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数え切れない星の中に  作者: ニャア
夏休み
1/8

 このお話は、ひょっとするとBLもどきかもしれません。

「男がハグ的なことする!?キッモー」と思われる冷たい方は回れ右をお勧めします。

「そのくらい、現実でもやってんじゃん」という方は、どうぞ。


 ニャアは臆病者ですからw

過剰に警戒いたしますが、お気になさらず。


それでは読む方は、どうぞごゆるりと。

 夏は嫌いか、と問われればどちらでもない、と言うだろう。この暑い日差しは鬱陶しいが、それでも完全に嫌いにはなれない。


だからと言って、好きな訳でもないが。


 俺はタオルをウチワ代りにあおぎながら空を見上げた。日本男子たる当たり前の黒髪が、余計な熱までもらってくるものだから半端ない暑さだ。視界が不安定にゆらゆらと揺れ、頬に生温かい風が吹き抜ける。うん。本日も晴天なり。


「ただいまあ」

家の中の冷気がブワッと俺の顔にかかってきた。

倒れこむように玄関へ入る。

「お帰り。今日は遅かったな」

俺は靴を脱ぎながら顔をしかめた。

「いや、いつもと変わらないし」

手を洗うため、洗面台へと向かう。

「いや、3分遅かったね。カップラーメンが出来る」

「何だよそれ」

靴下を洗濯かごに入れた。俺は、裸足主義者だ。

「あぁ…暑かったなっ…んん?」

自分が、おかしなことをしているのに気が付く。

そう言えば、俺は誰と話してんだ?

俺は一人っ子で、両親は共働きだから今はいない。

もちろん友達、いとこは呼んでない。

でも親しげに話しているし、どこかで聞いたことのあるような声だ。他人だとは思えない。

「どうしたんだよ」

「あっ・・・いや、何でも・・」


そう。何でもないと言おうとして、俺の動きは止まった。一時停止、機能低下、レイキャビク、コールレイト、etc・・。


「え・・?」

何とかそれだけをのどから絞り出す。

振り返った俺の目の前には、よく知るというか知りすぎている人物がいた。

「おれ?」

獣のような、捕食者のする笑みをたたえて微笑んでいる人物。

致命的に違うのは、色の組織だけだ。

黒髪ではなく、透き通るような白髪。

日焼けなどとは縁のないような、病的なほどに白い肌。

唯一俺と同じなのは、黒い瞳。ただそれも漆黒に近い。


「どーも。ちょースルーされてたからどうしようと思った。こいつスゲーとか思った俺の尊敬心返せよ。ちょっと悲しくなるじゃん」

どこか、獣を思わせる仕草で髪をかき上げる。

顔は一緒なのに、ここまで行動が違うのはなぜだろう。

「おまっ・・誰だよ!何その髪。染めたのか?」


相手は、大げさにため息をついた。パニックに陥っている俺のことなどお構いなしに、のんびりとした口調で喋りだす。


「俺?名前はまだない。暗いところでギャーギャー言ってましたよ?」

「有名な文の一説を引き抜くな。しかもちがうし」


洗面台で言い争う姿は、実に滑稽だ。


「俺はお前。お前は俺ってところかな。それ以上はシークレットでーす」


ビシッ


実際に音が出そうなほどにキレが良かった。

もう訳が分からない。両親の隠し子だろうか。

「ごめんね、拓ちゃん。実はあなたの双子の弟なの」

なんて母さんが言うんだろうか。

それで、こずかいが半分になってしまうんだろうか。

カラオケに行けなくなってしまう。


「俺のこずかい・・」

「何ぶつぶつ言ってんだよ。少しは反応しろって」


相手は、いくら待っても何も言わないことにシビレを切らしたのか不満そうな仕草で俺を見てきた。

色が違うだけでも、ずいぶん印象は変わるものだ。


「とにかく、名前は何でもいいからさあ。聞いてんのか?おいって!」


青年は、半放心状態の自分を揺らした。

最初は遠慮気味に。 次に激しく。


ゴンッ

「あだあ!」


壁にぶつかって正気を取り戻したようだった。

何秒かぶつけたところをさすって、急に白髪の青年の腕をとり駆け出す。

「ちょっと来い!親にばれたらなんて言われるか・・!」

「別に大丈夫だぜ?」

「俺が大丈夫じゃないんだよ!」

自室に放り込んで鍵を閉める。

クーラーをつけて、勉強机の椅子に座った。

相手は、ベッドに腰掛ける。

あまりにも慣れた様子だったので、一瞬おどろいた。


「言っただろう?俺はお前で、お前は俺だ」

それ以上でもないし、それ以下でもない。


獣の笑みをたたえて微笑む。

その顔はいっそ、寒気がするほど完璧なものだ。

そのままゴロリと横になると、クツクツと笑い出した。

「怖いか?」

唐突にそう聞かれる。

「怖いか?自分がこうなりそうで」


「そんなことが・・」

否定しようとした自分の声が、震えていることに気が付いた。

一体どうしてしまったのか。

自分で自分が分からなくなってくる。


「否定できないだろ?誰でもそういう恐れは持ってるもんだしな。

まあ中二病の奴は望んでたりするわけだが?」

クツクツクツクツ・・・。

狐に化かされているかのような気分になった。

「その笑い方はやめろよ」

怒りを抑えながら言う。

笑いはピタリと止まった。

白髪がさらりと揺れて、次の瞬間目の前に来る。

「!」

驚く暇もなく抱きしめられた。

 

「いいか。人間の悪意は神をも殺す。それを持ってちゃいけない。」


耳元でささやくように言われる。柔らかなベールのような声だった。

この男に対する怒りだとか憎しみが、手から砂をこぼすようにサラサラと消えていく。唖然としたまま動けずにいると、相手がふきだした。

「お前、今チョー間抜け顔だぞ?写メとってやろうか」


元の憎たらしい口調に戻る。

さっきのはなんだったのか。聞く暇もなく終わってしまった。

「おいっ!ほんとにとるな、バカ!」

俺は、こちらにレンズを向けている白髪に掴み掛る。

「バカはお前だっ、やめろおい。危険だってはな!」

バタバタと絡み合っていた二人が、バランスを崩して倒れる。


ズドンッ

「がっ!」


白髪がうめいた。どうやら、頭をベッドの角に当てたらしい。

「ああああああっ・・・」

苦しそうな低重音が響く。

ゴロゴロと床を転げる姿は、釣りたての生きのいい魚のようだった。

 

今のうちに、と携帯を回収して部屋から出ようとする。

「させるかこのっ!」

向きになると見境がなくなるのは、俺と同じだった。

もう少しのところで足首を捕まれる。

そのまま引きずられそうになった。

「しつこいっ!」


俺は、その手を残りの足で蹴って何とか回避する。

一瞬の隙にドアを開けて下のキッチンへ駆け降りた。

少し転げそうになりながらも、なんとか目的の場所へたどり着く。


バンッ、とドアを開けた中には。

「あっ・・母さん、父さん・。」

「ただいまあ。拓ちゃん、どしたの?こんなにあせって」

エプロンをつけながら、母が尋ねてくる。

「おう、お帰りな拓。帰りに偶然会ったんでな。直行で帰ってきたぞ」

スーツを脱ぎながら父が言う。


俺の中で、警戒信号が発令されていた。

どうしよう・・あいつがいるのばれたら・・。

とにかくここは、やり過ごす!

「あっ、じゃあ夕食が出来たら言ってくれよ。じゃあ・・」


じゃあな。と、最後まで言えなかった。

俺の左手から、さっきまであった固い感触が消えている。

「取ったーり!」

空気の読めない白髪が、嬉しそうに堂々とさけんだ。


父さんと母さんの動きが氷つく。

どうなるのかなど、俺の知ったことじゃない。


* * * * *

「えっ…と、その子は?」

母さんが、なんとか笑った顔を作りながら尋ねた。

顔が爆発寸前なのが、手にとるように分かる。

「え~そうです。俺の子で…って違うわっ!」

まずった。

先程の妄想が入ってしまった。

それを言うのは両親であって俺じゃない。


「今晩わ。お母さんお父さん。」

焦っている俺の隣で、白髪がそう言った。

おじさんおばさんに好かれそうな、好青年の声だ。

「俺、今年からこっちの高に入学してきた者です。

あの、外見的障害で生まれながらこういう色なんですけど、他は皆と一緒なんで気にしないで下さい。やっぱりこういう普通じゃないと周囲から白い目で見らにるんです。一人暮らしなんで寂しいし。

 でも、今日偶然彼に会って。顔も似てたんですぐ仲良くなったんです」


他人の同情を誘うのが上手い。

母は、アラアラ…という顔をしていた。

父も憎めなさそうに顔をゆがめている。


「元からこうだと、やっぱり冷たい目で見られるんですよね…。まだ有名でない病気なんで…」

寂しそうに目を伏せる仕草は、こちらの心をつつく。しかも目に入れても痛くない一人息子似の青年だ。一気に彼のぺースに引き込まれた。


「あらまぁ…、それは大変ねぇ…」

母など、我が身のことのように考え込んでいる。

父は、いたわりの目で青年を見ていた。


「ねぇ、拓ちゃん。あなた一人っ子だし…。もう一人くらい増えても大丈夫でしょう」

ある時、唐突に母が言い出した。

片手におたまを持って微笑んでいる。


「その一人暮らし分のお金の代りに、一緒に住まない?三食、一人部屋付きよ」

「えぇっ!?」

俺はすっとんきょんな悲鳴をあげた。

予想もしていなかった展開だ。

「本当ですか!?」

しかし、白髪はあくまで冷静に喜ぶ。

「ねぇ、あなたも大丈夫よね?」

母は俺を無視して勝手に話しを進めていた。

「僕は別に構わんよ。」

ホノボノバカ夫婦。

父もその気なのかいい笑顔を浮かべている。


「じゃあ…、よろしくおねがいしますっ!」


白髪が、極上の笑顔と共に宣言した。


俺の家族が、一人増加した瞬間だった。


* * * *


彼の家具が家に届く間の何日間は、客間にふとんをしいて寝てもらうことになった。

今は、寝るにはまだ少し早い九時だ。

やることもない白髪は、俺の部屋でゴロゴゴロと暇な時間を持て余していた。


「いいご両親じゃないか」

近くのマンガをあさりながら、白髪が言った。

「お前なぁ…」

俺はあきれてつぶやく。

宿題が多量に残されている八月中盤。

俺は毎日の部活だけでも精一杯な状況だ。


「お前も宿題ねーのかよ?」

「ないよ。だって俺高校行ってねーし。あれは、効率良く話しを進めるためのウソ」

騙されてんの。


と白髪は笑った。

イラッとするのを抑えてふと気付く。


「え?じゃあ家具とかは?」

「それは来るよ。でも…、」


そこまで言って、白髪はパタリと言葉を切った。

何か続けるかと待ってみたが、何もない。

自分から聞くのもおこがましいと思ったので、会話はそこで切れてしまった。


ただ白髪は、少し寂しそうに天井を見上げていた。


一次の日


朝っぱらから、うるさい人間が自宅にやって来た。

世間一般に『幼なじみ』と言うやつだ。

「ター君!今日一緒に、デパート行こうよう!」


柔らかなショートヘアーが揺れる。

俺の腕の中に飛び込んできて、大きな目を瞬かせながらねだってきた。


陰柳 希江良 これで、キエラとよむ。

俺の妹的存在だ。


「今日かよ?また急だな」

俺は、そんなキエラの髪をワシャワシャと撫でながら呆れたように言った。


「今日、全国スイーツ展があるの!行こう、ね?」


まるで小動物のように懐いていて、かわいい。

「別にいいけどさ、自分で払えよ?」

「タ一君の貧乏性!」

キエラは、頬を膨らませてすねた。


「え~!お前、彼女いたのかよ?隅に置けねぇなぁー」

からかうような口調が聞こえた。

キエラが、俺の後ろに隠れて威嚇する。

「ありゃ?嫌われちゃった?」

白髪が出てきた。布団を持っている所から、日乾ししようとしていたらしい。


「誰ですかっ」

キエラが白髪をにらむ。

敵意むき出しで、鋭く聞いてきた。

「別にお前には関係ねぇだろ。お嬢さん」

それをものともせず、ノラリクラリと返事する。

「んなっ!?」

キエラが頬を赤くした。

「おいおい、二人とも止めろって」


陰険な空気が流れ出したので、慌てて俺が介入する。白髪は布団を持ったまま、挑発するように俺を見てきた。怒りをグッとこらえて、なるべく静かに言う。

「キエラは人見知りなんだ。お前もイラッとするような事、言うなよな」

「怒った?」

「いや。でも、もうすぐ切れるぞ」


白髪はため息をついて庭の方へ歩いていった。

[なら、これ以上はやめようか。この年で人見知りとか、将来的に大丈夫なの?」


そう、小言を言いながら。

キエラは、ずっと俺の後ろで威嚇し続けていたが、姿が見えなくなると肩の力を抜いた。


「私、あの人嫌い」

「まあ、ロが悪いよな」


俺はあきれてつぶやいた。

あの人を観察するような目は、やめてほしいというものだ。

なんか、寒気がしてくるから。


「で、どこのデパートに行くんだよ?付き合うぜ?」


ひとまず、この険悪な空気を変えるためにキエラに提案する。

彼女は、すぐに嬉しそうな顔をすると俺の腕を引っ張った。


「駅前だよ!チョコパフェもあるんだから!」


幼い子供のように駆けだしながら、宣言する。

両親には出かけると言ってないが、まあいいだろう。

あいつは・・・、


きっと、一人でゴロゴロしてると思うから。




キエラは、随分デザート展を楽しんだらしかった。

と言っても試食コーナーを、だが。

「ター君!これおいしいよっ」「タ一君、見てコしかわいいと思わない?」「ねぇタ一君ってば!」


舌足らずに俺の名前を呼んで、子犬のようにはしゃぐ姿は昔から全く変わらない。他から見れば恋人とも思われるかもしれないが、別にかまわなかった。

中学の時にはよくからかわれたけれど。


混んでいる喫茶店で、朝言っていたパフェを頬張りながら、キエラがボソリと言った。


「あの人、タ一君と似てたね」

「まあ、な。偶然らしいけど」


へぇ、と興味なさそうに答えて、もう一囗パフェを食べるキエラ。なぜ唐突に聞いてきたのか、俺には理解出来なかった。


「キエラ。お前なんで…」

「ねぇタ一君」


俺の質問をさえぎる。まだ三分のーくらい残っているパフェを隅において、いやに真剣な顔で見つめてくる。

「私は、タ一君だけだからね。」

「はいはい。」


それが気恥ずかしくて、俺はわざと適当に答える。

だから、気づけなかったんだ。

彼女が淋しそうな顔をしていたのも、机の下の両手を、きつく握りしめていたのも…。


思えば、あれは彼女の最後の告白だったのだろう。

今となっては、確かめるすべもないが。



「お帰り。初々しいデートの方はどうだった?」

帰ってきて、とたんに白髪はそう聞いてきた。

目の色がどことなく赤みを帯びている気がしたが、夕日のせいらしかった。

なぜか、俺のベッドの上が気に入ったらしく

ゴロゴロと転がっている。


「デートじゃねえし」

俺はあきれてつぶやく。

「はぁ?幼なじみ天然人見知りロリキャラが彼女じゃない!?お前男としてどーよ?周りの男子が一気に殺しにくるぞ」


一体いつの間に誰から彼女の事を聞いたのか。

やけに悔しそうに白髪は言った。

「まぁ中学の時はからかわれたな。キエラに何かあったら、真っ先に俺の所に来てさ『嫁さんが大変だ、行ってやれ旦那。』ってよく言われた」


「こりゃまた随分お年の方だな」

白髪はそう言ってケラケラと笑う。

笑い方、変ったななんてどうでもいいことを考えた。それから、相手が急に手を出す。


「んで、土産は?」


「分かった。今吐き出してやるからな」

「んなのいらねぇよ!お前ちょっと俺化してきてんぞ」

「朱に交われば赤くなる、だよ」


うわ~ねぇわそれ!白髪はそう言ってまた転がりだした。それしかやる事がないようだった。


* * * *

あいつが来てから、今日で丁度六日目になる。

キエラはその間夏の合宿で三日間家にこなかった。

そして今日の夜、彼女の家族も呼んでバーベキューをすることになったのだ。家から少し離れた所にある、人気のない河原で行う予定だ。

 その日の昼過ぎに、彼女とその両親が俺の家ヘ来た。キエラの両親は、柔らかな笑顔を浮かべて俺の親と話している。

「あら、預かってらっしゃるの?」「えぇ、私の子よいずっといい子で…」「そんなことございませんよ」「いえいえそんな…」


白髪のことかな。どうやら両親はあいつの嘘に気付く様子もなく騙されているらしい。


「拓ちゃん。もう準備できた?出かけるわよ」

ボーッとしている俺に向かって母が言う。

キエラとは、まだ話していなかった。普通なら真っ先に来るのに…と少し拗ねる。

「おーいっ、行くってさ!」

車の前で、白髪が手を振ってきた。

その顔は、幼い子供のように純粋な喜びで充ちている。変な感じがしたが、俺は気にせずに車に向かっていった。


だいたい車で十分ほどの所に、その河原はある。

近くには森。人気は皆無。ついでに電柱らしきものもない。まだ日の出ている五時ごろから、俺達は準備し始めた。キエラはその時も、まるで俺を避けるかのように近よってこない。


「お前さっきからため息多すぎ。聞いてるこっちがウゼェんだけど、何とかしろよ。幼なじみちゃんか?結局好きなんじゃねーの?」

白髪が、野菜を切りながら言い出した。ちなみに、俺とコイツ以外の全員が花火を楽しんでいる。

おい、いい年して何やってんだよ。

とは言えなかった。

「違う。好きってのはさ、大事にしたい~とか、幸せにさせたい~とかだろ?俺はそーじゃねーもん」


白髪が、キョトンとして俺を見る。その目は、じゃあ一体何なんだよ?と無言で尋ねていた。


「だからさぁ、キエラが幸せならそれでいいかなって、そんな感じ?親心的なさ」

「あー、それはもうダメだな。悟っちゃってんな」


白髪が、次は肉を切りながら苦笑する。結構その手つきに無駄がないのだ。母に色々と仕込まれたのだろう。人差し指に絆創膏が貼られているのに、初めて気付いた。


元はと言えば、この唐突なバーベキュー計画も俺のため、というのが大半だろう。三日前のことだ。


その日は、夏にしては珍しく曇り空だった。

俺は、おそらく今と同じぐらいの時に小道を通っていたのだ。そして、偶然声を聞いた。それは、二人の男子生徒の声だった。

「なぁ、サッカ一部のマネージャーにさぁ、希江良ってヤツいるじゃん」

「あぁ、あのウザイやつ?」

キエラと俺は、違う高校に行っている。でも、そんな名前の人は珍しいからすぐに幼なじみの事を言っているのだと分かった。


しかし、うざいとは何なのか。


俺は二人の後を追った。


「そいつがさぁ、自分には結婚する人がいるんだってうるセーんだよ。言いふらしてんの」

「聞いたことある。最初からヤバかったんだって?顔かわいいけど、自意識過剰だよな?前も誰か言ってたけどさー、ノート拾ってやっただけで自分に興味あるとか思い込んだらしくって、付きまとわれたらしいゼ」

「マジ?うわっ、キッモー!!」


その後のことは、よく覚えていない。俺の中で、何かどす黒いドロドロしたものがこみあがってきて、それが俺の心の中を侵食し出した。

完全に食われた、と思った瞬間

俺は考えるよりも先に行動していた。

後ろからつかみかかって、殴り倒す。

「誰だよお前!」とか、「何なんだよ、おい!」とか叫んでいた気もするが覚えていない。


そこで止めればよかったのに、俺は殴り続けた。

ただ、拳に固くて、柔らかい肉の感触が残っている。だてに運動部じゃない。ニ対ーだったにもかかわらず、俺は圧勝していた。


「謝れ!謝れよ、おいっ!何勝手に言ってんだよ!ウゼェ。まじウゼェ」


俺は訳の分からないことを叫んでいた。

途中から、二人の声が悲痛めいたものに変わっていったのを覚えている。


知らないヤツに急に殴られ、謝れと言われたりしても混乱するだけだろう。二人は、意味もなくただ何度も謝っていた。それが、ますます気に入らなかった。


このまま殺してしまおうか、心の中で声が聞こえた。それはいい考えだ、と俺は答えた。


相手の顔は血だらけで、人のものとは思えない。

致命的な一発を与えようと、大きく拳を振る。

その時だった。


「止めろっ!」


俺の、よく知っているそして普段は生意気な声が聞こえた。それは、なぜか泣き出しそうなものだった。


あ…、と思う暇もなく後ろから抱きしめられる。

途端に、心の中のドロドロしたものが引いていき、代りのように恐怖心と孤独感が押し寄せてきた。


「言っただろ。人の恨みや憎しみは神をも殺すって。お前は今、何をしようとしてた?冷静に考えてみろ」


囁くように、懇願するように言ってくる。

俺は、ただその押し寄せてくる訳の分からない感情に怯えて震えていた。


目の前には、半死の人間が二人、転がっている。

時々それはヒクヒクと動いた。

俺は今、確かにこいつらを殺そうとしていた。

自分の中で、理解出来ない感情が蠢いている。


「俺っ…、俺っ…」

ただそう呟くしかなかった。

何と言い表せばいいのか分からない。

まるで、ロボットになったようだ。


「大丈夫。大丈夫だから。落ち着け、いいな?」


白髪は、優しく諭すように俺を抱きしめていてくれた。



何分そうしていたのだろう。永遠にも感じる長さだったが、実際の所ニ・三分程度だったのかもしれない。一時気を失っていたニ人の男子生徒が、ヒクリとたじろいて起き出した。

 そして、俺を見てかたまる。その目には、ありありと恐怖が貼り付いていた。お互いにこずき合って、逃げようとする。


それを止めたのは、白髪だった。さっきまでのやさしさなど、微塵も感じさせない冷たい声で一言つぶやいた。

「あのさぁ、コイツは理由もなく怒らないヤツなんだよ。分かってくれる?」


それは、味方をしてくれていると分かっている俺でさえも、ギョッとするような冷酷さを持っていた。

俺からは見えないが、直接にらまれているであろう二人はもう声も出ていない。


「じゃあ…、まさか他人に知らせたりしねぇよな?自業自得だもんな?」


有無を言わせない何かがあった。

男子生徒二人は、ただコクコクとうなずいて逃げるようにさっていった。


「歩けるか?」


二人の姿が見えなくなってから、白髪がそう尋ねてきた。俺は、何も言わずに立ち上った。


家に帰ると、母が心配そうに俺を見てきた。そして、顔も服も血だらけの俺を見て、わずかに目を見開いた。でも、何も聞いてはこなかった。

ただ、


「お風呂入って寝なさい。夕食はなしよ。」


と言った。どちらにせよ食べる気力などなかった俺には、ありがたい言葉だった。


その後、二日ぐらい俺は自室に引きこもった。

他人を見ると、あの衝動的殺戮意欲が芽生えそうで恐かった。時々、親がドアの前まで来る気配もあったが、声もかけず、中にも入らず、ただ何分かそこにいて静かに戻っていった。


その優しさが嬉しかった。


白髪は、その間もなんの遠慮もなくズカズカと入ってきて漫画を読みあさった。ある時など、俺の机を勝手にあさったりもした。


でも不思議と怒る気にはなれなかった。

きっと、ただの生意気青年ではないと俺も気付いたからだと思う。



ー…、それで、今回のことを母が提案したのだ。


「出来たよ~、親父っさん方!」

ハッと気付くと、目の前でおいしそうな音をたてて肉や野菜が焼けていた。

「やっぱ、いいお婿さんになるわよ~」

その出来具合を見て、母がうれしそうに言う。

「気が早いですよ」

と、白髪は困ったように笑っていた。


その間も、キエラは何も話さなかった。


* * * *

俺は、幼なじみちゃんに違和感を感じていた。

明らかに、三日前と印象が変わっている。

全員でバーベキューを楽しみながらも、こっそりと観察していた。

 肉もそろそろなくなり、花火大会第二回をやろうかと親が言い始めた時。


彼女が俺の方にやって来た。

「人見知りじゃないっけ?」


俺は、少しの皮肉を込めて言う。彼女は、何の言い訳もせずに頷いた。

「少し話しがあるの。付き合ってちょうだい。」

その声は、どこまでも平坦で感情のこもっていない物だった。俺は、警戒しながらも彼女の後についていく。


月の光りで、ボウッと浮かび上がる彼女の後ろ姿はそのまま消えてしまいそうなほどはかなかった。


少し開けた所で、ピタリと歩みを止める。

ゆっくりとこちらを見る。

まるで、映画のワンシーンのようだった。


「ねぇ、あなたは一体誰?」


唐突に聞かれる。

俺は、笑ってはぐらかす。

彼女は、それ以上は深く追及してこなかった。


「じゃあ質問をかえるわ」

そう言って、ズイと俺に近づいた。

真っ直ぐに俺の顔を見て、言う。


「あなたは、タ一君の何なの?」

そっと手を頬にあてて、尋ねてくる。

俺は、なにも言わない。


ー…、いくらか時間が過ぎて、幼なじみちゃんは俺が答えるのをあきらめたようにため息をついた。

頬にあった手をはなして、代りに俺を睨みつける。


「私は、タ一君が大事よ。とってもとっても大事なの。世界で一番よ。ねえ、あなたはタ一君の敵?それとも味方?答えによっては…」


あなたを殺すことになるわ。


彼女はハッキリとそう言った。

その目は、純粋な正義感で溢れている。

羨ましさを覚えながら、俺は小さく笑った。


そして、彼女の腰に手をまわしロ付けが出来るくらい近くに引きよせる。

明らかに動揺したのが分かった。

それでも俺は離さずにより強く手に力を入れる。


「安心しろ。お前が心配するような事はしねぇよ。

俺もただあいつを守りたいだけだ。あいつは…」


そこまで言って、言いすぎたと思った。

あわててロをつぐんで、彼女から手を離す。

キエラは、疑うような目で俺のことを見ていたが、

何も言ってはこなかった。


そして、その代りのようにもう一つだけ聞いてきた。


「ねぇ、最後に一つだけいい?あなたの目って、そんなに赤かったかしら?」


俺は苦笑する。

この幼なじみちゃんは、よく人を見ているなと素直に感心した。


「気にすんな。それよりお前の身に何かあった時の方が、俺にとっては怖いね。アイツはお前のことをすごく大事に思ってるしな」


キエラの目が見開いた。

それから、勝ちほこったようにいい笑顔になる。

当たり前、とその顔は言っていた。


「じゃ、俺は片付けてくっかな。せいぜい楽しめ。

こんなシュチュそうそうねぇしな」


俺はヒラリと手を振ってその場から離れた。

誰かが、俺の何メートルか向こうにいた気がしたが、きっとアイツだろうと思って深くは考えなかった。


* * * *

キエラと白髪の姿が見えない。

その事に気付いたのは、親が花火でもりあがっている真っ最中だった。

「ちょっと二人捜してくる」


と、ことわりを入れてから森の方へ行く。

どこに行ったのかキョロキョロしていると、話し声が聞こえた。二人かな、と思い近づいていく。


すると。


「だめぇっ!タ一君!!」

明るすぎる月の中、キエラの絶望的な顔が鮮明に見えた。俺は、突然の事に訳が分からずキョトンとする。キエラの動きがやけに遅かった。


後ろには、知らない女がいる。

彼女の右手には、何かが握られていた。


それは、確かに誰でも知っているもので。


でも、ここで見るはずのないものだった。


* * * *

俺は、幼なじみちゃんに言い忘れていたことを思い出す。バーベキューの細かな計画を立ててくれたのは、彼女なのだ。お礼の一つくらいは、言っておいた方がいいだろう。


彼女の元へ戻ろうとした時、パァァン。という何か大きな音がした。


どこかで、花火でも打ち上げたのだろうか。

盛り上がってんのかな。親父っさん方。


子供のようにはしゃぐ四十代×四人を思い出す。

そして俺は、幼なじみちゃんの所へと向かった。


* * * *

「キ、エラ?」

俺はただ唖然と目の前にある重く、熱い物体に話しかける。それは、背中からドワドクとおびただしい量の血を流していた。アニメやドラマの世界でしか見たことがない光景が広がっている。


女は、ただ冷たい目で俺達を見下していた。

右手を、下におろす。


それはまだ、煙を出していた。


そう。拳銃だ。


女の顔が、笑いの形でかたまる。随分醜く、歪な形で形成されているものだった。


俺は一瞬、三日前の感情を思い出す。

あの後俺をおそったどうしようもない恐怖も思い出す。    ー…、で・も。


でも。


その心の中にあるどす黒い感情は、その三日前の孤独感をも凌駕していた。

 一瞬白いものが頭の隅を横切ったが、なんとも思えなかった。脳みそが沸騰したようにあつい。


でも前回と、俺の頭の中は全く違っていた。

冷静な一部分が、ハッキリと俺に指示を出す。


ー…、アイツヲ、コロセ。

ケンジュウノタマハ、マガレナイ。


近くにある手ごるな石をつかんだ。

そっとキエラを地面におろす。

女は、ただ黙って俺を見ていた。

銃を使う様子は、ナイ。


いけるっ!


俺は、少しカーブするように走り出しながら

その手の中の石をふり上げた。

 長いですね。最初は、短編のつもりだったので。

もう少しかかります。

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