今と六回目
第六回目の会話。これは夏休みが終わって、二学期が始まる日だったと思う。珍しく、というより初めて教室外でした会話だった。
始業式が終わり、体育館から教室へ戻る時にした会話だ。
体育館から出て、渡り廊下を過ぎ、校舎に入ったころに僕は隣に佐藤がいることに気がついた。
そのときに僕が思ったのは三つ。一つ目は、佐藤は身長伸びてないな。二つ目は、そういえばタオル返してもらってないな。三つめは、何か話したほうがいいだろうか。
階段を上がるときも、彼女は横にいた。
僕は、前にいる生徒も後ろにいる生徒も隣のクラスの生徒だと踊り場を曲がるときに確認し、思い切って彼女に話しかけてみた。
「夏休みどうだった?」
僕がそう聞くと、彼女は少しだけ眉間に皺を寄せた。しかし、それも一瞬だった。
「別にどうもなかったけど」
「そう」
「森村くんは?」
「別になにもなかったよ」
僕はそう言いながら、元恋人の美樹のことを思い出した。
それから僕たちはもくもくと、階段を上った。
教室に戻って彼女を見ると、彼女は隣の席の女子に話しかけられていた。
電車は僕が乗ってから五度止まり、六度発車した。今は住宅街と住宅街の間を走っている。心なしか速度が弱まったような気がする。
家を出てからもう二時間経とうとしていた。僕がアルバイトに受かっていれば、二千円くらい稼げていた。
もうこの話はよそうか。僕はそう自分に問いかけた。だが、僕は何も答えなかった。僕はこの話と答えをどこに持っていきたいのだろうか。
電車は南へ、どんどんと向かっている。明日の予定もない僕を乗せて、正確に線路の上を走っている。
踏切に小学生二人がいるのが見えた。
彼らの夢はなんだろうか。いや、僕の夢は何だっただろうか。宇宙ヒーローか、漫画家か、医者か……。誰かを救う職業だったような気もする。
では、今の僕の夢は何だろうか。
甲子園優勝。僕がそう言ったら皆笑うだろうか。笑うだろう。時間の流れ以前に、僕はそれに向けて何も努力していないのだから。
今が人生のどん底かもしれない。僕は努力も勝負もしていない。時間を賭けているだけで、ゲームを開始しない。手持ちのコインがなくなっていくばかり。
僕は馬鹿で、負け犬だ。今ここで死んだとしても悲しむのは家族くらいだ。負け犬の遠吠えとして聞いてもらえるならば、努力は環境が整わないとできない。それは、働く場所がないとお金を稼げないのと一緒だ。つまり頑張る場所がないと、頑張れないのだ。……何も言わないでくれ。これは弱い人間の最後の言葉なのだ。そっとしていてくれ。弱音を吐かせておいてくれ。
誰も何も、僕の話を聞いてくれなかった。同じ車両にいる人たちは、自分のことで精一杯だ。僕も同じだ。自分のことで精一杯だ。
君はどうだ。自分のことで精一杯か。