが上ってことよ。契約者は実力が供って始めて超人になれる」


「なぜ劣勢なのかは直接見てみなければ判らん。しかしこれだけの圧倒的な差がありながら負けているとは何か訳がありそうだな」


「そんなことどうでもいい。とにかく先を急ぐわよ」


 再び前方を見据える少女の瞳には鋭い敵意と闘争心とわずかな好奇心が混合していた。それを読み取った少女の相棒は小さくため息を付くと一息に上空に上昇すると一瞬で元の大きさに戻った。


 静かにしかし荒れ狂う炎をその身に纏うその姿はまさにフェニックスにほかならない。大量の煌めく火の粉が真下の住宅街に舞い落ちる。しかし引火することなく触れたそばから消え失せる。


 少女は天を振り仰ぎ、眩く輝く相棒を見て目を細める。その瞳にはどこか憧憬の念があった。そのまま両足を曲げて一瞬屋根を踏み締めると跳躍した。ケープが翻ったのも一瞬、次の瞬間には不死鳥の背中に着地する。


 炎の権化に飛び乗った少女が焼死することはない。彼の炎は特定のモノだけを燃やし、特別高温というわけでもない。少女は柔らかな光に包まれるような心地良い感覚を味わいつつ、右腕を掲げてそこに目を落とす。


 そこにはホロディスプレイを展開する腕時計。手首の上には大きく周辺の地図が3Dで表示されている。前方に光点が2個輝いている。1つは血の色のような深い赤色でもう1つは淡い青色。もちろん赤色が敵である。


 つい先ほどまでそれらを囲むように赤い輝点が存在していたが、今は消え失せている。あの4体の魔獣が示し合わせたように現れたせいで、ここに来るまで時間がかかってしまった。


 裏に何かの陰謀の影を感じるが推測している暇はない。急がなくとも後の取り調べで判るはずだ。そう結論つけると少女は頭を軽く振ってその思考を追いやる。そして両目を閉じて息を大きく吸って、吐く。


 ゆっくり瞼を上げて無駄な思考を排除し、意識を戦闘モードに切り替える。全身がほどよく緊張するが、それでいて意識は研ぎ澄まされている。静かに告げる。


「行って!」


 短い叫びに応えるように不死鳥は、一度大きく翼を羽ばたかせると暗雲が覆う高宮高校へ向けて飛翔した。風を切り裂き一直線に目的地を目指す。景色が猛烈なスピードで後ろに流れていく。凄まじい風圧を少女は燃え盛る体毛に掴まって耐える。魔力によって筋力を強化していなければ一瞬で吹き飛ばされてしまうだろう。


 少女の耳元で鋭く風が唸る。いくら慣れたとはいえ、やはり恐怖を感じることを禁じ得ない。加速度的にその場所との距離が縮まっていく。


 あとものの数秒で到着するだろうと予測する少女の思考は、突如の強烈なGが断ち切った。束の間、高速で飛行していた不死鳥が急激な減速をかけたのだ。それにより少女の体は宙に浮き投げ出されそうになった。少女は咄嗟に魔力を大量に引き出して燃える体毛を必死にがっしと摑む。


 数瞬の浮遊はすぐに終わり、なんとか落下を免れた。少女は力なく不死鳥の背中に倒れ伏せる。猛烈な風圧を瞬間的に受けたため、フードが脱げて艶やかなセミロングの黒髪が晒される。


 しばし呆然と荒い呼吸を続けたあと、大きく息を吐き気息を整える。動悸が収まったところですぐさま飛び起き、目尻を吊り上げて抗議の声を上げる。


「ちょっと! 急に止まらないでよ! 心臓止まるかと思ったじゃな……」


 言いかけて息を呑んだ。何故なら背中越しに剣呑な雰囲気が伝わってきたのだ。すでに学校まで5キロメートルを切っていた。もう一息で辿りつける距離まで来ての急停止。少女が直感で危険の到来を察知した瞬間、それが猛然と迫ってきた。


 一瞬、網膜に焼きつかんばかりの閃光が迸りその数秒後、巨大な衝撃波が少女たちを襲った。そこから周囲に波紋のように広がったそれは放射状の魔力の波動。一瞬だけ少女の手の上に展開するホロディスプレイにノイズが走る。それだけではない。防衛省に設置された5基の魔力レーダー全てがほんの刹那、誤差が生じ索敵が不具合になった。


 少女は膝立ちのまま愕然と目的地を眺めていた。極度の集中によりレーダーのように鋭敏になった肌がびりびりと震えている。両目を見開き、口をわななかせながら呆然と掠れた声が漏れる。


「なに……いまの?」


「おそらく適合者が誕生した」


 少女の呟きに不死鳥は即答する。その声にはわずかな歓喜が滲んでいた。強者の気配を感じ本能が疼いたのかもしれない。しかしその事はさほど気にすることではなかった。それよりも聞き捨てならない言葉が聞こえ、少女は息を詰めた。半ば身を乗り出して頓狂な声を上げる。


「て、適合者!? いや、確かにそれならあの魔力量も頷ける」


「やはり覚醒条件は土壇場であるか。それとあの魔力は……」


「とりあえず一時待機しましょう」


 何やら思案に入りかけた不死鳥に少女は提案した。瞬時に思考を巡らせ、まだ驚愕から抜け出せていないが冷静に状況を分析した。不死鳥が少し首を傾げて意外そうな声で聞き返してくる。 


「向かわないのか? 念願の適合者にやっと会えるのだぞ」


 そう言われ少女は、ぱっと視線を不死鳥から外し少々唇を尖らせながら言う。


「そりゃ会いたいわよ。今までそのために鍛錬してきたわけだし。だけど……」


 そこで言葉を切り、視線を前方に戻して真剣な声音で言う。自然と顔も真剣さを帯びる。


「迂闊に近づいたら戦闘に巻き込まれかねない。適合者の力量はあの男に嫌というほど教えられたからね」


「そうであったな」


 そう呟くと不死鳥はどこか遠くを見るような目で同じく前方を見つめる。魔力波により垂れ込めていた暗雲は跡形もなく消滅してしまった。もはや超常現象の類だ。


 背中越しに不死鳥の心情を察した少女はフードを被り直し、軽い口調で言った。


「それに、警察の人たち置いてきちゃったし。あとでぐちぐち言われるんだろうなー」


 心底うんざりそうな顔でため息を吐く。これもイェーガーの宿命である。それを覚悟でイェーガーになったが、まさかあれほどいろいろ言われるとは思っていなかった。不死鳥も苦笑の気配を滲ませる。


「人間というのは規則だのと面倒くさい生き物であるな。束縛のない我々には理解できない部分だ」


 そこで言葉が切れ、1人と1匹は戦闘を予感して気を引き締めた。いくら適合者といえど覚醒直後である。万が一のことがないわけではない。だが、その可能性は限りなく低いだろうと少女は予測し、まだ見ぬ適合者に対して静かに闘志を燃やした。



 少女が魔力の波動をその身に受けた直後、ある病室に一人の男がベットに横たわっている。浅い息を規則的に繰り返し、静かに眠っている。


 

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