表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
数え切れない星の中に  作者: ニャア
夏休み
6/8


 「っ…あっ…」


俺はただ、そう呟くのが精一杯だった。白髪が倒れた瞬間、腕に激痛が走ったのだ。それはもう、痛いというよりも熱かった。まるで細胞の一つ一つが溶けていきそうな…。


「一号」


痛みで震えている俺に、ケイコさんは話しかけてきた。彼女は俺に手を貸そうとしない。


真っ直ぐにカオルを見て。

ゆっくりと歩きながら。


「後処理は私がやっておくわ。家に帰って、パソコンを開きなさい。パスワードは、『カエルの王子』よ。ローマ字入力して。私の助けはここまで。後はあなた自身の事だわ。自分で考えなさい」


カオルの目の前に立つ。


ケイコさんは優しく微笑んだ。

そして、カオルの両手足を縛る。目隠しもした。


「それから」


そう言って、白髪の頭に手を突っ込む。何秒かして、彼女の血まみれの手の中に、一つの光る物が握られた。


「コレ、をアナタに。戒めとして持ってなさい」


ピンッ、とこちらに投げられた。


白髪を殺した銃弾。


少しひしゃげて、赤黒く輝いた。


俺は震える手でそれを握る。

頭は真っ白で、何も考えられなかった。

ただ、イタイ、と腕が警告している。


「ほら、さっさと行きなさい。船が来ちゃうでしょ」


ケイコさんに急かされて、俺はズルズルと体を動かす。足に痛みはないのに、やけに重く感じた。



ケイコさんは、どうするんですか?



俺はそう尋ねたかったが、聞けなかった。

もう予想もついていた。


暗い夜を、俺は一人で家を目指して歩いていく─…。


* * * *

「やっと二人っきりね、カオル」


私は弟の拘束を解いて、微笑んだ。

何年か見ない間に、随分大人の顔付きになった。


それが微笑ましく、淋しい。


「あぁーあ。せっかく社長になれると思ったんだけど。僕には運がないみたいだ」


カオルはそう言って首をくすませる。

私が銃口を向けていなければ、きっとただの別れ話しのように見えるだろう。


「従兄弟の事は忘れろと言ったのに。わざわざその下に付いて働くなんて…。バカね、アンタ」


「分かってる。僕はバカだから。今も昔もずっと騙されてるバカだから。どうしようもないよ」


そう呟いて、海を見る。真っ黒な海。濃厚な潮の香り。ざわめく波。


私には、今弟が何を思っているのか分からない。

でも。


「どうしようもないなら、やり直しましょう。私も、アンタも。ーから全部」


カオルが私の目を見る。その瞳に、恐怖の色はない。彼は小さく吹き出した。


「その台詞、どっかアニメで言いそ~。ってか聞いた事あるし」


「空気壊さないでよ。嫌なヤツね。だってそれしかないじゃない」


「分かってる、分かってるって。ねえ、アイツ今どうしてるかな?」


困ったように笑ってから、フッとカオルは言った。私は『アイツ』と言われて、従兄弟を思い出す。あの子も随分やんちゃ坊主だった。


「さぁね。でももう、私達には関係ない」


「元気かな。一号と会うかな」


「彼がその道を選ぶならね。あの子は一応社長の御曹子だし」


そうだね、と言ってカオルは微笑む。


私もつられて笑ってしまう。


「じゃあ、悪いけどお先に。待ってるよ」

「ええ。待ってて」


そう最後に言って、私は銃を構えた。


* * * *

俺が歩き始めて十分後ほどの事。


小さく、小さく。

でもハッキリと。



二発、銃声が響いた。


* * * *


「お母さーん!おやつは?」


少女がそう言いながら家に入る。

中学生だろうか、制服姿だった。


「カオルが庭で食べてるわ。従兄弟ちゃん来てるわよ」


「本当!?カオルと違って素直で、可愛いよね~。本当、何でカオルが弟かな」


ブツブツ言いながら手を洗い、少女は服もそのままに庭へ駆けていった。


花が咲き乱れ、一本の巨木が中心に佇んでいる。両手一杯に広げた枝が、豊かな緑を付けていた。


その下に、二人の少年がいる。


一人は小学校高学年くらい。もう一人は、低学年くらいの姿だった。


二人で絵本を読む姿は、一枚の絵になりそうだ。


「そして、カエルの王子様は、死んでしまいました。おしまい」


高学年の子が、そう言って本を閉じ、少女の方を向く。少し眉間に皺を寄せた。


「あ、ケイ姉帰ったんだ。どうせおやつでしょ」


そう言って、皿を持ち上げる。

シュークリムが一つあった。


「ただいま。それカエルの王子の本でしょう?なんか変な本よね」


少女はそう言って、皿を持った少年の隣りに座る。少年は昼寝し始めた従兄弟の髪を、そっと撫でながら言った。


「ケイ姉はどう思う?この王子様。カエルだって事を知らずに生きるのと、知って死ぬのと」


少女はおやつを頬張りながら、少しの間考えるように黙っていた。


それから、まとまったのか話し出す。


「私は、知って死にたい。だって何か、そう思わない?よく言えないけど、でも私…」


「ケイ姉もそう思う?実は僕も。知らないって、すごく嫌だよね」


「でも死ぬのよ?」


「それは本望でしょ。僕はそう思うよ。ってかケイ姉、僕と考え一緒だったよね?!」


強い風が吹く。

花びらが舞い散る。

まるで夢のように美しい欠片。



あぁ、でもこれは。


「「過去の記憶でしかない」」


少年と、少女の声が重なる。

低学年の少年は消えていた。


木も、花も、家も、母も。


全てが白という一色に帰る。


その中で、二人は立っていた。

どちらが上か下かも定かではないが。


二人して微笑む。

両手をどちらともなく差し出して、握る。



『まってたよ』

『おまたせ』


─…、マタ会エタネ

ひとまず、ここまでで一部です。

次からは第二部。


もう少し時間のたった、未来のお話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ