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今と五回目

 一つ南の駅に到着すると、僕は思い出から現在へと戻って来た。駅の名前を読む声と、景色が動かなくなったのを確認した。

 あの頃の佐藤は可愛かった。いや、どちらかというと彼女は美人だった。モナリザを痩せさせて、それを和紙に移したような――。分かりにくいな、この例えは。とにかく、彼女は美人だった。僕の中での彼女は、日本人から生まれたモナリザで、現代に育った女の子だった。もちろん彼女は普通の女の子だが、恋を患った人物の目からはそう見えるのだ。

 第五回目の会話は、僕たちが二年生に進級した、一学期の始業式の日だった。この事実が示す通り、彼女は僕にタオルを返してくれなかった。なぜなのかは聞いていない。そのうち返してくれるだろうと思っているあいだに、春休みに入り、僕もスポーツタオルの存在を忘れてしまったのだ。でも、そのせいで困ったことはない。タオルの一枚や二枚はどうってことなかった。困ったのはタオルを貸したあの日で、体育の授業を終えたあと、汗を拭くものがなかったのが辛かった。だから、僕はタオルを返して欲しかったのだ。でも、彼女は返してくれなかった。洗濯さえしてくれただろうか。今となっては分からない。

 二年生になると、僕は三組から五組に移った。僕はこれを嬉しく思った。二年三組よりも、二年五組のほうがなんとなく好きなのだ。

 僕は、どきどきしながら三階分の階段(嬉しいことに一年のときとは違い、一階分辛い思いをせずに済んだ)を上がった。もしかしたら、胸の高鳴りは緊張からきているのもあるかもしれない。友人も一緒のクラスだったが、当然知らないクラスメイトもいるのだ。

 三階に到着し、一組から三組までがある廊下とは違う廊下を進むと、そこに四組と五組があった。僕は四組を通り過ぎて、五組の入口へと向かった。

 向かったが、僕の心臓は違うリズムで叩かれ始めた。

 すでに五組の教室扉が開いていたのだ。

 まさかと思いながら僕はゆっくりと、入口へと向かい、覗くように教室を見た。

 春休み前と同じように、佐藤が窓際の席に座り、本を読んでいた。

 違うのは彼女の髪型だった。ポニーテールをやめ、首がしっかり見えるくらい髪を短く切っていた。僕はそれに驚いた。

 だが彼女の雰囲気は変わっていなかった。物静かで、どこかミステリアスだった。いい意味でも悪い意味でも人形のような雰囲気を持っていた。もちろん、それは一人でいる時だ。クラスメイトと話している時は、彼女も今どきの女子高生に変わりない。

 まだ気付かないな。そう僕は思いながら、入口のあたりに立って彼女を見ていた。ふと黒板を見ると、そこには名前と席順が書かれていた。

 僕は窓際の一番後ろだった。佐藤の三つ後ろということになる。どういう決まりで席順を決めたのだろうか。見当もつかない。

 僕はまた彼女に視線を向けた。

 彼女は本を開いたまま、声を出して短く笑った。僕は少し驚いた。

「佐藤も笑うんだな」

 僕がそう言うと、佐藤はびくっとして体を縮ませた。そして、鋭くこちらを睨んで、僕を確認すると肩の力を緩めた。

「森村くんもこのクラス?」

「うん」僕はそう言いながら、扉を閉めて自分の席へ移動した。

 席に移動して、椅子に座っても彼女はこちらを見なかった。頭を下げているのを見ると、本を読み続けているらしい。

 壁掛け時計は七時五十七分になっていた。

「私が笑うところ初めて見た?」彼女は同じ姿勢を保ったまま言った。

「どうだろう。たぶん初めてじゃあない」

「そう」

 壁時計の長針が一つ動いたのを僕は確認した。

「……なんか、ごめんね」

「なんで謝るの?」

「なんか覗いていたみたいで。そんなつもりじゃなかったんだよ」

「別にいいよ。ここは私の部屋じゃないし……。気を抜いていたのは私だし」

 彼女の口調はいつも通り、僕と話すときのものだった。不機嫌にはなっていないようだった。

「髪切ったんだね」僕は彼女の後姿を見ながら言った。

「うん」

 紙の擦れる音が聞こえた。

 僕は続けて「似合っているね」と言おうとしたが、そんなお世辞を言うほど僕たちが仲良くなかったのを思い出すと、自然にその言葉は喉の奥へ消えた。それに、僕はポニーテールの方が好きだった。

 結局僕は何も言わずに、MDウォークマンのヘッドフォンを鞄から出して、友達が薦めた洋楽を聴くことにした。

 第五回目の会話は、八時になる前に終了した。


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