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2/放課後探索隊

 空は蒼穹。どこまでも高く、どこまでも青い。

 雲は白亜に。堂々と鎮座する宮殿の様に、ただ大きくそこにある。

 夏が見せる、夏だけの青空ひょうじょう

 そして暑い。何より暑い。どんな言葉を用いても夏を表すのに、暑いの一言に勝る言葉はないだろう。

 お日様からの死ね死ね光線が確実に俺の水分(HP)を奪っていく。

「あっつー……」

 一旦止まった汗を、Yシャツで拭う。

 学校は終業式だけで午前中には終わったので俺とナギサは昼ごはんの調達にコンビニ寄って、買い物もせず二分足らずで再び太陽に身をさらすことになってしまった。

 いやー本当にびっくりした。汗だくでコンビニに入り、クーラーのありがたさが身に染みたのも束の間、弁当のスペースがすっからかん。おにぎりもサンドイッチも全滅だった。

 なんでも昨夜のオーロラの事を取材に来たマスコミの人間が買い占めてらしい。意図して買い占めたのではないのはわかっているが、恨み言の一つや二つ言いたくなるものだ。が、俺としては初めからあまりお腹は空いていなかったし、むしろ珍しいものが見れたので少し得をした気分だった。

 そしてナギサは──

「ちぃくっそーマスゴミめぇええ。よくも私たちのご飯をぉおおおお」

 ──となりでタタリガミよろしく呪詛を振りまいていた。

 夏の陽気も曇らす程の負のオーラ。このままだと暗黒面に落ちかねない。

 つーか、このまま太陽に焼け晒しにされているわけにもいかないので、さっさと代案を提出しておく。

「な、どーすんの。別の場所にいくか?」

「むっ」

 このコンビニ、立地的に現在地は出発点の学校と目的地のひまわり山の間に位置しており、ここ以外のコンビニで近くのあるのは学校を挟んで反対側、つまりこことは真反対にある。またそこもここのコンビニのようになってはいないという保証はない、ということも付け加えておく。それ以外の選択肢としてファミレスなどのめし処もそちらの方面に固まっており、現在地よりもひまわり山からは離れてしまう。俺はそこまでしてこの暑い中、ひまわり山へ登山したい気力もあるわけないので、そのまま帰るだろう。言いだしっぺのナギサとて、血の味を覚えた獣のように、クーラーの恩恵に長時間浸ってしまえば再び暑い思いをしてまでひまわり山へ行こうとは思うまい。

 ナギサもその辺りのことは容易に想像できるのだろう。むむむ、と眉間に皺を寄せ、口元に手を当てて自身の好奇心とクーラーの誘惑とを天秤にかけているようだ。

 瞬き五回程の時間を使ってナギサは決意したようだ。その眼光に秘められた輝きはまさしく、戦に赴く戦士のソレだった。

「シヅク。ニイカタヤマノボレ、よ」

 ふむ。死ぬ気かお前は。

「じゃあ、飯はいいんだな」

「朝ごはんは食べたから、まだいける」

「何時間前の話をしてるんだ」

「ウィダーインゼリーの力をなめるなよっ」

「消化が良すぎるだろ……」

 なめてるのはどっちだ。

「そうだ、アメは? シオネにあげるとか言ってたけど、まだ残ってないのか?」

「シオネにあげたらなくなった」

「一つか二つしかなかったのか?」

「うん、ひと袋あげたらなくなった」

「アホかっ!」

「徳用の未開封だったのに……」

「バカかっ!」

「なんだかシオネが困ってるようにみえたよ」

「当然だろう……」

 シオネの当惑してる顔が目に浮かぶ。

 ちなみにシオネは今回のオーロラ探索ツアーには不参加である。彼女の名誉のために言わせてもらうと、逃げたわけでなくちゃんとした理由がある。その理由が、

『あのね、彼氏と別れ話をするから今日は無理なの。ごねんねぇ~』

 だとさ。そんなツッコミづらい理由にツッコめる訳もなく、俺はただその背中を見送るのであった。まあ、ナギサに付き合うのとそんな話をしに行くのどちらがマシといえば圧倒的にこちらだろう。だってこっちは遊びだし。シオネもその用事がなかったら大人しく……いや、ノリノリでノってくるだろう。長い付き合いは伊達ではないのだ。しかし、確か今年に入って四、五人目だっけか、今の彼氏って。この数だけ見るとどう考えてもシオネに問題があるのだが、正直、どこに問題があるのか思いもよらない。友達と恋人ではやはりなにか違うのだろう。

「でもシオネどうすんだろ」

「なにが?」

「いやさ、あいつ夏休みとか冬休みとかの長い休みの時に彼氏がいないと死んじゃう病を患ってんじゃん」

「あーそれだったら、休みの間に私が泊まりに行くから問題ないわっ!」

「ほぉー」

「シオは寂しんぼだからね~」

 姉が妹を語るような優しく、どこか意地悪げな色を混ぜた笑みを見せた。少女よりも少年のような、でもいつの間にか少女の比率が大きくなったナギサの笑顔。見慣れてるはずなのに初めて見るような──そんな錯覚をしたのはこの陽射しのせいだろう。眩しさに似た錯覚を覚えていると、ナギサは右目にかかる前髪をサイドに流しながら俺に笑いかけた。

「じゃーシヅク、準備はいい?」

「おう。どうせ今更イヤがったって遅いしな」

「ふっふっー、なんだかんだでノリノリじゃ~ん」

「うっせー」

 ニヤけるナギサに悪態をつきながら自転車にまたがる。ナギサが先に自転車を走らせたので、そのあとを追いかけ横に並ぶ。

 夏の暑さもこの時だけは風が拭ってくれた。



       ■



 ひまわり山に入るルートはいくつかある。最初に思い浮かんだのが山を二つに別けるように通ってる、市と市を繋ぐ道路だ。そして俺たちはその足元、平地と山の境界線上にいる。

 二人揃って坂を眺めていた。

「…………」

「…………」

 二人揃って心が折れていた。

 鬱蒼と茂る緑の──色が濃すぎて黒に見える──木々たちの間を走るコンクリートの道。蛇行してるのですぐにその先が見えず、更に木々がカーテンか壁のように向こうの様子を隠している。人間、先が見えないと不安になったり、意欲を削がれたりするのは人生という上り坂だけではない。あと何この山、何この坂。なんでこの世に山なんてあるんだよ。坂ってこんなに急だった? チャリでここを登るとか、そんな冗談はよしてもらいたい。

 まあ、つまり、心が折れたのは単純に坂を登りたくない、といういかにも現代っ子ぽいモヤシな泣き言が理由なのだった。

「…………」

「…………」

 途方に暮れている我らモヤシっ子を尻目に、車がスイスイ登って行くのを脇目にただただ眺める。

「……ヒッチハイクとかやってみる?」

「……やめよう。みじめだ」

 その提案に俺は力なく首を横に振る。ナギサも本気ではないのだろう、大きく息を吐いて自転車の向きを変えた。

「ひとまずお寺に行こう」

「寺?」

「確か、お寺のところに山を登れる階段がある……記憶がある」

「んー……そんな気もしなくもないが」

 記憶があやふやだ。あると言われればそう思うし、ないと言われてもそう思ってしまうくらい馴染みがない。とりあえず寺の場所は覚えている。このまま山の外周に沿って行けばいいだけだ。遠くもない。

 俺は合意の意思を頷きで示すと、ナギサも頷いてペダルに力を込める。

 しかし、目的地を目の前に、ここまでグダつくことになるとは思わなかったな……。

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