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1/The 1st Kind

 それは星の光をも溶かすような熱帯夜。

 夢見ることを許さない、悪い夢の中ような寝苦しい日。

 街は前触れもなく、夜空を凍てつかせるオーロラに抱かれた。


 ──其は極光の羽衣。地上あなたを愛する、宇宙わたしからの贈り物。



       ■



 登校最終日はまるでフライパンの上で火を入れられているのを待っているポップコーンのような雰囲気だった。

 夏休みが待ち遠しくて浮き足立っている──それだけではなかった。いつもより交通量の多い道路、路肩に停まるテレビ局と思しき車、同じ高校の制服を着た人、違う制服の人、スーツの人、そして街全体。行き交う人々皆がその胸に同じ話題を抱いているのは疑いようもなく、かく言う自分もその一人であり、学校までの足取りがいつも以上に速くなるのを誤魔化せなかった。自転車のペダルの回転率を注意される危険域ギリギリまで上げて学校に突入。手馴れた手順で駐輪場から一年の教室までの道のりを消化。窓際の自分の席に着いたところで溌剌とした声に呼ばれて振り返った。

「おっはよシヅク」

「おう、おはようナギサ」

 向けた目線の先には見慣れた顔の女生徒がいた。右羽渚ミギワ・ナギサ──少女よりも少年らしい好奇心に満ちている活発な瞳に、長い豊かな黒髪を束ねた髪型に、ほどよく健康的に焼けた小麦色の肌は室内にいるよりも外にいる方がよく似合っている、俺の幼馴染だ。ナギサは右目にかかる前髪を煩わしそうに指で整えながら俺の机に腰掛けた。

「机に座んな」

「いーじゃんいーじゃん。小さいことは気にすんなって! むしろご褒美だろ~?」

「馬鹿いってんじゃねーよ」

 机の空いたスペースに肘を立てそこに頬を乗っけながら半目で机に座る不埒モノを見上げた。ナギサはきしし、と子供のように目を細めて笑って、すぐにそれを引っ込めて神妙な表情に変わった。今はそんな雑談より話したいことがあるらしい。

 ナギサは気持ち、身体をこちらに傾けて声を潜めてきた。

「ねぇ、それより見たでしょ、昨日のアレ」

「ああ、昨日の、アレ、だろ?」

「そうそれ。昨日の──」

「「──オーロラ!」」

 見事にハモって二人揃って吹き出した。

「オーロラなんて初めて見たわよ。一生見ることないって思ってた……てゆーかそんなことすら考えてなかったし。すっげー綺麗だったよねっ」

「ああ、マジですごかったな」

 ナギサの言葉に頷きながら昨夜の事を思い返した。

 ──昨夜十時十二分から十九分の七分間、この街はオーロラに包まれた。

 この天変地異ともいえる異常気象は俺も目撃していた。寝ようと思い部屋の明かりを消した時だ。やけに外が明るいから窓を覗き、ソレを見たんだ。

 夜空を泳ぐ神の魚ような光の流れ。

 星の光を吸い込むように広がる神秘の翼。

 空全体が揺れる幻想の夜。

 日常を、現実を忘却させる奇跡の息吹。

 緑に煌めき天頂に近づく程、赤みの増す青紫の極光の天幕は心を奪うには十分だった。

 オーロラの規模としては今回のは最小の方らしいが、多分、アレを見た人間は皆同じ想いだろう。学校に来る前にすれ違った人達もそうだが、この教室の中もオーロラの話で盛り上がっていた。

「ほんと、すごいしか言えないのが恥ずかしいけど、ほんとーにすげー。絶対に忘れないと思う」

「うんうん、私も忘れない! ……でも、携帯使えなかったのがきつかったよぉ~」

「あぁー……」

 異常気象には異常事態がセットなのか、オーロラ発生十分前ぐらいから電波障害が起きてテレビの映りが悪くなったり電話やメールが混線したりしたそうで(この時は俺は寝る前だったので気付かなかった)、オーロラ発生時にはテレビ、電話ともに使用ができなくなってしまった。オーロラ消失時に徐々に回復し、完全に復帰したのが消失三十分後……大体十一時手前ぐらいだった。オーロラの発生原理には太陽フレアと磁気嵐が関わるそうで、この影響で人口衛生の計器がトラブルを起こし、カナダでは大規模な停電まであったそうだ。今回はそのようなことはなかったらしいが、一時的とはいえ、約一時間程の通信障害が起きて、この間に事故や急病人が出なかったのは不幸中の幸いか、もしくはオーロラのおかげか。まあ、オーロラが出なければ初めからこんな心配をしなくて済んだのかもしれないが。

「オーロラ見れたのはラッキーだったけど、もうちょい気ぃ利かせてくれなかったかな神サマはっ! あの感動をリアルタイムで共有したかったのにぃぃい」

「ははっ、無茶いうなって」

 拳を握り、身体を丸めて肩を震わせて全身で悔しさを表現するナギサに苦笑を漏らす。その姿を見て、というわけではないのだが俺も思わず──

「ま、写メくらいは撮りたかったな」

 ──などと、女々しい呟きを吐いてしまった。

 実体験と今朝のニュースの情報で裏付けが取れたのだが、普通のカメラではオーロラを撮るのは無理らしい。高感度のカメラでなければその姿を残せず、故に、映像媒体としては残っていない。地上からの映像はないが、かろうじて衛生からの映像だけがあの幻想が現実にあったことの証明だった。

「そうそう!写メよ写メ!」

「あん? ナギサも撮ったのか? 写ってねーだろ、アレ」

「そうだけど、違くてっ」

 俺の呟きに反応して縮こませていた身体を起こすナギサ。だが急にテンションのアクセルを踏み抜いたせいか、言語野というタイヤは空回りしてうまく言葉が出てこないようだった。このまま茶化すか、黙ってるかの二択を選んでいると、サイドから聞き間違えようもない女子の声が割り込んできた。

「ナッちゃん、シヅくん、おはよー」

「うーす、おはよシオネ」

 頬杖をついたまま目線を向けて、そいつに挨拶を返した。矢石汐音シセキ・シオネ──俺とナギサ共通の友人で、彼女も俺たちの幼馴染である。やや垂れ目がちな目元に、綿菓子のようなふわふわした、緩めのパーマのかかったショートヘア、同年代と比べて低い身長。だが幼い印象を受けるより先に、その、なんだ、あれだ、お胸、ですか? それがそれらの印象をぶち壊す。いわゆるトランジスターグラマー。言葉を選ばずに言えばロリ巨乳。夏場のブラウスの防御力の薄さは反比例してシオネ自身の攻撃力(男子限定)を高める──のだが、やはり花ざかりの女子高生。嗜みとしてサマーセーターなるモノを装備してリミッターをかけている。ふぁっく。

「ナッちゃんとシヅくんは昨日のオーロラみれた? あたし、気づくの遅れちゃって少ししか見れなかったよぉー」

「俺は最初の方から見れたぜ」

「うわぁーシヅくんいいなー羨ましいなぁー。ねぇナッちゃんは──ふわぁあ!?」

「ふっふっふ……おはよシオー。いいところに来たわ」

 シオネがナギサに話題を降るやいなやナギサは左手でシオネを抱き寄せて右手の人差し指でほっぺをクニクニした。うん、ワンクッションおいたからかナギサは比較的、正常いつもどおりになっていた。

「ふわぁ……な、ナッちゃんやめてよーオーロラの話がしたいだけなのー」

「いいよー。私もちょうど二人に聞いて欲しかったんだ」

「あたしたちに?」

「はなし?」

「イエス!」

 俺たちの頭の上に浮かぶ疑問符をナギサは感嘆符で打ち飛ばす。

「これ見てよ!」

 シオネを解放してスマフォを操作し、机から飛び降りて画面を俺たちに突き付けた。

「…………」

「…………」

 そして反応に困った。だって真っ黒なんだもーん。

「なあ、何も写ってねえんだけど。なんなの、コレ?」

「昨日のオーロラ」

「見ればわかる、いや、会話の流れでわかってる。んで、その撮りぞこない見せてどうすんの? 俺の携帯にも似たようなの入ってるぞ」

「撮りぞこないいうなっ。じゃなくてさ、右端のところみて」 

「んー?」

 言われた場所をシオネと一緒に凝視する。よく見てみると猫の爪のような薄い縦線が入っていた。なんだこれ。

「線……? ナッちゃん、これなぁに?」

「よくぞ聞いてくれた! これはね、オーロラが落ちてきた時の写真なの!」

「「はあ?」」

 俺とシオネ、二人仲良く素っ頓狂な声を上げてしまう。本当に意味を理解できなくナギサを見上げる。そして当の本人は堂々と俺の視線を受け止めていた。

「二人が驚くのも無理ないと思うわ。でも私は嘘はついてないし、冗談を言ったつもりもない」

 では何だというのか。

「昨日、オーロラ見ててさ、『あ、写メ取らなくちゃ!』って思ってさスマフォ構えた時に、オーロラの一部がつつーと細い糸のように光が真っ直ぐ垂れてきたの。そしてこれがその時の写真ってわけ」

 なにか質問は? と目線で訴えてきたので俺が応える。それにシオネは情報を整理するのにもう少しかかりそうだし。

「それって本当にオーロラか? 何かの見間違えじゃね」

「そうかもね。オーロラは間違いかも」

「……おまえ」

「だってオーロラは写真に写せないってシヅクが言ったんじゃなかったっけ? だから写メに写っているのはオーロラじゃないはずっ」

「ん……じゃあなんだって言うんだよ」

「隕石!」

「隕石ぃ?」

「か、UFOとか?」

「はぁ……」

「ちょっとーため息つかないでよー。私だってわかんないんだもん、しかたないじゃん。でも、オーロラに関係あるのは間違いない」

「なぜ言い切れる」

「勘!」

 ズビシッ! サムズアップを俺の顔に突きつける。それで納得すると思っているのだろうか。内面の心情が顔に出てしまったのだろう、ナギサが微妙に鼻白む、若干頬が引き攣ってる。

「で、でも何か落ちてきたのは間違いないんだって! じゃなきゃ写メには何も写らないわけだし」

「理屈としちゃあ、そうなんだろうけどさ……」

 納得できないというか、意見を飲み込む──というか飲み下せないというか。

 変に理屈が通っているからだろか、所々に空いた穴から違和感を覚えるのを禁じ得ず、どうにかしたいのだがどうにもできないむず痒さがナギサの言葉を素直に聞くのを妨げている。

「仮にさ、ナギサの言う通りだとして、騒ぎにならないのはおかしいって」

「ふっふ~。その辺はちゃーんと考えてあるんだ~」

 我が意を得たりと言わんばかりに不敵に笑い、スマフォを弄りだすナギサ。その笑みを見てなぜか童話に出てくるオオカミを思い出した。あれだよね、童話のオオカミって大抵悪役だよね。

 不安を隠せずにいると肩をつつかれ、「お話、どんな風にまとまったの?」とシオネが声を潜めて聞いてきた。

「まだまとまってないけど……ナギサが言うには空からなんか降ってきたんだと」

「はぁーそれで隕石とか出てきたんだぁ……」

 感心というか放心というかどこか気の抜けた返事をする。呆れてるわけではないと思う。この手の突飛な発言は初めてではない。というか日常茶飯事だ。単純にふさわしい言葉が出てこないだけだろう。俺とて同じだ。

 場を動かす者と動かされる者の差か、状況を飲み込むので手一杯の俺たちを尻目にナギサはどんどん話を進めていく。

「これを見てくれたまえっ」

 操作が終わって印籠のように画面を向けてきた。また真っ黒だったらどうしようかと思ったが、それは杞憂に終わる。画面上には俺たちの住む街以上の全体──市内全域十キロ四方の地図が現れており、そこには赤い丸が囲ってあった。

「この赤い丸はなんだ?」

「これはオーロラ出現範囲よ」

「それも勘か?」

「ニュースでやってたのっ! んでここが私の家で──」

 ナギサは言いながら画面に触れ、地図の縮尺を拡大。地図上で☆マークが自己主張している場所がナギサの家だ。そしてその☆マークを支点に線を二本、扇状に広げた。

「これが私の家──つか、私が見た方向からオーロラの見える範囲ね」

「えっと……いまナッちゃんが引いた扇の線と、最初にあった丸と重なっている部分が、昨日、ナッちゃんがみたオーロラって……こと?」

「シオネ正解、あとでアメをやろう。で、シヅク。あんたさっき言ったよね? 騒ぎにならないのはおかしいって……なんで騒ぎにならないと思う?」

「さあな。やっぱり落ちてないんじゃないか?」

「脳細胞に怠慢を許しちゃダメっ! ほら、火のないところに噂は立たないって言うでしょ? この場合の火は人。つーまーりー、人のいないところに落ちたってこと! そして! この地図上で『私の視界範囲』と『オーロラが落ちた付近』と『人のいない場所』に当てはまるのは────ここだっ!」

 ナギサは名探偵が犯人を名指しするように力強く地図の一点を指す。そこは──

「ひまわり山?」

 ……なるほど確かにそこには人はいない。ひまわり山は隣の市とを隔てるようにある山で、あるのは市と市をつなぐ道路や、山林公園や山道の散歩コース、山頂付近には人がいない静かな環境だからだろうか美術館もあり、中学生の頃、校外学習の名目で足を運んだことがある。……ああ、麓にはお寺と民家もあったはずだが区画としてはわずかなので考慮しなくていいのだろう。山中に落ちたとしたら影響はない……とナギサは言うだろうし。

 余談だが、ひまわり山とは地元民の通称で本当の名前は不明である。重ねて余談だがひまわり山にはひまわりは咲いていない。なぜひまわり山と呼ばれてるのか、正式名称以上に不明である。

「どやっ! 何か反論はあるかい、ユーたち?」

「ないない! すごいよナッちゃん! 天才だよ、エジソンだよ、コロンブスだよ、非の打ち所がシャープだよっ!」

「あっはっはっは~そこまで言われるとてーれーるー」

 キャッキャウフフとはしゃぐ幼馴染二人をみて孤独を感じる。まあ、筋は通っていると思う。だがそれはオーロラ(隕石か何かは知らないけど)が落ちたことが前提であり、その前提が最初から信じられないのだ。では写メに写ったのはなんなのか、聞かれたら……うぅ、何も答えられない。せいぜい流れ星ではないか、というくらいしかできない。しかし、それだとナギサの証言とは食い違うだろう。そう『オーロラの光が垂れてきた』という話だ。実際に流れ星ならばそんな表現にはならないだろうし。

 自問自答の思考の迷路に迷っている俺とは裏腹に、ナギサはどこまでも明け透けに朗らかだった。

「じゃあ、そーゆーわけだから、二人共、放課後開けておいてね」

 …………ん?

「お、おい」

「オーロラ探索ツアーお二人様ごあんなーい。キャンセル時にはキャンセル料が発生するから覚悟しててねっ」

「ちょ──」

 ──っと待て! 颯爽と席に戻るナギサを止めよとした瞬間、チャイムが鳴り、担任がノータイムで登場。喉からでかかった声と情けなく突き出された腕を引っ込めるしかなかった。

 餌のお預けを食らった犬みたいに喉の奥を唸らせていると、シオネが「がんばってね」と俺に言葉をかけて自分の席に着く。……お前も頭数に入っているって気づいていないのか? 憐憫混じりの眼差しでその姿を見送る。

「はぁ……」

 思わずため息を漏らし、外を見ると、夏の陽射しと目があった。

 ああ、今日も暑いのに……



       ■



 そして、ここまでが俺の──雨下静久アメシタ・シヅクの変哲もない、少し騒がしい日常だった。


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