家
ねぇ、知ってる?
星の中には、可哀想な王子様が住んでるの。
そして、自分が王だと言ってるの。
確かにその世界では彼は王子様よね。
でも、一歩外へ出たら…。
自分が愚かな蛙だったって気付くのよ。
人に使われるに過ぎない、ちっぽけな存在って。
ねえ、どう思う?
彼は知らない方がよかったのかしら。
それとも、気付いただけ成長出来たのかしら?
* * * *
探し回ったあげくに、やっと一つの電話を見つけた。全てが嘘みたいに白い世界の中で、浮き上がるような黒色の電話。少し震える手でそれを握り、ダイヤルを回す。黒電話という物だ。
機械音が静かな世界に響く。
何回目かのコール音のあと、女性の不機嫌そうな声が出てきた。
しまった。時間を考えてなかった。
『どちら様?』
「あ、はいえっと…」
何を話せばいいのかさえ考えてなかった事を思い出す。電話の前でペコペコと頭を下げた。
「あ、すみませんこんな時間に。あの、でもその。あっそうだ。小林さんってご存知ですか彼女から電話番号を教わったのですが…」
しどろもどろに答える。
電話の向こうで_、何やらシャワーの音が聞こえた。
こんな時間に、大変な人だ。
『小林涼子。私の友人よ、どうかしたの?』
ー…、友人。
「あ…、の…」
『死んだのかしら?次に会う時は死体でって、彼女と約束したのよね』
あっさりと、何の感情もなく。
つまらなそうに、彼女は言った。
赤の他人が死んだように。
「っ…、殺されました!小林さんの上司の、高峰薫に殺されたんです!彼女から、あなたに助けを求めろと言われました。俺は何も出来ない一個人の人間です。ー…、助けて、下さい」
心の中のドロドロとしたものは、最後の方には萎んでしまった。俺は、ただただ頭を深く下げる。
『高峰…カオ、ル?』
彼女はしかし、上司の名前に反応した。
それから舌打ちの音が聞こえる。
『…分かったわ。そっちに向かってあげる。待ってなさい、場所は分かるから』
え?なんでこの人…?
もう一度何かを尋ねようとロを開らいた所で、一方的に電話が切れた。
焦ってもう一度ダイヤルを回したが、電源を切られたのか彼女が出る事はなかった。
* * * *
その後、施設内を彷徨いて出入囗を見つけた。
日はもうサンサンと照っていて、夜の気配は微塵も感じさせなかった。
『暑くないか、今日?』
『昨日も言ってたぞ、それ。お前の髪同様体も老化したんじゃないか?』
『うっわっ!冷てーなお前』
『俺の髪は生憎黒でね。どちらかって言うと暑いんですよ~』
『白くしてやろうか?身も心も』
『ピュアになれるって事か?』
『まさか。言葉の通り真っ白って事だよ。冷凍庫にでも入れといてやる』
つい先日までの懐かしい会話。
白髪の、日焼けしない肌と髪。
そして、悪戯に歯を見せて笑う顔。
全てが夢の中の出来事のようで。
でも、あのどうしようもない暑さは覚えている。
会ってー・ニ週間の彼に、俺はすっかり心を開いていた。その位気が合っていたのだ。
外は山奥なのか、木の複雑な緑が一面に広がっていた。木陰で体を丸めて座っている。
何分そうしていたのだろう。
車の音がする、と気付いた。ジッと道らしき所を睨んでいたら、猛スピードで車が来た。
青い軽だ。周りの草や石を弾き飛ばして、減速する様子もなく突っ込んでくる。俺はもちろん、逃げ出すことも出来ずボーッと見つめていた。
ギャギャギャギャギャギャーッ
物凄い音をたてて、目の前。ほんの数十センチ前でピタリと止まる。石が顔にぶつかって、少しヒリヒリとした。
「遅くなったわね。一号さん」
中から、女性が出てくる。二十代後半だろうか。大人の色気がある人だった。セミロングの髪を風になびかせて、薄い口紅を付けた彼女。まるで一人だけ、夏の暑さを感じていなさそうだ。
「一号って…」
「一号、でしょ?よろしくね。私は恵子。ケイコさんでいいわよ」
ハキハキと言う姿は、少し厳しくても嫌みがなかった。お姉さんのようなタイプだ。
「は…はぁ…」
「それと、高校に行いなくなるかも知れない…。それだけ大きな物と、あなたは戦うつもりってことを覚悟して」
真剣な瞳で俺を見つめてきた。
「あなたの『助けて』という言葉には、それだけ大きな意味があるのよ」
怯みそうになる。目をそらしそうになる。
何か巨大な物がのし掛かってくる。
でも。
白髪を助けなきゃならない。
キエラの、小林さんの仇を取らなきゃいけない。
そして、番号が付いているという事は。
俺以外にも被害者はいるという事だ。
彼らを助けられるなら、助けてあげたい。
「俺は、白髪に世話になったんだ。出来る事はやる。もう一度頼みます、ケイコさん。ー…、俺を助けてくれますか?」
ケイコさんは、柔らかな笑みをうかべた。
呆れたように、感心したように俺を見つめる。
それから短く、勿論よと答えてくれた。
* * * *
彼女の車の中で仮眠を取って、紛いなりにも昼食を取った。ケイコさんは、ずっと車を運転しているか、どこか買物へ行ったりしていた。
両親は心配しているだろう。
キエラは目覚めただろうか。
白髪は、大丈夫だと信じよう。
何日か彼女と行動を共にした。
その内、夏休みは終わった。
俺の、行方不明のニュースがちんまりと町内新聞に乗ったのを見た。両親の叫びが、その小さな文の中に詰められていた。苦しかった。
「帰りたいかしら?」
それを見つめていると、ケイコさんがそう話しかけてきた。俺はあわてて記事を隠す。
「い、え。そんな事は…」
「帰りたいでしょ?私もそうよ。幸せだったあの時に帰りたいもの」
そう言って遠くを見る顔は、とても美しかった。何か大きな物を抱えているようだった。俺は目線を追ってみたが、何もなかった。
「そう言えば何も話してなかったわね、一号には」
苦笑してこちらを向く。
車は、どこかへと向かっていた。
いつも俺には、行き先を教えてくれない。
「私にはね、大切な弟がいたわ。弟と、従兄がいたの。とてもいい子だった…。まるで、二人の弟を見ている気分だったもの」
その時の彼女の顔は、幸せそうで懐かしそうだった。俺はただ黙って彼女の話しを聞く。一人言のように、ポツリポツリと彼女は話し出した。
「でもね、一つだけ違った事があったの。従兄の父親は、社長。私達はその元で働いている課長」
ね、もう次元が違ったのよ。私はそれを理解した上で彼と付き合っていた。でも、弟は知らなかった。嫉妬していたわ。
「弟さん、今はどうしてるんですか?」
俺はただ関心もなく尋ねる。
ケイコさんは大げさに肩をくすめた。
「狂っちゃったみたい。人間として、失格よ。あんなものは、いっその事…」
いっその事、どうするつもりなのか。
その後に言葉は続かなかった。
もしかしたら、彼女自身考えていなかったのではないか。そう思った。
「さ、着いたわよ。家なんて四日ぶりでしょ?私の家だから、緊張しなくていいわよ」
簡素な家が、森の中にポツンと立っていた。
街から随分離れた所だろう。
微かに塩の香りがした。ひょっとすると、海が近いのかもしれない。
中はガランとしていて、一人暮らしなのだろう。何か薬品のような香りもした。
「お風呂入りなさい。もう何日も入ってないでしょう?情報収集をするわ」
言われた通り、シャワーを浴びる。
ゴシゴシと体を洗いながら、フッとあの時の事を思い出していた。
銃が相手では、どうしても勝てない時がある。あの時も、もう少し俺に力があればー…。
そっと右手を見る。
人を殺そうとした手だ。
何度も、何度も。
でもきっとそれでも。
俺はまた殺そうとするだろう。
次は、白髪を助けるために。
ー…、なら。
俺はシャワーを止めて、キッと前をにらんだ。
覚悟が必要だ。怯えなんて要らない。戸惑いなんてもう必要がない。そんなものは。
ステテシマエ。
大丈夫。この感情は。
憎しみじゃない。
これは。
ー…、決意だ。
* * * *
シャワーから出て、頭にタオルをかけたままリビングへ行くと、ケイコさんがいた。
「出たわね?残念だけど何の情報も出てないの。少し的を絞りすぎたかしら…」
パソコンを前に、頭をひねっている。
その横には、いつの間にか銃が置いてあった。
当たり前の様に、自然に置いてある。
黙ったままの俺に疑問を持ったのか、ケイコさんが尋ねてきた。
「どうしたの?真剣な顔しちゃって」
「あの、ケイコさん」
「何かしら?お腹減った?」
「いえ、違います」
真っ直ぐに彼女の顔を見つめる。
ケイコさんは、微笑したまま俺の言葉を待ってくれた。
「俺に、銃の撃ち方を教えてくれませんか?この前は、それで不甲斐ない思いをしたので」
「だめよ」
ケイコさんはハッキリと、そして一瞬で返事をした。じっと俺を見る。
「だめ。これはあなたの人生を歪めるわ」
「もう歪んでますよ」
「それでもだめ。人を殺す物よ、コレは」
窘めるようにケイコさんは言った。
頑として認めるつもりはなさそうだ。
それでも俺は、彼女に食い下がった。
「でも、そうしなければ俺は何も守れない!そういう世界に連れ込んだのはあなた達でしょう?死ねって言ってるんですか?」
「違うわ!私が守ると言ってるの。なるべく普通の暮らしに戻れるように、私が。だからダメよ」
ケイコさんは、真剣な目で俺を見つめた。
でも。
俺は、気付いていた。
「あなたは、俺を通して誰を見てるんですか?」
ケイコさんがピクリと震えるのを見る。
彼女は明らかに動揺した。
自分の考えが正しい事に、少し淋しさを覚える。
「…。弟も…。私は弟も守れなかった。でも、だからこそ今は!今は、守れると信じたいのよ」
「それはあなたの考えと、誓いでしょう?俺のではありません。それに、いつも持ってる訳ではなくて、いざという時の準備ですよ」
撃とうなんて思ってないです。
そう言うと、ケイコさんは少し迷ったようだった。
俺と、愛機を何度も見比べる。
もう一押しか?と思った所で、彼女はため息をついた。
「…分かったわ。基礎だけ教えましょう。あなたが…、この扱いが上手くならないことを願うわ」
俺は、心の奥でガッツポーズをする。
ケイコさんは椅子から立って、金庫へと行った。
指紋照合の、分厚い金庫だ。
中から二つ取り出して、一つを俺に渡す。
ズッシリと重いそれは、覚悟があるのか?と無言で語っているようだった。
覚悟?あるに決まってる。
そのための『助けて』だ。
「早速練習よ。まず銃の持ち方から。種類によって異なるんだけど、私達が今回使用するのは比較的一般のものだから気にしないで。まず、このグリップの部分を柔らかく握る。強すぎると手の揺れや反動を直接受けることになるから気を…」
ケイコさんの、弾丸指導が始まった。
* * * *
彼女の家で生活するようになって、二週間。
白髪の情報は、何も聞いていなかった。
ただ毎日銃の発砲練習をくり返し、くり返し、繰り返す。
「腕は痛くならないの?」
と、ケイコさんに聞かれた事があった。
俺は、特に思い当たる節がなっかたため、素直にはい、と答えた。
するとケイコさんは、唐突に利き腕を叩いた。
「何するんですか!?」
俺はビックリして、ケイコさんを見つめた。
彼女は、怪しむようように俺を見つめ、ため息をついた。
「痛くないようね。痛かったら、そんな反応はしないわ」
それで、彼女がした意味が分かった。
痛かったら、練習をやめろ、というつもりだったのだ。
ケイコさんは、呆れたように俺を見つめて、呟く。
「やっぱ男の子だからかしら。筋肉がついてるのね。羨ましいわ」
そう言って、自宅に戻ってしまった。
俺は、それを黙ったまま見つめ。
また発砲練習にとりかかった。
そんなこんなで、二週間。
なんとか打ち方も様になってきたときだった。
いつものように七時半の夕食の時間になって、ケイコさんの家に帰った時、様子がおかしい事に気が付いた。心なしか、彼女の顔が青ざめている。俺は不穏な空気に焦りを感じていた。なんだ。何が起ころうとしている?そっと彼女に尋ねてみる。
「ケイコさん、どうかしたんですか?」
ケイコさんは、最初なにも答えなかった。俺は黙って待った。それから少しして、徐に彼女は話し出した。呟くような、小さな声だった。それはもしかして、俺に話したのではなく、自分に言い聞かせた物かもしれない。
彼女はこう言っていた。
「カオルが見つかったわ。監視カメラに、映ってた。でも、でも、何で」
パソコンの画面を凝視しながら、彼女は呟く。不安そうに、苦しそうに。
「なんで、港なんかに・・」
俺はそっと、パソコンの画面をのぞき見る。いつもは怒られるのだが、今日は素直に見せてくれた。
7時13分
時間の下に、小さくでもはっきりとカオルの姿が映っている。あまり繁盛していなさそうな、漁業ようの港だった。そして。
俺はもう一つの人影をハッキリとみる。
夜に、明かりに照らされて輝く。
白、というよりも薄いオレンジ色に見える。
唯一の青年。
喜びと疑問が同時にせりあがる。俺は混乱したまま叫んだ。
「白髪!?」
人生って色々ありますよね。
・・・、と重く始まりましたが、意味ないです。ホントに。
連載物って、終わるときどうしようって思います。上手く終われないんです。
ジャジャン、バーン!タラリラ!的なかんじに。
あああああああ。どうしよう・・・。
悶えるニャア。